0.1.1 伝説のダンジョン
【カムナ版 3019年 3月14日 火曜 第1版】
『第2聖女ユウナ 災厄級魔物サイクロプスを討伐』
カムナ教会の第2聖女ユウナがカムクラ王国と獣人国との間に広がる森林地帯を根城としていた災厄級魔物サイクロプスの討伐に成功した。
このサイクロプスは特級でも上位の極めて危険な魔物であり、王国兵士や冒険者でも手に負えず、周囲を荒らし回っていた厄介な個体だった。
先日の記事で伝えた通り、先月の30日にソウマの冒険者連盟で依頼を受けた第2聖女ユウナは、パートナーの第5勇者ハルトを含む4人のパーティーで討伐に向かった。
そして6日の月曜にサイクロプスと遭遇した才色兼備の人気聖女ユウナは、この凶悪なサイクロプスを一蹴したという。
一行はそのまま大森林を抜けて獣人国に向かい、獣人国王都の冒険者連盟にて討伐依頼の完了報告を行っている。
第2聖女ユウナは昨年の年末に世界最難のダンジョンであるカムロ大迷宮の攻略に成功し、この世界に存在する全ての高難度ダンジョンの制覇を成し遂げた。
超級に到達している第2聖女ユウナは、先々代の至聖女『慈愛の戦巫女』アンナに匹敵するほどの才能を持つと言われている。
そんな天才聖女にとっては、もはや相手になるような魔物は存在しないのかもしれない。
来たるべき聖戦においても、魔王や大魔王との戦いで大いなる活躍が期待される。
第2聖女ユウナはカムロ大迷宮攻略後も、さらなるレベリングのために世界各地の災厄級魔物を討伐して回っており、今回のサイクロプスで8体目の成果となった。
天使と見紛う程の美貌で人気を博する第2聖女ユウナの次なる目標は災厄級魔物マンティコアであり、昨日13日の日曜に獣人国王都を出発した。
このマンティコアはミクニ大山脈の麓に広がる大森林に棲息しており、、、
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リポップワールド 序章
『おおゆうしゃ! しんでしまうとは なさけない』
■カムナ3019年 3月30日 月曜
◎ハルト
暗闇に包まれた地下洞窟の通路の奥からこちらを目掛けて押し寄せてくる特級魔物の群れ。
その姿が『光球』の魔法の明かりによって浮かび上がる。
数は20、30、、、いやそれ以上だ。
「やべぇぞ、これぇっ!!こんなんありえねぇだろっ!」
俺たちのパーティーの盾役である重戦士のレンが悲鳴混じりの叫び声を上げる。
特級以上の魔物は特別に災厄級の別名で恐れられている通り、ただ一体でも街を壊滅させうるような、天災に匹敵する存在である。
人類で世界最高峰に位置する特級冒険者のレンですら、一対一では命を賭けて止められるかどうかという相手。
それが群れを成して襲い掛かってくるなど、通常では考えられない悪夢のような光景だ。
さすがは伝説のダンジョンの最下層。
「カイトっ、頼むっ!」
「えぇっ!いきます!!」
レンの指示を受けて魔術師のカイトが準備していた高級火魔法の火炎弾を放ち、眩い炎の光が洞窟を走り抜けていく。
火炎弾が着弾して爆発し、魔物の群れが紅蓮の炎に飲み込まれる。
肌を焼くような凄まじい熱気が洞窟を満たし、かなり離れたこの位置でも痛みを感じるほどだ。
だがその高級魔法の威力をもってしてもせいぜい足止めをする程度の効果しかなく、群れの魔物は一匹たりともダメージを受けた様子が無い。
「っくしょーっ!ダメかっ!」
レンが漏らした声には絶望の色が混じっていた。
この世界に30人ほどしかいない特級魔術師であるカイトの高級魔法ですら通用しない。
もはやカイトに残されている手はその一等級上の魔法、特級魔法しかない。
だがそれはカイトにとって最大の魔法であり、万全の状態でも1発撃てるかどうかという大技。
そうそう簡単に使えるような魔法ではない。
しかもその特級魔法でさえ、この大群を相手にしては大した効果は期待できない。
先頭にいるミノタウロスは既に火炎の壁を突破し、こちらに迫りつつある。
「やるしかねぇっ!」
それを目にしたレンは悲壮感に満ちた声でそう呟くと、厳しい表情を浮かべて大盾を持つ腕に力を込める。
特級防具の重甲冑に身を包んだ筋骨隆々の大男であり、並の魔物では傷一つつけることの叶わない歴戦の勇士。
だが今はそのレンの背中がひどく頼りなさげに見えた。
特級(第4等級)はカムナ教会が定めた10段階の等級で上から4番目にあたるのだが、事実上は人類の到達できる最高位となっている。
冒険者や兵士は『カムナ教会』の『奇跡の力』によりステータスを強化していくが、その成長上限が特級までだからだ。
その特級に到達しているレンとカイトはこの世界のまさに最高峰の戦闘熟練者であり、普通の冒険者から見れば雲の上の存在だ。
だがその二人といえども数十匹もの特級魔物を同時に相手取ることなど不可能である。
状況はまさに最悪。
このままでは俺たちのパーティーが全滅するのは時間の問題だろう。
特級やばい。
普通のパーティーであれば。
だがしかし、、、
この世界には成長上限である特級を超える可能性を開放された、14人の男女が存在する。
7人の勇者と、7人の聖女が。
「ユウナっ!聖障壁を頼む!」
レンが声をかけたのは、俺たちのパーティーの最後の一人、『カムナ教会第2聖女』のユウナである。
だがユウナはレンの指示に反して動かない。
こんな絶望的な危機の中にあっても、少しもうろたえることなく穏やかな表情のまま。
特に何をするでもなく、ただ俺を見つめている。
信頼に満ちた瞳で。
「おいっ、ユウナ!いったい何をし、て、、、って、ハルト?」
ユウナの視線を追ったレンとカイトが、そこで初めて俺の動きに気づく。
そう、俺はカイトが高級火魔法を放つよりも前、特級魔物の群れを感知したときから、既に切り札となる魔法の発動準備に入っているのだ。
「ハルト、超級魔法、いや、このすげーマナは、、、聖級魔法か!?」
「ですがハルト、聖級魔法でもこれだけの数が相手では分が悪いですよ!」
超級魔法(第3等級)は特級魔法(第4等級)の1等級上の魔法であり、特級魔物数体を戦闘不能に追い込めるくらいの威力を持つ。
そしてさらにもう一つ上の聖級魔法(第2等級)なら、十数体を即死させることすらできるかもしれない。
だがそれでもこれだけの数の魔物を全滅させることはできないし、聖級魔法を使ってしまったら、俺はマナを使い果たしてもう戦えなくなってしまう。
レンとカイトは一瞬のうちにそう計算したのだろう。
そんな2人に声をかけたのはユウナだった。
「レン、カイト、大丈夫ですわ。ハルトを信じてください」
「だけどよう、ユウナ、いくらハル、、、」
「待ってくださいっ!!ハルトっ!何なんです、この魔法はっ!?これは聖級魔法なんかじゃないっ!」
カイトがレンの言葉を遮って叫ぶ。
どうやらカイトも気づいたようだ。
そう、これは聖級魔法などではない。
これは今までみんなにも隠していた俺の切り札。
意識を戻して深く集中すると、魔法構築の最終段階に入る。
身体の奥、深く、精神界の深淵に満ちたマナを限りなく固く、そして静かに凝縮する。
極意は高密度に圧縮されたマナをわずかに開けた微細な孔から一気に逃がすことで、励起準位が高く、そして均一な波長のマナを取り出すことにある。
均質化した大量のマナを自身の精神界から物質界へと顕現させると、洞窟の中に突如として凄まじい気流が巻き起こる。
乱雑に伸ばしたままにしている栗色の髪がマナの暴風によって乱れ揺れる。
その膨大なマナを目の当たりにして、レンは初めて『この魔法』の異次元さに気付いたようだ。
「何だよ、、、これ、、、」
呆然としたレンの呟きを聞きながら、続けて『カムナの理』を通して光魔法を発動する。
起動した属性付与の術式と物性変換の術式により、荒れ狂っていた膨大なマナは、光属性のマナである聖光へと変質していく。
続いて『この魔法』の核となる術式を構築することで、膨大な量の聖光をさらに圧縮し密度と威力を増大させる。
圧倒的に輝きを増していく光の海が暗闇の地下洞窟を埋め尽くしていき、身に纏った特級防具の金属製甲冑と両手に構えた聖剣リンネが眩いばかりに光輝く。
それを目の当たりにして初めて怯んだ様子を見せる魔物の動きを目の端で捉えつつ、あたりを埋め尽くす聖光を術の発動に向けて収束させていく。
想像するはどこまでも薄く、硬く、圧縮された刃。
その聖なる光の刃を聖剣リンネに纏わせると、眼前のミノタウロスに向けて横薙ぎに一閃する。
リンネから放たれた神々しい光の刃が斬撃波となり、迷宮の暗闇を切り裂いて洞窟の通路を奥へと走り抜けていく。
地下のダンジョンの魔物にとって致命的な属性となる、光魔法の最上級の一撃を受けたミノタウロスは、僅かな抵抗も見せることなく塵と化して消滅する。
その背後、高級火魔法を受けても平然としていた特級魔物の群れとともに。
粉々となった魔物たちが黒い粉塵となり、空気に溶けて消えていった後に残されたのは、魔物の心臓とも言える魔石のみだった。
「まじかよっ!最下層の特級魔物の群れを一撃って、どうなってんだよ!いくら勇者でもあり得ねぇだろ!」
大盾と大剣をおろしてこちらに振り返りながら、レンが真っ先に感嘆の声を上げる。
だがレンがその威力に驚きながらも気軽に声をかけることができたのは、俺の放った魔法の正体に気づいていないからだろう。
「ハ、ハ、ハルト、いい今のって」
実際カイトは驚愕による硬直が解けた後も、取り乱したまま言葉をまともに発することもできずにいる。
かつて特級冒険者として数多くの冒険を繰り広げてきたレンですら目にしたことのない大魔法。
しかしながら高名な王国魔術師であるカイトなら、レンと同じく初めて目にする魔法であっても、これまでの経験からそれが何かを類推することはできる。
自身の放った高級火魔法ですら足止め程度にしかならなかった特級の魔物数十体を一撃で消滅させた魔法が何なのか、初見とはいえ思い至ったのだろう。
聖級魔法(第2等級)を上回る魔法など、この世界に存在する最上位の等級(第1等級)の魔法しか考えられないのだから。
それを突然見せつけられて、カイトが思考停止に陥っているのも無理はないことなのかもしれない。
「神級魔法ですわね。まさか9ヶ月でここまで来てしまうなんて、さすがハルトですわ。」
対してすぐに驚愕から立ち直り、俺の放った魔法が何かを言い当てたのは、カムナ教会の巫女の白装束に身を包んだ第2聖女のユウナである。
俺より9ヶ月年下で外見だけ見れば清楚で可憐な美少女なのだが、その物腰やかもし出す雰囲気は大人でも萎縮してしまうほどの高貴さ、神々しさを感じさせている。
流れるような美しい黒髪と力強く凛とした瞳。
まさに聖女という言葉から連想される女性そのままの姿といっていいだろう。
ユウナは俺と同じく都市の居住権を持っておらず、貧しい村育ちの『カムクラ王国』準国民なのだが、その教養や気品は王族や華族であると言っても通じるほどだ。
ユウナの話によると学者であった父親の教育の賜物らしいが、ユウナの神々しさを目の当たりにすると、本当は高貴な生まれなのではないかと思えてならない。
しかもユウナが優れているのは容姿や気品だけではない。
今回選ばれた14人の勇者聖女の中でも、ユウナは第1勇者と第1聖女に並ぶほどの圧倒的な力を持つ天才聖女なのだ。
この3人は当初からその才能を認められており、全員が勇者聖女に選ばれてから1ヶ月以内に超級(第3等級)に昇格した。
俺も今ではなんとか超級に到達できてはいるのだが、ユウナはさらに先に進んで聖級(第2等級)に届こうとしていた。
そのユウナは声と態度は落ち着き払っており、一見すると微塵も動揺を見せていない。
だが9ヶ月もユウナと共に旅してきた俺は、ユウナの両耳に吊るされた三日月形の装飾品が小刻みに震えているのを見逃さなかった。
ユウナは内心ではかなり驚いているのに、いつものように強がって聖女を演じているようだ。
それは天才聖女ともてはやされているユウナのちょっとした秘密。
うん、ユウナ、特級かわいい。
「あなたを選んだ私の目に狂いはなかったということでしょうけど、それでもこれは想定をはるかに上回ってますわ」
ユウナがいかにも聖女ぶった、ともすれば鼻につくようなかしこまった物言いで言葉を続ける。
実はこの話し方は、ユウナなりに聖女らしさを演出する方法を考えた結果のようなのだ。
正国民ですらない貧しい村娘であるユウナが天才聖女ともてはやされる中で、それらしく振る舞えるように精一杯背伸びをしているんじゃないだろうか。
9ヶ月前に出会った頃は近づきにくさを感じていたものの、共に冒険の旅を続けるうちに必死になって聖女を演じるユウナの努力を知った今では、正直可愛らしくて仕方がない。
そしてそんなところも俺がユウナを好ましく思う理由の一つとなっているのかもしれない。
それにユウナの言葉は上から目線なようにも聞こえるが、決してそうではない。
確かにユウナが俺に求めるものは並大抵のものではないのだが、ユウナが自分自身を追い込む厳しさはそんなものではない。
それに実際、ユウナと俺の目的のためには、この程度の飛躍は当然のように求められるのだ。
いや、目指す場所の果てしない遠さ、そして残されたわずか3ヶ月というあまりにも短い時間を考えれば、これでも足りないくらいである。
「今のって神級魔法なのかよ。こんな大技を隠し持ってたなんて、この野郎!いや、助かったんだからいいんだが、俺はこりゃマジで全滅だなってヒヤヒヤしてたってのによう!」
「ハルト、いつの間に神級魔法を覚えてたんですか?前回寺院で強化したときには一言も言ってなかったじゃないですか?いえ、それ以前に神級魔法なんて普通は入手できるはずないんです!」
カイトの言うように、ステータスの強化や魔法の習得は、世界各地にあるカムナ教会の寺院で行うことができる。
魔物を倒して入手できる『ハク』を集め、カムナ教会で『降魄の法』と呼ばれる儀式を受けることで。
この降魄の法による強化は、身体能力やマナ容量などの各種ステータスを、集めたハクを任意に配分して伸ばしていく仕組みになっている。
そしてこの儀式の際に、マナ容量や各種魔法の修練度など規定の条件を満たしていれば、新たな魔法を習得することが出来るのだ。
それが魔法を習得する唯一の方法だと思われているようだが、、、
「いや、一から自分で構築して覚えたんだ。このダンジョンを攻略している間に」
「そ、そんな馬鹿なっ!」
よほど予想外の答えだったのか、カイトが再び硬直する。
魔法は『カムナの理』を通して発動する。
カムナの理というのはカムナ教会が管理する数々の奇跡の力の源であり、カムナ教会の洗礼を受けて初めて利用できるようになるものだ。
そして魔法を習得するのも発動するのも、普通は全てカムナの理任せなのである。
一から魔法を構築して覚えるなど、カイトですら考え付きもしなかったのだろう。
レンにはそれがどれくらいすごいことなのか理解できていないようだが、通常はそんなことは不可能なのは、カイトの反応を見て想像はできたようだ。
そして、ユウナは何故か得意げに頷いている。
その仕草がいちいちかわいくて、そのきっかけとなった神級魔法を自力で構築して覚えた自分を褒めてあげたい気分になる。
うん、ユウナは特級かわいいし、俺は特級えらい。
今日は特級いい日だ。
「まさかこのダンジョン攻略の間に自力で神級魔法を習得しちまうなんて、こういう奴なんだろうな、聖勇者に選ばれるのは」
「まったくですよ。王国で10本の指に入る大魔術士に数えられている私ですら、高級魔法を覚えたのは経験を積んで一流と呼ばれるようになってからです。特級魔法に至ってはそこから10年近く。それなのにわずか19歳2ヶ月の若者が聖級を飛び越えて神級魔法だなんて、まさしく天賦の才ということでしょう。それも努力の天才ですね」
事実を知らされたレンと、ようやく立ち直ったカイトがあらためて驚嘆を口にする。
だがこれでもなお、俺とユウナの夢はまだまだ手の届かない彼方にあるのだ。
7人の勇者の中から『聖勇者』に選ばれるという、遠すぎる目標は。
「実際に俺は聖勇者にならないといけないんだ。たとえどんな試練をこの身に課せられたとしてもね」
「ええ、ハルトが聖勇者になるためでしたら、私もどんなことでもできますわ」
俺の言葉にユウナが当然といった面持ちで頷き、言葉を返す。
うん、ユウナ、超級かわいい。
そんな真剣な場面だというのに。
「ん?ユウナ、今どんなことでもって言ったか?だったら、ちょっくら俺の、、、」
「レーンっ!そういう意味じゃなくて、あーもう、どうしてあなたは!」
いきなり素の言葉に戻ったユウナが顔を赤くしながら涙目でレンに反論する。
こういうところだけ見れば本当に18歳5ヶ月の年相応の少女なのだが、ユウナのこれまでの苦難の人生が彼女を普通の少女のままではいさせてくれないのだ。
そのユウナが怒り顔のまま何やら呟くと、物質界にマナが顕現して魔法が構築されていく。
ユウナ!何を!?
って、下級回復魔法かっ!
虹色にきらきらと輝く祝福の光の粒子がレンに降り注いでいく。
「頭のおかしいレンには、回復魔法をかけて差し上げましたわ。これでレンも少しはまともになることでしょう」
おーい、ユウナさん、、、
「ユウナ、回復魔法じゃレンの口の悪さは治んないって!」
思わずツッコんでしまった。
何でもかんでも回復魔法を連発するのが、ユウナの悪い癖だ。
まったくもってマナの無駄使い以外の何物でもない。
といっても天才聖女のユウナにとっては、下級回復魔法くらいなら何回使っても余裕なんだろうけど、、、
回復魔法は聖女とカムナ教会の巫女のみが習得できる、まさに聖女たるべき魔法なのだが、ユウナは聖女に選ばれてわずか1月ほどで超級回復魔法まで習得してしまった。
さらには障壁や支援に用いる聖魔法も超級まで覚え、聖女に求められる魔法は一通り揃えきっている。
今ではいろんな属性の攻撃魔法にまで手を広げ、それもかなり高位まで到達している。
まさに天才聖女そのものなのだが、こうやってレンにからかわれて熱くなってしまうところを見ると、普通の女の子と変わらない身近な存在に思えてくる。
「おい、おめぇら!俺はいたって正常だから治すとこなんてねーよ!こんな美女に何でもするなんて言われりゃ、男なら当然の反応だろ!」
「わたしはハルトにならって言ったんですっ!レンには何もしてあげませんわっ!」
「いや、さっき回復魔法くれたじゃねーか。ユウナの香りがするいい魔法だったぜ」
えっ?魔法って使用者の匂いがつくものなのか?
ユウナの香りの魔法って、なんか高級いいな。
気になって思わず反応してしまう。
「へー、香りなんてするもんなんだ。だったら今度俺もしっかり嗅いでみよ、、、」
「しないからっ!ハルトも簡単に騙されないでっ!!」
またしても聖女言葉を忘れたユウナが割り込んできた。
なんだ、嘘か、、、
まあ、そりゃそうだよな。
だけど、ちょっと残念、、、
「それよりユウナ、さっきの言い方だと、ハルトになら何でもするってことだよな?だったらハルト、今度ユウナと3人でちょっくら良いことをし、、、」
「んにぃゅーーーーっ!!!!」
レンの言葉を遮って声にならない叫びを上げながら、真っ赤になったユウナがレンに飛びかかる。
涙目で頬を膨らませながら、両手でポカポカとレンの胸を叩いているユウナの姿は、言っちゃ悪いけど、、、
やばいっ、超級かわいいっ!!
これはもう、聖級あがめざるを得ない。
それにしても、相変わらずレンの口の悪さには困ったものだ。
経験不足の俺や、人を引っ張る感じではないカイトに対して、数多の冒険を重ねた元特級冒険者のレンは本当に頼りになるこのパーティーのリーダー的存在なのだが、この癖だけは何とかしてほしい。
結局いつも最後は俺がユウナをなだめる役割になるのだから。
ここはユウナが本気で怒り出す前に、助け舟を出すとするか。
ちょうどいいことに、俺はまだ他の3人が気付いていないその存在を知覚していた。
「レン、ユウナ、それくらいにしてあっちを見てくれ。ほらっ、どうやら俺たちはついに聖勇者に手が届くとこまで来たみたいだ」
そう言って通路の先に目線を送ると、ずっと浮かべたままにしていた下級魔法の光球を、さらに奥へと移動させていく。
その光球の魔法の明かりによって、荘厳な扉の輪郭が徐々に浮かび上がってくる。
ここまでの道中で見かけたフロアマスターの部屋の扉と比べても、次元の異なるほどの重厚さ。
いや、それを言うならこの9ヶ月で攻略したどのダンジョンでも、ここまでの重苦しさ、禍々しさを発する扉は目にしたことがなかった。
「すげぇぇ、、、来れるもんなんだな、ここまで。確かにこいつを攻略すりゃ、第5勇者が聖勇者に選ばれるっていう史上初の大逆転も現実味を帯びてくるってもんだな」
レンの声が震えている。
俺やユウナと違って十数年の冒険者経験を持つレンですら、ここまでの雰囲気を醸し出す場所はお目にかかったことはないのだろう。
これだけの存在感を持つ扉は間違いなく、、、
「ダンジョンマスターの部屋でしょうね。この伝説のダンジョンの。ついに王手ですが、勝算はありますか?」
カイトの疑問も当然だ。
この伝説のダンジョンを発見し攻略したのは、歴史上で唯一、先々代の聖勇者レイヤだけなのだ。
歴史上たった3人しかいない神級(第1等級)に到達した聖勇者の中の一人、『切り開く勇者レイヤ』。
レイヤはこのダンジョンで常識外の高レベルなダンジョンマスターに遭遇したという言葉を残している。
そのとき既に『選定の儀』で聖勇者に選ばれ、神級の力を持っていたレイヤですら苦戦した相手。
常識的に考えれば超級程度の力しか持たない第5勇者が挑むレベルの場所ではない。
そもそもこの幻のダンジョンを発見したのも奇跡的な偶然であり、本来であれば選定の儀に向けてレベリングを行っている勇者候補が辿りつける場所ではないのだ。
そう、常識的には。
常識の範囲内では生きていないのだ、俺もユウナも。
それほどまでに俺たちの目標は果てしなく遠い。
そして与えられた時間はあまりにも短い。
勇者に選ばれてからの9ヶ月、常識の枠を踏み越えた無茶なレベリングを行い、休む間もなくありとあらゆる高難度ダンジョンを矢継ぎ早に攻略し尽くしてきた。
3ヶ月前には世界最難関のダンジョンであるカムロ大迷宮すら攻略し、それでも足りずに災厄級の魔物を求めて世界中を狩り歩いた。
そうした常軌を逸した旅路の果てにこの伝説のダンジョンに辿り着いた偶然は、奇跡的なものに思える。
だが一方でそれは、自己が壊れることを顧みないほどの努力の積み重ねが呼び寄せた必然なのかもしれない。
もしくは聖勇者レイヤとともにこのダンジョンをクリアしたあの人の意思が、俺をこの場所へ導いてくれたのだろうか。
自分が果たせなかった夢への足がかりを俺に託してくれようとした、その最期の想いが小さな奇跡を起こし、時空を超えて届いたのではないかと、俺はそう信じたいのだ。
「先々代の聖勇者レイヤ様も神級魔法の使い手だったそうですわ。魔法の上では同格ということになりますが、勝算を確認するための試し撃ちだったわけですわね?」
そんな感傷にひたっている俺に、ユウナが問いかける。
ユウナの言うように使える魔法という面では、稀代の魔法剣士である先々代の聖勇者レイヤと同格の位置まで来たわけである。
俺が魔法剣士になり、聖勇者を目指すきっかけとなった神級の聖勇者レイヤと。
実際のところ俺が神級魔法を使えるようになったのはこの最下層の攻略の終盤に差し掛かったころなのだが、マナ消費が激しいため使いどころがなかった。
だからこそダンジョンマスターの部屋の手前で特級魔物の群れに遭遇したこのタイミングはまたとないものであった。
「うん、さすがにダンジョンマスターの前で初めて使うのはね。もちろんレイヤに比べればステータスに大きな差はあるだろうけど、火力だけなら神級魔法が最強なんだから、レイヤに迫るレベルになってきてるとは思うんだ。後は、、、」
「発動までの時間稼ぎと、確実に当てるためのサポートってことか。まさに俺ら次第ってわけだな」
「幻のダンジョンなだけあって、ダンジョンマスターの情報が残ってないんですよね。出たとこ勝負になってしまいますが、最低でもドラゴンの特別上位種くらいは想定しておくべきでしょうね」
カイトの言うようにこのダンジョンはその在処も含めてほとんど情報が残っていない。
なぜなら10年前、唯一の発見者である先々代の聖勇者レイヤは、あの人とともにこのダンジョンを攻略したその足で決戦の場に赴き、帰らぬ人となったからだ。
俺もあの人が残してくれた言葉によりダンジョンの存在自体は知っていたものの、その詳細については大まかな位置を除いては何も知らない状態だった。
とはいえ普通の高難度ダンジョンと比べてもレベルが高いのは、ここまでの道中で十分にわかっている。
そのダンジョンマスターともなれば災厄級魔物の上位種が出てきてもおかしくないし、ダンジョンマスター以外にもどんなトラップが仕掛けられているかわからない。
俺たちのパーティーのレベルであっても厳しい戦いが予想されるが、それでも俺とユウナの夢のためにはここで退くわけにはいかない。
このダンジョンの攻略こそが俺たちに残された最後の希望なのだから。
そしてもしこの戦いに敗れれば、俺たちの夢は潰えることになる。
だからこそ勝算は可能な限り高めておく必要がある。
「レン、いけますか?」
カイトがレンに問いかける。
火力は俺の神級魔法があるとして、問題となるのはどんな攻撃手段を持つかわからない未知の敵に対する防御である。
盾役のレンにかかる負担は極めて大きい。
「任せとけ。盾の神髄を見せてやらぁ。それに、、、俺にも奥の手ってもんがあるからよう」
「それは頼もしいな。それじゃ、みんな、このまま攻略を目指すってことでいいかな?」
「私たちの目指す場所はこの先にしかないわ」
俺の問いにユウナが取り戻せぬ無念を、これまでの苦難の記憶を、万感の想いを込めて答える。
おいユウナ、またしても聖女言葉を忘れて素が出てんぞ。
というのはさておき、レンの、カイトの表情にも否やはない。
「みんな、ありがとう。ここまで付いて来てくれて本当に、本当にありがとう」
俺はこの無茶な旅路に付き合ってくれた、そしてこの後に待ち受ける伝説級の相手との戦いにさえ共に挑んてくれようとするパーティーメンバーに頭を下げる。
本当に心から信頼できる、俺の大切なパーティーメンバーだ。
「回復して準備を整えたら、ダンジョンマスターに挑もう」
そう言って俺は、カムナ教会の第5位聖勇者候補者ハルトは、後戻りできない運命の扉に向けて足を踏み出す。
カムナ教会の聖勇者に選ばれるために。
聖勇者になって得られる特別な力により、人々を苦しめ続ける8人の魔王を討伐するために。
それらの魔王を率いて侵攻してくる3人の大魔王を撃破し、次の聖戦に勝利するために。
そしてその先には。
3000年前、先史時代の終わりに人類の文明を滅ぼした原初にして最悪の魔王。
有史以来一度も倒されたことのない魔王の中の魔王。
過去に挑んだ数百人もの聖勇者のその全てを屠った真なる魔王。
すなわち、この世界に君臨し続ける『千年魔王』を打ち倒すために。
その全ては魔王と魔物に殺され続ける人類が平和に生きていける世界を実現するために。
俺TUEEE勇者ハルトのさすハル無双な大冒険が今、始まる!
次回 第2話 『最終地点』
■補足
マナ:
魔力 のようなもの。
マナ容量:
総MP のようなもの。
ハク:
経験値 のようなもの。
等級:
兵士や魔物の強さ、魔法の難易度などをカムナ教会が10段階に分類したもの。
神級>聖級>超級 > 特級>高級 > 上級>中級>下級 > 低級>初級