.30 業火の生贄
一晩経っても戻らないルーシーンを心配したタラニスは、自身の猛禽の感覚を発揮し、城中の気配を観察し続けていた。
とはいえ、彼の知覚も生物の範疇を越えることは無い。空からの探し物ならともかく、屋内の探し物はからっきしだった。
いよいよ部屋で待つことを諦め、外から探すかと思案し始めたとき、ルーシーンの部屋へと来訪者があった。
「タラニスよ」
声の主は祭司長エスス。
「エススか。なあ、ルーシーンをどこにやったんだよ」
タラニスの声には既に嫌疑を越えて、憤怒や敵意が含まれていた。
「これからいくさが始まる。エポーナ王は避難させた」
「本当か?」
「嘘をついて何になる。タラニスよ。お前に頼みがある」
「なんだよ。ははあ、ルーシーンを遠くへ逃がせってことか」
「そうではない。その必要は無い。というよりは、お前がその必要を無くすのだ」
「どういうことだよ?」
「いくさはいよいよ本戦が始まろうとしておる。城下町正面の平原だ。この国の兵力では勝ち目は薄い」
「おいおい。いくらぼくでも軍隊の連合をいっぺんに相手はできないぜ。だいたい、そのまま行ったら、ぼくはどっちの軍にも攻撃されるだろ!」
「手は打ってある。今は休戦状態だ。お前が攻撃をしても、大楢の兵は動かん。
敵もまさかお前がこちら側だとは思わんだろう。それに、全部を倒さなくてよい。
将を獲るのだ。さすれば敵の戦意は大幅に降下するだろう。上手くすればそのままいくさが終わる」
「まあ……そのくらいだったらなんとかなるかな。その代わり、分かってるだろうな? 小娘のお守りのぶんだってまだ未払いだぜ」
タラニスはエススを睨みつけた。
「ああ。おまえの欲しがっているものはすべてくれてやろう」
「約束だぞ。じゃあ、ひと暴れしてくるかな」
「敵の将は本隊後方、中央に構えておる」
「言われなくても分かってるよ。そのくらい、お約束だろ」
「任せたぞ」
巨鳥はのそのそと部屋を移動してテラスへ出た。そして伸びをいっぱいにすると羽ばたき、舞い上がった。
「人間風情にほだされた愚か者め。まあ、“出来損ない”にはお似合いだがな」
エスス祭司長は鼻を鳴らした。
――あやつはどれくらいのあいだ部屋に居たのだ?
エススはすっかり鳥臭くなった部屋を眺めた。この十年、部屋で紡がれた出来事が甦る。
だがそれはこれから先が紡がれることは無い。部屋のあるじはもう、居ないのだから。
タラニスはエススを信用してはいなかった。
だが、友人の為にいくさを止める手助けをすることと、自分の目的が一致するまたとない機会を得た。
国が安定に戻ればルーシーンの身の危険も薄まる。
万が一、行った先がすでに開戦状態なら引き返せば良いだけのことだ。
タラニスにはエススから絶対に手に入れなければならないものがあった。
これが巨鳥と人である祭司長との関係を絶対的なものにしていた。
平原へ出ると、人の群れが向かい合う姿があった。
人の粒は城下町の周りに二重の孤を描いていた。
いくら多くの勇敢な人間を屠って来た伝説の巨鳥といえども、尻込みする数だった。
だが、エススの言った通り彼らは武器を手に取っていなかった。
敵の連合の後方では、大森林での戦闘で得た戦果の整理や、抵抗する大楢の兵士や大楢派の族長の処刑、それに村落の女たちへ乱暴のが行われているところだった。
いくらムン族の族長が大人物であろうとも、千里眼を持っているわけではない。
彼の目の届かない後方では、恨みのやりどころに困った連中が蛮行を働き、戦利品に勝手に手を付けていたのだった。
「やっぱり人間は人間だ。これじゃあ、やつらの族長もしょうもない人間に違いないね。ルーシーンの爪の垢でも煎じて飲めばいいさ!」
だが、鳥は知らなかった。ムン族族長ルゴスが常に先陣を切る男だということを。
鳥は人間への嫌悪を取り戻すと、それを燃料に敵軍の最中へと急降下を行った。
「鳥だ!」「化け物だ!」
叫ぶ人々。怪鳥は手始めに休ませてあった騎兵用の馬を狙った。
「これも久しぶりだ」
猛禽の二本の脚はそれぞれ別の馬を掴んだ。腹に爪が食い込み、馬が嘶く。
タラニスはそのまま空へと飛び上がると、女に被さる男たちの頭上で馬を握り潰した。
血の雨を浴び、叫び声を上げる男女。
「いい気味だ!」
怪鳥は「ケケケ」と嗤う。
絞りつくした馬を投げ捨てると、新しい馬の確保に向かう。
鳥の頭を煩わしい風切りの音がかすめる。一部の冷静さを保った弓兵が怪鳥目掛けて矢を放っていた。
タラニスは馬を引っ掴むと、お返しとばかりに弓兵へ放り投げる。馬は草原を跳ね、兵達を押しつぶしながら転がった。
それでも残った弓兵は怪鳥を撃ち続けた。
だがタラニスは何度も上昇、降下を繰り返し、大地と空を駆ける巨大な車輪のようになった。
大車輪は風を巻き起こし、つまらない木の棒を吹き飛ばした。
「投石機を持ってこい!」「だめだ! 位置の調整ができねえよ!」
さすがのタラニスも“それ”をされたら堪らない。
大きく上昇すると一気に投石機に向かって体当たりを仕掛ける。重力と巨体と空力が合わさり、玩具を粉々にした。
無理に発射した機体もあったが、それはけっきょく、身内の中に血だまりを作ってしまった。
「きみ達は本当に愚かだ!」
鳥は人の言葉で叫ぶ。地面すれすれを飛び、鉤爪で次々と兵の臓物をまき散らしていく。
彼らの中には盾を持っている者も居た。盾には鷲と獅子の合成獣が描かれていた。
巨鳥の毛先を熱いものが掠める。猛る鳥のような声をあげて地に落ちたそれは、鏑の穴に脂を詰めて燃やした矢だった。
「獣と一緒にしないで欲しいな」
タラニスは追いすがる鏑火矢を掻い潜ると適当な兵を五匹ばかり掴み、敗北者を焼くために用意された油樽の中へ放り込んだ。
その後、彼らは知性ある魔物の目論見通りになった。
「お前かな?」
タラニスは羽根飾り付きの兜を付けた男を見つけ、叩き潰した。
だが連中の反撃は止まない。これは敵軍の大将ではないらしい。これだけの大軍だ、将軍にも格があるに違いない。
――だったら、それらしいのは全員殺してしまえば済む話だろう?
鳥は殺し続けた。百人か。千人か。もっと多くか。
屍の山を築き、その上へ降り立ち、けたたましい叫び声をあげた。
戦慄の衝撃波は戦場を駆け抜け、武勇に優れる者たちに恐怖の芽を植えた。
彼らは目にしていたのだ。伝説の魔物を。書物で語られる象徴を。その多くは王にかしずくか、勇者に打ち滅ぼされる運命にある。
だが書物から飛び出したそれは紙ではなく。文字でもない。
記述者の手を離れた現実だ。矮小な質量と脆弱な肉体しか持たぬ人の敵う相手ではなかった。
魔物にとって人間など病鼠と変わらない。圧倒的数量が優位に働くことは無かったのだ。
増えた屍の数だけ死臭が蔓延し、多くの戦士達に忘れてた本能を芽吹かせた。
タラニスは駄目押しにと兜首に圧し掛かり、その頭を兜ごと喰い千切る。取り巻きの兵はとうとう武器を投げ捨て、遁走し始めた。
「人間たちよ! これは罰だ! 我の宝に手を出した報いだ!」
巨鳥は叫んだ。
生命の水で濡れた翼と体毛。胸には同じくずぶ濡れになった“めのうの飾り”が光っていた。
久しぶりの大暴れだ。とても気分が良い。小娘を気遣ってたらこんな事できないもんな。
人間の小娘と一緒に居ると、こっちのぼくはなりを潜めるんだ。
余計にどれが本当の自分か分からなくところだった。やっぱりぼくは、ぼくなんだ。人々の恐れる、伝説の怪鳥だ!
――逃げる人々のあいだを別の光が煌めいた。それは一本の槍。
疾風は穂先は空を裂き、魔物の身体に突き刺さった。
「伝説の怪鳥はこのルゴス九番目の息子が討ち取った!」
破魔の一矢を見舞ったのは人間の勇者であった。父に名前を覚えられるくらいの。
魔物はひときわ高く嘶くと、あたりの死骸を蹴飛ばし、血の大波を起こした。勇者の視界は赤に染まり、それから二度と何も映さなくなった。
「やめてくれないかい。羽が傷ついただろう。ぼくを殺したければ機械仕掛けの弩でも持ってくるんだね」
怪鳥が血塗れの人々を嘲笑う。人間の勇者の放った槍は巨鳥の肉には届いていなかった。
「お、お前は、いったい何が望みなんだ!」
兵士の一人が勇気を振り絞る。
「別に。ただ、きみたちのかしらに会いたいだけさ。このぶんだと、もう殺してしまってるだろうけど」
赤い巨鳥は大きく身震いをし、身体に付いた穢れを弾き飛ばした。
「わ、我らが長ルゴス様はここにはおられん!」
「おやおや? 来てないのかい? お山の大将はおうちでおねんねかな?」
タラニスは兵士に顔を近づけた。
「ち、違う。ルゴス様は大楢の国の王を連れて既に城下へと進軍なさっている」
「なんだって!? どういうことだ!?」
巨鳥の脚が兵士を地面に沈める。
「お、大楢の国の王をいけにえにするんだ。それでこの戦争は終わる。だから俺たちは戦ってなかった。無理に戦わなくてよかったんだ。それなのに、なんでこんな……」
兵士は泣き始めた。
巨鳥は兵士を放してやると、黙って空へと飛び上がった。傷ひとつない身体が無数の血の雫を落とす。
「くそったれ! 間に合えよ!」
タラニスはもう一度、何かを罵倒すると城下町へと急いだ。
……。
磔のルーシーンを乗せた御輿の一行は町の広場に到着していた。娘は顔を布で覆われ、十字に組まれた柱にフジで作った縄で身体を括りつけられている。
娘が立てられると、戦争の恐怖で閑散としていた広場は徐々に活気を取り戻し始めた。
いつの世も、こういった見世物は娯楽になりうる。
憎い者の処刑でも、愛される者の悲劇であっても大した違いはない。
不作に苦しんだ者はいけにえの効力を受けに。かつて人間を奪われた者は因果応報を見届けに。
暇を持て余した者はただ好奇心を満たすためだけに広場へ現れた。
いけにえの目と口を塞いでいた布が外される。
「大楢の王よ。最期に言い残すことは無いか?」
娘は感覚を取り戻すとあたりを見渡した。父の遺した罪が彼女を囲んでいる。
彼女は遺産を全て相続した。負債の返済は相続者の義務である。来世に持ち越しなんてありはしない。
ルーシーンは父の遺産そのものには拘っていない。
睨まれようが、死を願われようが大したことではなかった。彼女の思う王者にそれは付き物だからだ。
だが、己の無能が生んだ罪は別だった。神樹の死が生んだ貧困。祭司会の活動の不円滑が生んだ負の連鎖。
それは本来、現王である彼女の仕事だった。だから彼女は受け入れ背負う。すべての罰をその小さな背中に。
父母の居ない娘が望んだものは、たった一つだったというのに。
「ないわ。何も」
再び氷のやいばがルゴスたちの身体を突き抜け始めた。広場は冷たい熱気で満たされる。
群衆は視線のやいばに飽き足らず、手にした石や煉瓦、鍋や汚物などを投げつけ始めた。
ルゴスを囲む兵士たちは大楯を構えた。
だがそれらが盾を打つことは無かった。
群衆の投げた物は彼らの頭を飛び越えて、御輿や柱へと向かっている。
「死ね!」
「殺せ!」
「早く燃やせ!」
「胸無し!」
「役立たずのせいで俺たちはこんなに苦しいんだ!」
磔の娘の身体を、数多のものが叩いた。尖った石のひとつが娘の頬を掠めた。
「おいおい! ちょっと待てお前ら! この娘はお前たちの王だろう?」
ムン族の族長は群衆を鎮めに掛かった。
「そうだ! こいつが無能だったせいでこの国はこんなになってしまったんだ! ずっと祭司長が独りで切り盛りしてくれていたんだぞ!」
ルゴスは目の前で起こる現実と、己の勘を見比べた。
この娘が無能? いやはや、悪しき王がうしろ指さされ、寝首を掻かれることは珍しいことでは無い。
この豪傑ルゴスとていのちを狙われるなど日常茶飯事。
だがこの娘が祭司長の傀儡だったとして、如何に先王が大きな罪を作っていたとしても……。
己の目を信じる男は自身の出した道理に納得ができないでいた。
娘への憐憫でも、愚民たちへの怒りでもない。伝説を打ち立てた豪傑の本能が現実に抗っていた。
事情を測りかねていた彼には、己の誇りのもとにあるこの如何ともし難い針の筵を覆す妙案は無い。
男は大人になってから数十年。初めて誰かに助けを求めたくなった。
「ねえ、お母さん。あのお姉ちゃん、燃やされちゃうの? 何か悪いことをしたの?」
見物客に紛れた子供が母親に尋ねる。
「何もしてないわ。何もしてないから燃やされるのよ」
肯定の沈黙があたりを覆う。母親は子供の身体を抱きすくめると目を塞いだ。子供は暴れて母親の腕を振り払った。
「変だよ! 僕は悪さをしたらぶたれるけど、お姉ちゃんは何もしてないんだよ。変だ!」
子供の声が広場に居座った。母親は我が子の口を塞ぎ身を竦め、敵と断罪者たちへ許しを請う。
ムン族の王が親子を睨みつけた。子供は母親に噛みつき拘束を解くと、視線を向ける相手にも噛み付いた。
「変だ!」
指をさす子供。
ルゴスは今度は親子ではなく、子供の顔だけを見据える。
「ワシも、そう思う」
豪傑の声は野蛮な風貌に似合わぬ静けさをまとい、放たれた。
ルゴスは兵に命じて、火付け用のたいまつを消させた。
沈黙は色を変える。
「は? 何やってるの?」
「そんなわけないでしょ!」
「いいからさっさと焼き殺せ!」
「仕事しろー!」
再び群衆の熱気は雪崩となってルゴスを、兵士を、御輿を飲み込んだ。
「やらねえなら、俺たちがやってやる!」
群衆から数人の男が飛び出す。族長は兵に命じて男たちを止めさせようとしたが、兵士は人の雪崩に足を取られ動くことができない。
男たちは用意された油桶を引っ掴むと御輿にぶちまけ始めた。
「おい、止せ! 止さぬか!」
豪傑はうしろから来た太った女に壺を被せられた。
壺男は男たちにもみくちゃにされ飲み込まれてしまう。
壺の割れる音。やじ馬は再び物を投げ始める。御輿を奪った群衆は「火を持ってこい」と口々に叫んだ。
あちらこちらで火の付いた物が高く掲げられる。彼らはこぶしを空へ突き上げる。
――太陽祭の始まりだ!
しかし、太陽は覆い隠された。ほんの一瞬の出来事だったが。その場に居た全員が空を仰ぐ。
青空に浮かぶ、翼を持った黒い影。影は瞬く間に大きくなり、広場に風を運んだ。群衆の火は消される。或いは取り落とされる。
砂埃が巻き上げられ、濃い血の臭いが漂い、あたりはもやの中に沈む。
「化け物だ!」「鳥のお化け!」
怪鳥の姿を目に留めたものが叫ぶ。
「構うか! さっさと焼き殺せ!」
御輿に向かって生き残った火が投げ込まれる。
油で濡れた木造りの御輿が炎に包まれた。
磔の娘の足先を火が舐める。娘は身を捩った。
足先を焦がす責め苦から逃れるためではなく、罰を受け入れ、痛みを受け入れるために。
国や育ての親への、最後の献身。
王の最後の仕事は友人によって妨害された。
巨鳥は無言で柱の背後に降り立つと、翼で彼女の身体を覆う。
娘は身を焼く熱でもなく、貫く冷気でもなく、違う暖かさを感じた。
初めて感じたそれは、娘に多くの安心を与えた。だが、ほんの少しの恐怖がそれを拒否させた。
鳥は娘の気持ちに気づいたが、彼女の懇願には応じなかった。鳥は「息を止めろ」とだけ言った。
「怪物だ!」
「焼き鳥にしろ! 野菜がだめなら肉だ!」
群衆は太陽祭を敢行するために、燃える御輿に降り立った巨鳥に油を掛け始めた。
憎しみの油膜は飢えた焔を瞬く間に満たした。
爪の焦げる様な嫌なにおいが広場に広がる。
吐き気を催すような空気。鼻が、耳が、胃が拒絶していた。
だが、豪傑ルゴスの目は塵ひとつ見逃すまいと、燃える御輿と狂った民衆を睨み続けた。
炎は不快感を全て飲み込み、城下町に巨大な焔の塔を作り、瞬く間に消えた。
巨鳥は自分が分からなくなった。さっきまでは伝説の魔物だったというのに。この前までは人間を小馬鹿にした賢い猛禽だったというのに。
広場の真ん中にある黒い塊は、愛と友情の塊だった。
風が吹く。黒い塊から煤が舞う。
黒い包みが開かれ始める。
中にはひとりの娘の姿。
黒い翼は芯を通したようにしっかりと開かれ、ひと羽ばたきした。それはまるで娘の背から生えているようだった。
黒こげの鳥はくちばしで娘の自由を奪うフジを切ってやる。娘は足先に痛みを感じながらもしっかりと両足を地につけた。
ルーシーンはタラニスの翼のあいだに腕を忍び込ませると、その下の皮膚に触れた。熱くはなっていたが、鳥は身じろぎもしなかった。
「ありがとう。タラニス」
焦げ臭い羽毛に抱き着く娘。
「……なあ。それで、これ、どうするんだい?」
鳥はあたりを見回す。
ふたりを囲む人々。皆一様に不安そうにこちらを見ている。
彼らはとっくに熱も冷気も収めている。彼らは自分たちの所業に対する裁きを待つ身となっていた。
「どうって、どうもしないわ」
肩を竦めるルーシーン。
「おいおい! きみはこいつらに殺されかけたんだぜ!」
巨鳥の魔物の部分が爪を見せる。群衆はたじろぐ。
「いいのよ。わたしには、やらなきゃいけないことがあるの」
娘は彼らをさっぱり赦してしまう気らしい。
「……分かったよ。きみの言う通りにする」
自分たちが罰しようとした娘からの赦し。
赦しは民衆たちを自由にしたが、彼らは娘から罰を貰えなかったために、自身で償いを考えなければならなくなった。
放免となった罪人の群れから、ひとりの子供が顔を出し娘を見つめていた。ルーシーンは子供に手を振ってやった。子供も手を振り返す。
ふと、地下牢からでた友人の気持ちが解った気がした。
「……行くわよ、タラニス。エススをぶん殴ってやらなくちゃ」
業火はルーシーン・エポーナのすべてをすっかり燃やし尽くしていた。
父も子も、罪も罰も。残ったのは“これから”。彼女は頬に付いた血をぐいと拭うと巨鳥の背中へとよじ登った。
「お、おいエポーナ王! ワシも連れて行け。連れて行ってくれ!」
蛮族の王ルゴスはふたりの前に駆け寄ると、跪いた。
彼は神を見ていた。伝説の怪鳥を従えた気高き娘の中に。彼は潔く自分の憧れに従うことにしたのだ。
今や彼の野性的部分すらもそれに賛同している。
「誰だい、この人は?」
「このおじさんはムン族の族長、ルゴスさんよ」
「へえ。この人が」
巨鳥はエススとの約束を思い出した。彼は“おじさん”を視線で舐めまわした。
巨大な猛禽から発せられた殺気を感じたルゴスは兵たちに言い放った。
「い、いくさは終わりだ! 終戦! 撤退! あと処理はワシが戻ってから決める!」
兵たちは首領に捲し立てられて、街の外へと駆けて行った。
「さあ行こう。お前達がどうするか、ワシに見届けさせて欲しい」
「行こうって、ぼくの背中に乗せろってことかい?」
「そ、そうだが……だめか?」
ルゴスは空を飛んでみたかった。素直に。
「ちょっとタラニス。おじさん可哀想よ」
耳打ちするルーシーン。
「ええ。若い女の子ならともかく、こんな汗臭いおっさんを?」
「まあ! あなたそんな目でわたしの事見てたの……?」
「冗談だよ。まあ、良いよ。乗りなよ。大した距離を行くわけじゃないし。城までだろう?」
ようやくお許しを貰った壮年の少年は、鳥の背中によじ登ろうとした。
そのとき、地響きと共に地面が、広場が、国が、大地が揺れ始めた。
揺れは次第に強くなってゆき、建物の土壁を崩し、石造りの道を砕き始める。
まるで世界の終わりのような大地震。多くの者は立っている事すらままならず、崩れる建物に下敷きになるものも居た。
地震による崩壊が大楢の国を覆っていく……。
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