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バグ  作者: メグミ アキラ
10/14

10


 リンは貴族とは名ばかりの家に長女として生まれた。

 10歳で親元を離れ、王城の侍女となった。王女付きと命じられた時は誇らしく、初めて会った7歳のローズフェリアの美しさには感動を覚えた。

 しかしその存在の意味を教えられ、ローズフェリアが主だという理由で自分までひどい扱いを受けた時、全ては憎しみに変わった。どうしてこんな目にと思った。ローズフェリアに罪はないことは頭の片隅では解っていたが、余裕がない時は他人に優しくなど出来ない。憎む捌け口が必要だった。美しさも尊さが抜ければ妬ましかった。

 それに自分も幼かった。二人でいても自分から口を利かない、表情も変えない少女を愛おしく思うことも難しかったのだ。例えそれがローズフェリアの悲しい処世術だったとしても。

 しかし8年も近くにいて、今、何も感じないということはない。年下の主を哀れに思う気持ちもあるし、自分で自分の振る舞いが嫌になることもある。元はリンにとっての処世術でもあった――ローズフェリアが感情を隠したのと同じく、城でうまく立ち回るために選んだ形――だけに、どんなに心と身体になじんだものであっても、他人をなじる姿は醜いと我に変えることがあった。

 そしてまた、そうさせるローズフェリアが憎くなる。リンの心は複雑な愛憎でいつも濁っている様だった。

 それが今はない。ローズフェリアが良縁に恵まれたのだ。外遊から皇太子が連れ帰った方のおかげでまず扱いが変わった。まだ公に約束されてはいないが、降嫁先の目星も付いた。あるいは一生このままかと恐れていた所に、これ以上ない相手。このまま上手くいけば、今まで自分を見下してきた者たちを見返すことができるだろう。

 リンはローズフェリアの幸せを曇りなく一心に祈っていた。ローズフェリアも自分も幸せになれる。ローズフェリアを憎く思うこともなくなる。

 これがきっと最初で最後のチャンスだ。

 この話をより確かなものにするため、この縁を公然のものとすべく、リンはローズフェリアの毎夜の秘め事をそれとなく広めるのだった。




 目を閉じていても時間は変わらず過ぎていく。心を閉じていても、それは同じことだ。

 ローズフェリアは変わらぬ日々を過ごしていた。

 アカネキと会い、塔を登る。

 全てが明らかになってから初めて塔を登った時は、自分でも訳がわからず目眩がした。だが、リンの笑顔に部屋を押し出されて、ローズフェリアが向かう先は他にはなかった。

 そして塔での時間は以前と変わることなく優しく、まるで王城での一幕こそが悪夢だった気がした。

 ただ一つ、かわったことがある。

 それは塔の部屋に小さな明かりがつけられるようになったことだ。それにより以前は闇に包まれ見えなかったものが見える。あの日、笑ってお前の兄だと名乗った顔が目に映ったが、ローズフェリアは心を閉ざしていた。

 兄はその部屋ではリヨウキだったから、心を閉ざしさえすれば変わらずにいられた。

 

 それは約束だった。


「まさかここには戻ってこないと思っていたが…どうして来た?」


 窓のない塔の部屋はいくつも火が灯され、闇が覆うものはない。まっすぐに兄に見つめられてローズズフェリアは息が詰まった。扉を開けたまま一歩も動けなくなる。

 それを見て薄く笑う表情は、リヨウキのものだ。先から感じている目眩がひどくなる。


「何も考えずここに来たという顔だな。ふん。私は以前からこの場所が気に入っている。馬鹿馬鹿しい場所だが、確かに人目はなくなるからな」

「…ここ以外、来る所がなくて」

「明け渡すつもりはない。そもそもお前、女はこちらをうろついてはいけないのを知っているな?今まで人目につかずに入れたのは、シノールの協力があったからだ。騒ぎを起こしたくなかったら、すぐに戻れ」


 もうこちらに視線をやることもなく冷たく紡がれる言葉に、変わらない横顔に、目眩は大きくなる一方だ。


「…リヨウキ様」


 助けを求めるように、ローズフェリアの口から言葉がこぼれた。

 横顔が、こちらを向く。


「リヨウキを求めて来たのか」


 その顔は冷たい、なぜか怯んでしまうような表情で。いつかこんな目を違う場所違う人に見たと思う。


「私は…」

「忘れるというのだな、ここでのこと以外すべて。…ははっ!傑作だ!まさに人形だな」

「人形…」


 あの時、これ以上考えられず知りたくもないと思った。

 それは正しく人形で、もう人形で良いのではないかと、ローズフェリアは思う。


「わかった、お前が人形である限りこの部屋で遊んでやろう。ああ、そういう約束だったな?」


 元々、人形遊びだったと言われている。しかし


「約束だ。…さあ、ローズフェリア様」


 甘い声と伸ばされた手をローズフェリアはつかんだ。


 そうして毎日過ごしている。



 それからまた少し変わったことは、アカネキが皇太子宮に移ったことだ。そのため目覚めてからまた塔に行くまでの時間にすることがない。

 ローズフェリアはいつも自室でじっと時が過ぎるのを待っていたが、今日は久しぶりに庭園の温室を訪れることにした。

 白バラの木の根元の隠れるように座ると、様々な記憶が押し寄せてくる。初めてリヨウキとここで出会ってから、2ヶ月が経とうとしていた。あの時感じた胸の高鳴りは、今身体の何処を探しても、ローズフェリアには残滓さえ見つけられなかった。

 何がいけなかったのかわからない。生まれてから、何を間違えたのだろう。それともやはり…

この存在こそが。生まれてきたのがいけなかったのだろうか。

 ローズフェリアは瞳を閉じた。

 と、土を踏む足音が聞こえる。

 迷わず進む足音は、王城への使いのものだろう。温室の中の自分には気づかず行くだろうと、ローズフェリアは目を閉じたまま耳を澄ませる。

 すると足音が温室に入り、近づいてくる。息を殺していたローズフェリアが、ハッと顔を上げる頃には、少し先からまっすぐにこちらを見つめる顔。


「ルリーサお姉様…」


 立ち上がり、慌てて礼をする。

 そこには、第一皇女である姉がたった一人で立っていた。


「お前はここで何をしているの?」


 下女に命じるよりも硬く温度を感じさせない声、詰問口調に嫌悪が現れている。


「私は、バラを…」

「誰かを待っているんじゃなくて?」

「…何のお話でしょう?」

「お前の侍女が何を言いふらしているか知っているわね」

「リンが?」


 ローズフェリアの返事を聞かず投げられる言葉は、怒りに張り詰めているようだ。ローズフェリアは傷つくことのない様、感情を出さぬよう心構えをする。自分は人形なのだ。傷付くことは何もない。そう思うと、怯えていた心がすっと軽くなる。


「お前が名のある方と夜毎に会っているという話よ!恥知らずなお前の侍女の話は王城にも届こうかというところ。恥ずかしくはないの!アカネキ様に少し気に入られたからと調子に乗って…。噂を大きくして降嫁でもしようというの?汚らわしい、人形の考えそうなこと!!」


 自らの言葉に煽られるように、声が高くなり、ルリーサの顔が歪んでいく。


「何度言ったら解るの?お前は人形なのよ、結婚などできる訳がないでしょう。人形らしく大人しくしていればよいものを、お母様の顔を使って立派な方を惑わせるなんて…お父様がなんとお思いになるか」

「…」

「お前は一生後宮に一人でいるのよ!あの侍女を黙らせなさい、そして二度と部屋の外に出ないと誓いなさい!!」

「…できません」

「なんですって?」

「結婚など考えておりませんし、リンの勘違いは正します。でも部屋から出ないというお約束は出来ません」

「お前…っ」

「失礼します、お姉様」

「待ちなさいっ…!」

 

 トーンの上がった声の制止が追ってきたが、ローズフェリアは温室の入口へと向かう足を止めなかった。

 と、美しく整えられた爪が食い込むほどの強い力で肩をつかまれ、力任せに振りむかされる。

 視線の先にローズフェリアは振り上げられたもう一方の手を見て、逃げようと顔を背けた。

 衝撃を予想して目を閉じる。


 次の瞬間、頬ではなく背中を強く押されてローズフェリアは倒れこんだ。衝撃に身をすくませるその耳に、なぜか姉の小さな悲鳴が聞こえて、ローズフェリアはそのまま顔だけを上げる。


「…シノール様」


 ローズフェリアは呆然とその名を口にした。

 暴れる姉の両手を軽くひねるようにして後手に捕らえているのは、シノールだった。


「ここはもう王城にも近い。ルリーサ様、お納め下さい」

「シノール!やはり噂は本当なのね…どうして、よりにもよって何故あなたが?!」


 強い非難の声。矛先が自分に向いたのを知り、シノールは捕らえていた手を離し、膝をついた。


「ご無礼、お許し下さい」

「そんなことよりも質問にお答えなさい。あなたもあの人形が良いと言うの?!」


 あの人形、と視線がローズフェリアを貫く。

 その燃えるような眼。嫌悪。


「そんなに…私の存在が赦せませんか…」


 向けられた強い感情に、立てないままローズフェリアは思わず呟いていた。

 するとそのローズフェリアの言葉に、シノールの肩を強く掴み揺さぶっていたルリーサの手から力が抜け、落ちた。


「ルリーサ様」


 小さく呼ぶシノールの声を気にかけず、ゆっくりと身体ごとローズフェリアと向き合ったルリーサを見てローズフェリアは声にならない悲鳴を上げた。

 荒れ狂う感情が削げ落ち、冷たく光る眼。それはまさに、約束の時の兄の眼と同じだった。

 そして、この場所だった。シノールを見てローズフェリアの記憶が合致する。

 既知感を覚えたのは、あの日ローズフェリアに向かって剣を抜こうとしたシノールの眼だった。

 あの時シノールの眼にあったのは純粋な殺意。

 その殺意と見まがうほどの憎悪、嫌悪を向けられているのだ。

 それでは、とローズフェリアは思う。

 それでは、美しい外見を見てただ遊んだのだという兄の言葉は嘘だったのか。

 それどころか子供の頃からほとんど会ったことのない兄にまで、傷つけ殺したいと思うほど憎まれているというのか。


 人が人を愛し、嫌うのには必ず理由がある?

 しかし生まれたことは、自身の罪なのか?


「お前のその…」

 

 煮え滾るように少し震えた姉の声に我に返る。

 ひどい言葉が投げられることを予想して再び身構え、まっすぐに顔を向ける。


「お前のその、何も知らないで自分を哀れんでいるのに我慢がならない」

「?!」


 その言葉は予想外のものだった。

 呪詛のような言葉は続く。


「何を奪っているかも知らずに、美しく生まれてしまったばかりにと浸っているお前が憎い…。存在が赦せないかですって?何もかも赦せないわ、赦せないから存在だって憎い!お前のおかげで私がどんな思いをしたのかも知らずに、自分一人綺麗な振りをしている。そうしてこんな風に生まれなければと、自分自身に非など求めず幸せなこと…。お前がどれほどのものに恵まれているとっ!!」


 昂る感情に溢れた涙で声を詰まらせる。憤りが体内を荒れ狂っているのを示すがごとく震えるルリーサの身体をシノールが支えた。

 そこへ主がいないことに気づき慌てていたらしい侍女たちが、声を聞きつけたのかやって来てルリーサの身体を受け取り連れて行くのを、ただただ声もなくローズフェリアは見送った。


「ローズフェリア様」


 その場に残っていたシノールがいつまでも立ち上がらないローズフェリアを気遣うように声をかけてくる。

 その声にビクリと反応して、差し出された手から逃げるように立ち上がる。

 ローズフェリアは混乱していた。


「…私が奪った?恵まれている?」


 何を言われているのか解らなかった。

 ただ、皮肉や陰口ではなく真直ぐに向けられた憎悪が生々しくローズフェリアの心臓を射る。

 足に確かに感じていた地面が崩れだしたような感覚に襲われ、ローズフェリアは後も見ずに走り出した。


滑り込み金曜日…できてない!

もう本当に申し訳なく。。。


そして土日はお休みをいただきます。

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