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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第二章
27/28

D-XXII.暗雲②/確認

 牢へと伸びる短く狭い通路の先。そこに存在する重々しい扉の前に近付いて息を潜めるのは、リョウヤとエタフル、そして茨木童子。

 数秒の沈黙の後、扉の向こう側に生き物のいる気配がないことに気が付いた三人は……ゆっくりと音をたてないように扉を開け放った。

 広がっていたのは小さな一室だ。

 長方形で、牢のちょうど反対側にもう一つの扉があるだけで、他には数枚の書類が乗った小さな木製のテーブルに、同じく木製の椅子。最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋である。とは言え、牢の見張りの詰め所ならばこんなものだろう。


「――ここ、牢だろ? なんで見張りが一人もいないんだ」


 リョウヤが呆れを込めて言い放つ。


「多少なりとも誰かが居た……風でもないな」


 エタフルがテーブルに無造作に置かれた小さな鍵を手に取り、書類に軽く目を通しながら言う。書類に書かれていたのは人名と罪状のようだったが、どれも今いる三人を指してはいない。


「……人手……足りてない……?」


 茨木童子が首を傾げた。

 彼女なりの分析の結果であろう疑問に、エタフルは「だとすると、ますます現実味を帯びてくるな」と返す。

 三人は一瞬の思考に動きを止めていたが、すぐに再び動き出した。

 部屋を出る前、エタフルは放置されていた鍵を使って施錠している。テーブルに置かれた鍵は、見張りの詰め所から外へ続く一本道に繋がる扉のものだったのだ。

 使った本人は「使えると思ってなかった……」と驚愕を露わにしていた。が、鍵をかけたことで、外から鬼人がやって来た際に確認が遅れる可能性がある。鍵を持っていなければ開けられないからだ。

 元々は自分達の存在の確認までの時間が、ほんの少しでも延びれば良いと、駄目元で施錠を試みたのだったのだが……幸運だったようだ。


 岩で囲まれた階段を駆け上がると、壁に囲まれているようだった。白い壁の内側に、多くの岩が並んでおり、その岩には自分達が上がってきた道と同じような隙間が空いている。

 地中に作られた牢、その出入り口は巨岩のようだ。

 周囲の様子を見ると、地下牢の並ぶ敷地内に明かりはない。

 夜の闇に加えて、大ぶりの雨が降っている。外に置かれた灯籠は、全てが鎮火してしまっていた。


 三人は息を潜め、身を低くしながら敷地の外へと繋がる門へと駆ける。

 地下牢エリアと、居住エリアを分け隔てる門は固く閉ざされている。

 三人は何も、門へと真っ直ぐ向かったわけではない。正確には、門から約三十メートル程離れた反れた場所だ。いくら警備がザルでも、門に配置がないということは考えらなかったからである。


 外壁の高さは三メートル程だったが、鬼人の副首領にとってはないも同然だ。リョウヤも身体強化を使えば飛び越せるのだが、MPを消費するアクションでは鬼人に感知される可能性が高い。

 故にとった行動は――まず茨木童子が外壁の上に飛び乗り、下の二人に頷いてみせた。ゴーサインである。すると次にエタフルが外壁に寄り掛かり、両手の指を組ませて土台を作り上げた。少し離れた位置で見守っていたリョウヤは、エタフルが頷いたのを確認して駆けだし、土台となった両手の平に足が乗った瞬間――エタフルは両手を上へと振り上げた。

 大きく跳んだリョウヤは茨木童子へと手を伸ばす。茨木童子もまたリョウヤを掴み、且つ反対側へと落下しないようにときちんと受け止めた。

 華奢な体からは考えられない安定感を覚えつつも、今度はリョウヤがエタフルへと手を伸ばす。

 エタフルは垂直の外壁を無理矢理に蹴って――跳び上がる。

 リョウヤがエタフルを力任せに引き上げ、茨木童子が二人を支え、難なく三人は外壁の外へと着地してみせた。

 三人は身を寄せ合う。


「夜に加えてこの雨……本当に視界が悪いな」


 エタフルが両手の泥を払いながら言った。


「あの明かり……巡回か?」


「提灯……二人組」


 リョウヤが見つけた明かりを指さすと、茨木童子は簡潔に答える。

 提灯に灯されたか細い明かりはユラユラと揺れており、見回りをしている鬼人の居場所を主張していた。

 視界もリョウヤとエタフルには提灯の明かりしか見えない程に悪いし、雨音のせいで近付いていなくてはお互いの声も聞こえやしなない。


「好都合だな」


 とっとと借宿に向かっちまおう、というエタフルの言葉に、リョウヤと茨木童子は何の反対もない。

 こちらは相手の位置が分かり、相手はこちらの位置が分からない。そもそも自分達が脱走していることにも、相手は気が付いていないのだろう。

 やる気のない提灯の明かりの動きに気を付けながらでも、十分もしないで目的地へと辿り着くことができた。


 三人中三人が寝泊まりしている屋敷は、昨日までと打って変わって暗闇に包まれている。

 鬼ヶ島の明かりは大半が火だ。そのほとんどが提灯や松明だ。それは、この屋敷も例外ではない。だが家主がいない屋敷には、使用人も出入りしていないようである。

 光を発生する鉱石などもエデンには存在するのだが、外界との関わりを極力断っている鬼ヶ島では貴重品だ。

 鬼人のトップが住まう屋敷なら貴重品が置かれていそうなものだが……逆の発想なのか、使われている様子がほとんどない。

 屋敷の明かりは蝋燭や提灯、ランタンと火を灯すものばかりだ。

 とは言え、誰もいない屋敷なので、自分達で大々的に明かりを点けるわけにはいかない。


「――あー……診療録は俺が確認しとくから、お前らは先に着替えでもしといてくれ」


 リョウヤとエタフルもすっかり暗闇に目が慣れ、茨木童子に頼ること無く屋敷の中を歩くことが叶っている。

 真っ直ぐに辿り着いた部屋で、その部屋で寝泊まりしていた主であるエタフルは「ついでに温かいお茶を頼む」と茶目っ気のあるウィンクを飛ばした。

 後これもな、そう付け足して投げたのは二枚のタオルである。


「……あ」


 二枚のタオルを受け取り、一枚を茨木童子の頭へと被せたリョウヤが、何かを思い出したかのように声を出した。

 エタフルの渡したタオルが「これで体を拭いておけ」と「もっとタオルを持って来てくれ」の二つの意味があった……ことには気が付いている。

 リョウヤもエタフルも茨木童子も、服を着たままシャワーを浴びたかのようにびしょ濡れだ。三人とも例外なく肌に衣服が重く貼り付き、動きにくさもさることながら、不快感も一際である。


「相棒、【クリアコート】を頼む」


 どうした? と不思議そうな二人の視線を受け、リョウヤは腕輪に呼びかけた。

 久方ぶりに姿を現したレイは、暗闇の中であっても薄く輝いている。どうやら光度を意図的に抑えているようだが、体調自体は随分と回復した様子である。


「キュイ!」


 相棒の頼みに応えたレイが一鳴きすると、リョウヤ達三人の体がレイのように薄く輝き……その白い光は霧散した。


「これは……」


「……!」


 そして、エタフルと茨木童子は気が付く――体を纏っていた不快感が消え去ったことに。

 クリアコートは言わずと知れた魔法の一つだ。

 効果中は毒や麻痺といった状態異常を一度だけ防ぐという、シンプルだが使用頻度は少なくない魔法……というのがエタフルの認識だった。


「龍の魔法は人間と同じ名前、似た効果でも、微妙に異なることが多い。相棒のクリアコートの場合、状態異常を解除した上で耐性が付く」


 二人の反応から言わんとしていることを察したリョウヤが簡潔に告げる。

 レイのクリアコートはスキルレベルをマックスにした際、表記が【Dクリアコート】へと変化していたりする。この変化と同時に発動する効果が増えていたのだ。

 ゲーム的な話になるが……プレイヤー側は魔法を連鎖魔法に繋げるコンボが可能だが、パートナードラゴン側は連鎖魔法が使えない。逆にプレイヤー側はスキルレベルを上限まで上げても新たな効果が増減しないが、パートナードラゴンはする。対比となっている、というのが考察で最も上げられている意見だ。

 設定上はリョウヤの言った通りで、龍と人の違いであろう。


「……ずぶ濡れって状態異常って言えるのか?」


「まァ……そう判定されるらしい。ほら、服が重くなると動きが鈍るし、体温も下がるわけだし……な?」


「……体温は……分かる……かも」


 エタフルの鋭いツッコミにリョウヤは複雑そうに目を逸らし、茨木童子はリョウヤをフォローするような素振りをみせた。


「……」


「……」


「……」


 なんとも言い難い緩い雰囲気を作ったのも一瞬。換装魔法で手持ち用の小さなランタンを取り出し、これまた換装魔法で取り出したマッチを使って火を灯した。

 ランタンを受け取ったエタフルはすぐに資料の確認に取りかかり、リョウヤは茨木童子の案内の元、温かい飲み物を用意するべく部屋を後にする。

 リョウヤと茨木童子が湯飲みを運んでくるのと、エタフルが診療録を見終えるのはほぼ同時だった。


「お、ちょうど良かった!」


 部屋に戻ってきた二人を見て、エタフルは「待ってました」と言わんばかりに湯飲みを受け取りに近付く。

 熱々のお茶を片手で貰い、リョウヤへと診療録を手渡したエタフルに、受け取った側は困惑の表情を浮かべた。


「まさか……もう見終わったのか?」


 リョウヤの言葉に「ああ」と一言でエタフルは応える。


「元々、写真のチェックがしたかっただけだからな。一応お前も確認してみてくれ」


 お茶を適度に冷ましつつ味わうエタフルに、リョウヤは頬を引き攣らせた。

 鬼人の診療録は決して厚くはない。厚くはないが、薄いわけでもない。

 鬼ヶ島に住む鬼人は、三桁を超えている。

 それだけの人数の写真と、件の際に周囲にいた鬼人を照合し照らし合わせる。エタフルはこの作業を僅かな時間で終わらせたというのだ。

 リョウヤ達がお茶の用意に費やしたのは、ほんの十分ほどである。


「二度手間だろ……」


 パラパラと診療録を数枚流し見たリョウヤは、両手を温めるように湯飲みを持っている茨木童子へと診療録をパスした。

 エタフルは今の一瞬の動作でリョウヤが診療録を確認し終えたと考えたが、そんなことは断じてない。

 リョウヤは確かに自主的に集中し、効率良く勉強をすることが出来る。それを活かして学業は授業中に覚えきり、数日前から始める復習だけで学期試験を乗り越えてもいる。だが周囲にいた人物全員を暗記し、後になって写真で確認をする……なんてことは不可能だ。

 予め覚えておこうとしていたならばまだしも、今回は完全に予想の外であり、急な状況にリョウヤ自身も動揺していたのだから尚のことである。


「……さっき……金熊童子が……連れていた人、も……いない」


 対象が先ほど自分を連れて牢へ入った一人である茨木童子は、いとも簡単に結論付けた。リョウヤと同じように流し見しただけで、全ての鬼人の写真を確認し終えたようだ。


「決まりだな」


 エタフルを確信を持って断言した。


「俺とエタフルを捕らえる時、辺りにいた奴は全員が金熊童子の仲間。となると金熊の治める集落が“オーガの襲撃で壊滅させられた”っていう情報は嘘になる」


「嘘を吐く理由は?」


 言い切ったリョウヤに、確認も含めてエタフルが問う。


「茨木童子と相談役二人を排斥して、自分がトップに立つため……か? 恐らく茨木童子を副首領に置いたのは退かし安くするためだと思うんだが……」


 確認! とリョウヤは茨木童子を見た。


「首領である酒呑童子は長いこといないのか?」


「……十年……以上……いない……戻ってくる、の……十五年……最低、でも……」


 鬼人の寿命から考えると、十年とは短い期間である。

 この十年という期間は、茨木童子が副首領になった期間と同じだ。リョウヤは星熊童子に教えられたことを思い出し、うんと頷いた。


「ならやっぱり、酒呑童子のいなくなった隙を狙っての行動だろ」


「酒呑童子が戻って来るまでの目安が残り五年にまでなったのも、このタイミングで行動を起こした理由の一つだろうな」


 リョウヤは右手の人指し指で米神をトントンと叩いている。

 考えていた仮説の足りなかった情報を補完していくと、だんだんと確信へと変わっていく。


 首領である酒呑童子が鬼ヶ島から出て行っている間に、首領の座を奪うために金熊童子は行動を起こした。

 金熊童子が茨木童子を副首領に推したのは、注目されるのを避けるため。その際に茨木童子が孤立するように徹底していたのが窺える。星熊童子が「茨木童子から手紙の返事が来ない」と聞いていたリョウヤが茨木童子に尋ねると、こちらも同じ答えが返って来ているからだ。


 最も早い段階で襲撃を受けたのは金熊童子の集落だ。

 金熊童子は恐らく、襲撃を受けてすぐの時点でオーガ側となんらかの密約を交わしている。

 姿を消していた金熊童子以外の鬼人は、オーガ側の居住エリアに移り住んでいるのだろう。

 龍穴となっている火口は、山そのものが神殿だ。ゲームではダンジョンの一つで、要塞化している。集落一つ分の人数を匿う余裕はある。


「エタフル……と俺……人間は、切っ掛けに使う予定だったんだろうな」


 ゲームのダンジョン以前に、リョウヤは火山そのものが改造されていることは知らない。なのでそれらを省きつつ、現状での情報を簡潔に纏め上げたリョウヤに頷きつつ、確認も含めてエタフルは口を挟む。


「相談役に関してはどう見る?」


「二人は立場が特殊だ。代えが効かない……ってのが個人的な想像」


「同感だ。加えて言うのなら、代えが効かないってのも……」


 エタフルは言葉を濁した。

 既に茨木童子と相談役二人の関係に察しをつけていたのだ。


「……いつまで続くか、分からない……」


 エタフルは茨木童子に気を遣い、言葉を続けるのを躊躇ったのである。

 だがその言葉を引き継いだのは、茨木童子だった。

 あまりにもハッキリと言い切った茨木童子にエタフルは目を見張ったが、すぐに表情を改める。


「あれだけの毒を使ってるにも関わらず、死者が少ない。金熊童子の目的がなんにしろ、鬼人は極力殺したくないんだろう」


「……龍鬼(りゅうき)(さん)、は……中が……大きくて……複雑……」


 つまり――相談役や星熊童子、そしてその集落の鬼人は、そこに囚われている可能性が高い。

 行くべき場所は決まった。

 後は――どうやって行くかである。


 茨木童子は地下道を巡って行くのが、龍鬼山まで行くのに最も楽で早い。

 リョウヤは知っていることだが、知っているのは不自然なことだ。故に考える素振りを見せた。その間にエタフルが茨木童子にいくつか問いかけている。


「地下道に見張りはいるか?」


「……鬼人は……配置……されてる……はず」


「一度見つかってしまえば、すぐに俺達の情報が広まりそうだな」


「……オーガ……いるかも……」


 だよなぁ、とエタフルが面倒そうに零す。

 地上を進むと悪天候が姿を隠してくれるのだが、同じように自分達も相手を確認できない。何より足場も酷く、山を目指すには悪辣と言わざるを得ない。

 地下道を進めば足場は良いが、早い段階で敵へと情報が回るだろう。遭遇した敵をその場で倒して行けば良い、というのはあまりに楽観的な意見だ。

 上か下か、とエタフルは頭を悩ませる。

 茨木童子は――リョウヤを見上げ、バッチリと目が合う。


「……?」


 リョウヤは不思議そうに首を傾げた茨木童子を、頭から足下まで眺めた。特に不快感のある視線でもない為、茨木童子は何も言わない。

 次いでエタフルを見たリョウヤは「一つ」と口に出した。


「地上を行くルートでも、結構な速さで進む方法があるんだけど……どうする?」

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