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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第二章
18/28

D-XVIII.鬼ヶ島①/鬼人との出会い

 リョウヤが着替え終え、寝かされていた一室から抜けると小石の並べられた庭園が露わになった。

 庭園と言っても枯山水などというわけではなく、小石も別に美しいわけでもない。くすんだ石と雑草が目立ち、一目で手入れがされていないのが分かる荒れ具合だ。

 足場となる大きな石が向かいの屋敷に続いているのを見るに、自分が寝かされていたのは離れだったのだと理解した。

 空の方はと言うと、既にオレンジ色に染まっている。

 水の抜かれてしまった池を超えて庭園を抜けると、屋敷の玄関前へと繋がっていた。

 玄関の上には、横長の看板が立てかけられていた痕跡が僅かに残っている。


(……宿、だったのか?)


 宿らしき大きな屋敷の敷地から出ると、合掌造りの家がぽつぽつと建てられていた。その窓、或いは影から視線を向けて来るのは、額か頭から大小様々な角を伸ばした人間――鬼人。


「……見られてるんだが」


 視線を合わせると目を逸らされし、隠れられる。だが確実に見られている。いや、正確には観察されているようだ。

 エタフルに対してはそのようなことはなく、逆に彼がいることで僅かだが安心したような様子を見せる鬼人も多い。

 そのことを感じ取ったリョウヤは、なんとも言えない態度でぼやいた。

 思考の隅で思い出すのは、自分の知る鬼ヶ島は既に人の住めた場所では状態だったということだ。建造物の類は形を保っていなかったし、鬼人も残ってはいなかった。

 つまり、ウェスタンダート大陸で紅に出会った時の砂漠と同様の状況と言える。


「人間ってのが珍しいんだよ、俺も最初はそうだった」


 自分にも覚えがあるとエタフルは苦笑いを浮かべる。

 何もしていないのに不安がられ、監視めいた視線に晒されるのは大人でも堪えるのだ。


「最初はって……出張か何か?」


「もうすぐ半年ってとこだな」


 元から種族は関係なく医者として看ていたが、助けて欲しいと鬼人から直接頼み込まれたのだとエタフルは続けた。

 その口調はさも当たり前と言ったものだが、エデンにそんな医者が一体どれだけいるのだろうか? とリョウヤは疑問に思う。

 ホクスカイトの町は比較的大きいのだが、鬼人はおろか亜人の一人すら見かけることはなかった。それはイーストジーハでも同様だ。 

 人間と亜人の数の比率が圧倒的に人間寄りになっているというのもあってか、人間は亜人を差別していると言われている。それが人間と亜人の関係の不和の要因の一つだ。


「治療がいるなら、人間だろうが亜人だろうが看てやるのが医者(おれ)の仕事だ」


 エタフルの数歩後ろを追従しているリョウヤに彼の表情は窺えない。けれど、真摯な響きで言い切ったのは分かった。


 リョウヤが亜人に対して偏見がないのは、物語としてのエデンを知っているからだと言える。プレイヤー視点でエデンを辿ったからこその感性だ。

 差別が当たり前となっている世界に生まれた人間が、亜人に対してなんの偏見も抱いていない。それはラナンにも言えることだが、彼女の場合は純粋無垢であるが故の持ち味だ。だがエタフルは、言い方は悪いが純粋無垢などではないだろう。


 リョウヤは父が医者で、その父から「純粋な人間に医者なんてできない」と断言されたことがある。どうして医者になったのか尋ねた時だ。

 助けたい誰かがいたわけでもなければ、誰かの役に立ちたかったわけでもないと言った父は「今でこそ、少しでも多くの命を助けたいと思う」と前置きをしてから、医学を学べる――そういう環境に生まれたからなっただけだったと告げた。

 実際そういうものなのだとリョウヤも納得した。

 父と話した当時、リョウヤは中学生だった。その歳でも医者という職が他と比べて裕福なのは理解していた。その分、難易度や背負う責任も大きいのだろうが、なれてしまえば金銭に困ることはなくなるだろう。

 そして就職するに当たって深く悩むのは高校生からで、教師と相談をする際には給料の話題も上がるだろうし、そもそも自分でも調べていることだろう。

 幼い子供が「お医者さんになって人を助けたい!」と言うのとはわけが違う。

 仮に純粋無垢なまま医者になっても、現実を知るにつれて変わっていく。リョウヤの父はそうも言い切った。


 だからこそリョウヤは、エタフルの医者としての誇りに満ちた言葉に感動を覚えた。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、エタフルは振り返ることはなく頭をガリガリと掻きむしった。


「ま、対価は頂いてるけどな! 無料(ただ)働きなんざごめんだ!」


 悪態吐いているつもりなのだろうが、リョウヤにはただの照れ隠しにしか見えない。

 エタフルにも生活があるのだし、薬だって無料ではないのだから、その主張は当たり前のものなのだ。

 言葉よりも行動で示す性格なのは見て取れたので、エタフルが鬼人から信用を勝ち取ったのであろうことにも納得もしてしまった。

 そんなリョウヤの心情を察しているのか、エタフルは話題を変えた上で言葉を続けた。

 話の内容は鬼ヶ島の現状だ。


「ちょうどあそこ、見えるか?」


「……壁?」


「より詳しく言うのなら、尖端を尖らせた丸太を縦に並べた壁だな」


 それはつまり、外敵を寄せ付けない為の措置だ。

 そのような空間にやって来ている人間の医者。そのことから、人手が足りていないのが分かる。

 聞き流してしまったが、エタフルは「襲撃を受けて浜を監視していた」と言っていた。


「襲われてるのか?」


「オーガっつー魔物にな」


 知ってるか? とエタフルが問いかける。リョウヤは鬼人を知っていたので、オーガに関する知識があるかもしれないと思っての問いだった。

 その返答は勿論イエスだ。

 Ogre(オーガ)とは日本語で訳される場合は大抵が鬼となる。

 エデンに於ける鬼は魔物にあたり、亜人である鬼人とは別物だ。

 オーガは、その両者とも異なる。

 竜と共にエデンとは違う世界から来たのがオーガという種なのだ。

 世界規模の外来種とも言えるだろう。


(後半は言うわけにもいかないよな……)


 エデンでは鬼とオーガは区別されているが、竜と共に来た外来種であることは知られていない。これはラナンとの何気ない話の中から聞き出していたことだ。


「サイズは人間大から四メートル前後、デカイ方が強いの典型的なタイプだろ」


 リョウヤの簡易な説明に満足したエタフルは「おう」と頷いてから続けた。


「でだ。そのオーガが、あの山の火口から沸いて来たらしい」


 エタフルが指さした先には、岩と土で出来ているのであろう山が見える。緑はほとんど残っていないが、中々に大きな山だ。


「沸いてって……外部から人間の医者を呼ばないといけない程なのかよ」


 リョウヤはそう言いつつも、KODEで舞台となった鬼ヶ島は鬼人ではなくオーガの支配地域だったことは忘れていない。加えてエタフルの言う火口は龍穴のはずだ。

 エデンの住民の多くが知らないだけで非常に重要な島なので、シナリオに組み込まれていたのだ。

 思い返されるのはマコの生死、ラナンの年齢、そしてウェスタンダート大陸の砂漠の状態の三つ。記憶の中の状況と環境、それに対する現実の差異は、僅かに時間軸がズレていることが原因の一つとなる。

 その時間軸のズレが引き起こす問題は、何もそれだけではないだろう。

 鬼ヶ島は元が鬼人の治める島で、支配権は後々にオーガへと移っている。ならば現状は? 簡単だ。鬼人とオーガ、二つの種族がちょうど争っている時期ということだ。

 リョウヤが「うわぁマジか」と顔を顰めたのを偶然にもエタフルは見ていた。


(賢い子供だな。……冒険者にしろそうじゃないにしろ、旅をしてる時点でそれなりに経験は積んでるか)


 知識が豊富で、理解力もあるリョウヤはエタフルから見て好ましかった。


「察したようだが、この島の状況は悪い。最悪とは言わないがな」


 エタフルは自分で発した言葉を「いや」と否定した。


「望んで来たわけじゃないお前さんからしたら、帰る手段が鬼人が持つ船だけって時点で最悪か」


 それは薄々と考えていたことだった。

 鬼ヶ島は周囲が特殊な海流のために漂着することが普通はない。

 世界的に見て地位の高い権力者の中には存在を知っている者もいるが、島が鬼人の居住地だと知っている者の手によってひっそりと進入禁止区域にされている。尤も、その島が進入禁止と知っている者自体は少ないだろう。

 また、それ以前に外部から進入は非常に困難でもある。

 島その物が岩壁に囲まれており、岩壁の内部に更に海があり、海の中心に島があるのだ。

 島の規模そのものは小さいが、岩壁は高く、一部の者しか内海へと続く隙間を知らないからだ。

 外界からは隔離された孤島と言える。


「――俺に交渉しろって?」


 リョウヤの確認に、エタフルは「本当に察しが良い」と声に出して感心する。

 リョウヤからすれば事前情報があったからこその賜物なのだが、それは胸の内に仕舞っておく。


「俺がお前さんを人間の大陸に帰して欲しいと頼み込んだところで、鬼人(やつら)は素直に頷かない。殺されやしないし……させないが、"ただの人間"じゃあ碌な扱いは受けない」


「種族の違いと、争いの真っ只中って言う状況がそれを許さない」


「そうだ。ここの連中も切羽詰まってる。わざわざお前さんを帰すのに人手を割きたくないからな」


 リョウヤが眠っていた宿らしき屋敷とはまた違う、けれども同規模の大きな屋敷を視界収めたところでエタフルは振り返った。


「幸いにもお前さんは鬼人のトップに興味を持たれてる。奴らに自身の価値を証明しろ」


 ――出来るか?

 放たれた言葉達に嘘はないのだろう。

 エタフルはリョウヤを指さし、真剣そのもので問うた。


「やるしかないんだろ? なら、やるさ」


 鬼人は人間を忌み嫌う亜人の筆頭だ。

 リョウヤ自身に亜人に対する偏見はないが、相手は違う。

 リョウヤ個人ではなく、人間という種で扱う。

 その上で、これから行わなくてはならないは駆け引きだ。

 それも自分が一方的に領地に進入したという前提があるという、マイナスがスタートの取り引きでもある。

 上手く事を運ぶには嘗められてはいけないし、鬼人という種を蔑ろにしてもいけない。


 幸か不幸か、自分には相棒(レイ)がいる。どう転んでも無碍にはできない筈だという打算と、もはや迷っている時間すらないという状況が、リョウヤを追い込んでいた。


「OKだ、それじゃあ行こうか」


 緊張を解すかのような気の抜けた、けれども気を遣った笑みを浮かべたエタフルにリョウヤは追従する。

 屋敷の門の前に配備されていた二人の鬼人は、隠す様子もなく人間を二人を蔑むような表情で迎えてくれた。

 そのことに気が付きながらもエタフルは一言二言の後に「おつかれさん」と告げ、門をくぐり抜けた。当然、続くリョウヤだが流石に門番二人に声をかける気にはならなかった。親しい以前に名も知らず、尚且つ人間嫌いの気がある相手に声をかけては刺激するだけだと思ったからだ。


 屋敷の中は随分と整理され、綺麗に保たれている。

 外観もリョウヤがいた宿だったらしき屋敷とは、比べる余地もなく美しかった。

 例えるのなら前者は引退しているが、後者は現役と言ったところか。

 そう考え、それはそれで妙に納得した。

 長い隔絶のある別種族の、それも得体の知れない者を寝かせるにはうってつけだったんだな――と。思い出して見れば、実際に寝かされていたのはその中でも本棟ではなく離れの一室だった。


 玄関で靴を脱ぎ、長い廊下を進むと、襖の前で一人の着物姿の鬼人が立って待期していた。

 門番が二人とも男性だったのに対し、こちらは女性だ。

 角は三者とも額から伸びており、そのサイズは控えめである。


(角の大きさは強弱を見極める参考になる……)


 鬼人の角は大きければ大きい程強いと言われている。が、どんなに大きく立派な角よりも"角そのものが無い"鬼人の方が強い。


 赤鬼、青鬼、という言葉がある。

 これは文字通り鬼の体色を示した物だが、鬼人に関しては体は人間と同じで肌色だ。白や黒といっても人間の枠からは出ない配色になっている。

 故に鬼人を赤鬼や青鬼と区別するのならば体色ではなく、髪の色を参考にする。

 Knight Of Dragon On-lineには節分イベントが存在している。数少ない鬼人と関わり、戦うこともあるイベントで、角による強弱や色に関する鬼の呼称の仕方は、そのイベントで明かされた情報だ。


 現状、色云々は然程重要なことではない。

 襖を開けた先は広い一室だった。

 その最奥、床の間と床脇の正面に座り、身動き一つとらない鬼人に"角がない"のだ。

 角がない――というのは目に見えていないということでしかない。また触れることも通常は叶わない。目には見えないが、確かにある。「らしい」とリョウヤは言わざるを得ない。

 目に見えていない状態なのだ、それはリョウヤも例に漏れない。あくまで見聞きした話でしかないのだ。

 だが強弱に関しては間違っていないと言える。

 角のない鬼人の少女は出入り口から最も遠い場所、リョウヤとエタフル並んで開けた襖の正面奥に腰を下ろしている。

 畳の上に長方形のテーブルが三つ並べられ、それらが出入り口に対して逆凹型を作っているので、少女の座席は上座の中央なのだ。


「ご要望通り連れて来たぞ」


 目覚めたばかりの怪我人に配慮がないことに対する批難を籠めたエタフルの呆れの言葉は、上座の少女を挟むように座っている二人の老人にしか届いた様子がない。尤もその二人の反応も微々たるもので、表情に申し訳なさげな色が映っただけである。

 向かい合う形で並んだ二つの長テーブルの計五人の鬼人は、興味がないと言わんばかりに各々好き勝手を言っている。


「ただの子供ではないか」


「しかも人間のな」


「一体なんの役に立つというのか」


「戦闘はおろか労働にすら使えるかどうか……」


「無駄に食い扶持が増えただけなのでは?」


「……」


 一人は我関せずと言う風に目を閉じているが、他は酷い言い草である。当の本人が目の前にいるにも関わらず、その存在を完全に無視して、こうも好き放題言われてしまえば然しものリョウヤも不快である。

 目覚める直前に見ていた夢のこともあり、より鮮明に過去を思い出してしまったのだ。

 陰口は言われ慣れていたので、然程気にせずにいられる。だが過去の経験と相まって、表情に出てしまう程度にはリョウヤから鬼人への好感度は下がっていた。

 リョウヤが不愉快に感じるのは陰口そのものではなく、虐めととれる行為の方なのだが、そのことを知る由も無いエタフルは小声で「落ち着け」と零し、リョウヤも小声で「あァ」とだけ返す。

 エタフルが思う程、リョウヤの沸点は高くないのだ。


「静かにせぬか!」


 上座に座る少女の左、リョウヤ達から見て右の白髪の老婆が怒声を上げた。

 黙り込んでいた者以外が肩を震わせる。


「客人の手前、節度を持たないといけませんな」


 上座の少女の隣、老婆と逆側の顎髭の印象的な老爺が穏やかな声音で言い「ほっほっほ」と穏やかに笑う。

 客人という単語に五人の鬼人は顔を顰めながらも、特に文句を言うこともなく、渋々と言った様子ではあるが黙り込んだ。

 本来ならば上座とは床の間の前が最も上等な席になる。

 老婆がそれに当たり、老爺は床脇で三番目、少女がちょうど床の間と床脇の中心辺りで二番目の席となる。


(……けど、どうにも違和感があるな)


 老婆がトップなのだとすると、次席が角無しの少女で三席が老爺というのは不自然だ。少女と老爺が逆ならば妙に感じることもないのだが、とリョウヤが考えている間に老爺が「まぁ座りなさい」と着席を促した。

 座布団もらうぞ、と部屋の隅に置かれていた正方形の厚い座布団をエタフルが引っ張り出す。

 上座の三人と対面になるように座布団を置いたエタフルに従い、リョウヤも出入り口の襖の正面に腰を下ろした。


 左右のテーブルの最奥にはガタイの良い大男がそれぞれ胡座をかき、片や腕を組み、片や肘枕でテーブルに頭を乗せている。前者が赤い髪に額から一本角、後者が青い髪に額から二本角。体格もそうだが、額から伸びている角も大きく、両者ともにリョウヤとエタフルを睨み付けている。

 他三人は大男の二人ほど態度に出してはいないが、同じく不躾な視線を二人に向けている。

 そんな中で、一人の男だけはずっと不干渉といった態度を貫いており何を考えているのかが分からない。

 リョウヤしてみれば、態度に出ている大男二人と、目は口ほどに物を言うを地で行く三人よりも、表情から感情の読みとれない男の方が恐ろしい。


(――感情が読めないって意味なら、もう一人……あの女の子も同じだけど……ッ!?)


 ふと視線を正面に――より正確に言うのならば淡緑色の髪を持つ少女に向けたところで、目が合った。

 ジッとリョウヤに向けられた視線はブレることがなく、無感情のまま変化することがない。


「さてさて、エタフル殿……そちらの少年が?」


 リョウヤとエタフルが腰を下ろし、落ち着いたのを見て老爺が口を開いた。


「ああ、そうだ。名前は――」


「――リョウヤだ。一応、冒険者ってことになる」


 ここぞとばかりにリョウヤは少女から視線を外し、エタフルと老爺の会話に混ざった。少女からの視線は未だに途切れることがないが、気まずさを感じながらもグッと堪えることにする。

 ほうほう、と和やかに頷いて見せた老爺は感心するかのように目を細めた。


「この状況下でハッキリと物を言えるとは……中々に肝が据わっているようだ」


 流石は冒険者と言った所ですかな、と老爺は顎髭を撫でる。


「ではリョウヤ殿。エタフル殿からこの地がどのような場所かは聞いているでしょう? 何故(なにゆえ)に浜で倒れていたのか、説明の方をお願いします」


 穏やかではあるが強制力のある含みを持たせた老爺の促しを受け、リョウヤは「信じてもらえるかどうかは置いておいて」と前置きをしてから言葉を紡いだ。

 少し前にエタフルに語った内容ではない。

 知人の飛空挺でウェスタンダート大陸からイスタンダート大陸に向かっていたこと。順調な旅は途中で終わり、黒竜の襲撃を受けたこと。そして――自分が飛空挺から身を投げたことである。


「飛び降りたのが、この島の内海だったと?」


 白髪の老婆が口を挟んだ。

 鬼ヶ島を囲む岩壁は非常に高い。

 リョウヤの発見されたのは監視されている地域で、飛空挺を見ていないという情報は伝わっている。つまり、飛空挺は岩壁の遥か上、鬼人の視認出来ない遥か上空を進んでいたことになる。

 そんな高さから人間が海面に叩き付けられれば、水であってもコンクリートと変わらない硬度になっていることだろう。

 人間が無事でいられる所行ではない。

 それに黒竜が島に近付けば、気が付かないということはないはずだ。

 それらが分かっているからこそ、老婆の目つきは鋭い。


「いや、違うな。まァ俺自身は毒に侵されて、浜に辿り着くどころか島を視認するこなく意識を失っていたから詳細は分からないが――」


 ただでさえ悪かった空気が、今までと違う意味でピリつき始めたのを肌で感じながらも、リョウヤは可能な限り余裕のある雰囲気で右手を胸の前で立てた。


(こいつ)が運んでくれたんだろうな」


 肯定するかのように腕輪の宝玉が一度だけ輝き、リョウヤの相棒が姿を現した。

 それには、鬼人達もエタフルも驚愕を隠すことがなかった。

 声を上げた者もいる。

 嘘偽りを語っているのではと疑っていた老婆でさえ「なんと……!」と目を開いている。それは少女を除いた他の鬼人達も同じで、エタフルも「マジかよ……」と放心してしまっていた。

 一気に変わった空気を無視して、リョウヤはレイに違和感を憶えた。その違和感を確認するために口を開く。


「……相棒、調子が悪いのか?」


 普段なら中空で踊り、頭を下げるなりするレイなのだが、どうにも様子が可笑しい。

 飛ぶのが億劫なのだと言わんばかりに、リョウヤの膝の上で落ち着いたのだ。

 レイは「問題ない」と一鳴きしたが、普段のそれとは違い、どこか弱々しい。ラナンですら気が付かない声の違いを、リョウヤは感じ取った。


「戻っててくれ」


 レイの頭を撫で、リョウヤは真剣に告げる。


「ごめん、かなり無茶させちゃったな……ありがとう」


 謝りつつも、お礼も言う。

 先に謝った時に「謝るな!」と睨まれてしまったのだ。

 相棒(リョウヤ)を助けるのは当たり前の行為なのだし、自分の意思でもあるのだとレイは伝えたのだ。

 リョウヤは内心で苦笑しつつも「そうだな」と納得した。

 ――俺がお前を助けるのも、お前が俺を助けるのも、一々謝るようなことじゃないよな。

 一日二日なんてものじゃない。

 一年二年でもない。

 リョウヤとレイは、出会って八年を超えている。

 片や生まれてから半分以上の時間を、片や生まれた時からずっとの付き合いなのだ。

 家族であり、友でもあり、相棒である自分達には余計な言葉だった。

 リョウヤの反応に満足したのか、レイは再び光となって腕輪へと戻る。

 龍が入ったことで腕輪の珠に色が戻ったのだが、改めて見るとその色は僅かに薄くなってしまっていた。それが、レイの不調によるものなのは明白だった。


「さて、と……納得はしてもらえたか?」


 エデンにおいて龍とは神聖な存在になっている。

 が、今でこそ神聖視されているのであって、初めからそうだったわけではない。

 千年戦争を切っ掛けに龍は途端に姿を減らしてしまったが、戦争が始まる前までは当たり前の様に存在していたのだ。

 森を守護する緑龍(りょくりゅう)に、空を繋ぐ蒼龍(そうりゅう)に、海を恵む青龍(せいりゅう)に、人間も亜人も動物も関係なく、皆が感謝して日々を送っていた。


 人間は元々、多種族と比べて龍の気配を敏感に察知できない者が多い。

 けれど、エデンで最も多く数が繁栄し活動しているのはずっと人間だ。

 それだけは戦前も戦後も変化がない。

 エデンで生活を贈る人間と亜人の比率は八対二。

 そして亜人は、小人族や鬼人族と更に細かく分類されている。

 数の少ない亜人は僅かな仲間達と、自然そのものと言える龍を非常に大切に思っている。

 また人間とは違い、龍の存在に敏感でもある。

 姿が見えなくなり、伝説上の存在と龍を切り捨てた人間。

 姿が見えずとも、共に在ろうとしている亜人。

 これも種族間の確執の要因の一つだ。


(だからこそ、亜人に対しては龍の存在が刺さる)


 ちょっと卑怯な気もするが、と思いつつも「現状で妥協しても仕方がない」とリョウヤは割り切ることにする。

 それに老爺や老婆はともかく、自分達(にんげん)を小馬鹿にしていた連中が間抜け面を晒して何も言えなくなっている様を見ることが出来たのは、多少なりとも胸がすく。


「……今の大きさでは長期間に渡って人間を運べるか怪しい、と言ったらどうします?」


「省エネモードだ」


「でしょうな」


 一足に先に我に返った老爺は意地の悪い問いかけをしたが、リョウヤは真面目な様子でキッパリと言い切った。

 元より察していた老爺も、納得して微笑んだだけで追求はしない。

 老婆も、リョウヤの語ったここに至るまでの経緯を疑う様子は少なくなっている。

 人形のように鎮座して動かなかい少女と、目を閉じて語らない男は元より、三人以外の鬼人も不満ありげながらに何も言わなくなっている。

 龍を連れており、龍と良好な関係を築いている――たったそれだけで、リョウヤは鬼ヶ島で過ごすために必要な最低限の保証を勝ち取ってしまったのだ。

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