女装姫と男装王子
太陽は丁度真上にあり、空は蒼く晴れている。子供達が遊ぶのにはぴったりな天気だ。
"じゅう、きゅう、はち、なーな、ろーく、ごぉー、よーん、さーん、にーい、いーち、ぜろっ!もーいーい?"
少女の声はまだ幼い。6~8歳ほどのもの、少女の声に続くのは少女より幼い少年の声。
「まだダメですー!」
とある国の王宮の中では暫くこのようなやりとりが続いていた。
「えぇぇ、まだですかー?うー」
先程からずっと少女――メルヴィアは自身の婚約者であり、メルヴィアが滞在しているこの国の姫である少年――ヴェルジュと"かくれんぼ"をしているのだが、ヴェルジュからの返事はダメ、と言うばかり。
「もーいーい?」
「もういいです」
やっとかぁ…さて、わたしだったらどこにかくれるかなぁ。
カーテンのうら、つくえの下、おへやのなか…は声がしっかり聞こえるからちがう…と思う。
メルヴィアは自分だったら、と考え、広い王宮の中で思い当たるところを一つ一つ探していく。
「ヴェルさまー、どこですかー?んー、えいっ!ここもちがう…」
メルヴィアが十回ほどカーテンをめくったところでカタンッという音がした。
「どこからかなぁ?」
かなり近いところからの音だったから…この絵のうら…絵のかざってあるかべがあやしいと思うのだけれど…。
メルヴィアはこの国―エグランテリアの庭園と精霊や妖精が描かれた絵を横に押してみる。
「あ、みーつけたっ!ですよ、ヴェルさま!」
「むー、どうしてわかったの?」
「それは音がしたからですよ」
「…ふつーは、わからないとおもうです」
音がしたからといっても、いままではヴェルジュが隠れていた場所をそう簡単に見つけることができる人物は彼の父である王や母である王妃、彼らに親い人物だけだった。
メルにばれるなんておもわなかったのに。
メルはとってもふしぎだなぁ、とヴェルジュは思う。そこでずっとメルヴィアに聞きたいことがあったことを思い出した。
「あの、メル、メルはどうして、おんなのこのおよーふくをきないの?」
「えぇと、ヴェルがおひめさまなら、わたしはヴェルをまもれるおうじさまになりたいなっておもったからですよ?」
「ボクが、おんなのこおよーふくをきてるから?メルは、おんなのこのおよーふくをきてるほうが、かわいいのに…ボクのせいなの?」
ヴェルジュが女の子の服、ドレスを着ているのには理由がある。この国で語り継がれる、遠い過去の話しだ。
"エグランテリアでは昔、精霊と王子が恋をしました。しかし王子は自身の婚約者を裏切ることが出来ず、精霊に別れを告げます。精霊は王子の気持ちを受け入れ、許しましたが、妖精達は精霊の悲しむ姿をみて、"王子が産まれぬように"と魔法をかけました。それ以来、エグランテリアでは15歳になるまで姫として過ごすというしきたりができたのです。"簡潔にいえば、ご先祖様の行いのせいで子孫が苦労しているよ、という話しだ。
「ヴェルジュのせいじゃないよ、わたしがしたいからしているの」
「でも…ちゃんと、メルのとなりにいるときは、おとこのことしてがいいもん」
だからヴェルジュは、なも知れない自分の先祖である王子のことが"だいっきらい"だ。でも、もっときらいなのは、メルヴィアに気を使われてばかりの自分。
「うーんと、あっ!それなら、もっとヴェルジュとわたしが大きくなったときには、わたしのおうじさまになってくださいね?」
「もちろんです。そのときは、メルはボクのおひめさまになってください!」
メルヴィアとヴェルジュはそう言った後顔を見合わせると、おかしそうに笑う。
そうして、暫くたった頃、メルヴィアが真剣な表情で言った。
「ねぇ、ヴェルさま、それまではわたしに、ヴェルさまをまもらせてください。…好きですよ、ヴェルジュ」
「ふぇ、えっあ、はい、えっと、ボクも、大好き…ですっ」
「えへへ、ありがとう、うれしいです。わたしのおうじさま!」
窓から差し込むオレンジ色の光が少女と少年を照していました。
光はキラキラと輝き、少女と少年の行く末を、明るく、暖かな光で包み込んでいます。
彼らの歩む道が違わぬように。二人の様子を見守る、精霊達からの贈り物は二人を祝福していました。