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バグ  作者: メグミ アキラ
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 今の姉の言葉は違う。

 存在だけを問題としていたのとは違う!!


――それでは自ら人形になろうとした自分は

 

 何に恵まれているかなどはわからない、ただローズフェリアの頭を占め、逃げ出させていることは一つだった。


――なんと醜悪で滑稽な存在なのか


 誰かを傷つけながら、それに気づかず生きていた。


――それでは結局人間だったのか人形だったか


「わからない…わからないっ!」

「ローズフェリア様!?」


 シノールの声が追いかけてくるのも気づかず走り、庭園を出る。足を止めずに塔にたどりつき、転がるように中に入ったところで熱いものがこみ上げた。

 堪えることもできずに嘔吐し、動けないまま顔を上げれば、生理的に溢れた涙で濡れた眼に、灯りが階段を上っていくのが見えた。


「お兄様!!」


 考えるよりも早く叫んでいた。

 後ろで扉が開き、追いついたシノールが身体を支えてくれる手を払って灯りを追う。


「教えてください、私が憎いのですか?私の罪とは何なのですか?!」


 暗闇の中を悲鳴のようなローズフェリアの声だけが響き渡った。

 次に静寂を破ったのはゆっくりと降りてくる靴音で。

 階上にその姿が見えたところで、また足から力が抜ける。

 リヨウキは足元に座り込んだローズフェリアを無言で一瞥し、その後ろに視線を投げかける。


「シノール、どうなっている」

「はい…噂を耳にしたルリーサ様が…」


 常になく、歯切れ悪くシノールが答える。顔はどこか青ざめていて視線が落ちつかない。

 その様子を見てリヨウキの眉がよる。視線がローズフェリアに戻り、


「孕んだか」

「?!」

「王子!」

「そうだな、シノール?」

「…」


 嘲るように言ったリヨウキの言葉を非難するように声を上げたものの、冷めた確認の言葉を向けられるとシノールは俯き、視線を逃した。

 二人の間にあり、その様子を見ていたローズフェリアは、それを珍しいと考えていた。

 庭園にいた時から、理解できない言葉が多すぎる。


(孕んだ?誰が、誰の子を―――?)


 理解よりも先に拒否がきて胸を焼く。再び吐きそうになるのを、ローズフェリアは必死で堪えた。

 その顔をのぞきこむように、リヨウキが前に膝を着いた。

 手にしていた灯りが近づいて顔が照らされる。


「こんな人形はいないなぁ。それに、お前は私を兄と呼んだね」


 どこか楽しげな声と優しく微笑んでいる顔が間近に向き合った。


「約束は終わりだな」


 トンと指先で軽く肩を押された。

 脱力しきっていたローズフェリアにはそれで十分で、身体が一瞬浮いたように感じた。

 足が宙を踏む。

 微笑が遠ざかるのを見て、今度こそ全ての終わりを知った。

 実際には階段を数段落ちただけでシノールに受け止められていたけれど、ローズフェリアはここが終着であると知った。

 これから全ては終わり、もう戻れることは無いのだ。

 階上を見上げると、変わらぬ微笑がある。ローズフェリアにはそれが誰なのか、最早わからなかった。


「安心しろというのもおかしいが、胎の子に心配はない。お前と私は半分しか血がつながっていないからね」


 柔らかな口調を変えないまま、リヨウキだった――今は恐怖の対象でしかない男が言葉を続ける。


「半…?」

「何を呆けている。可愛い妹の質問に答えてやろうというのに」

「質問…?」

「お前は、身体が弱く出産は無理だといわれた人間が、本当に3人の子を産めると思うか」


 質問に答えるといった端から質問を投げかけられる。


「…何、を」

「お前は何も考えないらしいな」


 心底可笑しいという風に男は笑い、楽しそうに言葉は続けられた。


「そんなことは無理に決まっているだろう」

「無理?」


 事も無げに言い切られてローズフェリアは呆然と言葉をなぞった。


「そもそも、明らかにこの国のものではない私の容姿をお前はなんとも思わないのか?私は跡継ぎを求められた王が王妃に内密で下女に産ませた子だ。必要だから作られただけの存在だ。私を産んだ女の名を王は覚えてもいないだろうし、私も知らない」

「…お母様が、違う…?」


 光が白く焼きついてしまったような頭の中に、じわじわと意味が浸透してくる。妊娠の可能性を聞かされた衝撃で飛んでいた混乱と恐怖もまた、じわじわと戻ってくる。

 目の前の男は、優しく笑う裏で殺意と同じ鋭さの憎しみを抱いている――


「そう言っている。妻への後ろめたさもあっただろうし、所詮愛してもいない下女に産ませた子だ。私を疎ましがり、この塔に閉じ込めるようにして母以外の下女に私を育てさせた…笑える話だろう」


 それは皇太子という存在には考えられない過去だ。

 笑っている眼の奥に燃える冷たい炎は、その内にずっと存在しているのであろう怒りだ。

 階段を下りてきて間近から覗き込まれ、ローズフェリアはその炎が身体に燃え移るのではないかと思う。実際恐怖で息が上手く出来ず苦しい。どうして息が止まらないのかと不思議だ。それともこれは呵責の炎か。


「何を考えている?話はまだ続く。楽にすればいい」


 それでも動かないローズフェリアの身体が細かく震えているのに気づき、笑みを深くする。ローズフェリアから離れまた数段階段を上り、話が再開される。

 終わりはまだ終わらなかった。


「私は跡継ぎという必要があった。では女であるルリーサは何の必要があったと思う」

「…まさか、お姉様も?」

「まさかも何もない。言ったはずだ、出産は無理だったと。お前という一度きりの妊娠で、王妃は医師の言うとおり死んだ。ルリーサは子供が欲しいと言い張る妻に王が与えた、それこそまさに人形だ。ある日何処からか拾われてきた、実際には王家に何の関係もない女だ。王妃の執念がお前という形に結実するまで、ままごとの様に王と王妃の愛情はあれのものだったのさ」

「お姉様が、人形…私が生まれるまで…?」

「信じられないという顔だな。だが憎まれる理由にはなるだろう。お前のおかげで、あれの存在意義はひどく危うい。それなのにお前は何もわかっていない」

「私が何を分かっていないと…っ!」


 ローズフェリアは重く身体を締め付けてくるような言葉から逃れようともがき、あえぐように声を絞り出した。見開いた瞳がゆれて、涙が溢れた。

 その涙にも声は揺るがない。ただ男から微笑が消えた。


「その言葉が。自分のことしか考えてないというのだ」

「…私に死ねとおっしゃるのですか」

「悲劇に浸った者の良い台詞だ。…お前が本当に誰からも疎まれているなら、ルリーサが脅かされることもなかったろう。わからないか?」


 ローズフェリアは首を振るしか出来なかった。


「ルリーサの足元を確かにする存在は、今や王しかいない。だがその王は、王妃に生き写しのお前の顔を見て妻か娘か戸惑うような有様だ。幼い頃は閉じ込めて自分以外の眼に触れないようにし、後宮に入れてからは誰の注意も引かないように仕向ける。その反面、恐ろしくてお前に触れることも出来ない。憎むのと同量、お前に執着し愛している。奴はイカレてるのさ」


 父でもある現王を語るその口は歪んだ蔑み笑いが張り付いている。


「お前はそれに気づき上手く立ち回れば、あるいはこの国の女王にもなれただろう。わかるかお前の罪が?お前の罪はその存在などという哀れなものではない。お前が何も知らずにのうのうと生きていること、それがお前の罪だ」


 産まれたことが罪ではなく

 ローズフェリア自身が罪を生み出していた。

 そう言われている。

 意味もなく憎まれていたのではなく。意味があるからこそ憎まれていた。

 発端はやはりその存在であったが。

 それよりも、何も知らず生きていたことこそが。


――そんなことは、考えたこともなかった。


「それが、罪…」

「だがその身体では最早それも叶うまい。唯一愛した女の忘れ形見、もしくは女の生まれ変わりとも思うお前が孕んだと知ればどんな顔をするか、それとも錯乱するか…。楽しみなことだ」


 顔を笑うように歪ませたその眼がローズフェリアを見ることはもう無い。視線を向けても、それは見ているのではない。用済みだといわれていた。


「私が後は上手くやってやる。お前は好きにすればいい。…もし何もしたくないなら、そのまま這いつくばっていろ」


 出口に向かい歩き出したすれ違いざまに最後の言葉を投げられる。

 固まったように何の反応も返さないローズフェリアにそのまま行こうとして、男がもう一度振り返った。

 その顔は、今が嘘だったかのような穏やかな顔。


「シノール、待たせた」


 ローズフェリアには意味の解らないその言葉にシノールの手がピクリと揺れる。支えられ、どうにか保たれたバランスで立っていたローズフェリアの体はそれだけで崩れ落ちた。

 それは言葉のままに這いつくばっている様で、実際ローズフェリアにはそれ以外どうすることもできなかった。


 下手に貴族の女に後継を産ませると国母として扱うなど面倒なことになるので、王は適当に下女を食い散らかしました。

 そしたら唯一生まれた男子が、わかりやすく王妃との血の繋がりを欠片も考えられない容姿の子で。余計に王妃に会わせられないし疎ましいし。アホですね王様。

 こういったことはローズフェリアさん以外には周知の事実です。誰もおおっぴらに口にはしないけど。見て考えりゃわかる。でもローズフェリアさんはここに至るまで隔離状態で、今は自分で心の目を閉じちゃってたから…。

 皇太子が外遊先に南の国に行ったのは、自分のルーツをたどったところもあったのです。生母に対しては特に思慕があるわけではないのですが。そして、アカネキさんのことはちゃんと愛してます。

 皇太子は王のことを父とは口にしません。王妃(故)のことも嫌い。

 ローズフェリアを孕ませる気満々でした。だから様子を見て「こりゃできたな」と超直感。別に確実に調べてるとかじゃないです。そして孕んでます。…すみません。荒い。


 と、以上のことも本文に突っ込もうかと悩んだのですが。文章が今以上にもたつくのを止めたかった&予測できる部分かな&無くても平気と思ったりで書きませんでした。

 でもちょっとここにメモメモ。オマケとでも思って頂ければの蛇足でした。

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