D-VIII.最初の旅③/砂漠の洞窟
暫く階段を下りると今までとは一風変わった、かなり開けた景色が露わになった。
階段も、途中で通った通路も鉱石によって明るさが保たれていたが、それはそれら全てが人の手で作られた道だった。
道自体も決して広くない。
人二人が並んで歩ける程度の幅だ。
そこまでの明かりは鉱石の放っていたもので、まるで炎に照らされていたかのような黄金に近い輝きだった。
対して――青だ。
「わぁ……!」
人の手の一切入っていない洞窟。
その岩肌が、神秘的な青に照らされている光景に魅せられるラナン。
リョウヤは何も言わないが、僅かに口が開いてしまっている。
地球にいくつか存在するという"青の洞窟"。リョウヤは行ったことはなかったが、目の前の光景はテレビやネットで知った青の洞窟の色合いに近く、感動するのも無理はなかった。
「龍脈のエネルギーが結晶化した物が明かりを生んでいるのよ」
「……龍穴なのか?」
「そう。だから光は青い筈で、あんな紫色はしていなかった」
龍穴という聞き慣れない単語に首を傾げているラナンを余所に、紅は目で洞窟の奥を指し示した。示されたままにリョウヤは視線を動かす。
岩や石が放つ青に紫が混じっているように見えるが、リョウヤにその色は微かにしか捉えられない。
けれど紫色の光は洞窟の奥から届いた光のようだ。
「紫……紫の光かぁ……」
微かな光ではあるが、なんとなく見たことのある気がしたリョウヤは記憶を辿る。
すぐに思い出せないということは、周回したダンジョンやモンスターの類ではない。けれど見覚えは確実にある。
「見たことある?」
リョウヤの反応に紅が気が付き、小首を傾げる。
「あー……もっとちゃんと見れば思い出すかも」
リョウヤが頬を掻き気まずそうに言うと、紅はどうせ進むからと足を進め始める。それに追従するリョウヤは、ラナンに龍穴について説明することにした。
忘れられてなかった! と喜ぶラナン。
エデンは世界中を星のエネルギーが巡っている。
簡単な話、それが龍脈だ。
龍脈のエネルギーは青と白が入り交じっており、それは隙間があろうとなかろうと世界中を網のように覆っている。不可視にして不干渉のエネルギー体なので、地面だろうと水中だろうと関係がないのだ。
その中でも数カ所、エネルギーの濃度が特別濃い場所が存在している。
龍脈のエネルギーは遥か地下、星の中心核から発生していると言われており、その中心核から龍脈へとエネルギーを送っている穴が龍穴となる。
エデンにある龍穴を例えるのなら、噴火活動の活発な火山の真下などが挙げられる。
これは龍穴から溢れるエネルギーが、マグマに影響を与えているという分かりやすいものだ。
「龍穴のエネルギーが影響を与えるのは、何もマグマだけじゃない」
「この辺りは石に影響が出て、青く輝かせていると言うこと」
二人から説明を受けてラナンは、ふむふむと素直に納得している。
ラナンとてこの世界に生きる者として龍脈の知識はあったが、龍穴の存在は知らなかったのだ。だがそれも、龍穴は国の重鎮クラスのような極一部しか知り得ないことなので仕方がないとリョウヤは思う。
(なんでそれを俺が知ってるんだって話だろ……)
言ってしまってからでは遅いが、少し迂闊だったとリョウヤは反省した。幸いなのは紅も知っていたので、深く突っ込まれなかったことだろう。
(いや――)
リョウヤが、龍穴は重鎮しか知り得ないと知っているのはKODの知識だ。そして龍穴を知っているのも、KODのストーリーで知ったものだ。
もしかしたらゲームとは違い、周知の事実なのかもしれない。そう考え、すぐに否定した。いくらなんでもラナンを馬鹿にし過ぎだと思ったからだ。
今の場合、特殊なのはどう見てもリョウヤと紅なのだ。
知っている方が可笑しい、そう考える方が遥かに自然だった。
洞窟を少し進むと、漸く紫色の光の正体が見えた。
結晶である。
紫色に怪しく輝く六角柱状の結晶がそこかしこに伸びている。
大きさは多種多様で、小さい物は手の平サイズだが、大きい物で幼い子供程の物もある。少ないが小さな物がいくつも組み合わさり、大の大人サイズになっている物もある。
「わ、ちょっと綺麗かも」
結晶に近づこうとしたラナン。その伸びかけた右手をリョウヤが、頭の左側に纏められたポニーテールを紅が掴んだ。
「触ろうとするな」
「触らないの」
腕を引かれるのは構わないが、ポニーテールを引かれるのは駄目だとラナンは思う。
痛ぁ! と呻くラナンを見、リョウヤは少し驚きながら紅へと視線を動かす。
「思いの外、引っ張りやすかった」
「それ、イーストジーハでバーやってるママも言ってたな……」
髪が引っ張られて痛い。
首が変な方向に曲げられて更に痛い。
ラナンは涙目で紅を睨んだが、睨まれた側はどこかキラキラした目をしている。楽しい遊びを見つけたかのような紅を見て、リョウヤはマダム・マイアーが同じことを言っていたのを思い出していた。
「出会ってから一番イキイキした表情を見せてくれたのが、髪を引っ張られた時って……」
怒っているのか落ち込んでいるのか、ラナンは複雑そうだ。そんな様子を見てリョウヤは苦笑いし「でも止めてもらって正解なんだぞ」と足下の小石を拾い上げた。
不思議そうなラナンの目の前で、リョウヤは小石を軽く放り投げる。
低い放物線を描いた小石は、十メートル以上離れた位置の結晶にぶつかった。
ぶつかったと言うより、触れたというのが近いかもしれない。
軽い衝撃だ。
にも関わらず――結晶は派手に砕け散った。
軽快な音とは裏腹に、結晶の破片の飛び散った範囲は狭い。
だが地面へと落ちたその破片は、遠目に見ても深く突き刺さっているのが分かる。
「……えっと……もしかして……かなり危ない?」
心なしか顔を青くしているラナンは、リョウヤと紅が結晶について何か知っていることを察し尋ねた。
「罠だしな」
案の定、リョウヤは何か知っている様子で嘆息する。
「これ、イスタンダートの蜘蛛だろ?」
「……私の記憶違いではないのね」
紅は自分の考えがリョウヤと一致していることに一息つき、ラナンは「クモ?」と不思議そうにしている。
リョウヤは嫌悪感の含んだ声で言う。
「イスタンダートにな、糸の代わりに結晶を作る蜘蛛がいるんだ」
クモというのが雲ではなく蜘蛛なのだいうことに気が付いたラナン。じゃあこの結晶はその蜘蛛が作ったんだ、と感心しながら零した。
ラナンが感心するのも無理はない。
不純物の混ざっていない美しい結晶は、自然に出来上がった物ではなく、蜘蛛が一から作り上げたというのだから。
「虫ではなく結晶蜘蛛……クリスタルスパイダーと呼称される魔物ね」
一説では砂漠蠍然り、結晶蜘蛛然り、元々は虫だったのが巨大化したものと言われているが、結局は魔物という扱いだ。
紅が結晶蜘蛛をどこで知ったのかリョウヤには分からない。それはお互い様なのだが、リョウヤ自身はゲームKODE、その中のサブイベントで戦っている。
ゲームのメインイベントとは違い、サブイベントはクリアには関係がないので無理してプレイする必要がない。
記憶が曖昧だったのはサブイベントだけに登場した敵モンスターで、そのサブイベントをこなしたのが遠い昔だったということ。二、三回しか、そのサブイベントをクリアしていないこと。そのイベントでは大量の蜘蛛が沸くので気持ちが悪く、記憶から葬ろうとしていたこと。そういう理由からだろう。
「結晶蜘蛛が作る結晶は魔法を吸収する……つまり近接戦闘じゃないと壊せないんだが」
「あ……簡単に割れて危ないんだ」
割れた際に破片が他の結晶にぶつかり、連鎖することのない絶妙な間隔で並んでいるのがイヤらしい。
ラナンは持っていた杖から剣に持ち替えようとしたが、縋るようにリョウヤに視線を送った。
「結晶は蜘蛛の背中に乗ってるだろうから、そこを狙わなきゃ魔法攻撃も充分通る」
結晶蜘蛛が相手の場合に限った話ではないが、換装士ならば武器の切り替えだけでなく、魔法攻撃と物理攻撃を切り替えるのも大事になる。
「……まだ戦いながらの換装は厳しいかも」
うぅ、と悔しそうに唇を噛むラナン。
戦闘時に武器を換装するというのは、状況に余裕がないときは一瞬で換装する武器を選択しなければならない。後衛なら瞬間換装に慣れてしまえばまだ楽だろうが、前衛では非常に難しい。
相性や間合い、体の使い方、それらを含めた全てが武器によって異なる。
リョウヤとしても、ラナンが簡単に自分と同レベルになられても虚しくなってしまう。それだけの時間と労力を費やしているのだ。
「坊や、武器はある?」
「ん? ああ、希望は?」
「そうね……普通の剣で構わない」
精神的に大人で冷静ではあるが、見た目だけなら年下の少女からの坊や呼びに抵抗を感じながらも、リョウヤは紅の言いたいことを理解して刀を手渡す。
「上等すぎる一本ね……」
確認するように刀身を抜き放った紅は驚き、感心しながらすぐに刀身を鞘に納めた。
リョウヤが持ち歩いている刀系武器は月刀というシリーズの武器だ。
NPC作の刀剣ではなく、とある刀匠を生業とするプレイヤーが打った刀で、そのプレイヤーの作った刀剣はKODOにおいて一定層の人気を誇っている。
リョウヤ自身も根強いファンで、中でも好きなのが月刀シリーズというわけだ。
リョウヤがエデンに来てしまった時に、ちょうど持ち歩いていた月刀は二本。
誰もが想像するようなポピュラーな見た目に、半月型の鍔が特徴的な恒月。そして、柄と鍔だけしか無いという非常に珍しい形の暗月である。
リョウヤがエデンに来てから頻繁に使用していたのが恒月で、いま紅に手渡したのもそれだ。
「ラナンを中心に立ち回るか?」
「それが良策でしょう」
紅自身がかなりの実力者なのであろうことは置いておき。
リョウヤとてKODではトップランカーだった。
魔法攻撃を中心とするラナンを守るように、前衛としてリョウヤと紅が物理攻撃を担うという策は簡単に思いつく。それを選択した武器だけで察したリョウヤに、紅は満足げに頷いた。
当時、リョウヤが結晶蜘蛛のサブイベントを初めてクリアした時はゴリ押しだった。それを思い出すと若かったなァと呆れてしまうリョウヤだったが、実際に子供だったので仕方がない。
「私は魔法で攻撃ってことだよね?」
ラナンも一瞬遅れて思い至ったようで、リョウヤと紅は首を縦に振って肯定した。
結晶蜘蛛。
クリスタルスパイダー。
糸と同じ要領で結晶の元となる液体を分泌、それが空気に触れることで凝固し結晶となる。
結晶は軽く触れるだけで砕けてしまう程に脆いが、結晶蜘蛛の手足にはアメンボのような細かい毛が覆っており、その体毛を用いる事が唯一結晶を砕かずに触れる手段とされている。
毒は持っていないが前述の通り結晶は砕けやすく、その破片は非常に鋭利だ。また狭い周囲ではあるが弾け飛ぶ。
だからと言って魔法で対処しようとすると、結晶には全く効果がない。
故に結晶を壊そうとするのならば、中遠距離からの物理干渉でなければならない。
ただ、離れていれば安心というわけもはない。
体を捻ることで腹部の尖端を対象に向け、そこから結晶を直接飛ばして攻撃してくるからだ。
何より恐ろしいのは、群れで行動しているケースが多いということ。
――というのが、リョウヤが知っている知識だ。
「加えて言うのなら……蠍って一応、蜘蛛の仲間なんだよ」
どっちもクモ綱だから、とリョウヤ。
節足動物という大きなカテゴリーの中で、蜘蛛と蠍は共に鋏角類にカテゴライズされる。
直接関係があるとは思えないし、ゲームとも全く関係がない。あくまで虫の蜘蛛と蠍の話ではあるのだが、とリョウヤが付け足した補足に「なるほど」と二人は感心した。
「そっか……ならサンドスコーピオンとクリスタルスパイダーが一緒にいるのは可笑しくないんだ」
「強引な言い方ではあるけど、それが一番しっくり来る……かしら」
砂漠蠍が地下と地上を行き来していることから、砂中に巣を作っていると判断したのは紅だ。彼女曰く、地下の洞窟を移動するのも初めてではなく、そこに砂漠蠍が巣くっていたのも過去に確認済みとのこと。
だが今の地下洞窟には結晶蜘蛛の痕跡が存在している。
単純に蜘蛛が蠍の生活域を奪った可能性もあるが、蠍が変わらず砂漠で生活し、砂中に進入もしていることから、二種類が共生している可能性の方が高い。
それはつまり、砂漠蠍と結晶蜘蛛を同時に相手取る可能性が高いのと同義だ。
話を纏めた三人が暫く歩くと、結晶蜘蛛が作った結晶は数を減らしてきていた。
出入り口付近にはかなりの数が配置されていたが、これは恐らく侵入者対策だったのだと話は付き、事実十分ほど歩いただけで周囲の結晶は数個置かれているだけになっている。
「まぁ、そうだよな」
「うん、そうだよね」
「そうでしょうね」
洞窟内で反響することもない、耳元で聞こえる程度の小さな呟きが三つ。
緩やかな曲がり道から三人が顔だけ出して奥を覗くと、三匹の砂漠蠍が大人しくしていたのだ。
出入り口付近の結晶が侵入者対策の主軸ならば、この先は本格的に蠍と蜘蛛が動き回っていることだろう。
納得のいく光景に三人は小さく息を吐いた。
一度戦闘になったら、どんどん沸いてくると予想ができるからだ。
リョウヤがゲームで体験した結晶蜘蛛のサブイベントでは、文字通り湯水の如く沸いて来ていたのだ。そもそも群れで行動しているのが前提なのだ。
それは結晶蜘蛛に限らず、砂漠蠍とて目の前にいる三匹しかいないということはないだろう。
リョウヤが紅と目を合わせ、一度自分を指さしてから天井を指さす。
無言で頷く紅を確認したリョウヤが、今度はラナンに目配せする。
ラナンは杖をギュッと握って頷いた。
リョウヤが指を三本立てる。
その指は二、一と減っていき――ラナンの視界からリョウヤの姿が消え去った。辛うじて紅が飛び出したのは見えたラナンが、追従して曲がり角から体を晒す。
そこでラナンは宙に浮いているリョウヤが、二十メートルは離れた位置にいるのを視認した。身を屈めて飛び出していた紅も既に同じ距離に達している。
通路の幅は非常に広い。
勢いよく中空から飛び出したリョウヤが体を捻り、両手で逆手に持っていた剣を体と共に回転させて二匹の砂漠蠍を斬り刻む。
三匹が先に気が付いたした乱入者に気を取られた一瞬の隙に、紅が一匹の頭部を刀で貫く。
音もなく声もなく絶命した三匹の砂漠蠍ではあるが、三人の死角となっていた岩陰から四匹目が飛び出した。が、それは出現と同時にラナンがフリーズランサーで仕留める。
リョウヤと紅に見守られながら、自身でも辺りを警戒しながらラナンが二人に駆け寄る。
紅が前方、リョウヤとラナンが後方を向いたまま背中を合わせた。
リョウヤとラナンが並び、二人の体のそれぞれ半分程に寄り掛かる紅。
「どうだ?」
「少し進むとまた曲がり角、今度は二叉に別れている……敵の気配はない」
ふむ、とリョウヤは頭を捻る。
紅が前方に位置取ったのは彼女の方が視力が良く、夜目も利くからだ。
今まで一本道だったが、この先は分かれ道。それは予想できたことだし、紅は道を把握しているので迷うこともないだろう。
だが淡々と語られた報告の、敵の気配がないというは気になる。
今の戦闘だって騒がしくはなかったが、決して無音というわけではない。
リョウヤの着地音、紅の足音、ラナンの魔法が刺さる音。それらに、人より敏感であろう虫型の魔物が気が付かないとは思えなかった。
「……なんとなく、蟻の巣みたいにたくさん敵がいるって思ってたけど」
ラナンがポツリと零す。
「二種類の魔物がいるのでしょうし、状況が違うのかもしれないわね」
紅が何処か気怠そうに返した。
「それにしたって少ないな……どういうことだ?」
視界に入る範囲には三匹の砂漠蠍しかいなかったので、暗殺めいた動きをした三人。
それは可能なら、他の仲間を呼ばれる前に倒してしまいたかったからだ。故に四匹目が逃げるのでも救援を呼ぶのでもなく、攻撃を仕掛けてきてくれたのは幸運だった。
先ほどリョウヤは跳躍し、更に天井付近の壁を蹴りつけて砂漠蠍に肉迫し斬り裂いた。
最初の跳躍も壁を蹴った際も【極縮地】というスキルまで発動させている。それは別に大した問題ではない。ただかつての経験から得た知識と、現実の魔物の生態が変わっているのだとしたらリョウヤはアドバンテージを一つ失うことなる。
「現状だけなら、敵が少ないのは良いことだよね」
「まぁ、な……」
声音にこそ表さないが、不安の種が一つ増えた溜め息を吐いたリョウヤだったが、ラナンの言う通り現状だけ良いことなので肯定する。
楽観的ではあるが、今の段階ではそれが全てなのだ。
つまり、進んでみなくては分からない。
三人共が無傷で疲れを残すこともなかったので、再び足を進めることにしてすぐに紅はリョウヤの名前を呼び止めた。
「……さっきのは縮地?」
「ん、ああ、紅のもそうだろ?」
物珍しげな紅に対して、リョウヤはどこか嬉しそうに答えた。
KODにおいて縮地系スキルというのはマイナーだったので、リョウヤ以外が使用している姿は滅多に見られない。
それはスキルをレベリングしていくことによって、同系統の新スキルを会得できるシステムが関係してくる。
縮地の派生スキルは非常に数が多いのだ。
足下を蹴ることで瞬間的に加速するスキルが縮地系の特徴だ。
より正確に言うのなら、何の変哲もない地面を蹴ることで発動する。
コンクリートや石、土の床なら発動するが、水上や氷上では発動しない。
特殊な床を用いるのならば、水上なら【泉縮地】。氷上なら【凍縮地】というスキルをそれぞれ会得し、スキルスロットにセットしなくてはならない。
スキルの会得も手間だが、スキルスロットの圧迫にもなってしまう縮地はゲームでは人気がないのだ。
何より、他の加速系スキルで代用が出来てしまうのも理由の一つだろう。
ただ縮地系スキルにもメリットはある。
それは選ばない足場とCTの短さだ。
前者は単に【雷縮地】や【焔縮地】など、名前からも分かるように雷や炎のような形ないものを足場にすることが可能としている。
後者も文字通りで、縮地はレベリングすることで数あるスキルの中でも屈指の速さでCTが終わるようになるので連発が可能なのだ。
CTが短くなるのと同じに、発動の際の入力時間が短くなりタイミングがシビアになるのはデメリットだが、リョウヤ曰く「慣れればどうにでもなる」とのこと。これにはリョウヤの属するギルドメンバー達も苦笑いだったので、本人だけの意見なのだろう。
「……坊やは何でも足場にできそうね」
問いかけに頷いた紅はどこか探るように、けれども面白いとばかりにリョウヤを見た。
「そこそこな」
誤魔化したリョウヤではあるが、実際のところ何でも足場にできると言える。
縮地系スキルの最高峰、それこそが極縮地。
縮地系スキルの全種類会得し、その全てのレベルを上限まで上げることが最低会得条件に含まれた、二重の意味でぶっ壊れスキルだ。
会得条件は分かりきっていないが、リョウヤとそのギルドメンバー達の予想では縮地系スキルの使用回数は勿論、縮地での移動距離や足場にした物の種類辺りも怪しいと考えている。最上級クラスのスキルは効果もそうだが、会得条件もぶっ壊れているからだ。
極縮地の場合、効果はありとあらゆるものを足場として加速することになる。その際、敵や敵の攻撃、空気を踏むことは出来ない。
また踏み込んだ後、能力発動させるまでの時間が刹那しかない。そのため踏み込みと発動のタイミングがズレやすく、そうなると効果が暴走して派手に転んだりするのが特徴と言える。
リョウヤも極縮地の会得当初は失敗に失敗を重ね、どうにか使いこなせるようになったのだ。
(抜け道に気が付かなけりゃ、大人しく他の手段を選んでたかもしんないけどな……)
スキルのレベリングは攻撃系のものならスキルを当てた対象の強弱、クリティカル発生の有無などが関わってくる。
一番お手軽なのが使用回数だ。
攻撃系ではない縮地は、使用回数でレベリングするのが主となる。
そして縮地のレベリングにおける抜け道とは、味方の魔法を足場に出来るということだ。
KODOではプレイヤー同士での戦闘はメリットがない。
一応プレイヤー同士で争うことをメインに据えた大陸もあるのだが、ウェスタンダート大陸のようなメインフィールドでのPKは非推奨なゲームだ。
PK非推奨エリアでも仲間の攻撃でダメージは受ける。それで完全に体力を削りきってしまった場合などにはペナルティが発生するのだが、リョウヤが目を付けたのはそれだった。
魔法に限らず、攻撃系のスキルはレベリング、或いは特殊なスキルによって味方へのダメージを増減ないし零にすることができる。
そこでリョウヤは、魔法戦闘を主体にしているギルドメンバーに声をかけた。
要は味方への被ダメージを零にした魔法を足場にしようと試みたのだ。
結果は――大成功。
雷縮地なら雷の魔法を。
焔縮地なら炎を魔法を。
それぞれを足場として使用できたのだ。
これはリョウヤだけでなく、魔法を放っていたギルドメンバーにも使用回数を増やすと言うメリットがある。
利害の一致した二人は作業にもにた動作を延々と繰り返し、互いにスキルのレベリングを図ったというわけだ。
「師匠、前に縮地を使う人は少ないって言ってたのに……」
「え? いやそれは本当だぞ?」
「私も人間で知ってるのは……今じゃ坊やくらいね」
過去に思いを馳せていたリョウヤは、嘘は言っていないと言う。そしてそれを肯定するような紅。
だがラナンは不満げだった。
「でも……この三人なら六割以上、ほぼ七割が使ってるのに……」
三人合計で百パーセント。
一人約三十三パーセント。
二人で約六十六パーセント。
一の位を四捨五入して七十パーセント。
リョウヤと紅は一度目を合わせ、そのままラナンに視線を戻す。
どこか頬を膨らませているようにも見えるラナンは、そっぽを向いていた。
「ま、本当に使いたいなら俺も反対はしないけどな」
「好みかどうかというのも、意外と練度に左右するものね」
元々リョウヤは、ラナンから縮地を教えて欲しいと一度お願いされている。
弟子からすれば、師匠の使用している技を会得したいと望むのは至極当たり前のことだった。
それを断ったのは、縮地が他のスキルで代用の利くものだと知っていたからだ。
仲間はずれだと主張している子供にしか見えないラナン。そのどこか幼さを残した様子に二人は吹き出しそうになる。それをどうにか堪えようするが、どうしても表情は緩んでしまう。
ラナンの機嫌を直そうとすると、危険地帯にいるのを忘れてしまいそうな雰囲気になるだろう。がそれも仕方がないし、周囲に敵の気配がないので大した問題にもならない。
先に口を開いたのは紅だった。
「坊やにこう言われたでしょう? 好んで使うには面倒で、他で補えるものだ……と」
確信を持って問われたラナンは、リョウヤの言葉を当てられて驚きながらも頷く。
「それは事実。だから貴女に、もっと多くのことを知ってもらいたかった。何事も選択肢は一つではないことを伝えたかった。分かる?」
「……分かり、ます」
表情も声音も変わらないのに、ここに来て長い台詞を吐き出した紅。
バツの悪そうなラナン。
別にそこまで考えてねーよ!? 選択肢が一つじゃないのは言ったけど、そんな人生でも多くの選択があるみたいな深い意味はなかったよ!? と叫びたいリョウヤ。
「たくさん考えてくれてるのに、ふて腐れてごめんなさい……」
「――あぁうん、気にしなくていい……俺も言葉足らずだったしな……」
ラナンからの素直な謝罪に、リョウヤは曖昧に笑うしかない。
そんな二人を、心なしか満足げに眺める紅。
説教というか、言い聞かせるのが上手いとリョウヤは思う。
(あ、年の功か)
「何か……言った?」
「言ってません」
女性に対して言うのは失礼なことを思ったところに、まるで聞いていたかのような一言。
ただの直感めいた言葉で何かの意図があったとは思えないが、紅に思考を読まれた気がしたリョウヤは肝を冷やしたのだった。




