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.7 聞こえる音

 銀の髪を持つ娘コニアは兵士に連れられて、城にある見習い寄宿舎の棟、その一室にやってきた。

兵士は部屋の鍵を開けると「法衣を用意するから」と言い、彼女を残して立ち去って行った。


 娘の身体にはずっと悪寒が付きまとっていた。


寒気がする。エスス祭司長のあの“にっこり”が頭に焼き付いて離れない。

彼はなぜ、私の名前や、砂漠での出来事を知っていたの?

 あの日から、人さらいに連れて来られてからの、自分に起こった出来事を思い出そうとする。

 知らない人間のにおいに挟まれて乗っていた馬車とその揺れ。乱暴な男たちが冗談を言い合う声。

 担がれて森の中を通ったこと。自分を買い付けた“ご主人”。彼が自分にやろうとしたこと。それとその奥方の、自分をやっかむ目。


 コニアはずっと呆けていはしたが、途切れ途切れながらも、これまでの事を思い出すことができた。

 それらが少しづつ蘇るたびに、胃の中がむかつくような、酸っぱくなるような気がした。

 今度は一体何をされるのか。それとも何かをやらされるのか。


 出逢って間もない人間が、自分に対して求めること。


 それはろくでもないようなものとしか思えなかった。苦楽を共にした“群れ”の仲間だって、最後は自分にあんな仕打ちをしたのだから。


 “群れ”の仲間の、あの目。

 再び苦い沼の中に連れ戻されそうになったとき、兵士が戻ってきた。


「どうした、こんなところに突っ立って。ほら、法衣を持ってきてやったぞ。どっちも見習いにはもったいない上等なやつだよ。部屋に入ってこれに着替えたら出てきてくれ。今日から、ここがお前の部屋だからな」

 兵士が法衣を娘の腕に押し付けた。それを受け取る。その布の塊は、彼女の腕には少し重たかった。


「ほら、早く行けよ。……大丈夫だよ。俺は覗いたりしないから」

 兵士が彼女に丁寧に接するのは、祭司長の前だけのようだ。かといって、初めのように乱暴でもなかった。


 ようやく部屋に入ってあたりを見回す。部屋には大きな木箱に藁を詰めた寝床と、木材を丸く切り出した机、椅子がある。

 どれも切りっぱなし削りっぱなしではなく、よく磨かれているようで、艶があった。

 机の上には、火の灯ったロウソクの乗せられた皿がある。

 どれも彼女の故郷ではお目に掛かれないもので、木製と分かるものは全て贅沢品に映った。


 それから、壁に大きな木の板が張り付けてあった。これは何だろうか。


「おい、まだかー?」

 部屋の外から兵士の急かす声が聞こえた。

 コニアは慌てて腕の中の法衣を広げた。着ていたぼろを脱ぐべきか少し迷ったが、そのまま法衣を頭から被った。

 法衣は彼女には大きすぎたようで、袖は余り、裾は床に着いてしまっていた。

 首回りは大きく開けて、ぼろがなければ胸が見えそうなくらいだ。とやら靴は受け取ったものの、彼女には履きかたが解らなかった。

 どうせ、足元は法衣が長すぎて見えないだろうと思って、それは部屋の隅に放っておくことにした。

 古郷ではずっと裸足だったし、足の裏に感じる城の石畳の冷たさは嫌いではなかった。


 扉を開け、兵士の前に姿を見せる。


「あー。やっぱり合わなかったか。しょうがないんだよ。おまえみたいな小娘が、そんな上等のやつを着ることなんてないんだから。偉い祭司様が着るやつなんだよ、それは」

 身体に合わない法衣は、なんだか自分が間違いをしでかしているかのように感じさせた。かといって、寸法が合わないのは自分が悪いわけでもないことは分かっていたから、コニアはただ兵士の顔を見つめるほかになかった。


「なんだよ。そんな目で見るなよ。なかったんだよ。その大きさのしか。ほら、行くぞ」

 兵士は口を尖らせながら歩き始めた。娘もそれに続く。


「次に会う教育長も、偉い人だからな。さっきみたいに黙ってちゃだめだぞ。もっとも、あの人の事だからほとんど喋らせてもらえないだろうけど」

 幾つか部屋を通り過ぎ、兵士は足を止めると、扉を叩いた。


「モルティヌス教育長。祭司見習いのコニアを連れてきました。新入りです」


 一声掛けると、兵士は中からの返事を待たずに扉を開け、中へ入った。娘に向かって手招きする兵士。

 法衣を引きずりながら、部屋へ入る娘。



 娘が部屋に入ったのを確認すると兵士はおもむろに、自身の両耳へと指を突っ込んだ。



「いやいや! 君が新人の娘、コニア君だね!? 私の名前はモルティヌス。

 ここ、祭司会で祭司たちの教育を任されている教育長。教育長モルティヌスだよ!

 私は君のような若くて! 希望に満ちて! 学習意欲の豊富な子が大好きだ!

 君には特に学びたい学問や仕事はあるかね? 答えなくてもいい!

 これから私が、祭司の歴史から仕事から全部話してあげるからね!

 そうすれば、君のやりたいことがおのずと見えてくるはずだ!

 人の命を救う医療? 大地の恩恵に与る農学? それとも夜空に輝く、空想的幻想的星々の天文学?

 迷信めいた占いに、人身御供の儀式まで! おっと、これは失言!

 祭司会の重役たる私が、占いに迷信だなんて!

 でも許してくれたまえ、私はそういったあやふやなものは信じないことにしているんだ。

 もちろん! 大地の恵み、木々の恵みに対する畏怖と尊敬の念は本物だがね!

 それとエスス祭司長への忠誠心!

 うん……? 信仰心? あるとも! だがね君! 宗教というものは本来人を幸せにするためにあるものだ!

 そうだろう? あるいは? 未知の事柄に対して納得を得るための!

 私は多少の信仰心は持ち合わせてはいるが、教義に殉じて死ぬのは真っ平御免!

 なぜかって? それは私も、もともとは君のようによその土地から来たものだからだよ!

 始めは異国の地で異国の教えに従っていたからだよ!」


 矢継ぎ早に話し続けるモルティヌス教育長。

 会話のような文言もあったが、コニアは一言も言葉を発していない。

 彼女は助けを求めようと、兵士の居たはずの場所を見やった。


 ……が、そこにはもう誰も居なかった。


 モルティヌスの声は大きく、部屋の空気を、空気だけでなく部屋全体を振動させていた。

 振動が頭に響き、震える空気が鼻先をくすぐって、くしゃみが出そうになる。


「君も奴隷だったのだろう? 違うかね? 私も奴隷だったのだよ!

 だがね! わが敬愛するエスス祭司長が、奴隷に関する素晴らしい改革を行ったのだ!

 むやみやたらと奴隷を徴用することをやめ、一般国民同等の扱いに変えたのだ!

 私は救われた! なんという人道的処置! 奴隷の天国! ただし悪人は除いて!

 エスス祭司長は天才か? 天才だ! 君もそう思うだろう!?」


「へっくち!」


 空気の振動に耐え切れず、くしゃみをする娘。それを同意と受け取ったか、モルティヌスは歓喜の声を上げた。


「素晴らしい!」

 娘は首を縮めた。


「そうして私は、人々の幸せの為に、彼のような祭司を目指して、祭司会の門を叩いたのだ!

 多くの教え! 素晴らしい技術の数々! 私の脳みそは、それをすっかりと吸い尽くした!

 雨を望む砂漠の大地のように! そうしてこうして、とうとう祭司でも名誉ある役割の教育長にまで上り詰めたのだ!

 ……おっと! 同胞たるコニア君を立たせたままでは、失礼極まりない! さあ、掛けなさい!」


 モルティヌスが椅子を勧める。コニアはそれに従った。こめかみに手を当てながら。


 なんてうるさい人なんだろう。砂漠で遠くの人を呼ぶ時、とびっきり大きな声を出すけれど、それをずっと間近で聞いているような。


「さて、私の事はこのくらいにして!」


 胸をなでおろすコニア。


「今から歴史の勉強だよ! まずは太古の大自然と我々の関わりから話そうじゃないか……」


 それもつかの間、娘はしかめっ面になる。



 彼の講義はたっぷり日が暮れるまで続いた……。



 部屋をあとにする兵士。背後の扉は弦をはじくように震えている。兵士はあの教育長の事が好きになれなかった。

 説教好きだし、話は長いし、何よりとてもうるさい。

 熱の入った彼の弁には、肯けるところもあったが、話の端々からこの国の宗教に対し、本当の信仰心を持っていないことは明らかだった。

 別に兵士自身もそれほど熱心に信じているわけではない。だが、モルティヌスの度々口にする、エスス祭司長への傾倒。

 彼にはその忠誠が狂信的で常識離れしたものに思えたのだ。


「しまった」

 彼はうるさい部屋から離れることに気をやり過ぎてモルティヌスに大切なことを伝えるのを忘れていた。

 コニアが、エスス祭司長の特別のお気に入りだということをだ。

 もっとも、それを知ろうと知るまいと、あの夏場の蒸した空気のような男が教育に手を抜くことなんてはありえない話だったが。

 ともかく、これからうしろの部屋で熱弁に揉まれる新入りの娘には、ちゃんと同情しておいた。


 その日の暮れ、嵐のような一日を終えたコニアは部屋に戻って早々に寝床に就いていた。

 半日ものあいだ、言葉の砂嵐に打たれた顔は、冷たく痺れてしまっていた。

 これから自分はどうなるのだろうか。まさか、毎日あの教育長と? それとも祭司長と?

 どちらにしたって、それは余り幸福なことには思えなかった。ただ暑いか、寒いかの違いに過ぎない。

 望んだわけでないにしろ、砂漠から抜け出ることができたのに、結局は寒暖に苦しむことになる自分の運命にため息が出た。


「おい、食事だぞ」

 扉を叩く音。


 娘は起き上がり、扉を開いた。先ほどの兵士が、木の盆を持って立っている。

 彼女は押し付けられるままに木の盆を受け取った。木の盆の上には見事に膨らんだパン。

 それに、色とりどりの野菜、肉の入ったスープが湯気を立てていた。

 湯気が鼻から入ると、娘の腹は獣の唸り声のような音を立てた。娘はちらと兵士を見やった。

 兵士は耳に指を入れ聞こえていない振りをしていた。兵士が部屋から出ようとすると、娘が声を掛けた。


「あ、あの」

「なんだ?」

「ありがとう」


「別に。仕事だしな」

 そっけなく返す兵士。特に娘と視線を交わすことなく手を振る。


「あ、あの! 聞きたいことが」

「何か?」

 兵士が振り返ると、娘が壁にある木の板を指さしていた。


「ああ、それが気になるのか。それは窓だよ。板を開くと、外が見えるようになってるのさ。

 窓の外は中庭だ。中庭には“神樹”があってね。この国の守り神さ。

 それがまた、すごく立派でデカいんだよ。ここから見れば、ちょっとした景色なんだけどな」


 兵士は一瞬、沈黙した。


「今はちょっと、中庭は立ち入り禁止なんだ。だから、打ち付けてあるのさ」


 神樹。その言葉の響きは娘の興味を引き付けた。彼女の居た不毛の国には、そういったものはない。

 人さらいに担がれたときに通った森の木にすら到底及ばないような、痩せて背の低いものしか生えないのだ。それですら宝だ。

 この国は、自分の古郷とは違って裕福だ。そんな裕福な国の人々が、神と崇める程の大樹とは、一体どんな木なのだろうか。

 太陽に届くのだろうか。その木にはどんな花が咲き、どんな実が成るのだろうか。


 コニアはもっと神樹について聞きたかったのだが、空想が長すぎたのか、兵士はすでに帰ってしまっていた。

 彼女の長旅に抗議するかのように、腹の獣がもうひと鳴きした。

 部屋に戻り椅子に座る。スープの器からは変わらず白い蒸気が立ち上っている。

 木のスプーンですくって口に運ぶ。少し酸っぱいような、塩辛いような味が、頬の内側をつねる。

 おぼろげだが、“ご主人”の家で食べたもののほうが美味しかった気がした。


 最近は随分と食生活が変わってしまった。砂漠に居たころは、トカゲやサソリ、あるいは植物の根っこばかりだった。

 それも大抵は火を通すことなく、そのまま齧りついていた。荒れ地や砂地では、そのくらいしか食べられるものが無かった。

 砂漠といえど、多少草木の生えるところや、“外”の河と繋がっているところ、それにオアシスだってあった。

 そこに行けば、多少ましな植物だとか、水を求めて集まった食いでのある動物だとかが見つかった。

 だが、“群れ”の大人たちは“外”と関りを持つことを極端に避けていた。理由はいくつかあったが、一番は人さらいのせいだった。

 けっきょく、それを忌避して砂地で苦しい生活を続けたのも無駄だったわけだ。

 “群れ”は襲われ、青年は殺され、一番の食料確保係であったコニアを差し出してしまったのだから。


 残された仲間はちゃんと食事ができているだろうか。


 自然に浮かび上がった心配であったが、自分を売り渡したことへの失望感と怒りも一緒に沸き上がり、すぐに心配は元の水底へと沈んでいった。


「ざまあみろ、よ」

 娘はひとりごちると食事へと戻った。なるほどスープは勝利の味がした。



 食事を終えたコニアは壁の板に耳を当ててみた。

 始めのうちは何も聞こえてこなかったが、耳が慣れてくると、何かの音を拾うことができた。


 ――何の音だろう。


 いつかどこかで聞いた音。


 ――これは、雨の音だ。雨粒が日よけの布に当たるときの音。


 砂漠では、雨は滅多に降らなかった。雨季の時に一度か二度、砂漠の周りの土地から、ごくたまに雲が迷い込んでくるときがあった。

 その時は決まって嵐になった。短い時間だけ、まるでそれまで乾いてきたぶんを取り返すかのような、凄まじい嵐。

 それは風と稲妻を伴う危険なものだった。とはいえ砂漠に住む彼らにとって、水分は貴重なものだ。まさに恵みの雨。

 しかし嵐は砂地を泥に変え、ときおり生き物を溺れさせた。水を溜め込みやすい地形では、ちょっとした川や池ができた。

 そして、それを求めてやってくる草食動物を狙って、肉食動物や、遠出をした“外”の狩人が集まってきた。


 嵐は恵みをもたらす。だがそれは、すべての生き物に対して機会を与えると同時に、危険をも与えたのだ。


 ある嵐が来た日の事だ。それは夕方に起こった。

 コニアの“群れ”は、嵐の中心から外れたところにあった。風で雨粒が流れて来て、日よけの弛みに水を溜めた。何もせずとも、ちょっとした水を得ることができる機会だ。

 だが、壺や桶などの面積の少ないものでは大して集められない。まして自然に任せたままでは。


 娘の慕う青年は「嵐に近づけばもっと水が手に入るんじゃないか」と、仲間たちに提案した。


 そして何人かの大人と一緒に、壺や桶を担いで雨水を集めに出て行った。

 しばらくして、彼らは怪我もなく無事に戻ってきた。たっぷりの水も持ち帰って来た。

 だが、彼らの顔はすっかり干上がったようになっていたのだ。雨で体を冷やしたのかと心配をしたが、どうも違うようだ。

 何か恐ろしいものを見たらしい。仲間が何があったのかと尋ねると、青年が震える声でこう語ったのだ。


「嵐に近づくにつれて、“外”と繋がる川の跡に近づくのが分かったんだ。

 それは危険だってわかっていたのだけれど、一応覗いてみようかって。

 川に行ってみたら、なんてことはない、特に危険な動物も、“外”の人間もいなかったんだ。

 隣の群れの人たちが、僕らより先に川にたどり着いて、楽しそうに水を汲んでいた。

 僕たちは久しぶりに会った彼らに声を掛けようとした。彼らはこちらを向いて手を振った。

 そしたら急に、川の水があっという間に増えたんだ。隣の群れの人たちはみんな、水に押し流されて、泥の中に沈んで行ってしまったんだ……」


 砂漠や荒れ地にある枯れ川には、ほかと違った質の砂利や、ちょっとした植物などがある。

 それを目印に、雨季に川になる場所を見つけることができたのだが、その中のいくつかには、急な鉄砲水による増水を引き起こすものがあった。

 野生の動物たちは、そういった場所には殆ど近寄らなかった。

 水を飲みに来る動物が居なければ、それを狙う狩人も肉食動物もやっては来ない。そういうわけだった。


 娘は昔の事を思い出すのをやめた。気に入らなかった。


 この戸板の外でも、雨が降っているのだろうか。

 それは、砂漠の嵐のような雨だろうか。きっと嵐でも神樹が屋根の役割をして、中庭を守っているんじゃないだろうか。だからみんな平気なのだ。

 努めて戸板から聞こえる音から想像を膨らます。

 板でくぐもったぶん、雨音は川の音を思い出させる。川よ。雨の川よ。私の思い出を流してちょうだい。

 娘は想像の川に身を任せ、夢の下流へと流されて行った。



 見習い祭司の生活は、コニアにとって酷く退屈なものだった。


 毎日数時間、教育の神たるモルティヌスのありがたい雷鳴と砂嵐を拝聴し、それ以外は自由時間だった。

 モルティヌス嵐に関しては、耳に食べ残しのパンを丸めて詰め込むことでそれなりに快適に過ごすことができた。

 パンは美味しいだけではないのだ。コニアはときおり、頷いて見せたり、首を傾げてみたりもしたが、これは失敗だった。

 反応を返せば、それだけ彼の弁には熱が入るのである。彼女がモルティヌスから真っ先に学んだ大切なことは、それらだった。


 問題は自由時間のほうだった。彼女はいまだに奴隷で、城外に出るのは禁じられていたから、外に出てみることもできない。

 もっとも他人の行動にあまり興味を持たないたちだったから、人だらけの城下にはあまり興味が無かった。

 かといって、一番入りたい中庭は固く立ち入り禁止とされていた。

 中庭に向いた窓はどこもしっかりと打ち付けてあり、中庭に続く扉の前には、見張りの兵士が退屈そうに立っていた。


 見張りをつけるなんて徹底ぶりは、砂地暮らしの娘の想像力でも秘密めいたものを感じさせるのに役立った。

 立ち尽くす兵士に立ち入り禁止の理由を尋ねてみても「知る必要のないこと」の一点張りだった。


 寄宿棟にはコニアの他にも見習い祭司が何人か居たが、彼女は必要が無ければ誰かと口を利くことをしなかった。

 同じ年頃の者も居たが、彼らの視線が自分を同等に扱わないことはすぐに分かった。

 彼女はそういうことには敏感だ。だから同居人たちは退屈を埋める役には立たなかった。


 コニアは他者に対して殆ど信用を置くことはしなかった。手ひどい裏切り、手ひどい扱い。

 それとはさかしまの理由の解らぬ好待遇が、いっそう若い娘を人間不信へと陥れて行った。

 少し前には、絆と愛を重んじていたとは思えないほど、彼女の心は擦れてしまっていた。彼女の関心は、人間から離れていった。


 その代わり、戸板の向こうにある中庭の神樹に思いを馳せる時間が増えていった。


 先ほども述べた通り、コニアは他の者と殆ど交流をしなかった。

 それにも関わらず、彼女は城内の噂になっていた。

 どんな場であろうと、新入りというだけで多少話題になるものだが、彼女は珍しい容姿をしていたし、何より奴隷に関する法律が改正されてから、奴隷出身の見習い希望者が現れたのは久しぶりだったからだ。

 彼女に声を掛ける者こそ居なかったが、その珍しい娘を一目見ようと、こっそりと廊下を見張る者や、歩くたびに棚引く長く美しい銀の髪のうしろについて、鼻を鳴らす者などがあとを絶たなかったのだ。



 そしてその噂は、寄宿棟の向こう、王族の住む部屋へまでも伝い流れていった。



 話を聞きつけた王――と言ってもこれも若い娘なのだが――は噂の見習い祭司に興味を持った。

 彼女もまた、滅多に城から出ることができない身で、常に退屈をしていた。

 王はもとより好奇心旺盛な性格をしていた。こういった変わった出来事を聞きつければ、黙っていることができなかった。

 そういうわけで、王は手近な兵士を一匹とっ捕まえて、こっそりと娘を自分の部屋に連れてくるようにと言いつけたのだった。


***

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