D-III.プロローグ③
翌朝、リョウヤがタンクトップ姿でベッドから目を覚まして最初に言ったのは――
「夢じゃなかった」
――という一言だった。
使い用によっては長年の目標が叶った後のようにも聞こえるが、リョウヤの憔悴した態度で言われてはどのような意味で使われたのかは言うまでもない。夢であってほしかった。
ベッド横に付けられた窓から差し込む日の光とは対照的な、陰鬱とした表情で立ち上がったリョウヤは、昨夜は風呂に入っていなかったことを思い出す。
現代人として基本的に毎日欠かさずに入浴していたが、疲労と混乱のせいで眠りに落ちてしまっていたのだ。
「……風呂……入らせてもらおう……」
立ち上がったリョウヤは体のべたつきに気持ち悪さを憶えながらも、目覚めの一発にと自身の頬を両手で叩く。乾いた音が響き、痛みも走る。
ふとテーブルに置かれたメモが目に入った。
そこには浴場の場所と、タオルは脱衣所に置いてあるというメッセージが書かれていた。書いてくれたのはママのようで、メモの最後にサインがされている。
流石は母親にしたいキャラクターランキングで一位のキャラだ、とリョウヤは感心した。
歴史の長いゲームであるKODにはいくつかのランキングが存在する。
例えばラナンなら毎度毎度、総合ランキングで五指に入る人気キャラだ。男性が選ぶ部門でも女性が選ぶ部門でも十位以内は基本なので、男女共に人気のあるキャラクターなのが窺える。
タンクトップの上にトップスを着直したリョウヤは、特に迷うこともなく脱衣所へと辿り着いた。
浴場の扉を開き、中を覗き込む。
KODワールドは現代に似せた作りになっているので、シャワーなども問題なく使えそうだ。
(そういや文字も読めたな)
当たり前だったのでスルーしていたが、食堂のメニュー表もママのメモも読むことができた。リョウヤには日本語に見えたが、それが日本語なのか断定はできない。
一枚一枚装備と言う名の服を脱ぎ、雑に畳んで浴室へと足を踏み入れる。
床の冷たさに僅かに躊躇いながらシャワーへと向かい、鏡に映る自分の姿を確認して……溜め息。
キャラメイクで作った姿ではなく、現実での姿だったからだ。
(……なんとなく察してはいたけどな)
意識の切り替えのために自身の顔を引っ叩いた時の感触は、現実でも慣れ親しんだものだったのだ。別に普段から自分の顔を叩いていたわけではない。だがそんなことをしていなくても、なんとなく察することはできる。要は勘だ。
(つってもまぁ、俺の場合はアバター自体がリアルに寄ってる姿だったし……そんな気にする必要もないか)
降り注ぐ温水のシャワーを見上げながら暫く呆けていたリョウヤが、頭や体を洗って脱衣所に戻るのは三十分もした後だった。
「おっ風呂、おっ風呂……お――……?」
陽気な鼻歌を歌いながら脱衣所の扉が開かれ、鼻歌が止まった。いや、止まったのは歌だけでなく、扉を開けたラナンもで……ボトムスを履いたばかりで上半身裸のリョウヤもだった。
「ふえ……えええええええええええええええええええ!?」
男子故に、別に上半身を見られたくらいではリョウヤは動じない。小学校中学校とプールの授業もあったからだ。けれど年頃の女の子であるラナンは違うらしい。
リョウヤはKODゲーマーではあるが、体は程よく鍛えられており引き締まっている。と言うのも幼い頃からKODにハマっているリョウヤは、その母からある程度の学力と運動能力は持っておくようにと厳命されていたからだ。
対して、男性が苦手なわけではいが裸体を見た経験などないラナンは、ちょうど着ていた寝間着にように顔を真っ赤に染めて、悲鳴を上げる。
その声量は家中どころか外にまで響くもので、リョウヤがその声に体をビクつかせる程だ。
「お、おおお、お邪魔しましたああああああああああ!!」
ドタドタと足跡が遠ざかり、階段の上から「うるさいよ!」とママの怒声が届く。どうやらママは眠っていたらしく、かなり声が低く不機嫌だ。
一人残されたリョウヤの「お、おう」となんとも言えない返事を聞くこともなく去ったラナンに、リョウヤ自身は「初心だな」程度の感想しか抱かず、ただ黙々と着替える。
(服……買わないとな……)
幸いにもお金はあるようだった。となると問題は使えるかどうかだ。
マコのネックレスは……というよりアクセサリー系アイテムはメニューから出し入れが可能だった。
「あ、いま試せばいいのか」
KODワールドの通貨は日本と同じだ。違いは円ではなくマネーという単位であること。百円が百マネーである。
一マネーコイン、五マネーコイン。十マネーコイン、百マネーコイン、五百マネーコイン、千マネー札、五千マネー札、一万マネー札……加えて五万、十万、五十万、百万、五百万、一千万、五千万、一億まで札がある……のが小説版KODの裏設定だ。
ゲームでならメニュー画面の所持金が自動で増減される。
リョウヤが武器を取り出す要領で手元にお金が来るように念じると、五万M札と小銭が現れる。同様に消すことも可能だった。
一安心したリョウヤはタオルを首に巻き、用意された部屋へと戻る。
テーブルに置かれた時計は七時を指していた。
(この後は……マコと遊ぶ約束をしてたけど、買い物も済ませたいな)
約束は守る主義のリョウヤとしては、マコとの小さな約束も破りたくない。
――今後の方針は定まりつつあった。
KODEのラスボスは周回によって異なるが、三戒龍と呼ばれている三体のうち一体とは確実に戦うことになる。
その中の一体、空戒龍。
空間を戒めると言われている龍で、誰でも想像できるように空間に作用する能力を持っている。
(今いるのが現実だとすると……俺からしたら異世界……こういうの、トリップとか言うんだっけか)
自分のいた世界から別の世界に移動してしまった。つまり空間に何かしらの干渉がされた、そう考えるのがしっくりくる。
リョウヤがいるのはKODによく似た世界だ。今まで自分のいた世界……仮に地球と呼ぶのなら、地球は科学が発展していても魔法は存在しない。ならばエデン側からなんらかの干渉があったと考えるべきだろう。
そしてKODEの舞台になっているのはウェスタンダート大陸ではなく、イスタンダート大陸。
まずはそちらに行くべきだ。
「……港行くか」
イーストジーハは港町だ。
イーストジーハからトマリージハスタ諸島とイスタンダート大陸には、船が定期的に出ている。
定期船はともかく、漁関係の人達は既にいるだろうと踏んだリョウヤは港へ向かう。
羽織りを纏い、今日は胸部もきちんと閉める。そうすればほぼ和服だ。それはそれで目立つ格好なのだが、和服自体が珍しいのだから仕方がない。
港は朝にも関わらず活気づいていた。
リョウヤは多くの視線を受ける。それだけなら服装で納得するが、友好的に声をかけられるのは疑問だった……のだが、こちらも「マコちゃんを助けた冒険者だろう?」と告げられて納得した。
「イスタンダートに?」
声をかけてきた一人の、漁師らしき姿をした、屈強な肉体を持つ男性は不思議そうだった。
リョウヤは「そう」と頷く。
「行きたいんだけど、ここから船出てたよな?」
「それならちょうど一週間後だな」
リョウヤが頭を下げると、男はガハハハと豪快に笑う。
「ついこの前も同じ質問されたんだが、何かあるのか?」
「いや……ちょっと用事がな」
間違っても元いた世界に帰りたいからとは言えない。
お茶を濁すリョウヤに追求することもなく、漁師の男は笑いながら去って行く。それを見送ったリョウヤは安堵した。
最初の目的は果たせそうだからだ。
まずはイスタンダートに行き、物語の進行状況を調べる。
(まぁそれも、ラナンがウェスタンダートに来てる時点でなんとも言えないが)
シナリオ通りならラナンはウェスタンダートにはいない筈だ。
ラナンの年齢もリョウヤの知識とは僅かだが異なる。
異なる大陸にいるのがKODEクリア後なら違和感もないが、ラナン自身が駆け出しだと言っていたのを聞いている。
つまりリョウヤの持つ原作知識は、既に役に立たないであろうことが分かる。
最悪リョウヤ自身がシナリオに介入する必要も出てくるかもしれない。何故なら世界の危機が訪れるからだ。
(とは言え……主人公がラナンなら、最終的には彼女の力が必要になるか?)
なんで俺が異世界の事情まで考えないといけないんだ。そう頭の中では文句を言うが、事が長引いた場合は自分自身にも危険が及ぶのも事実。対策はしておいて損がない。そう思うことで、リョウヤは今後の道程を大まかに決めた。
港から素少し離れると、露天商も既に活動を始めている店が所々に見当たった。そこを適当に回り、有用そうな物を購入していったリョウヤがバーに戻ったのは十時前だった。
階段を上がる足音を聞き取ったママが三階から階下を覗きこむ。
「ご飯、できてるよ」
ニカッと笑うママに誘われたリョウヤは三階に上がる。
廊下の奥がリビングになっているのは知っていたが、実際に見るのは初めてだ。
真っ直ぐに向かい、中を見ると案の定記憶と変わっていなかった。
リビングに置かれたテーブルと椅子は背が高めで、生活雑貨が棚に綺麗に纏められた綺麗な空間だ。
四つ置かれた椅子のうち一つには既にラナンが座っており、リョウヤの姿を確認をすると顔を僅かに赤く染めて目線を反らす。
(まだ気にしてるのか)
リョウヤとしては別段どうでも良いことなのだが、だからと言って全く配慮しないというのも問題だろう。
椅子の配置は長方形のテーブルに向かい合う形で二つずつ。
ラナンの正面と横は避けるべきだろうと思ったリョウヤだったが、自分より早くにママがラナンの斜め前に座ってしまう。
ほんの微かに、誰にも聞こえない程の声で「あ」と零したのはリョウヤ。その席がママの定位置だったのを思い出したのだ。
仕方がないのでラナンの正面に座ることにするが、今度はラナンがハッキリと「あ」と呟いてしまう。
「うん? なんだい、その反応は……?」
「え? い、いや! なんでも! なんでもないです!」
「……リョウヤ、何かあったのかい?」
「あー……いや、朝にな」
あからさまに慌てるラナンを、ママが不審に思うのは当然だった。
リョウヤは一瞬だけ迷うも、隠すようなことでもないかと朝起きたことを伝える。
結果――大笑いである。
「あっははははは! ゲフッ、ごふ」
部屋中に笑い声を響かせ、最終的に噎せ返るママ。
「ゴホッ、そういう! ラッキースケベは! 女が見られる側なんじゃ、ないのかい!?」
イッヒヒヒヒと苦しそうなママを見て、ラナンは俯いてプルプルと震えている。そんな二人を横目に、リョウヤはぼんやりとテーブルに並べられた料理を眺める。
ラナンが爆発するのは目に見えている。
着火しておいてなんだが、余計な事を言って飛び火しても面倒なのだ。
(サラダ、トースト、ベーコン、スクランブルエッグ……美味しそうだなァ)
ママのうめき声にも似た笑いをBGMに、我関せずなリョウヤが朝食に目移りしていると、とうとうラナンに限界が来た。
「もう! そんなに笑わなくてもいいんじゃにゃいですか!?」
最後に噛んでいた。
「……」
「……」
「……」
沈黙に支配されるリビング。
「あっははははは!」
そしてループした。
違いはラナンが床に手をついて落ち込んでいることくらいだ。
二人が冷静さを取り戻すまでの間、リョウヤはお腹空いたなと全く関係ないことを思う。
それから暫くしてから漸く三人は手を合わせ、いただきますと揃って口にする。その際にラナンがまだ少しだけ頬を染めていたが、ママも反省したようで指摘することはなかった。
「――へぇ、じゃあ港行って船を確認して、更に買い物も済ませたのかい。行動が迅速だねぇ」
ママはそう言ってチラリとラナンを見る。
視線を受けたラナンは気まずそうに目を背けた。
ラナンはこの町に着いたとき、翌日の夕方まで眠っていたからである。初めての旅で疲れが溜まっていたにしても、これには本人も流石に眠りすぎたと反省した。
「え、えっと……そうだ、船で何処に向かうの?」
話題を少しだけ変えようとしたラナンは、割と本気で興味を持ったことに首を傾げる。
「イスタンダートに行こうと思ってな」
洋風な朝食に舌鼓を打ちながらリョウヤは答える。
「わ! じゃあ一緒だね!」
うん? とリョウヤはラナンを見た。
自分の予想していた反応とかけ離れていたからだ。
ラナンの出身はトマリージハスタ諸島のはずで、トマリージハスタからはイスタンダートまで船が出ている。にも関わらずウェスタンダートに来ていることから、ラナンはこちらに用があるのかと思っていた。
「私もイスタンダート大陸に行くつもりだったの」
まるでウェスタンダートに行く気はなかったかのような物言いに、リョウヤは疑問を持つ。
「行く……つもりだった?」
「……船……間違えました……」
てへへと恥ずかしそうに頬をかくラナン。
リョウヤは「あァ……まァそういうこともあるよな」と適当なフォローを入れつつ、同時に納得もした。
ラナンがイスタンダートへ向かうのなら、KODEのストーリーが始まる可能性が浮上する。そうすればリョウヤがシナリオに介入する確率は下がる。
(いや下がらないか)
すぐに考えを改めるリョウヤ。
本来ならありえない自分の存在。ラナンの年齢と最初に着いた大陸の違い。マコの生存。既に原作との違いは出てきている。
介入し過ぎるのも問題だが、かと言って放置するのも問題なのは明白だった。
(影から見守る、とか?)
ストーカー染みた真似をするのは非常に嫌だが、そうするのが良策な気さえしてくる。
(まぁでも――)
ここがKODに近い世界で良かった。リョウヤは心からそう思った。
KODならかなりのプレイ時間をこなしているのでまだ良いが、もしいきなり全く知らない世界で目覚めてしまったら、とてもじゃないが冷静でいられたとは思えない。
「ちょっと王都で確かめたいことがあるんだ」
リョウヤが今選んだ言葉も、こう言えば自然とラナンの行く先も零れるかもしれない。そんな思惑があったからで、案の定ラナンは目的を口にしてくれた。
「私は騎士団に用があるんだ……だからもしかして、一緒の場所に向かうのかな?」
ビンゴ! と口には出さないで喜ぶリョウヤ。
主人公が騎士団に会いに行くのはシナリオ通りだ。
「なら連れて行ってもらったらどうだい? そうすれば迷子になることもないだろうし」
「べ、別に私は迷子じゃないですよ?」
和気藹々としたやりとりを見ると、リョウヤとしては少しばかり胸が痛む。
(いやそこまで悪いことはしてないんだけどな……)
自分でもそう思うのだが、こればかりは性格なのでどうしようもない。そしてその感情が顔に浮かぶこともない。
リョウヤは隠し事が得意なのだ。
家にいることの少なかった両親を心配させないようにするために身につけたポーカーフェイスなのだが、これが意外と色々な場面で役に立つ。
適当に相づちを打ちながら、大人しく料理を口に運ぶリョウヤ。
そんな彼が再び出かけたのは昼過ぎになってからだった。
向かった先はマコの家。
マコの方から会いに来るかとも思ったが、ママとラナンが揃って「来てくれるのを待ってる」と言うので、場所だけ教えて貰ったリョウヤが向かったのだ。
(乙女心、ねェ……)
果たして五才の少女にそんなものがあるのかリョウヤは疑問だったが、女性二人に凄まれてしまえば拒否のしようがない。それに元より会うつもりはあったので、問題ないと言えばないのだ。
いくつかの寄り道を経て、リョウヤがマコ家族の住む家に着いたのはちょうどおやつ時だった。
居住区の端にある小さな家の扉をノックすると、間を空けることなく扉は開かれた。
コンコンコンと三度ノックしようとしたにも関わらず最初の一回で……それも叩くとほぼ同時に扉が開きリョウヤはキョトンとする。対して扉を開けたマコの表情は正しく花が咲いたと言えるだろう。
「いらっしゃい!」
マコがリョウヤの手を引く。
マコ、ルコ、アルマの住む家は二階建てだ。
玄関入ってすぐにリビングがあり、カウンターを隔ててキッチンがある。一階には他に寝室や浴室、トイレしかなく、二階は物置代わりの部屋が一室。本当に最低限の暮らしをするだけの作りではあるが、女三人で生活するのなら不便はない。三分の二が子供なら尚更だ。
「これ、途中で買って来たんだけど」
所持していたアイテムを手元に取り出したリョウヤ。
それはお茶菓子の類だった。
「足を運ばせてしまったのに、わざわざスイマセン……」
エプロンを脱ぎながらキッチンから少し慌てて出てきたアルマが、小綺麗に包装されたお菓子の箱を受け取ると、マコがキラキラした目でリョウヤを見つめていた。
お菓子に喜んでいるのなら視線はそちらに向かう筈……と思ったリョウヤは正しかったようで。
「かんそうまほー!」
マコの指摘に「そっちか」とリョウヤが言う。
幼い女の子にとってはお菓子よりも魔法の方が重大らしい。
昨日の時点でマコの前でもアイテムを出してはいたのだが、その時は迷いの森だったので彼女もそんな余裕はなかったのだろう。
アルマにソファーに座るよう促されたリョウヤはそれに従い、隣にマコが腰掛ける。
リョウヤはマコに問われるままに換装魔法の話をし、更に実演してみせる。そんなことをしている間にアルマから茶菓子を用意され、二階からルコが下りてきた。
どうやらマコやルコだけでなくアルマにとってもリョウヤの話は興味深いらしく、三人から多くの話を振られる。
リョウヤはKODでの経験を元に、これこれこういう場所があるだったり、こういうモンスターがいるなどの話をしただけだったのだが概ね好評だった。
その後、夕食をマコ達と共にしたリョウヤがバーに戻ると、ラナンが出迎えてくれた。流石にもう照れることもないようだ。
ママは既にバーでの仕事らしい。
「――話? そういやなんか気になるって言ってたっけ」
バー三階のリビング。
慣れた手つきで紅茶を淹れているラナンに向かって、リョウヤは椅子に座ったまま問いかけた。
ラナンは頷き、右手を目の前に上げてみせる。
「これなんだけど――リョウヤ君もしてる、よね……?」
女の子らしい細い手首に巻かれているのは、リョウヤと同じ龍庭の腕輪。敢えて違う点を上げるのなら珠の色だけだ。
彼女のする腕輪の珠の色は朱色で、そこから察するドラゴンはリョウヤの知識と同じだ。
(普段から常に付けてるから、頭から抜けてたな……)
誤魔化しようのない状況に置かれ、リョウヤはラナンの問いかけに肯定で答えることにする。
「龍庭の腕輪、か。……出てきてくれ、相棒」
リョウヤの声に反応して腕輪の珠が小さく輝き、直後に銀灰色をした小さな龍が現れる。
姿を現した龍・グレイバーは宙に浮いたままラナンに一度おじぎをし、定位置なのだと言うようにリョウヤの頭に乗っかる。
器用にリョウヤの頭に自身の頭を乗せたグレイバーを見、ラナンは「わぁぁぁぁぁ……!」と感嘆した。
「俺の相棒、グレイバードラゴン。名前はレイだ」
我ながら安直な名前を付けたと思ってる、そう続けたリョウヤだったが、レイが頬に翼をぶつけてくることから分かるように当人ならぬ当龍は自分の名前を気に入っている。
リョウヤのグレイバードラゴンの進化を重ねた姿から考えると、光線の意味を持つrayというのは非常に似合っているのだ。
「とっても可愛い名前だと思うよ! っていうかもうレイちゃんが可愛い!」
リョウヤの頭の上で目を細めているレイを見てハシャぐラナンだったが、我に返ったように咳払いをして「出てきて……」と腕輪に祈るように告げる。
すると先ほどと同じように腕輪が輝き、朱色の特徴的な小さな龍が現れる。
心なしかレイより柔和な印象を受ける龍は、現れてすぐに甘えるようにラナンにじゃれ始めた。
「わわっ、リオン! ほら……うっ……同じ龍ッ、だよ?」
(いま腹に突貫された……?)
じゃれ合いにしては激しいやりとりにラナンは時々呻いていたが、リオンと呼ばれた龍はレイを見て途端に大人しくなってしまう。
ラナンはリオンを抱きかかえるが、その様子は余り変化しない。
「あれ? いつもはもっと元気なんだけど……緊張してる?」
首を傾げるラナンに、リョウヤは「というか」と自分の考えを口にする。
「相棒はこんな姿だけど、既に進化できるから……」
「リオンもしてたよ?」
「あぁいや……レイは四段階進化するから」
KODのパートナードラゴンにはランクアップというシステムが存在している。
小説版では進化と呼ばれるそれはランクⅠからランクⅤまであり、シナリオでランクⅢまでが解放されるのだ。
「四段階!? そんなにするの!?」
KODは最初のキャラクターメイキングを終えた後にアンケートがある。それは好きな食べ物から趣味や休日の過ごし方と三桁にも上る。きちんと全てを入力しなくても良いのだが、した方が好みのパートナードラゴンになりやすい。
ダウンロード数が四桁を越えた今でこそランクⅠのパートナーは被る者同士が出てきたが、ランクⅡ、Ⅲと上がる程に被りは減っていく。Ⅳより上は全員がオリジナルの龍を連れているだろう。
というのもKODEを買ってクリアしても、KODOには手を出さないプレイヤーも多い。そんなプレイヤーの龍はランクⅢ止まり。
そして運営はKODEをやってからオンラインをやることを推奨していて、KODEからKODOに入ってもランクⅣにする条件もⅤにする条件も明確なものが分かっていない。
驚くラナンが知るよしもないが、上記の理由からランクⅤに至ったパートナーを連れているプレイヤーは全体を通して極僅かであり、リョウヤが如何にKODに熱中していたかを示す指標でもある。
「少なくとも相棒はそうだ。だからというか……こいつ、これでも相当な場数踏んでるし、人間よりも龍の方が力関係を敏感に感じ取るからな」
「リオン、萎縮しちゃったのか……」
それはそれで可愛いとリョウヤは思う。が実際の所この二体の龍の力関係は圧倒的すぎる差があり、それこそ埃を飛ばすようにレイはリオンを灰にできてしまう。
ネズミに対するネコ。蝶に対するカマキリ。ゴキブリに対するアシダカグモ。そんな生やさしいものではない。
マッチと太陽。水鉄砲とミサイル。最早そんなレベル差だ。
比較するのも馬鹿らしい程の大差。
リオンの態度も当たり前なのである。




