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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第二章
26/28

D-XXI.暗雲①/投獄

 目が覚めると――どこかカビ臭く、陰鬱とした薄暗い空間だった。

 上下左右と背後が石の壁に覆われており、正面が鉄柵で塞がれている。

 明かりは辛うじて蝋燭に灯された火があるだけで、その火も隙間風で簡単に揺れてしまっており心許ない。

 体を揺らすと、ジャラジャラと鎖が絡み合って存在を主張した。

 体を揺らし音を立てた主……リョウヤは、自分が横になっていること気が付く。加えて、両方の手足に酷い拘束感を覚えた。


「――リョウヤ、起きたのか?」


 僅かに反響しているが、そのエタフルの声は右側から聞こえていた。どうやら鎖の音に反応したようだ。


「ッ……加減無しで殴りやがって……!」


 腹部を押さえ、呻きながらもリョウヤが声の方へと体を向けるも、石畳みが積まれた壁があるだけである。そんなリョウヤの言葉を聞いて、エタフルは渋面を浮かべていた。


「傷は開いてないか?」


「大丈夫っぽい……」


 大丈夫と言いつつも、リョウヤの声は気怠げである。


「投獄されたのは察するけど……あれからどれ位経った?」


「体感だが……五、六時間程か。湿度的にも、まだ外は雨だろうな」


 二人は壁を挟んで並んだ牢屋にぶち込まれている。

 リョウヤは鬼人に意識を奪われていたが、エタフルは自力で歩かされていた。その際、鬼人に担がれたリョウヤが、自身のいる牢の手前の牢に入れられていたのは確認済みだ。そしてリョウヤもまた、声の発生源からエタフルが隣の牢に居ることが分かっていた。


「拘束はどんなもんだ?」


 リョウヤが拘束されているのは、エタフルも理解している。前述の通り、ずっと意識はあったからだ。


「両足の鎖は床に、両手の鎖は鉄球だな……駄目だ、外れる気配がない」


 一応座れはするが、と言いつつもリョウヤは体勢を整えた。四肢の鉄枷へと伸びる鎖がジャラジャラと音を鳴らしつつ、周囲の様子を観察してみる。

 床には梵字から成る魔法陣が描かれており、どうやら牢全体を一つの陣が覆っているようだ。なんらかの効果が発生している可能性が高い。

 床から足へと伸びる鎖のせいで鉄柵には触れられない。手から伸びる鎖の先の鉄球は転がせるが、それもあくまで最低限の自由でしかない。

 龍庭の腕輪には、龍の出入りを封じるという札を貼られてしまっている。気絶させられる前に貼られた物だが、案の定リョウヤには剥がせなかった。特殊な術が施されているのだろう。


「――で、エタフル……何か案が?」


 南の集落が陥落したという報せは、突然のものだった。

 朝食を終えたリョウヤとエタフルが、小雨の降るなか屋敷を出るとほぼ同時に届いた報せは、星熊童子含む鬼人の大半が行方不明となったというものだ。


 南の集落にいたという鬼人二人から持たされた情報に、活動を始めていた西の集落の鬼人は騒然とした。

 逃げて来たのであろう二人の鬼人にも怪我があり、「話を聞きながらも治療はしよう」とエタフルが前に進み出た瞬間――その二人は激昂した。

 お前達のせいだ!! と。

 これにはリョウヤとエタフルも顔を顰めた。まさか星熊童子の治める集落の者に、そのような言葉を投げつけられるとは思っていなかったからだ。

 この時既に、西の集落の鬼人も多くが集まっている。人混みの中の一人が「どういうことだ?」と静かに問いかけた。

 巻き角の印象的なその男は、リョウヤが虎童子と試合をする切っ掛けを作った鬼人だ。名前をリョウヤは後になってから調べていた。彼は四天王の一人、金熊童子である。


「惨い殺され方をした仲間の仇だと、奴らは言った!!」


 怒鳴り散らした鬼人に、リョウヤはビクリと体を震わせた。思い当たる節があったからだ。


「お前だろう! 両目を割き、口から頭を貫いたのは!!」


 指さされたリョウヤは「……あァ」と小さく頷いた。

 それは確かに惨い、と俄に伝染を始めた重い空気の中で、エタフルが「ちょっと待てよ」と声を上げた。

 庇うようにリョウヤの前へと移動したエタフルは、良く通る声で続ける。


「元々リョウヤはオーガとの戦闘員だろ? そしてオーガはお前ら鬼人の仇敵だ。殺し方云々で文句を言うのか?」


 それは正論である。

 エタフルの呆れた……けれども怒気の混じった言葉は正論なのだ。正論、なのにも関わらず――


「奴らがそう言った以上、原因はソイツだろうが!!」


「そうだ! やっぱり人間なんぞに頼るべきじゃなかったんだ!! どう責任を取ってくれる!?」


 ――理解は得られなかった。

 怪我をした二人の鬼人の叫びに、周囲が同調し、殺気立ち始め――リョウヤは姿を隠すべきかと悩み始める。周りは鬼人だらけだが、離脱するだけならエタフルを連れてでも充分に可能なはずだ。

 島内の限られた空間で逃げてどうする? とも思うが、ここで大人しくしているのとどちらが好判断かは分かる由もない。

 腰にぶら下げた剣へと、いつでも手を伸ばせる状態で思考する。

 最悪の場合は乱闘になる。そうなった場合は金熊童子に一撃入れて、そのまま茨木童子や相談役と合流するのがベストか、と。


「一先ず身柄を拘束させてもらおう」


 金熊童子はリョウヤとエタフルに視線をやり、無慈悲に言い放った。

 するとすぐに、四人の鬼人が飛び出してくる。ご丁寧に剣を構えて、だ。


(どうする? 一度捕まるべきか? それとも強引にでも逃げ出すべきか?)


 リョウヤが腰の剣へと手を伸ばしかけたその瞬間、エタフルはリョウヤの動きを腕で制した。

 周りの空気が嫌なものに変わり始めた時点で、彼はリョウヤのすぐ近くまで寄ってきている。さり気ない動きで横に並んでいたエタフルは「時期を見た方が良さそうだ」と呟き、抵抗はしないのだと両手を上げて見せた。

 エタフルとは違い、戦力として協力関係にあったリョウヤはレイの出入りを封じられ、そのまま言葉もなく金熊童子に拳を叩き込まれている。


「こっから出るだけなら問題ないが……まずは情報の整理といこう」


 案があることを肯定しつつ、エタフルは落ち着いた様子で切り出した。

 下手に牢から抜け出して潜んでいるいるよりも、会議をするのなら牢に居た方が安全だとエタフルは言っているのだ。

 とは言え――リョウヤとしては、そこまで話せることがあるだろうか? と頭を悩ませてしまう。


(換装魔法を使えるが……牢はともかく、島から抜け出せるわけでもない)


 鎖を鳴らしながらリョウヤは壁へと寄り掛かり、「どうにも運がないな」と小さく嘆息した。


「何か気になることが?」


 自分に話すようなことは少ないが、話を振ったエタフルにはあるのかもしれない。リョウヤは何気なく尋ねた。


「ん……いやな。お前に因縁ふっかけた二人なんだが……あいつらが誰だか分かるか?」


 至って真面目に投げかけられた疑問に、リョウヤは「は?」と素で返すも、すぐに「少なくとも俺の記憶にはない」と結論を出して、続けた。


「でもあっちの集落の人を全員知ってるわけじゃないぞ、俺は」


「なら因縁ふっかけられた時、周りにいた連中は?」


「……見知った顔は金熊童子くらいだった」


 リョウヤの言葉を聞いて、エタフルは唸った。

 声だけだが、何かしら引っ掛かっていることがあるのが明白である。


「なぁ――」


 何かを言いかけたエタフルだったが、口を閉ざした。

 ガチャリ! と鍵の開く音が聞こえてきたからだ。

 リョウヤとエタフルは、音の発生源である左方へと顔を向ける。

 開けられたのは、牢の並ぶ空間へと続く鋼鉄の扉だった。

 そそくさとリョウヤの正面にある牢の鉄格子を開けたのは、見覚えのない鬼人の男だ。その男はテキパキと扉から横に退き――現れたのは、茨木童子だった。

 は?

 リョウヤは壁に寄りかかりながら、エタフルは両手で鉄格子を掴める位置にまで近付いて、同時に口から零す。

 リョウヤは金熊童子に腹部に一撃(はらぱん)をされた怒りすら忘れて、茨木童子を見つめていた。


「入れ」


 茨木童子の後ろに控えていた金熊童子が、感情の籠もっていない声で言い放つ。

 抵抗する気の見られない茨木童子は、黙々と鉄格子の牢へと入っていき――その扉は閉められた。それと同時に床の紋様が輝きだし、辺りがうっすらと明るくなる。


「おいおい、自分達のトップに何してんだ?」


 どうにか茨木童子が連行されてきた驚きから立ち直ったリョウヤが、今度は床の魔法陣が今まで何の効力も発揮していなかったことに僅かな驚きを感じていると、エタフルが驚愕と呆れの含んだ言葉を飛ばした。


「理解していると思うが、大人しくしていろ」


 金熊童子はリョウヤとエタフルに一瞥もくれず茨木童子に告げ、もう一人の鬼人を連れて去って行く。

 エタフル自身、返答がされるとは思っていない。ただ小さく嘆息しただけである。


「……」


「……」


 リョウヤが正面の牢に入れられた茨木童子を見ると、特に拘束されている様子はない。ただ大人しく正座をして、何かを考えるように瞳を閉じているだけだ。


「――リョウヤ、話を戻すぞ」


「ん? あァ……見知った奴らがいなかったって?」


 エタフルに話を振られたリョウヤは、どこか悲しげに見える茨木童子を気にしつつも応えた。

 どうやらエタフルは、茨木童子が落ち込んでいることには気が付いていないようだった。尤もリョウヤ自身ここ数日の付き合いがなければ、茨木童子の様子には気が付かなかっただろう。


「俺はな、診療録ってのをとってるんだよ」


 エタフルの言葉の意味を、一拍置いてからリョウヤは理解した。


「診療……カルテか!」


 専門的に携わっていたわけではないリョウヤでは、診療録という単語に馴染みは深くない。ドラマなどでもカルテと呼ばれていることが多い……とリョウヤは感じている。

 とは言え漢字で変換できてしまえば、意味は一目瞭然だ。文字通り、患者の診療記録である。


「けど鬼人全員分あるのか? いや作った作らなかったではなく――全員を診たのか?」


 エタフルが診療録の話題を上げた理由は、先ほどの見知った鬼人がいなかったという話を思えば簡単に分かることだ。

 だが鬼人の確認をするというのならば、前提として全ての鬼人を診ていなくてはならない。


相談役(トップ)からの依頼でな、最低でも一度は全員診てる。例外は……既になくなっていた金熊童子の里だけだ」


 例外は金熊童子の里だけ。それはなんの他意もない一言に聞こえる。けれどこれまでの状況が、それをさせなかった。

 まさか――とリョウヤが驚愕の声を零す。

 その反応に、エタフルは感心しつつも何処か納得もした。ここまで言えば、リョウヤなら察するかもしれないと思っていたからだ。


「そいつを確かめるためにも、診療録の確認がしたい」


 極めて真面目なエタフルの望みを聞き、リョウヤはすぐに「そうするべきだ」と賛同した。


(その結果次第では……状況がかなり変わってくるぞ)


 そういう選択した“目的”や“理由”も気にかかるところだが、状況が好転できれば自分達の立場も大きく変わる。

 エタフルの案に乗るのが最善だと思えたリョウヤは、問いかける。


「どう行動する?」


「ここは俺達が泊まっていた集会所の裏にある地下牢だ。距離的にはかなり近い。牢ではあるが見張りは分厚い鉄扉の向こう側にしかいないが、逆にそのせいで見張りの状態を知ることが出来ない」


 この牢は、一度入れてしまえば出ることができない。というのがコンセプトなのだろう。頑強な作りと、術によるなんらかのサポート。それらの点を踏まえても、間違いが無い。


「……が、俺はあらかじめ鍵を貰っている。牢は勿論、見張りが居座る、外へ繋がる唯一の道へと出るための一室に繋がる扉のもな」


 リョウヤの耳に、チャリチャリと小さな金属音が耳に入った。エタフルが胸ポケットから取り出した鍵の束を弄んでいるのだ。


「つまり、見張りをどうにか出来れば簡単に外には出られると。そうなると……重要なのはやっぱり“いつ”出るかだな。結果次第だと、かなり忙しくなるだろ」


 しかも一度行動に移せば、すぐに逃げ出したことがバレる。それ故に、牢からの脱出タイミングは考えなくてはならない。

 エタフルがリョウヤに同意しようとした瞬間、もう一人が割って入った。


「……駄目」


 消え入りそうではあるのだが、茨木童子は確かにそう断言したのだ。

 瞳を大きく開いたエタフルは声の発生源を見たが、角度のせいか茨木童子の様子は窺えない。対してリョウヤは、牢の最も奥で正座している茨木童子がよく見える。何せ正面にいて、目と目が合っているのだ。


「理由は?」


 真剣な表情で言い切られたリョウヤも、真剣な声音で茨木童子へと問う。


「……明日には……処刑って……」


 茨木童子の簡潔な言葉にリョウヤは文字通り硬直し、エタフルは手で持っていた鍵を床に落とした。


「きっと……私も、殺される……」


 エタフルは、茨木童子に関しては驚異の対象だと認識していない。いや、戦闘になれば当然ながら驚異なのだが、自己主張の無さや、相談役から聞いた話などから、そう判断していた。

 茨木童子は――相談役の二人以外とは基本的に会話をしない。そんな情報が確かにあったのだ。だからこそ、自己紹介とはいえ茨木童子がリョウヤに話しかけたのは衝撃だった。

 彼女が居るこの場で話を進めた理由も、鬼人ではあるが鬼人に忌避され、彼女自身が交友をもっていないからだ。

 無垢であり無害――という認識である。

 そんな認識であっても、鬼人という種族のために黙して語らずを貫くものだと思っていた。事実、何も言わないでいればリョウヤとエタフルは処刑されていた可能性が高い。機を窺ったが故に、予想外の一手を避けられなるというのもお笑いぐさだが、それが事実だ。


「……俺達は……百歩譲って分かるが」


 混乱するエタフルよりも、僅かに早く我に返ったリョウヤが口を開く。微かに震えた声が出たのは、未だに理解がしきったわけではないからだった。


「茨木童子も――殺されるのか?」


「金熊童子は……私を、邪魔に思ってる……から」


 茨木童子は伏し目がちに言った。

 リョウヤは一拍置いて「あー……」と納得したように零す。合点がいってしまったのだ。


「だとすると……金熊は黒か」


 動揺がなくなり震えの抜けた声でぼやくリョウヤに、エタフルが反応した。遅れてだが、その考えに追いついたからだ。


「っ!? グルか?」


「診療録次第だけど……想像通りなら、その可能性が高いと思う」


 エタフルは溜め息と共に「だよな……」とリョウヤの言葉に賛同する。


「茨木童子、外はもう暗いのか?」


「……うん……雨も、降ってる……」


「エタフル、ここに出入りする扉の形状は?」


「まるっと鉄製。のぞき穴があるが、常に隙間があるわけではなく、外側からプレートを持ち上げるタイプだ」


 淡々と確認をとったリョウヤが次に発した音は、バキン! と金属の砕ける音だった。

 唐突な音にエタフルは体を震わせ、目の前の光景に茨木童子は目を見開いてしまっている。

 再び同じ音が鳴り、ジャラリと鎖が鳴った。


「……何をした?」


 想像は出来る。想像は出来るが……。とエタフルはゆっくりとリョウヤへと言葉を投げる。


「ん。とりあえず手枷の鎖を斬った」


 そして再び、二度の音。

 リョウヤは“その手に持った刀”で鎖を優に切って捨てた。

 元より鬼人は「人間は脆弱」だと思い込んでいる。

 リョウヤは虎童子を一度下していても、彼の鬼人は無傷だった。故に金熊童子含む多くには「多少の腕は立つが、所詮それまで」と判断されている。

 それが功を成した。

 弱い人間を捉えるのに、いま茨木童子に用いているような術は必要ない。それでもエタフルよりかは厳重に。そういう考えが見え透いた捕らえ方だったのだ。


「……換装魔法……」


「そんなモンを隠してたのか、お前……」


 茨木童子が零し、牢を抜け出したエタフルも驚愕に口元を引き攣らせた。


(ぶっとんだ奴だとは思っていたが、今の今まで手の内を隠し通してたのかよ!)


 呆れもするが、頼もしい。エタフルは複雑そうな笑みでリョウヤの閉じ込められた牢の鍵を開け放つ。

 サンキューと言いながら牢を出たリョウヤは、茨木童子を見る。


「……」


 自分も助けてほしい――などと茨木童子は言わず、ホッとした様子でリョウヤとエタフルを見ていた。それもエタフルには分からない無表情とも言える顔付きだが、これまたリョウヤには理解できてしまう。


(あァうん、分かってた……この僅かな期間で、俺はこの子を放っておけなくなってる)


 中学卒業まで友人が少なかった弊害か、一度仲良くなると簡単に絆されてしまう。と、今更ながらに自覚したリョウヤは尋ねた。


「俺達の話、理解できてるだろ?」


 小さく体を震わし、茨木童子は頷く。


「……一緒に来るか?」


 茨木童子が目を見開いた。

 今度はエタフルでも分かるほどに顕著な表情の変化だったが、そのことに反応する暇は無かった。


「本気か?」


 エタフルがリョウヤを見ると、リョウヤは真剣な表情である。

 本気であり正気な判断か? と声を荒げずに問いかけられる辺りに、エタフルの経験豊富さが窺えた。


「相談役がここにいない。他の牢にいるのかとも思ったけど……二人の立場を考えると、恐らく殺すことも捕まえて放置することもない」


「あ? ああ、そうだろうな」


 エタフルはリョウヤと違い、茨木童子との関わりが少ない。彼女と、相談役二人の関係も見えてきていない。

 だからこそ、返答がどこか曖昧なものとなってしまう。


(今の俺の言葉で、茨木童子の瞳が揺れた……)


 孤高なのではなく孤独。それがリョウヤの、茨木童子に対する印象だった。


(あァいや、星熊童子の話を踏まえると――そういう風に仕込まれた)


 長い時間をかけた計画だろう。

 脳が燃えるように熱くなり、リョウヤは拳を強く握りしめた。


「俺達に協力してくれるのなら、二人を助けることにも繋がる」


 リョウヤとて、茨木童子と相談役二人の関係性を知っているわけではない。が、それでも想像はつく。故の憤りで――それを上手いこと隠しつつも、再び提案を投げかけた。


「……ここからは、出られない、から……」


 絞り出したかのような声音に混じった悔恨を、リョウヤは聞き逃さない。

 リョウヤの言った通り、相談役の老爺と老婆は金熊童子に連行されている。それも茨木童子の目の前で、である。

 あの時――どうして自分は二人を追い掛けられなかったのだろうか?

 その事実が、茨木童子の胸に刺さって抜けない。


「鍵、貸してもらえるか?」


 リョウヤに言われたエタフルは、深く長い溜め息を吐いた。


「ま、俺はお前に賭けることにしたからな。しょうがないか」


 ほらよ、と鍵を手渡してくれたエタフルに、リョウヤは感謝の言葉を返す。

 そのまま迷うこと無く茨木童子の牢の鍵を開けたリョウヤに、獄中の少女は慌てて言葉を発した。


「駄目……この術は――」


 茨木童子が言い終えるより早くに、彼女の下に広がった魔法陣が――綺麗に“消えて”なくなった。

 目の前で起こったことが理解できずに、茨木童子は黙り込んでリョウヤを見つめてしまう。

 魔法陣を消した当人、リョウヤは牢の出入り口でしゃがみ込んで、魔法陣に何かを突き立てていた。


「あー……リョウヤ、そいつは一体なんだ?」


 エタフルが「最早なにをしても驚かない」と顔に出しながら聞くと、リョウヤは立ち上がって右手に持つソレを右手だけでジャグリングするように投げてはキャッチを繰り返した。


「月刀『暗月』」


 ソレは刀身のない刀だった。

 柄と鍔しかない、一見すると失敗作、或いは作成途中の一振りだ。


「使い手の精神力で刀身を形成するんだけど……」


 リョウヤが暗月の柄を握ると、五センチメートルそこらしかない刀身が姿を現した。白銀ではあるが、透き通った刀身だ。


「まァ今の俺の状態じゃこんなもんか」


 得物としての射程があまりにも短いが、刀身の長短はプレイヤーの魔法力と精神力に依存する。今の弱体化したリョウヤのステータスでは、これが限界だった。


「とは言え、こいつの本領は付加魔法との併用と――形成した刀身の魔法(マジック)破壊(ブレイカー)効果だ」


 魔法であれば、今のような仕掛けられた魔法陣であっても破壊する。攻撃魔法であっても優に斬り裂く。属性を付加すれば、最高効率クラスの属性ダメージを叩き出す。それこそが、暗月の最たる特徴だった。


「ぶっとび武器じゃねーか……」


 エタフルが唖然と呟き、暗月を凝視する。


「けど形成された刀身は基本的に脆いから、いざ戦おうってなると……クセが強い」


「いやそれを聞いても感想は変わんねーだろ……」


 リョウヤの言う暗月の欠点を聞いても、エタフルの反応は変わらない。

 そうか? とリョウヤが、牢から出てきた茨木童子に視線をやると大きく頷いて見せた。


(うん……まァ暗月は、鍛冶師の頂にいるプレイヤーが打った一振り。ゲーム既存の……それも最高難易度のモンスターの素材を使って作る武器に勝るとも劣らない刀だ)


 今いる異世界と、リョウヤがいた世界のKODという世界。この二つは、ほとんど同じだ。そう考えると、二人が驚くのも当然なのかもしれいない。

 なんせ一般的なプレイヤーからしたら、あまりにも次元の違う武器なのだ。


「まァ今はいいだろ?」


「だな。こちらの戦力が大きいのは良いことだ」


 リョウヤが鎖の外れた手枷を弄りながら挑発的な笑みを浮かべると、エタフルは似たような笑みを浮かべて頷いた。

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