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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第二章
25/28

D-XX.南の集落③/西の集落への帰還

 星熊童子からささやかなお願いをされたリョウヤは、それから少ししてエタフルとの合流を果たす。

 エタフルは怪我をした鬼人達の診察を終え、ちょうど一息吐いているところだった。

 お互いの安否は言伝で分かっていたわけだが、それでも実際に会って確認できたことで漸く肩の荷が下りた……のもまたお互い様である。


 極一部とは言え壁を破られた鬼人達は、オーガを追い払って一時間が経過しても尚まだ騒がしい。もっと補強がいる! と丸太や工具を担いで走り回っているからだ。

 リョウヤとエタフルは――そこには混じらない。

 日陰になった縁側で、お茶を片手に鬼人達を眺めるだけだ。というのも、リョウヤは戦闘を本職として認識されているし、エタフルは医者として認識されている。

 リョウヤがオーガを仕留めたことは既に知れ渡っており、エタフルも仕事である病人や怪我人の診察は終えていた。つまり仕事は終えている。だからこそ、文句を言う鬼人はいないのだ。


 鬼人に関しても壁の補修や補強に勤しむ者。小さいながらも畑を耕す者。洗濯をする者。料理を作る者。

軽く見渡すだけでも、役割分担がハッキリとしているのがよく分かる。

 リョウヤが「あっちの集落より、みんな活き活きしてるな……」と無意識に呟いた。同意見だったエタフルも「雰囲気が良いよな、こっちは」と頷く。

 そんな人間二人に積極的に絡んで来るのは子供が大半だった。元より知り合いであるエタフルは勿論のこと、リョウヤにも「でっかいオーガを倒したんでしょ!?」「スゲー!」「カッケー!」と遠慮などは微塵もない。


 二人が腰を置いていたのが茶屋代わりの家だったので、少ないが大人も立ち寄る。

 僅かな時間で、老若男女にリョウヤはお礼を言われた。当然エタフルも言われているのだが、やはり実際にオーガを倒したというのが大きいのか、非常に深く感謝をされている。

 当のリョウヤは「そんな大げさな……」と諫めようとしたのだが、エタフルに「大げさなんかじゃない。お前が守った人達だ」と優しく悟らせるように言われ、黙り込んだ。


(俺が守った人……俺が救った命……)


 それが、黙り込んだリョウヤが心の中で零した言葉だった。

 お礼を告げに来ていた鬼人の大半が年老いた者と子供だ。つまり、戦う力のない者達。彼らからしたら、オーガの来襲は恐ろしいものだったのだろう。

 その危機は、多くの鬼人と――リョウヤが退けた。

 感謝してもしきれない、それがお礼のためにわざわざリョウヤの元へと集まった者達の総意だったのだ。


「どう、いたしまして……」


 生きててくれてありがとう、とは続けられなかった。

 泣きそうにも見える笑顔で言葉を絞り出すのが――精一杯だった。

 救われた気がしたのだ。

 自分が命を奪ったことに、奪われた命に、理由も意味もあったことが、リョウヤにとって救いだった。

 既に今までも散々命を奪っている。きっとこれからも、同じように命を奪っていく。それでも少しは前向きに捉えられそうなことが、ただ単に有り難かったのだ。

 命を奪われた側からしたら、リョウヤの考えはなんの免罪符にもならないのだろう。それでも、まだ十六にもなっていない少年は、理由と意味を求めずにはいられなかった。


 その後はオーガの襲撃もなく平和な一日を過ごすことになる。

 リョウヤは夜に再び星熊童子と歓談し、彼女の角のない理由を知った。

 星熊童子は鬼人でも珍しい後衛タイプの戦闘員であり、術によって角を隠しているのだそうだ。その理由が予想通りで、茨木童子とお揃いにするためという可愛らしいものだったので、リョウヤは笑ってしまった。

 星熊童子も照れたように笑い、夜は更けていく。


「道中お気を付けて」


 笑顔の星熊童子とその仲間達に見送られて、リョウヤとエタフルは翌日の昼前には南の集落を後にした。

 向かう先は西の集落。つまり、最初にいた集落へと戻るのだ。

 昨日通ったばかりの道に出た辺りで日が陰り始め、二人が集落に着く頃には出ていた月も完全に隠れてしまっていた。

 門番がいたが、南の集落と打って変わっての対応だ。舌打ちの歓迎を受けて門をくぐり抜けたリョウヤとエタフルは、涼しい顔である。


「いやー、本当に温度差の激しいこって!」


「星熊童子いてこその居心地の良さだったのが良く分かる」


 エタフルが「温度差で風邪引いちゃう!」と皮肉を口にし、リョウヤも同意するように苦笑した。

 時刻は既に夕食時。

 オーガに襲われる可能性は零ではないが、食事を摂っておかなければ差し支える。故に多くの鬼人が家にて食事中である。全くいないわけではないが、出歩いている者は少ない。だからこそ、そんなやりとりも許されたのだ。

 向かった先は、茨木童子と相談役二人の居住する屋敷だった。


 エタフルは今回のように、周に一回のペースで他の集落へと足を向けている。

 鬼人を遥かに超える医療技術と知識を持っているが故に、かなりの頻度で派遣されているのだ。

 主な仕事は件の毒対策だが、医者として診断をして欲しいとの要望が相談役からあったからである。とは言え現状、鬼人から人間のイメージは微妙なラインだ。

 極力来るなと言う集落もあるし、星熊童子のように来て欲しいと望む者もいる。

 医者の心中はともかく、大丈夫だと医療に携わる者に診断されれば、それだけで安心感は増す。相談役や星熊童子は、そういった精神的なことも期待しているのだ。実際、それでも意見が割れているのは、種族の違いかがあるからと言うほかないだろう……とはエタフル談である。


 屋敷へと着いたのは、それから少ししてだった。

 特になんの問題もなく辿り着いた二人は、老爺と老婆へと報告を済まし、そのまま食事も頂くことにする。


「――住む場所を?」


 夕食を終えてすぐに老爺からされた提案を、リョウヤはそっくりそのまま返した。


「ええ。現在のあの宿は、客人を泊めるための施設ではありませんからの」


 いかがですかな? と老爺が微笑む。

 提案というのは話の通りで、リョウヤの休む部屋に関するものである。


「……別にあそこで特に困ってないけど」


 宿の離れは、完全な一人になれる空間だ。周囲をひとが通ることも基本的にない。リョウヤとしては不満がなかった。


「おいおい、すぐ横は病棟になってるんだぞ?」


 厚意に甘えておけ、とエタフルは言う。医者としては、衛生的に問題がある空間の近くにいるというのは好ましくないようだ。

 老爺が耳を寄せるように言ってきたので、リョウヤは大人しく従うことにする。


「――星熊童子からの文に、リョウヤ殿を茨木童子の話相手に推薦するとありました」


 ああ、とリョウヤは納得した。

 リョウヤとエタフルがしたことは、先んじて手紙で伝えておく。これは星熊童子が言っていたことであり、手紙のやりとり自体も鳥を用いたものだ。当然、先に手紙が着いている。


「居住地においては元より変える心算でしたが……渡りに船、とでも言いますか」


「ここに?」


「部屋は余っていますから」


 老爺は上機嫌に笑顔を振りまく。

 茨木童子の話相手が出来るのが嬉しい、ということなのだろう。


(ただの相談役と副首領……ってわけじゃなさそうだな)


 僅かではあるが関係性が見えてきたと思いつつも、理由を聞いたリョウヤは快諾した。

 一転して転居を認めたリョウヤを、エタフルが不思議そうに眺めていたが、問い詰めることはしない。聞いたところで、どうこうする事でもないからだ。

 エタフルに伏せた理由は、人間が鬼人の副首領と二人で過ごしていると周囲に漏らさないめだったのは想像に易い。エタフルは信用されているが、もしものことがある。わざわざ話すことでもなく、話さなくとも今のように対応してくれるのを、老爺は見越していた。


 リョウヤが案内されたのは、三階の一室だ。

 使用人も含めて、少ない人数が暮らしている館の中で、最も人の通りが少ない階が三階である。

 一階の部屋と違って高低があるので、心なしか安全性が増している……とリョウヤは思う。仮にも仲間である鬼人に襲われた場合の、が「安全性」の前に付くのがなんとも言えない気分になる。


(しかも、大した障害にならないでろう高さなのがなんとも)


 尤も、前提としてこの屋敷には茨木童子がいる。リョウヤに何かあった場合、彼の副首領がすぐに対応してくれるという相談役の信用があるのだろう。

 ちなみにエタフルも、同邸の同階に泊まっている。本人は病人と怪我人に集まる旧旅館に寝泊まりたがっていたらしいが、相談役に却下されたそうだ。安全を考えれば当然である。


 肘掛けとなっている窓枠から下を見下ろすリョウヤは、改めて現状を顧みて嘆息した。

 鬼ヶ島から脱出する手段が、鬼人にとって有益な行動をすること。それ自体は非常にシンプルで分かりやすい。だがしかし、その内容を実戦するのは険しいものがあった。

 最初から理解していたことではあるのだが、やはり長期戦になってしまう。

 リョウヤは南の集落で、オーガの侵入を防いでいる。星熊童子のおかげもあり、相談役からの評価はグッと上がったのが分かる。とはいえ、それで戦況が大きく変わったわけではない。

 コツコツとは前に進んでいるのだろう。


(……果てしない……)


 本当に、果てしない。

 再度、溜め息。

 尤も、他に手段があるのか? と問われれば、現状ではノーである。

 オーガの巣くう火口に向かい、オーガを全滅させる。それはあまりにも現実的ではない。

 選択肢が一つしかない状況が、歯痒かった。

 苛立ちを隠さず舌打ちをしたリョウヤだったが、部屋の出入り口となっている一枚の襖がノックされ、勢いよく振り返った。

 控えめなノック同様と言うべきか。廊下を歩いてくる音ですら全く聞こえていなかったのだ。

 慌てて立ち上がり、襖を開く。


(あれ?)


 誰もいない? そう思ったのもつかの間。少し視線を落とせば、淡緑色が目に入った。


「茨木童子……?」


 リョウヤの口から出た言葉が疑問系になったのは、わけが分からなかったからだ。

 日付こそ跨いではいないが、時間は既に二十二時を回っている。

 リョウヤは風呂にも入っており、部屋に布団も敷いてしまって、有り体に言えば「いつでも寝られる状態」だった。異性が訪ねてくるのは、あまり好ましくないと思われる状況だ。


「……」


 茨木童子は両手をスッとリョウヤの眼前に差し出す。

 ――手紙だった。

 リョウヤにも見覚えがあるソレは、星熊童子が「茨木童子に渡して欲しい」とリョウヤに預けたものである。

 鬼人が手紙のやりとりをする際、本来ならば鳥に運ばせるのだが……この一枚に関しては星熊童子がリョウヤに直接頼み込んでいる。

 星熊童子に理由を尋ねると「あの子に何度か出してるんだけど、返事が来ないんだ」と暗い雰囲気で呟き「考え過ぎな気もするけど、こういう機会じゃないと試せないから」と複雑な笑みを浮かべていた。


(確か内容には、俺のことも書いておくって言ってたな)


 リョウヤのこと――つまり、話相手になってくれるという旨が書かれていたのだろう。

 だから茨木童子は、こうしてリョウヤを訪ねてきたのだ。

 リョウヤが不思議そうな態度をとっていたから、茨木童子は手紙を使って説明をしてくれた。そのことを理解したリョウヤは「なるほど」と笑みを浮かべた。

 疑問にはきちんと応えてくれている茨木童子は、やはりどこか微笑ましく映るのだ。


 部屋の中へと招いた茨木童子に、座布団に座るよう伝えると小さく頷いた。

 リョウヤは急須にティーバッグを入れ、そこにピッチャーの水を注ぎ込む。そうやって簡単な冷茶を用意し、ちょこんと正座して黙っている少女へと手渡す。

 後は……と呟き、部屋の隅へと追いやっていた小さなテーブルを抱える。大して音を立てることもなくテーブルを畳の上に置いたリョウヤは、茨木童子と対面する形で腰を下ろした。


「外の話……で良いんだよな? とりあえず俺がここ最近で経験してきた事で良いか?」


 リョウヤの確認に、茨木童子は二度頷く。その瞳がキラキラしているような気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。


「じゃあ俺が……ウェスタンダート大陸の迷いの森で、女の子を見つけたところから話そうか」


 星熊童子から“お願い”をされてから、リョウヤは茨木童子に何を話すかを少しばかり考えていた。

 話せることはたくさんあるのだが、如何せん仮想現実での出来事が多い。

 ならばと考えたのが、自分が実際にエデンに来てしまってからの体験談だった。

 話の量ではゲームに比べて圧倒的に劣るが、最近のこと故にしっかりと記憶しているので、より鮮明に語ることが出来る。臨場感も増すだろう。

 そして、リョウヤ自身の記憶の確認と整理にもなる。

 一番最初に話すならこれだろう。


 “迷いの森で女の子を見つけた事に始まり、黒竜の襲撃で終わる物語”を可能な限り詳しく、けれど人名などは伏せて語っていく。

 名前を伏せた理由は、リョウヤが日本人であることが起因だった。所謂、個人情報の秘匿である。それでもラナンなら“弟子になった女の子”や“弟子”と呼ぶことで、最低限のリアリティは保つようにしていた。尤も弟子呼びというのも、当のリョウヤにとっては複雑ではあるのだが、それはそれ、である。


 絵本、或いは紙芝居を読んでいるかのように紡ぐリョウヤの物語に、茨木童子は身じろぎ一つせずに耳を傾けていた。

 経験が何処で活きるか分からないな――茨木童子の様子を窺ったリョウヤは、そう強く思う。

 中学生の頃にした職場体験で、幼稚園で子供の面倒をみた時のことを思い出したのだ。たった五日間ではあったが、絵本の読み聞かせをしていた記憶もしっかりと残っている。先生に教えられた、読み聞かせのコツも忘れていない。

 教わったコツである“声の抑揚”や“声量”に気を遣うという事と、茨木童子自身がリョウヤの話に対する興味が大きいこと……これらが相まって、鬼人の副首領は幼子にように話の内容に集中してしまっていた。


「――そうしてレイは、俺を連れてこの島に辿り着いたんだ」


 飛空挺上から始まり、上空高くで続いた戦いは痛み分けに終わり――そこから続けられた言葉で、リョウヤは締め括った。

 リョウヤとしてはファフニール戦は敗北感でいっぱいだったのだが、痛み分けは決して嘘ではない。何せリョウヤも毒と傷を負い、レイも傷を負ったが、ファフニールにも酷い怪我をさせているのだ。それに、ストーリーとして語るのなら引き分けの方が聞き応えがあるだろうという考えだった。


「とまァ……一先ずこんなところか」


 話そうと思えば、話せることは多い。けれど時間は有限であり、リアルの体験とゲームの体験で何処にボロが出る分からないので一度止めておく。

 次また話す内容は、今晩のうちに纏めておけば良い。

 休憩という休憩を挟むことなく語っていたリョウヤは、口の中を潤そうと冷茶を飲み干した。


「……ありがとう……」


 ああ、やっぱり良い子だ――自分のために何かをして貰ったのならお礼を言う。当たり前のことではあったが、この島の鬼人で何人が人間に対してそれが出来るのか。

 当初に思っていたよりも、きちんと応対してくれる鬼人が多いだろうと思いつつも、リョウヤは率直にそんな感想を抱いた。

 今もなお茨木童子は、感情がほとんど表に出ていないように見える。


「楽しんでもらえたか?」


「……うん」


 静かに頷いた茨木童子。

 見た目だけでは分かり難いのだが、僅かに血色が良くなっている……ように見えなくもない。星熊童子とのやりとりがあったからこそ、リョウヤは気がつけた。

 顔全体が上気している。

 本当に微かに、桃色が混じっているのだ。

 恐らくはリョウヤ自身も、星熊童子との歓談が無ければ「気のせい」と茨木童子の変化を断じていただろう。


(テンション上がった、のか?)


 つまり“物語に興奮してくれた状態”と考えて良いのだろうか。だとしたら、この話題や話法は大成功だったと言える。


「……もっと……たくさん……」


 大成功だったようだ、と断定した。

 茨木童子は心なしか急かす風にリョウヤを見ている。当のリョウヤは満足してもらえた事にホッとしつつも、苦笑いで掛け時計を指さす。


「……あ……」


 掛け時計を見た茨木童子が「いま気が付いた」と言わんばかりに残念そうに零した。


「もう日付が変わるから……また明日な?」


 子供に言い聞かせる調子で言ったリョウヤの言葉を聞き、茨木童子は小さく体を揺らした。時計で止まっていた視線がリョウヤへと動かされる。


「……あ、した……?」


「今日と同じ位の時間なら多分……空いてるんじゃないか、俺は」


 リョウヤが笑いかけると、茨木童子の瞳に輝きが宿った。


「じゃあ……明日も……」


「はいよ」


 リョウヤが簡単に承諾すると、茨木童子は「ありがとう」と頭を小さく下げる。

 少女にとって、島の外は全く未知の領域だった。

 話には聞いたことがある。が、それだけだ。景色も物も、写真に写った物すら実際に見たことはなかった。

 リョウヤの語りは細かすぎずとも、物の姿形を優に想像が出来るものだ。これに関しては、子供に想像力を働かせる話し方を知っていたのが功を成したと言える。


 結局それから二日ほど、リョウヤは茨木童子に物語った。流石に内容は仮想現実で得たものになってしまったが、こればかりは仕方がない。

 話さないという選択肢もあったが、却下した。基本的に面倒見が良いリョウヤは、少女達の頼みを無視できない。

 何より――茨木童子が楽しんでいる、ということを理解してしまっては断る気になれなかった。


 二日間は特に問題も無く、周囲の森の探索や採取で一日が潰され「このまま何も起きないようであれば、本格的に何か考えなくては」とリョウヤが焦りを感じ始め、それでも普段通りに茨木童子と過ごした夜が終わり――明け方。

 南の集落が陥落したという情報が届いた。

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