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.32 冬の朝

 ……。


 今回の騒動で、大楢の国は事実上無くなってしまったわ。

 神樹が無いのに大楢の国って言うのも変だしね。わたしの考えていた国の計画も、復讐を考えていた人たちの計画も、全部おじゃん。

 祭司会も解体。城下町は物理的に解体。お城も半壊。国に住んでいた人も多くが亡くなって、生き残った人たちにも心身に深い傷を残したわ。


 まずは死者の体を埋めることから始めたわ。寒い中放って置くのはさすがに可哀想だもの。

 神樹が無くなってしまったから、適当に穴に放り込んでもなかなか分解されないのよ。

 信仰は殆どなくなってしまったけど、やっぱりみんな、前の通りにしたがったのよね。

 それでも、死んでしまった人たちを臭い塊にしちゃうわけにはいかなかったから、結局は掘り出して、焼いて清めてあげてから埋めたわ。

 本当は、大切な人のぶんくらいは立派なお墓を作ってあげたかったんだけど、誰にでも大切な人はいるものね。誰かだけを特別扱いってワケにはいかないわ。


 新しく家を作るにも、火を焚くにも、木が要るわ。壊れた街で冬を乗り切るためには、森を大伐採しなきゃならなかったの。

 木造建築には多くの人が反対したわ。あれはだめ。これもだめ。ならどうしろっていうのかしらね。

 土壁の枠や煉瓦を焼く燃料にだって木材は要るのにね。土や石を掘り出す手間も考えたら木のほうが良いのよ。

 とりあえず、もう祭司会の監視はないから、木の伐採もご自由にってことね。


 いい? 文句を言うのは自由だけど、家をどうにかするのもあなた達なのよ。

 あれからずっと雪が降ったり止んだり。早く決めないで凍死しても知らないんだから。


 そうそう、凍死で思い出したんだけど、ひとつびっくりしたことがあったの。モルティヌスの奴よ。

 あの人、あんだけエススに傾倒してたくせに、今じゃすっかりわたしの子分みたいになってるわ。エススが死んだあと、彼が最初にやったのが、自分の服を脱いでわたしに被せることだったのよ。

 わたしが震えていたからですって。自分は雪の中、半裸になっちゃって。馬鹿みたいね。

 あ、別に彼は凍死してないわよ。風邪はひいたけど。

 寒くないの? って聞いたら「じゃあ半分だけ」って自分の服を破いちゃって。笑っちゃうわよね。あとで自分が着る服が無くなっちゃって!


 それと、自慢がうるさいの。根っこのヘビが街を襲ったとき、ナイフ一本でばっさばっさと迫り来るヘビをやっつけてみんなを守ったって。

 もう耳にたこができちゃった。この自慢、何故かルゴスさんの前ではしないのよね。彼はそういう話好きそうなんだけど。


 食べ物の問題。わたし達の国はもともと農業と放牧がおもだったのよ。

 でも神樹が死んでしまってから農業は不振、そうなると草食の家畜も困っちゃうわけで。


 これに関してはなんと、ルゴス族長が狩猟の得意な部族のかたたちを紹介してくれて、わたし達の食い扶持を繋ぐ手助けをしてくれたのね。

 狩りってなかなか楽しいわ。寒くて動物もあまり出歩いてないから、待ち時間ばかりなのは玉に瑕ね。


 ルゴスさんはわたしにえらく親切になったわ。頻繁にわたし達を訪ねては、いろいろと力添えをしてくれているの。

 一度はわたしを磔にして焼こうとしてたなんて信じられない。


 他には……そうね。これも食べ物の話なんだけど、街では家庭菜園が流行ってるとか。

 大規模な農家はやっていくのは難しくなったけど、自分で食べるぶんくらいは自分でってね。これは良い傾向だわ。

 家庭菜園を流行らせたなんとかって女の人、あまり評判の良い家ではなかったらしいんだけど、今では町中で尊敬を集めているらしいわ。

 彼女の作る野菜のスープはとっても美味しいんだって。わたしも一度、食べてみたいわ。


 次。国の事。国の仕組みについては一度解体。最初からやりなおし。

 今度は誰かひとりに頼りっきりにならないように気を付けなくっちゃね。

 兵士や元祭司の人たちのやる気のある人たちで復興部を編成したんだけど、思いのほか多くの人が残ってくれたわ。

 わたしは一応王様……女王様ってことになってるんだけど、ちょっとくらいお姫様もやってみたかったなー……なんてね。

 どっかの国の王子様でも来てくれれば良いんだけど。ようやく勉強してきたことが役に立つから、まあいっか。


 どういうわけだか、あの一件から、わたしの言うことをちゃんと聴いてくれる人が増えたの。

 わたし、考えるのは得意なんだけど、形にしたことが無いじゃない?


 みんなが助けてくれるのが嬉しい。子供たちが特にわたしに懐いてくれるの。「お姉ちゃん、お姉ちゃん」って。

 照れくさいわね。妹や弟が居たらこんな感じかしら? タラニスは「子供が懐くのは同類だから」だなんて。失礼しちゃう!


 ときどき昔の事を引っ張り出す人が居るけど、タラニスやルゴスさんが睨むと大人しくなるわ。

 それはそれで忘れちゃいけない大事なことなんだから、あんまり厳しくしないであげてって言うのにね。ふたりとも怒ると結構怖いのよ。


 タラニスには聞きたいことが山ほどあるの。彼は物知りだから、国の復興も助けて欲しいし、それにエススの事とか神樹の事とか……。

 でも彼は「その時が来たら話す」って言って、わたしのそばで昼寝してばかり。

 ま、わたしは彼が帰ってしまわなければ、それで充分なんだけどね。最近は忙しくて出かける程の暇はないけど、落ち着いたらまたお出かけをしたいわ。



 ……そして、今から書くのが、一番大切なこと。


 

 暖かい部屋の中、机に向かうルーシーン。彼女はペンを走らせている。だが、邪魔が入ってしまい、文字を書き損じてしまう。


「ちょっと! 書き物をしてるときに髪を弄るのはやめてって言ったじゃない!」

「だってえ。ルーシーンの髪の毛、金色でさらさらしてて触ると気持ち良いんだもの。ね、今日はどんな髪型にする?」

「……もう。きつく結ぶ奴はあんまり好きじゃないのよね。頭が引っ張られる感じがなんだか嫌。ハゲちゃいそう」

「じゃあ、前髪いじっちゃう?」

「それも、嫌。わたし、ちっちゃいころに階段から落ちて、おでこに傷痕があるのよ」


 娘の指先がルーシーンのおでこを撫ぜた。


「ちょっと! くすぐったいわよプニャ!」

「……ほんとだ。綺麗な顔なのにい。これは良くないですねえ。他に良い髪型無いかなあ」

「わたしの頭を押さえたまま考えるのやめて。字が書けないわ。わたし、読むのは得意だけど、書くのはあまり得意じゃないのよね」

「私は字を読むことすらできません! 邪魔は得意です!」


 胸を張るプニャーナ。ルーシーンの後頭部に柔らかいものが当たる。


「えばるな!」

「あはは! 怒った! ごめんなさい!」

 鬼ごっこを始めるふたり。すっかり置物が板についた鳥が迷惑そうに顔を翼に埋める。

 彼はうるさいのも狭いのも嫌いだと言ったが、どうやら寒いのが一番苦手なようだった。雪の日はずっと部屋の中だ。

 翼は炎に焼けた程度では飛ぶに支障がなかったが、あとからあちらこちらが剥げていることをルーシーンに指摘されたのが堪えたらしく、彼の引きこもりに拍車を掛けていた。


 ルーシーンは鬼ごっこに飽きると、再び机に向かった。


 ……プニャーナ。わたしたちみんな、彼女は死んでしまったと思ったわ。

 エススが手加減をしたようには見えなかったし、胸から血だって出ていた。彼女、地下牢での傷も治療してもらってなかったのよ!

 でもね。あのあと、普通に起き上がったのよ。「胸に入れてた友達の証のお陰」だって、どういうことかしらね?

 でも、彼女の身体は傷だらけ。怪我が治ってちゃんとするまでに結構掛かったわ。どの怪我も痕が残ってしまった。本人は気にしてない風だけど……。


 それに、心のほうだって。だって、彼女の、わたしたちの親友は眠りに就いてしまったから……。


「ルーシーン様、入りますぞ! おはようございます! ルーシーン・エポーナ女王陛下! 本日も雪がしんしんと降る、良いお日柄で。不肖わたくしめは本日も女王陛下のお力になりたく……」

 相変わらずの男が現れる。鳥は顔をさらに深く埋めた。


「んもう。また邪魔。ちょっと! 男性が女性の部屋に無遠慮に入るのは感心しないわね、モルティヌス!」

「そうだぞ。モルティヌス。うるさいぞ」

 鳥が便乗する。


「タラニス殿もオス。……男でしょう?」

「こいつは、鳥!」

 指さすルーシーン。


「ええ……」


「タラニスは鳥さん~」

 毛づくろいを始めるプニャーナ。鳥さんは反論を諦め、されるがままとなった。


「それで、朝っぱらから何の用よ。仕事の時間にはまだ早いわよ。つまんない事だったら晩御飯抜きよ」

「今日は公務をお休みになられると良いでしょう。あとの事は私にすべてお任せを」

 急に休みを言い渡すモルティヌス。彼はいつもの暑苦しい態度はやめ“にっこり”した。


「なによ。いきなり……気色悪いわね……」

 首を傾げるルーシーン。


 突然、扉が音を立てた。開け放しにされた扉の向こうでは遠ざかっていく足音。

 ルーシーンが部屋を見回すと、毛づくろいをしていたはずの人物が居なくなっていた。取り残されたタラニスはあくびをしている。


「さ、ルーシーン様。あなたも」

 さっきよりも“くどいにやつき”のモルティヌス。


 ルーシーンの顔はほんの一瞬、不快感を示した。だが、すぐに何かに気付いたようで、彼女もプニャーナのあとを追って部屋を飛び出して行った。


 静かになる部屋。


「……ということで、本日の公務の力添えを」

 まどろむ鳥のほうを見るモルティヌス。

「……やだよ」



 広間を抜け、階段を下りる。ルーシーンが脱走以外でこれだけ早く階段を下りたのは初めてだった。

 プニャーナの足が思っていたより早かったため、影も形も見失っていたが、彼女が向かった先はちゃんと分かっていた。


 地震に持ちこたえた、二階の無事な部屋のひとつ。そこは病室として使われている。

 騒動の怪我人で城下町の病院は満員。あぶれた怪我人は城の空き部屋に入院していた。

 あれからときが経ち、ほとんどの人が退院し、それぞれの暮らしに帰っていった。


 だが、その部屋にはずっと眠り続けている人物が居た。


 ルーシーンが病室に入ると、すでに寝床の上には半身を起こした娘。

 それに抱きつき泣きじゃくっている友人の姿。

 目覚めた娘は左手で友人の頭を撫でてやっていた。彼女は随分と痩せてしまっている。

 それでも、彼女の瞳は病人のそれとは別物だった。


「おはよ」

 笑いかけるコニア。

「おはよう」

 手を振るルーシーン。



 ……コニア。彼女はプニャよりもずっとまずい状態だったの。身体中の血がたくさん抜けて、死人みたいに冷たくなって。

 誰の呼びかけにも目を覚まさなかったわ。わたしはもちろん、プニャの声にさえも。


 でも、胸に耳を当てると、かすかだけど、心臓は動いていた。小鳥の心臓ほどの鼓動だったわ。


 すぐに治療に取り掛かってもらったわ。半裸の彼にね。何日も危ない状態が続いた。

 何度も心臓が止まった。それでも、彼女は生きたわ。コニアの容態が変わるたびに、わたしたちは何度も泣いたわ。


 わたしたちがようやく笑えるようになったのは、割と最近の事ね。

 そこまで持っていくのに、沢山の栄養や薬が必要だった。料理や薬の材料は、ある兵士が率先して集めてくれたの。

 一睡もしないで、国中を、草原を、森を駆けずり回って。彼の連れていた犬も随分と頑張ったみたいね。


 犬を撫でようとしたら手を噛まれたわ。ぶん殴ってやりたかったけど、動物相手に大人げないから勘弁してやったわ。

 彼は材料だけ寄越すと、すぐに復興の仕事に戻って行ったわ。このことはコニアには言わないでくれって。口止めをされたの。どうしようかしらね?


 薬はモルティヌスが作った。彼って本当、なんでもできるのね。コニアの世話はプニャがしたわ。男の人に任せるわけにはいかないし。

 まあ、その仕事を彼女が譲らないってのは誰が見ても明らかだったけど。


 眠った彼女の口に押し込んでやる食事は、なんだか良くわからない、変な人が作ってた……。

 正直、あんな怪しい奴にコニアの食事を任せるなんて、わたしにはできなかったわ。

 でも、プニャが彼の事を信用してるのよね。だからしょうがなく。プニャは「友達だ」なんて言ってたけど、どういう知り合いかしら?

 そいつはそいつで「友達の友達はみんな友達ネ!」なんて言うし……。


 とにかく、コニアが死んじゃったら、あいつのことは死刑にしてやろうと思ってたわ。いのち拾いしたわね。いちおう、褒めて遣わしたけどね。わたし女王だし。

 あいつは「ワタシの料理の腕すごいでショ! やっと証明できたネ! でも、このスープ、材料が最高だったヨ! 野菜、栄養満点ネ!」なんて言ってたわ。

 野菜のスープは本当、国中で流行ってるわね。まあ、寒い冬に温かいスープって良いものよね。わたしも好き。


 そうして、コニアは何日も眠り続けて、ようやく目覚めたってワケ。

 こういうときに、こんなことを書くのはちょっと良くない事だと思うけど、わたし、コニアが目覚めたことよりも、そのあとにわたしに笑いかけてくれたことのほうがすごく嬉しかった。


 安心したの。もしプニャーナの事ばっかりで、わたしの事を友達だって思ってくれてなかったら、哀しいじゃない?

 だから、ちょっと彼女が目覚めるのが怖かったのよ。でも、良かった。


 見てる? エスス。愛や友情が短いあいだに成立することだってあるのよ!

 初めはわたしも信じてなかったケド。書物より不思議なことって、こんなにもよく起こるものなのね。


 本に書いてある事はあまりアテにならないけど……わたし、今回の事を書物にしようと思うの。

 この事件について、みんなの視点でね。いつかまた、人々が大切なことを忘れてしまったとき。それを思い出す為に。



 ルーシーンはペンを置く。立ち上がり、背伸びをする。

 きりの良いところまで書けた。今日はこれから中庭に行く。タラニスは大事な話があるらしい。

 コニアと、プニャーナと、ルーシーンと、ルゴスと、それにモルティヌスが呼び出されている。


 きっと娘の知りたかったことが語られるだろう。もしかしたら聞きたくないことも。

 どんな事実があろうと、ルーシーンは動じないつもりだった。


 だが、ひとつだけ。彼女は巨鳥から告げられたくない言葉があった。



 中庭に一同が会する。かつて世界一の美しさを誇った中庭はすっかり荒れ果て、砂と枯草にまみれている。

 先に来ていたモルティヌスが気を利かせて火を焚いていた。次第に火の前へと当事者たちが集まる。


 これから話される、闇から始まる物語。それに対抗するための温かい火。ここに集まったものは、多くの事を目撃し、傷つき悩んだ。

 だがそれでも、彼らが触れたのは事実の一端。


 いまだ語られぬ歴史の空白を埋める項。



 巨鳥はゆっくり口を開いた。



***

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