1.5.11 崩壊
再び心臓が凍りつく。
同時に、悔しさ、情けなさ、やるせなさ、怒り、悲しみ、ありとあらゆる感情があふれ出す。
なんだよ、これ!
これで終わりなのかよ。
弱くなって、スライムに殺されかけ、エンシェントドラゴンに嬲られ、そこからなんとか逃げ出せそうってところで、愚かにもトラップに引っかかって死ぬのかよ。
というか、これだけ広い部屋でこんな小さな石を運悪く踏み抜くとかどんな確率だよ。
理不尽すぎるだろ。
ひどすぎるだろ。
封印術式のトラップにより身動き一つできないまま、迫り来る死を待つしかできない俺は、自分の不運を、悲惨すぎる運命を呪う事しかできない。
後は続いて雷撃術式が起動し、この体を貫いて命を奪われるのを座して待つだけ。
というか、おかしいな、封印術式が起動してからけっこう時間が経つのに、雷撃術式が起動する気配がない。
カイトの見立てが間違ってるとは思えないし、不発なのか、それとも、、、
マナが足りないのか!
封印術式はこの部屋のマナにより起動したとして、雷撃術式は獲物のマナを使って起動するのではないだろうか?
そうすれば獲物のステータスに応じた強さの雷撃が発動される。
トラップに獲物を確実に仕留める威力を持たせるには合理的なやり方だろう。
だが今の俺のように獲物の持つマナのステータスが低ければ。
そしてそのただでさえ少ないマナが尽きていれば。
雷撃術式など発動するわけがない。
上級助かった。
なんてそんなわけがない。
こちらは身動きが取れなくなったのだ。
後ろを振り返って走っている姿勢のまま固まっている俺の目に、邪悪な笑みを浮かべるエンシェントドラゴンの姿が映る。
こちらはもはや右手に触れたままの天恵のポーションを使うことすらできない。
雷撃術式のトラップが起動しなくても、死の瞬間が数十秒遅くなっただけ。
固まったまま身動きできない俺の視界の中で、エンシェントドラゴンが凶悪なマナをその身に込め始める。
再びの溜めブレス。
あのエンシェントドラゴンのブレスで俺は跡形もなく消え去るだろう。
そしてその死への秒読みが始まるなか、身動き一つできず見ていることしかできない。
いや、それどころか目を逸らすこと、閉じることすらできない。
恐怖、焦燥、悔恨、憤怒、そして絶望。
ありとあらゆる感情の濁流のなか、全てを振り払うように叫び声を上げようとするが、それすらも許されない。
最後の声を上げることすらできないなんて、こんな死に方ひどすぎるだろ。
いや、まだましなのかもしれない。
封印術式により表情を変えることすらできないが、もしそれが許されていたら涙と鼻水を垂れ流しながら絶望に歪んだ醜い表情で死んでいくことになっただろう。
だから、見苦しくない表情で死ねる分だけ幸せなのかも。
ははっ、俺の幸運ってそんなものなのか。
渇いた笑いすら出せないや。
そんなことを考えている内に残された時間が尽きた。
いや、実際には数秒にも満たない一瞬だったのだろうが。
エンシェントドラゴンがブレスを放つのに必要なマナを集め終わる。
俺に死を運ぶエネルギーを吐き出さんと、その口を開き、そして、、、
咆哮を上げると、一直線に俺に向かって飛行し突撃態勢に移る。
前足を前に突き出し、その鋭い爪で俺を引き裂かんとして。
えっ、、、?
ブレスじゃないの?
まぁ、ブレスだと一発で終わりだからね。
きっと爪で少しずつ俺の体を引き裂いていたぶるつもりなんだね。
はぁ、、、
上空を飛来するエンシェントドラゴンの爪が俺の体に迫る。
その巨体が巨大な魔法陣の上空に差し掛かり、、、
そして、、、時間が止まったかのように空中で停止する。
はい、封印術式作動。
アホの子で良かったぁ~。
今度こそ助かった。
神級助かった。
猛スピードで飛行していたところから急停止させられた衝撃によるダメージに、アホの子、いやエンシェントドラゴンが苦痛の呻きをもらす。
地面の魔法陣に触れずに攻撃すればトラップの効果が及ばないとでも思ったのだろうが、残念、魔法陣の上空はトラップの効果範囲なんだよ。
間抜けなアホの子を生温かい目で見やると、ついつい目が合ってしまい、微妙な空気になる。
とはいえお互いに身動き一つできないし、ここからどうしたものか。
だが、俺の余裕もそこまでだった。
雷撃術式が作動する。
この世界でおそらく千年魔王に次ぐステータスを持つエンシェントドラゴンのマナを使った雷撃術式が。
エンシェントドラゴンの体を中心として、すさまじい衝撃と閃光と雷鳴音とともに何十本もの雷撃が降り注ぐ。
空気が焦げる匂いがする。
雷が一本落ちるたびに、遠く離れた俺の体にも凄まじい痺れと衝撃が襲い掛かり、命が削られていく。
あの雷撃の一本一本が聖級魔法以上、いや俺の神級魔法に届かんとするほどの威力。
エンシェントドラゴンは先ほどからもう3桁に届こうかというくらいの雷撃を受けており、いまやその翼にはいくつもの穴が開いていた。
ブレスを使って魔法陣を消し去ろうとするが、そのために集めたマナは集めた端から分解され、それをもとにしてより強力な雷撃が降り注ぐ。
それを受けてエンシェントドラゴンはさらに怒り狂い、より多くのマナを放出し、それが魔法陣によって分解、吸収され、より凶悪な雷撃となって密度を、本数を、範囲を、威力を増して襲い掛かかる。
やめてくれよ。
無駄に暴れるなよ。
俺を巻き込まないでくれ。
死ぬなら勝手に一人で死んでくれよ。
実際に俺の近くに落ちてくる雷撃の本数が増えてきている。
不意に手を伸ばせば届きそうな距離に一本の雷撃が落ち、足元の石畳に巨大な傷跡を残す。
そのたった一本の雷撃で、俺の全身に焼け爛れたような激痛が走る。
というか実際に体も革装備も焦げているじゃないか!
全身に痺れが走り、まるで一瞬心臓が止まったかのような錯覚を覚える。
これだけで致命傷に近いほどのダメージを受けたようだ。
今のはかなり近かったが、直撃すればひとたまりもない。
いや、もし同じくらいの距離にもう一度雷撃が落ちれば、今度は耐え切れないかもしれない。
だが、エンシェントドラゴンの周囲の惨状はそれどころではなかった。
既に地面は大きくえぐれて跡形もなく消え去っている。
そこにはただ黄色い光を放つ魔法陣が宙に浮かんでいるだけであり、それがもとあった地面の位置を示していた。
それでもなお暴れ続けるエンシェントドラゴンのマナにより、雷撃がついに地面を突き破る。
それと同時に部屋の壁に亀裂が入り轟音とともに崩れ落ちていく。
崩れ落ちた壁の向こう側にはミカグラ大火山の火口が広がっており、凄まじい熱気と噴煙が音を立てて吹き込んで来た。
と同時に朝日が差し込む。
明るい。
ちょうどいま、夜が明けたようだ。
明け方の薄明かりに浮かび上がるのは、周囲をぐるっと円形に囲んだ、雄大なミカグラ大火山の山頂の稜線。
その円形の稜線から中心に向けてお鉢状に窪んだ地形の底には、まだ朝日が届かない薄闇の中で赤黄色い光を発して波打ち、煮えたぎる溶岩。
そして稜線の向こうから顔を覗かせた太陽の光と溶岩の光が、暗闇の世界に壮大な絵図を描き出す。
朝日に照らし出されたこちら側と、まだ暗い向こう側の明暗を分かつ影の境界線が、日が昇るのに合わせて急速に大地を走り抜ける。
美しい。
心の底からそう思ってしまった。
死期の近づいた人はふとした日常の光景にも目を奪われるものだという。
これまでの冒険の旅ではどんな景色を見ても美しいなどと考えたことはなかった。
にもかかわらず、今俺は目の前に広がる圧倒的な大自然に感動を覚えている。
それはこの伝説のダンジョンで目覚めてから、命の危機を何度も経験したことにより、生きていることへの感覚が鋭敏になったせいだろうか。
それとも俺の死が目の前に迫っているからなのか。
これが俺が人生で目にする最後の風景になるかもしれないのだ。
実際、今の俺には景色に見とれている余裕などない。
今やダンジョンマスターの部屋は4分の1ほどが崩れ落ちていた。
入り口側は無事であるものの、天恵のポーションを納めていた小部屋のあった奥側の方は、その小部屋の近くの壁までが既に崩れて火口に飲み込まれている。
そうして床に更なる亀裂がいくつも延びていき、その亀裂はついに魔法陣の中心、俺の右足が踏みつけている起動石にまで到達する。
地面がボロボロと砕け落ちていき、やがて起動石を巻き込んで魔法陣の中心が崩壊する。
その瞬間、魔法陣が掻き消えた。
ぐったりとしたエンシェントドラゴンが力を失い火口の煮えたぎる溶岩の中へと落ちていく。
そして俺の体も崩れ落ちいく足元の石畳とともに転落していった。
溶岩に飲み込まれたアホの子、いやエンシェントドラゴンの運命や如何に?
ついでにハルトはどうなる?
次回 第12話 『転落』




