D-IX.最初の旅④/大空洞
洞窟を進むこと十数分。
数体の砂漠蠍と遭遇し戦闘になったが、結晶蜘蛛との遭遇は零。
大量の虫型モンスターに襲われるということにはならなかった。
それは当然良いことだ。
だがリョウヤ達は三人しかいない以上、どんなに頑張っても多くの個体を相手にした場合は逃がしてしまうこともある。
そうなると更に増援を呼ばれてしまうだろう。
今までは敵が少なかったこともあり逃がしてしまうことはなかったのだが、それでもそれなりに派手に動いてはいる。
音を聞きつけて敵が寄ってくるには充分な筈なのに、そうはならなかった。それと関係があるのかないのか、三人は砂漠蠍だったモノを前に立ち止まっていた。
「……抜け殻?」
ラナンが首を傾げた。
背部に穴が空き空洞になった中身が見える、外殻しか残っていないソレは、確かに蝉の抜け殻を彷彿させる。
「寧ろ……食べ残し、かしら?」
紅の言葉に、リョウヤは思い出したように「あァ!」と反応した。
「蜘蛛は餌の中身を溶かして吸うのか!」
大きな声を出したわけではないが、強く納得したリョウヤ。
うえっ!? とラナンが顔を顰めたのだが、それが事実なのだから仕方がない。
蜘蛛が獲物を食らうとき、消化液を大量にかけて体外消化を行う。
昆虫というのはキチン質という消化できない殻に覆われているので、それを牙でかみ砕いてから体内に消化液を流し込む。
そして溶けきった体液を吸い出すわけだ。
「虫と魔物では違うのでしょうけれど……」
辺りを見渡す紅。
「これだけの数があって、それが無造作に放られているのを見るに……ゴミ箱、と言ったところね」
たまたま最初に目に入ったのが抜け殻のような一体であって、奥の暗がりには他にも多くの死骸が放置されていた。
綺麗に形の残ったものの方が少ない。
(貝塚……みたいなもんか)
洞窟を進んでいるうちに偶然にも視界の端に入った綺麗な死骸に興味を持った三人だったが、死骸の奥は行き止まりになっている。
完全に貝塚としての役割しかない一角のようだ。
リョウヤは納得もするが、不安も覚える。
――これではまるで知能があるかのようではないか? と。
それとも単に本能的な行動だとでも言うのだろうか。
「蠍は……普通に肉を裂いて食事を行う」
鋏で動きを押さえ込み、尾から毒を流し込む。その後に鋏角で引き千切って食べるというのが、蠍の食事である。
「蜘蛛が餌として蠍を管理してる……とか」
蜘蛛の食事跡らしきものしかないのが不可思議で、ラナンは自身の思ったことを口にする。
ラナンとて、自分でも結構エゲつないことだとは思う。思うのだが、自分ではそれしか思い付かないのだと零す。
「いや寧ろ、それ以外に考え辛い……か」
「完全な餌扱いではなさそうだけれど……上下関係は明白ね」
能力のある個体は生かされており、能力のない個体は餌、というのが紅の考えだと言う。
「元々が砂漠蠍の徘徊する砂漠で、結晶蜘蛛は別大陸からの……言わば外来種。結晶蜘蛛がどれだけウェスタンダートに進入したかは分からないが、元々の数が砂漠蠍より多いってことはないだろう」
呟くように零れたリョウヤの言葉に「そういうこと」と紅。
「自由に動かせる手足があった方が便利ってことか……」
当然ラナンも、二人の言わんとしていることが理解できた。
その話題は一度、ここで終わりとなる。
話し合いで答えの出ることではないからだ。
ただ、その先に進んでもいくつか同じような横穴があったことから、かなりの数の砂漠蠍が餌になっていることが窺える。
ザッと見ただけでも、三桁は優に上るだろう。
余りの数の死骸に、龍穴の影響を受けて輝く石の青も薄気味が悪くなってしまうほどだ。
心の有り様一つで、目に映る光景は色を変えるのだから不思議なものである。
(まァ明らかに不安げなラナンとは違って、紅は余り表情が読めないんだけど)
そう思うリョウヤも、ひとよりポーカーフェイスが上手いという自負はあった。
尤も紅曰く「人間のレベルの話」であり、それを言った当の紅のポーカーフェイスがリョウヤより上手いので、言われた側は言葉の信憑性をより高く感じていたりする。
仮に黒幕がゲーム通りだったとして、相手は人間とは言えリョウヤの倍は生きている。そんな相手と腹芸をしなくてはならないと考えると、不安は増すばかりだ。
広さと敵の数が合っていない、大きな洞窟をあるく三人。
時折止まり周囲を見渡すが、今までの道と大差はない。
一本道を歩いていたのに振り返ると、そこに二つの道が伸びているのも今更で、道を知る紅がいなくてはリョウヤとラナンは脱出すら困難なはずだ。
その紅が目指しているのは砂漠の中心部に当る場所。
彼女が言うには、そこが最も大きな空洞なのだそうだ。
他にもオアシスの真下など怪しい場所はあるのだが、まずはそこを目指しているとのこと。
リョウヤとラナンも不満はない。
寧ろ現状の砂漠蠍も結晶蜘蛛も洞窟上に散っていないのを考えるに、一ヶ所に留まっている可能性の方が高いのではないかとすら思う。
勿論、目的が紅の荷物を取り戻すことのは忘れていない。
(結局、砂漠中を回る可能性に……気が付いてないんだろうなァ)
一瞬だけリョウヤはラナンを見て逸らした。
太陽の下の砂上を歩くのではないのでマシとは言えるのだが、出来るだけ先を急ぎたいリョウヤとしては複雑な心境だ。
戦闘経験と自己満足、というメリット。
時間経過と危険、というデメリット。
それらを踏まえた上での結論。
全てが自己判断だったので文句を言うつもりもないし、手を抜けるような事情でもない。
荷物を取り戻して砂漠を抜ける、というのが現状の最速なのはリョウヤとて理解している。
(空路が使えなくなってたり……あァいや、駄目だな)
リョウヤの思考が悪い方へと導かれてしまうのは昔からだ。
悪い癖だと言われたこともある。
その自覚があるリョウヤは、自身の考えを自制する。
今が原作の一年前ならば、まだ時間に余裕はあるはずだと。
口数も少なくなりつつ、足を進めること数十分。
体感時間的には一時間ほど経った、その時。
歯軋りでもするような、聞き心地の良くない音が洞窟に響いた。
リョウヤは双剣を握る拳に力を込め、ラナンは体を震わせる。そのどちらも反射的な行動だ。
「……当たり、かしら……?」
紅だけが平然と呟き、リョウヤは「寧ろハズレなんじゃあ……」と思うも口にするのは自重する。
聞こえてきた音は苦痛を孕んでいたので、悲鳴に近いような気さえしたのだ。
加えて、普通とは思えない現状である。
尋常ではないことが起こっている。
ハズレ――リョウヤがそう思うのも無理はなかった。
実際、ラナンも全く同じ事を思った位だ。
そして、ガサガサと盛大な音が三人に近付いてきているのは、先の悲鳴と関係があるのだろうことは明白だった。
「……っ!?」
「随分と多い……な!?」
数十匹の砂漠蠍が――三人を避けて、通り抜けていく。
え? とリョウヤとラナンが呆然と首だけで背後を確認する。
見えたのは闇に溶けていく砂漠蠍の後ろ姿だけだった。
さながら暴風のように駆けて行った多くの砂漠蠍。
え? とラナンは再び前方と後方を見やった。
それをもう一度繰り返そうとしたラナンを、紅がサイドテールを掴んで「もういいでしょう」と止めるのを見ながら、リョウヤは呟いた。
「結晶が乗ってたな、今の奴ら」
モーゼの十戒かよ。そう思いながらも、リョウヤの目はきちんと砂漠蠍を捉えていた。
個体によって大きさや形は違うが、その背には紫色の結晶を携えていたのだ。
「うん。それになんだか逃げてるみたいだった……」
引っ張られたサイドテールの生え際を抑えながらラナンが呟く。
「逃げていた……それが正解かもしれないわね」
紅も二人と同じで、先の蠍たちの状態には気が付いていた。
少し考え込みながらも、ラナンに賛同している。
一体なにから逃げて来たのか?
答えは結晶蜘蛛だ。
それは背に乗せられていた結晶から見て確実だろう。
「……ん?」
なんとなしに足下を観察していたリョウヤ、結晶の破片がいくつか散らばっていることに気が付いた。
爪先で軽く振れると、ただでさえ小さな破片が更に小さく砕ける。
「当たり前だけど、砂漠蠍は結晶蜘蛛の結晶に耐性はないんだよな……」
リョウヤの言葉を、頷いて肯定する紅。
「蠍は結構いるのに、蜘蛛はいなくて……」
時々なにか呟きながらも、右手の人指し指で米神をトントンと叩くリョウヤ。
考え込んでいる様子のリョウヤを見て、ラナンと紅は背を向けて周囲を警戒することにする。
結晶蜘蛛は外来種で……砂漠蠍を仕切っている個体がいる。そこまで考えが至り、リョウヤは一つの結論を導き出した。
「結晶蜘蛛は恐らく一匹。個体は砂漠蠍より強く、支配するだけの力がある。恐らく特異個体だ。蠍を支配するのは、蜘蛛は自分一匹だけしかいないから。蠍の背に乗った結晶は、蜘蛛が結晶を持つ仲間を増やそうとしたから」
一息に言葉を紡いだリョウヤ。
時間にしたら十数秒の短い時間で、少ないキーワードで導き出せるのはそれが限界だった。
「結晶の元は液体で、それは空気に触れた箇所から固形化していく。必然、砂漠蠍の背に触れた箇所から徐々に固形化することになる」
紅も足下に散らばる結晶の破片を見、すぐに思い至ったようだ。
あァ、と首を縦に振るリョウヤ。
「痛みで逃げ回ってたってこと……か」
紅の視線を追いかけたラナンも、すぐに理解した。
先ほど駆け抜けていった砂漠蠍の結晶は砕けて散り、背中を傷つけ続けていたのだろう。
結晶蜘蛛から分泌された体液が砂漠蠍の背に触れる。すると液体は固形化を始め、砂漠蠍の背に張り付く形で結晶となる。だが、その結晶は脆い。砂漠蠍が少し動くだけで、結晶の接続面は砕け、肉を抉っていたはずだ。先ほどの個体達は近いうちに絶命する可能性が高い。
まるで拷問だ、とラナンは顔を顰めた。
「その推理でいくと、この先に待ち構えているのは結晶蜘蛛の特異個体ね」
砂漠蠍の大きな役割を餌と雑兵だとして、いま逃げていった個体達が一般よりも強個体なのだろう。
普通よりも強い個体だから、結晶蜘蛛は自身の結晶が適合するのではないかと考えた。その結果は先ほど見た通りだったが、それはリョウヤ達にとっては都合が良い。
ラナンと対照的に、全く感情の籠もってない表情で紅は淡々と「警戒して行きましょう」と告げる。
砂漠蠍に感情移入していないのは紅だけでなく、リョウヤもだ。
自分が結晶を接合されるのは嫌だとは思うが、普通の魔物に対して思うところは特にない。この点はゲームで散々戦っていた経験の影響なので、ある意味では紅よりも冷たいかもしれない。
「一々気にしていたら保たないわよ」
紅がラナンを気遣う。
それを横目に見たリョウヤは、漸くラナンが気落ちしていることに気が付いた。
リョウヤが鈍いと言うのではない。
ただ彼にとって魔物は狩る対象でしかなかった。それはリョウヤ以外のプレイヤーにとっても同じだ。そしてRPGにおいて敵モンスターと戦う事を躊躇う者などいないだろう。
リョウヤも長いこと、それが当たり前としてKODをプレイしている。
故にエデンに来てしまってからの魔物との戦いに、リョウヤが何か深く感じ入ることもなかった。
だからこそラナンの様子を見て、意識をその事実に向けてしまう。
外殻を砕く感触。肉を裂く感触、骨を断つ感触。
仮想現実ではない。
現実の感触。
今までは意識などしていなかったのに、とリョウヤは嘆く。
(いや……気にしないようにしていたのに――!)
一度でも強く意識してしまえば、そう簡単に忘れることは出来やしない。
「その辺り、坊やはシビアね」
少し前、砂漠蠍の命を奪った時の、リョウヤの迷いを感じさせない太刀筋を思い返して紅は言う。
否定的ではなく肯定的で、寧ろ褒めるかなような声音だった。
意識を一気に現実に切り替えるリョウヤは「もう長いしな」と何処か曖昧に微笑む。
その普段より少し弱々しい様子に、ラナンが慌てて口を挟んだ。
「師匠は優しいよ!」
力強い言葉を発したラナンの頭を、リョウヤは誤魔化すように撫でた。撫でたと言うより、抑え付けるように髪をグシャグシャにしただけなのだが、それは今のリョウヤにとっての最大級の感謝だった。
あわわ、と目を回して焦るラナン。
実際、ラナンの言葉は的を外れていた。
リョウヤは斬った感触に不快感と嫌悪感、そして僅かな自己嫌悪を憶えたのあって、ラナンの魔物に対する優しさや紅の言葉に傷付いたのではないのだ。
「気分、悪くしちゃった?」
「まさか! 少し考え込んだだけだよ」
僅かに不安を感じているような紅に、リョウヤはハッキリと否定する。
否定の言葉には全く虚構が含まれていないこともあり、紅は一息吐き、リョウヤから解放されたラナンはこれまた慌てて紅に「別に紅さんを責めようとしたわけじゃないよ!?」と告げた。
紅の言葉に原因があると思ってしまったラナンではあるが、当然ながら紅を糾弾したいわけでもなかった。
それが分かっている紅は頷き、ラナンの頭を優しく撫でる。
「あぅ……」
リョウヤにボサボサにされた髪を整えるような紅の撫で方は、ラナンの体中に入った力を抜くには充分過ぎた。
髪の色はまるで違うが、二人の姿は姉妹のようにリョウヤの目には映り、結果としてリョウヤの心も穏やかになる。
(なんだ……俺ってこんなに単純だったのか)
自嘲すべきなのか、誇るべきなのか。
気分を一新したリョウヤは、ラナンを撫でる為に消していた双剣を手元に戻した。
それを皮切りに紅はラナンを撫でるのを止め、ラナンも「よし……ようっし」と気合いを入れ直す。
これだけのやりとりをして尚、魔物の寄ってくる気配はない。
目的地である大空洞に辿り着くのは、そう難しいことではなかった。
向かうまでの道のりで変わったことなど、それこそ背に付いた結晶によって絶命したのであろう砂漠蠍が二匹いただけだ。
そう、それだけだ。
「――坊やの推理、残念ながら不正解ね」
目を見開きながらも軽口を叩く紅の視線の先には、まるで今まで何もなかったことの反動とでも言うような、巨大な何かが、コンサートホール程の広さの空洞の中心に居座っている。
結晶に囲まれた巨体は堂々としており、三人の方に顔を向けていないが、ゴソゴソと動いる。固い何かを砕くような音と肉を磨り潰すような音が耳に障る。
「食べてる……!?」
生々しい音と動作にラナンが顔を青くし、口元を両手で抑える。
「長い尻尾に、鋏、ついでに背には結晶が乗ってて、同体は丸みを帯びてるって……」
おいおい、とリョウヤが引き攣った顔でぼやく。
三人の視線が集中している巨大なソレは食事が終わり、両腕の鋏で摘まんでいた砂漠蠍だったものを投げ捨て、ゆっくりと体ごと振り返った。
楕円の腹部の先に付く丸い頭胸部には大きな目が二つ。振り返った際に見えた側面にも一つ見えたことから両側に二つ。上方を見る為のものが二つ、下方を見るものが二つ、頭の上下に付いている。
その八つの目は、それぞれが違う方向を観察している。
これだけなら蜘蛛の一言で済まされる。
問題は二つある。
一つは尻部分から伸びている長い尻尾だ。
動物の尻尾とは違い、乾燥したゴツゴツとした尻尾。
その尖端は針が鋏のようになっている。
もう一つは二本の前足が大きな鋏になっていること。
こちらは生え際にこそ体毛が残っているが、基本は尻尾と同じで硬質だ。
見るからに蜘蛛と蠍の特徴を兼ね備えている。
背部にいくつか乗せられている美しい結晶。それが砕けていないのは、鋏と尾以外を黒い毛が覆っているからだろう。
「結晶蜘蛛と砂漠蠍の交雑種」
「交雑って……なんで……!?」
極めて冷静な紅の分析に、ラナンは漸く許容量をオーバーしていた頭を回転させ始める。
人工交雑は考えにくいので、自然交雑なのだろう。
が、たまたま大陸間を移動してしまった結晶蜘蛛が砂漠蠍と交配して子を残すなんてこと、誰に想像ができようか。
「言ってる場合じゃなさそうだぞ」
他に侵入者がいないのかを探すようにギョロギョロと動いていた眼球が、三人で止まったのだ。
まるで「三人以外はいないな」とでも言うように見つめられた三人は硬直する。警戒度を最大まで引き上げ、相手の動きを見逃さないようにと細心の注意を払う。
いつ攻撃されても大丈夫なようにと身構えていた三人が――同時に左右に跳ねた。
立ち止まっていた箇所で硝子の砕けるかのような音が響き、紫色の破片が散らばる。
言うまでもなく、結晶が飛ばされてきたのだ。
「宣戦布告の牽制ってか」
リョウヤが調子を整えるように軽く肩を回す。
リョウヤと反対側に飛び退いた二人も体勢を崩すことはなく、蜘蛛なのか蠍なのか分からないモンスターを睨んだ。
ラナンが杖を構え、紅は鞘から刀身を抜き放ち、リョウヤは双剣を手の平でクルクルと弄ぶ。
――戦闘開始だ。




