.1 砂漠の民
あなたたちの時代からずーっと昔。
人々がまだ地を這って、魔術を信じ、大自然に従い生きていたころのお話。
これはわたしが見たことと、聞いたこと。
その物語。
血と涙と友情と、ちょっと哀しい愛の物語。
不毛な大地の続く土地がありました。水は干上がり、土がむき出しの地面はひび割れ、草は朽ち、木々はひょろひょろにやせ細っています。
その位ならまだ良いほうで、延々と細かな砂でできた丘の続く景色には枯草ひとつありません。砂漠です。
当然、生き物の姿もろくすっぽ無く、動くものといえば、たまに砂から顔を出すサソリだとか、トカゲだとか、それと熱で揺らぐ空気くらいのものでした。
……だめね。締まりがないわ。もうちょっと、お堅い感じで書くわね。
そのような地にも人間が住み着いていた。
彼ら“砂漠の民”は、数十人程度の単位で集まり、“群れ”を作って暮らしを営んでいた。
厳しい環境での生活。
高温の地面と乾いた空に挟まれながら、わずかな水や緑を求めて移動を繰り返す。
見つけた土地のわずかな資源を吸い尽くし、食べられそうなものはなんでも口に入れてゆく。
そのうちに口に入れるものが無くなれば、別の土地へと移って行った。
彼らは作ったり育てたりすることをしない。
そもそも地面は粉のようだったし、胃の中ではいつも閑古鳥が鳴いており、その鳴き声は常に頭を掻き乱していた。
そんな状態で何かの種や根を植えたとしたても、目を離した隙に消えて失せて、その代わり誰かの鳥が僅かばかり黙るだけのことだったからだ。
その閑古鳥が食べられるものだったとしたら、彼らにとってどんなに良かったことだろう。
いくら不毛な土地が続くとはいえ、歩き続ければいつかはましな土地に出ることができただろう。
だが、彼らはそれをしない。しなくなったのだ。かつては誰もが荒れ地の“外”を目指した。
砂山からはそう長い時間をかけずに出ることができた。
しかし、出て行った先の土地はすでに“誰か”の物だった。“誰か”の多くは彼らを歓迎しなかった。
たとえ争って奪おうにも、やせっぽっちの彼らが勝つことなんてなかったし、平和的な土地であったとしても、気味悪がられた彼らはすぐに砂の中に追い返されてしまうのだ。
今昔東西、どんな生き物だろうと、自分と違うものを忌避するのは常である。彼らは少し変わった容姿をしていた。
“外”の人々の髪色は茶か黒、赤毛、それか金髪。
だが、砂漠の民の髪は、なんとも奇妙なことに長く生き過ぎた老人のように白や銀に見える色をしていた。
これが外の人々の心に不安を植え付けたのだ。
あれは病ではないか。一緒に居ると、自分たちまでが生気を吸われ、枯れ木になってしまうのではないかと。
だが、顔の作りは精鍛で、落ち着いてよく見れば彼らは美しかった。
しかし、それはかえって悪い結果を招いた。
いくつもの土地で拒否を突き付けられる中、彼らを快く迎えた村がひとつ。
砂漠の長旅で疲れた彼らを労うために、村の者は宴を開いてくれた。
これまで外を目指してきた人々が追い返されていたことを知っていた彼らは、意外な歓迎に戸惑いを覚える。
不毛な土地でのことをあれこれ質問され、それに答えているうちに、村の者が食事を用意してくれた。それは、見たこともないようなごちそうだ。
瑞々しい果実に、肥沃な土地で育った野菜。丸々と太った家畜の肉。
そういったごちそうを彼らも話には聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだった。
彼らは戸惑う。だが、胃袋と鼻腔をくすぐる香りに堪らず、礼も忘れて、料理に夢中でかぶり付いた。どれをとっても旨いこと旨いこと。
そして、食事と共に出された「飲むと良い気分になる不思議な赤い水」が、彼らの気分をより幸せにした。
宴での客人の振舞いは少々礼に欠け、大いに品に欠けたものだったが、料理を供した村の人々は意に介さず、“にっこり”笑うばかりであった。
出されたものをすっかり平らげた彼らに、村の人々は心地の良い寝床を用意して眠ることを勧めた。
“外”の幸せを享受した砂漠の民は、全く満足して眠りに就いた。
翌朝、彼ら砂漠の民が目を覚ました時、自分たちの身に一体、何が起こったのか理解ができなかった。
手足の自由が利かないのである。
仲間たちは一様にうしろ手に縛られ、足にも縄がきつく結わえられていた。
さながら大きな芋虫がいくつも転がっているようである。
姿を見せた村人にどういうことかと尋ねたものの、村人はまるで何も聞こえていないかのように振舞った。
彼らは若く美しいものと、そうでないものに分けられ、若く美しい男女はどこかへ運ばれて行った。
残された者も、何やら他と違う仰々しい格好をした――「法衣をまとった男を先頭にした一団」によって森の中へと連れていかれた。
薄暗い森の中をしばらく進むと、少し拓けた広場にでた。
そこには大きな石の台座があり、その上に大きな桶がいくつか並んでいる。
法衣の男は他の者に命じて、芋虫を数人ずつに分けて桶の中に座らせた。中は嫌なにおいのする水が半分ほど入っている。
法衣の男は何やら空に向かって、小さな声で祈りを捧げ始めた。
他の者は松明を手に台座から離れたところに立っている。芋虫の人々は不安そうに恩人たちを見やった。
そして、祈りが終わると桶の中に松明が投げ込まれた。
松明は桶に溜まった水に炎を移し、のろのろと燃え広がり始めた。
桶に放り込まれた芋虫たちは、あまりの熱さに叫び声をあげ、なんとか苦痛から逃れようと狭い桶の中でのたうち回った。
法衣の男はそれぞれの桶から悲鳴が上がったのを確認すると、空に向かって祈り始めた。
先ほどとは打って変わって、悲鳴に負けぬ大きな声で祈りを歌った。他の者も、大地と森の恵みに感謝をする詩を紡いだ。
歌と悲鳴と肉を焼く音が、えも言われぬ合唱を作り出す。
この世の地獄とも言おうか。地獄の歌は空に向かって伸び、あたりの森へ吸い込まれていった。
それに応えるように森からは、様々な動物の声が返ってくる。
生物的本能の発する危険信号。信号への歌唱による返信。それらが繰り返されるうちに、広場と森はひとつとなった。
燃やされた人々は、次第に使い終わった焚き木のようになっていった。
ところが、その中に一人、さきに縄が焼けて自由になった者があった。
彼はそれに気が付くと、その場から走り出す。
身体の痛みも、まだ息のある仲間のことも一切捨てて走った。
燃える桶の傍に立つ人々は、彼が逃げたことを特に見咎めず、捕まえようともしない。
ただ一心不乱に詩を歌い続けた。それは、桶に残された人々がすべて終わるまで続いた。
逃げ出した彼は森を駆け抜け、村を通り抜け、再び不毛の大地へと戻った。
火傷が皮を焼き、草木が肉を切り裂き、砂漠の砂が骨を削り取ろうとも走り続けた。
彼の足がただの赤い塊になったころに、ほかの仲間の“群れ”に出会った。
その集団も彼の“群れ”に続いて“外”へと向かう途中だったのだ。
逃げ帰ってきた男は語った。“外”で起こった世にもおぞましい出来事。自分の見聞きしたすべてを伝えた。
すべて伝え終わると彼は力尽き、もう二度と動かなくともよくなった。
その出来事があって以来、不毛の大地に住む人々は“外”へ出ようとは考えなくなった。
しかしその頃から、反対に“外”から見知らぬ者たちが現れるようになった。
砂漠を訪ねるもの好きな連中は、こともあろうかそこに暮らす若者や、美しい者を次々と誘拐していったのだ。
時に力づくで、時には僅かな食べ物や飲み物との交換を持ち掛けて。
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