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名探偵 護国寺太郎の事件ファイル

名探偵 護国寺太郎の事件ファイル 『ケース3652 最後の伝言』

作者: under_

(前作があります)

ミステリー要素は皆無で、あくまでコメディーです。

 崖下では波が激しく逆巻いていた。

 五反田啓二は絶え間なく響き渡る波の音に耳を傾けながら、ここ二年余に渡って、我が身に降りかかってきた災難の数々を思い出していた。

 辛い日々だった。めっきり頭部は白くなり、目のくまも日に日に濃くなっていった。胃が食物を受け付けず、近頃では点滴に頼る機会も増えた。それに、時間感覚も狂ってしまった。今日が月曜なのか土曜なのかも定かではなく、それどころか盆や正月が何度も繰り返しているような幻覚にさえ襲われる。

 しかしその苦痛からも、ようやく解放されるのだ。

 五反田は崖の先端に立った。風は強く、波しぶきが時折ここまで届いてきた。

 その時、背後から部下の大塚格之進が叫ぶ声が聞こえてきた。

「待ってください、警部!」

 五反田はゆっくりと振り返った。

「遅かったな、大塚。……お前がここに来たということは、全てを理解したわけだな?」

 大塚は肩で息をしながら頷いた。「はい……。護国寺さんを殺害した犯人は、警部ですね」

 五反田は目を瞑り深呼吸をした。「……ああ、そうだ」

「ど、どうして……」大塚は苦しげに顔を歪ませた。「警部と護国寺さんはこれまで数々の難事件を一緒に解決してきた、盟友じゃないですか。それなのにどうして、どうして警部は護国寺さんを殺したんですか!」

「盟友……?」五反田はそれだけは聞き捨てならない、と言わんばかりに鬼気迫る形相で大塚を睨み付けた。「あいつと俺が盟友だと? 冗談じゃない。俺にとって護国寺は死神あるいは厄病神以外の何者でもなかった!」

 大塚は両足を震わせながらも、負けじと大声で言い返した。「で、でも事件が解決できたのは、護国寺さんのおかげじゃないですか」

「その事件を俺のもとに呼び寄せたのもあいつだ!」

「そんなの、警部のただの被害妄想ですよ」

「いいや、違う。名探偵である護国寺は事件を呼び寄せる体質だった。でなきゃ、あいつと会ってから今日までの二年間、毎日朝昼晩と、殺人事件やら誘拐事件に巻き込まれた理由が説明できんだろ。……毎日毎日俺は、飯食う時間も寝る時間も削って、あいつが呼び寄せた事件の捜査に当たっていたんだ。もう限界だ。楽にさせてくれ」

 それまで怒りに満ちていた五反田の顔からふっと生気が消え、能面のように表情が失われた。そして何者かに操られるかのように回れ右をすると、崖の先端に向かって足を踏み出した。

「警部、早まらないでください!」大塚は必死に叫んだ。「警部は疲れているだけなんです。少し休んで、ちゃんと罪を償って、やり直しましょうよ。僕も警部の奥さんも、これからも警部を支えていきますから」

 五反田は幽霊のようにぬるりと首を捻り、大塚を見た。「妻が……? 俺が事件に追われて家に帰れないことに腹を立てて出て行った奴だぞ。それをどうして今更……」

 その刹那、五反田の両目が大きく見開かれた。

 大塚のすぐ後ろに、実家に帰ったはずの五反田の妻が立っていたのだ。

「よ……佳恵! どうして」

「あなた!」

 佳恵は五反田のもとに駆け寄り、体全体で抱きついた。

「ごめんなさい。あなたがこんなに苦しんでいるなんてわたし知らなくて。……やり直しましょう。わたしあなたのこといつまでも待っているから」

「佳恵……佳恵……」

 五反田は崩れ落ちるように膝をつくと、涙を流しながら、自身を抱きしめてくれる伴侶の名前をいつまでも呼び続けていた。


 こうして、名探偵護国寺太郎殺人事件は幕を下ろした。現職の警察官が殺人を犯したということで、連日ワイドショーなどで大々的に取り上げられたが、二年間休みなしで働き続けていた、警察官の過剰労働が原因の一つであると専門家が主張したことで、ネットを中心に五反田への同情論も広まっていった。五反田の人となりを知っている同僚たちも、情状酌量を求めて活動する予定で、その中心には長年五反田の部下であった大塚がいた。

 さて、五反田が自首して数日後、大塚のもとに一本の電話が掛かってきた。

「はい大塚です。……これは梅田さん。ちょうどこちらから連絡をしようと思っていたところです。この度の事件へのご協力、感謝いたします」

 通話先の相手は梅田次郎。関西を中心に活躍する探偵で、護国寺が殺害された際に、彼が残したダイイングメッセージを解読し、事件解決に貢献してくれたのだ。

『いや大塚はん、市民として探偵として当然のことをしたまでや。でも今回はほんまに悲しい事件やったな。大塚はんはもう大丈夫でっか?』

「ええ、なんとか。これからは五反田警部の代わりに市民の安全を守るため、僕が頑張らないといけませんから」

『そいつは頼もしい言葉や』

「それより梅田さん。今日はどういったご用件でしょうか? 僕の心配をしてくれただけ、じゃないんでしょ。なんだが後ろが騒がしいですね、そこは駅ですか?」

『察しがええな、大塚はん。せや、ちょっと所用があって東京に来たところや。それでやな……』しばらく間をおいて、梅田は神妙な声で言った。『今さっき駅の倉庫で死体を見つけてしもうたんや』


次回 新シリーズ 梅田次郎の事件道中記 『ケース1 難波から来た男』

蛇足な解説:

「名探偵が数々の事件に巻き込まれるのは良いとして、それに振り回される警察側は大変だ」というネタだけで3つも作ってしまいました。

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