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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第二章
21/28

D-XVI.鬼ヶ島④/鬼人との戦い

 リョウヤが庭に下りたのを確認して、エタフルは歩き出す。

 本日の天気は快晴だ。

 昼時なので気温も程よく温かいし、風もほとんどない。

 決闘紛いの試合をするには良い日だと言える。出来ることなら散歩と洒落込みたいところだったが、案の定そのような真似は出来やしない。


「注文の通り、武器は片手剣一本を用意するように言っておいた」


 どーも、と軽い調子で答えたリョウヤに、エタフルは溜め息を零す。

 不思議そうな顔をするリョウヤに「お前は結構気楽なのか?」と返したエタフルの声音は、呆れと心配と――僅かな期待が籠められていた。

 リョウヤの緊張感のない態度に呆れ、リョウヤは怪我をするのではないかと心配し、同時にリョウヤが鬼人に勝るのではないかと期待してしまっている。


(……勝ち負けは大事じゃないんだがな)


 あくまで目的はリョウヤの実力を確かめることなのだ。それを「リョウヤが勝つ」等と考えてしまっている。それを自覚したエタフルは、呆れの対象に自身をも含めて、再び溜め息を一つ。

 二度も溜め息を吐かれた! とリョウヤは驚愕したが、医者の立場からしたら自分が"無謀な戦いに挑むガキ"なことに気が付き「あー……」と気まずげに頬を掻いた。


「……単に開き直ってるだけな感じもあるけどな」


(電脳世界なのか異世界なのか分からない世界にいて、それまで使えていたモノが使えなくなって、今いる場所は亜人の住む地で、その亜人は鬼人だもんなァ……)


 とは言え、泣き言を零せば良いのかと言えばそれも違う。

 だからこそ、腹を括った。


「人生、時には賭けもしないとだろ?」


「デケー賭けに出たもんだな……鬼人と一戦交えるなんざ、普通なら大の大人でも逃げ出すぞ」


 肝が据わりすぎだろ、とエタフルは笑う。ここまで言われてしまうと、笑うしかなかったのだ。

 そうしている間に辿り着いたのは、集落のちょうど中心付近の広いスペースだった。

 太い縄で地面に大きな円を描いており、辺りにはチラホラと鬼人達が集まっている。


「……。見世物かよ」


「お前さんに実力があれば志気が上がるからと、対戦相手が言い出したらしいがな」


「それ、目的は逆だろ」


 リョウヤの言った「逆」とは、リョウヤがやられた場合に鬼人達の人間に対する恐怖や不信感がなくなる、或いは弱まる。そして、鬼人は強いのだと志気が向上するという意味合いだ。

 それには「だろうな」とエタフルも肯定する。


「けど言っちゃあなんだが、無駄なんじゃないか?」


「理由を訊こうか」


「エタフルが信用と信頼を勝ち取ってるから」


 ピシリと硬直したエタフルを差し置いて、リョウヤは軽い足取りで自身に手招きをしていた老爺の元へと歩み寄った。

 側には角無しの少女がおり淡緑色の髪を風に揺らしていた。

 そこから少し離れた所で、態度の悪い巨漢二人が何やら一部の鬼人達と盛り上がっている。

 老婆と老爺はエタフルの態度を訝しんだようだったが、当の本人が歩き出したのを視認して問題ないと判断したようだ。


「リョウヤ殿、こちらを」


「あァ、わざわざどうも」


「いえいえ、丸腰と言うわけにはいきますまい」


 六十センチ程の長さの剣だった。

 所謂、何の変哲も無い一振りである。


「とは言え、それでは鬼人の戦士の肌を斬るのは厳しいですぞ」


「分かってる。ま、無いよりはいいだろ」


 人間にとって扱い安い長さというのが約六十センチ。俗に言うショートソードがそれに当たる。リョウヤが渡された剣も同様だ。

 老爺からの案じるような言葉に返答しつつ、ほんの僅かにだけ鞘から刀身を抜いてみる。

 使った形跡のない綺麗な刀身だが、決して斬れ味は悪く無さそうだった。


(まァ斬れないと言われたからには、そうなんだろうけど)


 鬼人は体を硬質化させることの出来る一族だ。接近戦(ステゴロ)を得意としているからである。ステゴロとは本来"素手喧嘩"と書く。故の肉体強化術である。

 然様ですか、と老爺はリョウヤの様子を窺い見た。

 今の返事はどこか気が抜けていて、どこからどう見ても余裕が漂っている。

 鞘に刀身を戻したリョウヤが、老爺に目を合わせた。


「俺は大丈夫だ」


「……ではシンプルですがルールの説明を」


 範囲は縄で囲われた円内、直径約十六メートル。

 どちらかが円から出てしまえば試合終了。

 どちらかが敗北を認めても終了。

 あくまでリョウヤの戦闘能力を計るのであり、勝敗は重要ではない。

 もし仮に致命傷となり得る攻撃があった場合、強制的に()めに入る。


「止めに入るのはこちら――鬼人族が副首領、茨木童子」


 片手で角無しの少女を示した老爺の紹介に、リョウヤの大きな衝撃を受けた。

 具体的には「いばっ!?」と口から出かける位には驚きだった。

 茨木童子と言えば、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる鬼の一人だ。

 人の子として生まれた。母の胎内に十六ヶ月いた。生まれた時から歯が生え揃っていた。生まれてすぐに歩き始めた。……といった話が伝わっている。

 酒呑童子との関係も諸説あるが、彼の右腕的存在と呼べるだろう。


(茨木童子が副首領ってなら、首領は酒呑童子か……!)


 思いがけないビッグネームの登場に、狼狽えそうになる体をどうにか押さえ込みつつも、リョウヤは僅かな時間で茨木童子の情報を記憶の奥から引き出す。


「……茨木童子……」


「え、あァ……リョウヤだ。今日はよろしく頼む」


 か細く消え入りそうな声で告げられた名が、自己紹介だということに気がつけたのは偶然だった。というか、ほぼ勘だった。

 すぐに逸らしてしまったが、少女がリョウヤの目を一度見たからこそ気がつけたと言えるだろう。

 さながら"人見知りの自己紹介"だった故に、知識で知る茨木童子の印象とはかけ離れている。

 美男子だっただの、女性だっただの、姿に関しても色々と言われている茨木童子だが、エデンという環境下の話ならば"茨木童子"という名も引き継いだものなのだと推測できた。


「リョウヤ殿の申した通り、この者は鬼人の中でも最上位。今、鬼ヶ島にいる者の中では間違いなく頂点に座している故……安心してください」


 老爺の言葉にリョウヤが頷くと、老婆に準備が良いのなら円の中へ入るようにと促される。

 迷うことなく円へと降り立ったリョウヤを見て、老婆が力強く手と手を打った。二回行われた拍手で乾いた音が響き、広場に静寂が訪れる。

 必然的に幾人かで盛り上がっていた巨漢の二人も、音のする方へと視線を向け――リョウヤが円の中で立っていることに気が付く。

 喜色の表情を浮かべたのは赤い髪の巨漢の鬼人である。いや、正確には盛り上がっていた者達は嬉しそうな顔をしていたのだが、より顕著なのはその男だった。


(俺の相手は赤鬼さんか)


 ノッシノッシと大股で円に入り、リョウヤと向き合ったのは案の定である。


虎熊(とらくま)兄弟が兄! (とら)童子(どうじ)だ!!」


「……俺はリョ――」


「まずは逃げ出さなかったことを褒めてやろう!」


 名乗られたので名乗り返そう。誠意という程でもないが、そんな考えから口から出たリョウヤの言葉は簡単に遮られた。

 巨漢の片割れを含む一部の鬼人が露骨にニヤついたこともあり、悪意あっての行動なのだろう。或いは「お前の名などに興味はない」と言いたいのか。

 この行動に関して頭を抑えた老爺、嘆息した老婆は勿論だが、他の鬼人にも程度の低い行動に嫌悪感の籠もった視線を向ける者もいる。


(……派閥があるな)


 人間を悪とする者。

 人間を善しとする者。

 静観する者。

 前者はともかく、後者二つはエタフルの行動あってのものかもしれない。

 そして、リョウヤの目の前に立った鬼人――虎童子。


(虎熊兄弟……って言うと……虎熊童子、か?)


 酒呑童子の配下、その四天王と呼ばれた鬼の名だ。

 熊童子。

 虎熊童子。

 星熊童子。

 金熊童子。

 虎熊童子が熊童子と虎童子に別れてるならば、本来の熊童子はどうなっているのだろうか? そんな疑問を頭の隅で考えている間も、熊童子の言葉は続いていた。

 

「――そして! 我ら兄弟は四つある集落のうち一つを任されている!!」


「ん? 二人で一つか?」


 リョウヤの問いに、饒舌だった熊童子が黙る。


(あ、やっちまった)


 察したのだったが、最早遅い。

 言い方が悪かった。話の大半は流していたのだが、ついつい気になって尋ねてしまったのだ。リョウヤは何も「皆が二人一組で集落を守っているのか?」と聞きたかったのであって「一人で一つじゃないのか」と言いたかったわけではない。

 尤も、その言葉の後に「情けない」といった悪意のある言葉を想像させたのは、他三つの集落はそれぞれ一人の鬼人が預かっているし、今いる集落には副首領までもがいるという背景があったからだ。

 半分は兄弟達自身が気にしていることから来た"言いがかり"である。


「……」


 黙り込んだ虎童子を前に「さて、どう切り出したら良いだろうか」とリョウヤが考えるよりも先に――エタフルが吹き出した。

 今の今まで流暢に自分語りをしていた大の男が、十五六の少年の一言で黙らされた光景に堪えきれなかったのだろう。


「いやスマン……続けてくれ……」


 顔を隠すように片手で覆い、下へ俯いてプルプルと震えるエタフル。笑いを堪えているその様子は、すぐに他の者にも伝染してしまう。

 クスクスと掠れる程の微かな笑いが周囲に広がり、比例するように虎童子が肩を震わせ、その顔に赤みが増していく。

 この状況下に置いて「これはいかんな」と考えたのが老爺。「まァこれはこれで都合が良いか」と考えたのがリョウヤと、実に対照的だった。


「両者、準備は良いか!?」


 老爺の目配せに老婆が声を荒げる。


「おおッ!!」


「こちらも問題ない」


 吼える虎童子と冷静なリョウヤ。こちらも対照的だ。


「では……始め!」


 老婆が宣言するや否や、我慢ならないと言わんばかりに虎童子はリョウヤに向かって飛び込んだ。

 眼前に迫った虎童子は、その右腕を大きく振りかぶっている。

 上から下へと叩き付ける一撃なのを視認して、リョウヤは二歩下がった。

 地面へと叩き付けられた拳は大地を陥没させ、土や砂塵を巻き上げる。


(目は追える……体も動く)


 視力を上げるタイプのスキルを、リョウヤは装備していない。ならば視力に影響は出ていないということだ。

 身のこなしにしても、今までと同じ調子で動けた。尤も特別速度を出したわけでもないので、修復中のステータスがどれだけ影響を及ぼしているのかは判断が付かない。


「負けを認めるなら今のうちだぞ?」


 地面にめり込んだ拳を引き抜き、虎童子は得意げに言い放った。

 クレーターになったと言うわけではないが、それでも地面を抉った一撃だ。リョウヤが動きを止めていた理由を、恐れをなしたと判断しても不自然ではない。

 事実「ちゃんと加減してやれよー!」とリョウヤを馬鹿にした声が外野から飛んできている。


「いや、大丈夫だ」


 外野を無視し、虎童子に「続けよう」とリョウヤは告げる。

 その表情に焦りも恐怖もありはしない。ただ真剣な、それでいて余裕のある目で虎童子を見ている。これに青筋を浮かべたのは虎童子だ。

 エタフルといい目の前のガキといい、どうしてこうも嘗めた態度を取りやがるのか! そんな怒りに任せて、再びリョウヤの正面に肉迫する。

 そして拳を振るう。

 当たれば骨の二三本は軽く砕く一撃だ。

 が――当たらない。


「どうしたどうした!! 避けるのに精一杯かぁ!?」


 右、左、と強靱な腕を用いた猛攻。

 全てギリギリの所で躱し続けるリョウヤであったが、今回の戦いは動ける範囲が限られている。

 必然、すぐに場外を知らせる縄の間近まで来てしまった。

 線から出て逃げる気か、と判断した者は多い。

 鬼人の大半はそうだったし、老爺と老婆とてその可能性を一番に浮かべた。

 虎童子も「勝った!」と確信し、それが一つの決定的な隙となってしまう。

 虎童子の突き出した右腕。その外側に細い衝撃が走ったのだ。


「なん……!?」


 殴りかかった時に生じた前方へのエネルギーと相乗するように、背中からも右腕を襲ったものと同じ衝撃が襲いかかる。

 わけが分からないと言った表情で倒れ込んだ虎童子は、両手を地面に付いたまま首だけで背後を見た。

 凡そ十メートル離れた位置に、リョウヤは自然体で佇んでいた。

 観戦していた全ての者が黙り込んでいる。

 何が起こったのかを理解したのは、外野から二人を見ていた者。その中でも茨木童子やエタフルといった動体視力に自信のある者達である。


(やっぱ斬れないな……それに跳びすぎた)


 トドメの一撃と放たれた拳を剣で攻撃しながら背後に回り込み、そのまま背中を斬り付けた。そこから更に距離をとっただけ、と言うのがリョウヤの認識だ。

 虎童子の纏う甚兵衛のような服は綺麗に切断されたようではあるのだが、その下に覗いている皮膚には痕すら残っていないように見える。


(一応、剣が折れても構わないって位の勢いで使ったんだがな)


 左手で鞘を持ち、そこから抜き放った剣を右手に持ったリョウヤは、マジマジとその刀身を見た。

 ひび割れどころか傷一つなく輝いており、スキル【不壊(アンブレイカブル)】が発動していることが窺える。

 【不壊】の発動条件を満たすのは加護スキルと防具スキル、それぞれから【装備耐性割合強化】に属するものが発動していないければならない。

 前者は文字通り【装備耐性割合強化】、後者は【(いな)(びか)る星】だ。

 加護スキルはパートナードラゴンのスキルでもあるので、プレイヤーのステータスは基本的に関係がない。

 【電光る星】に関しても絆防具である流星雷光龍衣にデフォルトで備わっているスキルだ。その発動条件は、性能に対して非常に緩いものとなっている。


「テメェ……どういうつもりだ……!?」


 剣をプラつかせるリョウヤを睨み付ける虎童子。「信じたくない」という本音を怒りで隠し、忌々しげに言ったが、見る者が見ればそれが焦りから来ているのが明白だった。

 対するリョウヤは「各種ステ六百はあると考えて良いか」と【不壊】と動きすぎた脚力の分析をしていたのだったが、虎童子に冷静さが戻りつつあるのを感じ取って――煽ることにした。


「いや……思いのほか、どうにかなりそうでさ」


 虎童子が言わんとしていることは理解している。

 何故なら彼が倒れ込んだのは、縄で区切られた範囲ギリギリの位置だった。つまりあのまま一撃入れていれば、リョウヤが勝利していたのだ。

 だからこそ解せない、と。しかし己が敗北していたことを口にするのを躊躇った、プライドからの問いだった。


「腕っ節に自信があるんだろ? ならもう少し頑張ってくれよ」


 あざ笑うかのように口元を歪めさせたリョウヤに、虎童子の頭は沸騰した。

 見下していた人間(リョウヤ)に馬鹿にされたこと。評価を着々と上げている人間(エタフル)がいたことの苛立ち。それに何より己のプライドの為にと拳を振るう。そんな虎童子に対してリョウヤが抱いたのは――


(うわァこいつちょろい!)


 ――酷い感想だった。

 虎童子の身体スペックは言うまでもなく高い。体捌きも決して素人のものではない。にも関わらず、熱くなりすぎた思考が全てを台無しにしているのだ。

 服として機能しなくなったに等しい上半身を覆う布を、勢いよく脱ぎさる虎童子。露わになった肉体は一見しただけで鍛えられているのが分かる。


「二度目のチャンスがあると思うなよ!!」


 激昂する虎童子。


 KODOに於いて対人戦というのは基本的にタブーである。しかし、それでもプレイヤー同士の争いを可としている大陸もある。

 KODOは大陸毎に異なったルールがあるのだが、その中に"サバイバルエリア"と呼ばれる大陸が一つだけ存在しており、そこでのみPVPが許可……と言うより推奨されていた。

 そういった人間同士の戦いを好む層というのは存在していたので、一定数の需要があったのだ。

 ただサバイバルとうたっているだけあり、騙し討ちや不意打ちなどの卑怯な手段が謳歌する、生き残る為にはなんでもしなくてはならない危険な大陸でもある。

 そんな環境故に大多数には支持されていない、危険な場所(レッドゾーン)なのが現実だ。


 リョウヤ含むギルドメンバーは平気で行き来した大陸だったが、リョウヤが対人戦を磨く切っ掛けとなったのは"Knight(ナイト) Of(オブ) Dragon(ドラゴン) CORE(コア)、通称"KODC(コック)"という作品だった。

 こちらはアミューズメント施設に置かれた卵型の大型筐体で、プレイする人間が中に入り、そこで専用の道具を装備して電脳空間に入って行くというもの。ちなみにワンプレイ五百円からである。

 KODCの売りは限られた空間で行われるプレイヤー同士に戦いだ。

 サバイバルエリアとの決定的な違いはルールがしっかりとしており、一対一の個人戦から十対十の団体戦まで楽しめるところだろう。

 ステージの広さは体育館ほどのものもあれば、小さな町一つ分もある。中にはリアルでの都市や建造物をそのまま流用したものもあり、それがまた人気の一つだった。


 サバイバルエリアとKODCをプレイして、リョウヤには学んだことがある。

 怒りに身を任せている人間は扱い安い。本当に危険なのは躊躇いがなく、冷酷な者。――ということだ。

 だからこそ試合が始まる直前の空気は、自分にとっては都合が良いと考えることが出来た。事実、虎童子の攻撃は勢いこそあったが単調と言い切れるものだった。

 そして今、実力差を理解しかけていた虎童子を揺さぶるために、リョウヤは自ら挑発を仕掛けたのだ。


「クッ……ソが! 当たれ! 当たって死にやがれ!!」


 本音と怒りを撒き散らしながら腕を振り回す虎童子に、リョウヤは「言っちゃってる言っちゃってる」と冷静にツッコむ。

 余裕な態度で拳をヒョイヒョイと避け続けるリョウヤの言動は、正しく火に油を注いでいた。


 虎童子が自身の敗北を感じ取ったように、その隙にリョウヤも倒れ込んだ敵に追い打ちをかけることはできた。 

 敢えてそれをしなかったのは、目的があったからだ。

 今後どうせ戦闘が起こるのなら、出来るだけ実戦に近い形で自分の実力を確認したい。虎童子は鬼人の幹部クラスで、自分に対して遠慮もないので、ちょうど良かった。

 それが理由だった。


(現実の身体能力は遥かに超えてるな……)


 修復中という文字が出ていたので焦ってしまっていたが、俊敏性(アジリティ)に関して言うのなら高いと言えるだろう。

 攻撃力(ストレングス)に関しては、そうでもない。これに関しては自前の武器が持てなくなっている時点で察することの出来たことだ。

 防御力(ディフェンス)は、確かめるにはリスクが大きい。

 体力(バイタリティ)は元より死ねば終わりで、魔力(マジック)精神力(マインド)は確認しようとして出来るものでもない。


(あァいや……スキルの発動の有無で、ある程度の判断は可能か)


 発動している再星の灯火(スキル)から判断した数値が各ステータス六百なのだ。


 リョウヤが自己分析を続けている間も、虎童子からの猛攻は続いている。

 反撃はせずに全てを避けることに徹しているからか、目の前の巨漢の息は既に荒い。何せ振るった拳のエネルギーはぶつかることなく、悉く外に流れているのだ。拳が当たらないということは、止まることなく振るい続けていることでもある。

 必然的に、体へと掛かる負担は大きくなるということだ。


「……ここまでかな」


 リョウヤの呟きを、近接戦闘を持ち込んでいた虎童子が聞き逃すはずがない。

 滝のような汗を全身から流しながらもリョウヤを睨み付ける視線は鋭く、怒気に満ちている。だが目に籠められた力とは対照的に口から出るのは僅かな恨み節だった。


「ク、ソ……人間の……分際で……」


 正直な話、虎童子がここまで早々にリタイアするのはリョウヤにとって予想外だった。のだが、これは本人が無自覚なだけである。

 リョウヤが速く動けば、虎童子も速度を上げざるを得ない。

 戦いの中ともあれば相手の速度に釣られ、本人ですら気が付かないうちに加速してしまうこともあるのだ。虎童子が正にその状態だった。


(立ち位置もちょうど良い、しな)


 リョウヤは虎童子の奥を見据え、その体に剣を叩き付けた。

 虎童子の肩口から振り下ろされた剣の軌道は、ギャリギャリギャリと凡そ肌をなぞったとは思えない音を響かせる。

 刀身が肌に触れた箇所から"伸びた"と虎童子は錯覚した。

 【飛刃(ひじん)】と【閃刃(せんじん)】、二つの攻撃スキルのレベルを最大に上げ、必要な素材と大金(マネー)を捧げて会得したスキル【飛閃刃】は――発動したのだ。

 グンッ! と体が飛ばされていることに虎童子が気が付く。

 だが、今回指定された"戦いの場(フィールド)"は狭い。狭いということは、"指定されたフィールドの外"までの距離が近く、短い時間で外まで飛ばされてしまうということでもある。

 つまり、自身が飛ばされたことに気が付いた虎童子は――遅すぎた。

 綺麗な"く"の字で滑空する虎童子は、リョウヤの正面真っ直ぐの奥にいた集団――虎熊兄弟の弟とその取り巻き達へと派手に突っ込んだ。

 ちょうど狙っていた箇所、正確には虎熊兄弟の弟へと飛んでいった虎童子を確認して「ビンゴ!」とリョウヤは内心でガッツポーズである。


「……っ!?」


 兄弟の取り巻きは慌てふためいていたのだが、弟であろう巨漢は目を見開きつつも虎童子を難なく受け止めていた。少し遅れて虎童子の体を見るが、傷は一つも負っていない。次いでリョウヤを見る。

 幼さを僅かに残す少年は渡されていた剣を見て、溜め息を吐いたところだった。それはリョウヤが、虎童子が無傷であることを視認して、剣へと視線を変えた時だ。


(硬化中とは言え、スキルでもノーダメージか……)


 難しい表情を浮かべているリョウヤを見て、一瞬遅れて老爺が声を上げたのだった。

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