D-XVI.別離②/少女の旅立ち
イスタンダート大陸、最西端。ウェスタンダート大陸にあった空羅の小屋と同じく、山の頂上の同じような立地に、これまた同じような山小屋が建てられている。
大陸こそ違うが、空羅達の住む小屋だ。
達と言っても、リョウヤとラナンは関係がない。そもそも、こちらの小屋に着いた際……つまり黒竜から空襲を受けた翌日の昼、既にリョウヤの姿はなかった。
達が示すのは空羅と――その姉、鞍馬のことだ。
鞍馬の名を聞けばリョウヤはなんらかの反応を示したのだろうが、ラナンには心当たりのない名だ。
享楽主義者でさばさばした性格の鞍馬は持ち前の明るさで、目に見えて気落ちしているラナンを強引に自分のペースに巻き込んだ。
黒竜からの襲撃を受けた夜、リョウヤは自ら飛空挺から身を投げた。
当人は何も好き好んでそんな行為をしたわけではない。
場面は遡る。
「ッ――!」
薙ぎ払われた鋭い爪を、リョウヤは機巧大鎌を鎌から槍へと変化させた物で弾く。
操舵室でラナンに待期を命じて少しした後、程なくして黒竜は飛空挺に並ぶに至った。
ここまで近くになれば、否応なくその姿を視認できる。
ラナンは自分を襲った竜だと確信し、リョウヤもまた同じだった。
併走されるに当たって、風や雨を防ぐために張られていた不可視の防護膜が破られてしまっている。そのせいで船上は雨こそ降っていないが、風は激しく吹き荒れてしまっていた。
バサバサと激しい音を立てて流星雷光龍衣の羽織がはためくが、その音も暴風のせいで聞こえやしない。
(クッソ……流石に戦い難いな!)
空羅とて、出来るだけ揺れないように飛空挺を操ってはいる。だがいくら細心の注意を払っていても、風の吹き荒れる超上空で攻撃を仕掛けられてしまえば"揺れない操縦"などは不可能だった。
カクン! とリョウヤの視界からファフニールが真下へと姿を消す。
煩わしそうに舌打ちをしながらも、自分とは反対側、船尾から見て左側へと振り返る。
(いない!? まさか正面に――)
リョウヤが慌てて飛空挺正面へと視線を動かす。
瞬間、先ほど急降下する動きを見せたファフニールが巻き戻されたかのように舞い上がった。
フェイント――!
操舵室から様子を窺っていたラナンとリオンは息を飲んだが、その不意打ちはレイによって阻まれことになる。
光を纏った弾丸と化したレイが、腕を振りかぶったファフニールの横腹に突進したのだ。
「サンキュー、相棒」
リョウヤが一人で直接ファフニールの相手をしている間、レイは周囲を飛び回っていた。それはリョウヤを中心とした飛行で、視界には常にファフニールが入る飛行ルートだった。理由は勿論リョウヤのサポートをする為だ。
レイが"自分に何があっても対応ができる距離感"を保っていた、そのことを理解していたからこそリョウヤはファフニールが視界から消えても然程動じなかったのだ。
攻撃スキルを発動しながらのレイの突進ではあったが、ファフニールは僅かに体勢を崩しただけでダメージが入った様子はない。
進化状態ではないランクⅠのレイでは大したダメージを与えられないらしい。とは言えその辺りはゲームでも同じなので、驚くようなことでもない。
ラナンやリオンはともかく、リョウヤからすれば想像の範疇だ。
(それより……何かが引っ掛かる)
表面上だけ破損し始めた揺れる飛空挺の上で、リョウヤは体勢を立て直したファフニールを睨んだ。
そして気が付く。
柵や床の木材が砕けているのは自分の周囲だけで、操舵室から船頭にかけてはほぼ無傷に見える。
ラナンは狙われていない――口ではそう言っているが、実のところ狙われている筈なのだ。……にも関わらず、一貫して狙いはリョウヤからブレない。
(シナリオ通りなら狙われるのはラナン……あァそうか、やっぱりその認識は間違いか)
高速飛行しつつもファフニールの攻撃は止まらない。尤も空羅の操縦技術の賜物か、飛空挺に触れること自体は難しいようだ。
リョウヤの抵抗もあってか当人を殺すことも、飛空挺を破壊するこも叶わない――それが理解できたのか、ファフニールは不意に静止した。
急な停止行動を見て、ラナンは「諦めた!?」と無意識に胸を撫で下ろす。
「師しょ――」
操舵室の扉を開けて、声を上げたラナンの言葉は遮られた。
他の誰でもない、師匠によって、である。
「狙いは俺だ! 先に行ってろ!!」
ラナンの目に入ったのは自分を指さして怒鳴ったリョウヤと、離れた位置のファフニールが顎に紫炎を集めた光景だった。
直後、リョウヤは飛空挺から飛び降りた。
それを追ってレイが光を纏って降下する。
ラナンが大きく目を見開いた。
「し、っ――師匠おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ラナンの悲痛な叫びが響くが、それを打ち消すかのようにファフニールから閃光が放たれる。
狙いは飛空挺の遥か下だった。
つまりファフニールの狙いがリョウヤの言葉通りなのが証明された――のが、既に三日前の出来事だ。
爆音と爆風、立ち上った水柱から成る雨、揺らめく紫炎の輝き、それらは容赦なく飛空挺を押し飛ばした。
操舵室から飛び出そうとしていたラナンは、勢いよく室内の空羅が座る椅子に叩き付けられる。その衝撃で意識を失ってしまい、目覚めると小屋の中だった……というのはある意味で幸福だった。
あの状況下で取り乱してしまえば、それこそどうなっていたか分からないからだ。
現に小屋で意識を取り戻したラナンの動揺は相当なもので、鞍馬の「竜がいた以上、一日は空けないと危険」という忠告という名の静止すら力尽くで抜けようとした程だった。
尤もその暴走とも言える行為は、鞍馬によって力付くで止められている。
腹部に一撃、痕に残らなければ後遺症も出ない、けれども確かに意識を刈り取る鮮やかな一発だった。
容赦がない、と呆れた空羅だったが「ならお前にやれたかい?」と挑発されると反応に困る。いや、技術的にはやれる。やれるのだ。
ただ――空羅はラナンと出会ったばかりではあるが、それでもあのように叫かれるとは想像していなかったのだ。
(あれではまるで……いや、邪推はよそう。敬愛する師がいなくなったのだ)
無理もないことだ、と空羅は思考を切る。
夜が明けて意識を取り戻した時には、ラナンも落ち着きを取り戻していた。逆に言えば半日も意識を失うだけの心労が溜まってしまっていたということにもなる。
イスタンダート大陸に到着した翌日からリョウヤの捜索をしていた。空羅は飛空挺を最低限修復し、ラナンも同乗して。鞍馬は両翼を駆使した捜索だ。
結局、リョウヤ自身は勿論レイも見つかることがなかった。
だがラナンも、一つの結論に行き着いた。
「それじゃあ、いってきます!」
山小屋の前で宣言したラナンは笑顔を浮かべることが出来ていた。
「ああ、捜索はこちらで続けておく」
「安心して行っておいで」
大きくを頭を下げたラナンとリオン。
後者が前者の腕輪へと収まると、空羅と鞍馬に背を向けて歩き始める。
その後ろ姿が見えなくなった頃、空羅が口を開いた。
「姉者、何かしたのか?」
「あん? そりゃこの急な出発のことかい?」
見た目はそこまで似通っていないが、それでも姉弟だ。
言わんとしていることを察した鞍馬の問いかけに、無言で頷いた空羅。
昨日まで深刻な表情でリョウヤを探すことを優先していたラナンが、今朝になって旅立ちを決めていた。その心境の変化に、空羅は姉が関わっていないと思えなかったのだ。
「ちょいと発破かけただけさ」
大きく胸元が開く開放的な着物の鞍馬は得意げに笑みを浮かべる。
たった数日とはいえ姉貴分として可愛がったラナンの旅立ち、そのきっかけとなったのであろう一言は「お前さんの師が、死んじまったと思うのかい?」だった。それを思い、鞍馬は会ったこともないリョウヤに思いを馳せる。
――とっとと弟子に顔見せて安心させてやれ、と。
同時に「うーん、歳かねぇ……まさか子供だからとは言え、人間にあそこまで肩入れするなんて」と、自分らしくなさに自虐の笑みを浮かべる。
「それじゃあ今日も捜索と行こうか!」
「それは賛成だが……飛ぶのならせめて服は替えてくれ」
気合いを入れるかのように黒い両翼ははためかす鞍馬に、空羅は溜め息を一つ零す。着物で飛んでしまえば下から丸見えなのだ。鞍馬の場合は着崩して、帯を弛めていることもあって余計に。
海上で覗く者がいるかどうかは置いておき「はしたないぞ」と注意はしておく。
基本的に面倒見が良い鞍馬だ。
空羅にしてみれば紅も自分も気に入ったラナンを、彼女が気に入るのは必然だった。それはリョウヤを気に入るということでもある。そういった意味でも、姉とリョウヤを会わせてみたいと思う。
――無事、なのだろうな。
そんな予感が空羅にはあり、だからこそ捜索を続けることが無意味だとは思っていない。
ラナンがリョウヤに抱く信用と信頼、それとはまた違う。
それは直接会って、話して、その力を感じ取ったが故の信頼だった。
空羅と鞍馬が飛び去ったのは海側。
その真逆へとラナンが歩き出してから早五時間。既に山は下り終え、整備された森の道を黙々と進んでいた。
「――せいッ!」
狼型の魔物三体から仕掛けられた三方向同時攻撃を、ラナンは両手に持った剣を持って斬り伏せた。
ツインテールと双剣で、まるで四本の剣で舞ったかのような少女は「ふぅ」と息を吐く。
辺りには他にも十数頭の狼の骸が転がっている。
群れ丸々一つを相手にすることになってしまったようなのだが、今までの経験もあってか得に労せずに勝利を治めることができた。
「……ッ!?」
パチパチパチ……と、小さな拍手が響く。
人気を一切感じていなかった緑の中での不意打ちに、ラナンは勢いよく音のする方へと振り返った。
「ああ、驚かせてしまったかな?」
白い髪を揺らす浮き世離れした雰囲気を纏った少年が、いつの間にか立っていた。
物腰柔らかに「ごめんよ」と謝罪した少年は、茂った草をかき分けてラナンの近くまで歩み寄る。
何か用だろうか? そうラナンが尋ねるより先に少年が口を開く。
「キミ、カイナという名前を知っているかい?」
近くにまで来てラナンは気が付いたが、目の前の少年はちょうどリョウヤと同じ位の身長で、年齢も同世代に見えた。
前髪は目元まで伸びていて、白い髪が赤い目を際立たせている。
顔立ちも整い、どこか気品すら感じさせる少年からの問いかけに、ラナンは記憶を遡る。
「カイナ……。……ごめんなさい、記憶にないです」
「そう? キミの戦い方、彼に似てたからてっきり何か関係あると思ったんだけどな……」
穏やかな声音で少年はそう言うが、ラナンからしてみれば自分の師匠はリョウヤという名前だと言う他ない。
「キミ、冒険者かな?」
「あ、はい。貴方は……随分と軽装ですけど……」
一見最低限の防具しか着けていないラナンではあるが、服の素材自体は特殊で火炎を防ぐ耐熱効果が付与されているし、アンダーウェアは防刃仕様だ。本人に自覚はないが、龍の加護にも守られている。
少年はアルマから貰ったマントと似た物を纏っているが、隙間から覗くフワフワとした小綺麗な服は見るからに日常で着る普通の物だ。
「ただの旅人だよ。今は休息しがてら、仲間を待っているところなんだ」
一人旅ではないから余裕のある格好なのか、とラナンは納得した。
もしかしたら少年達は旅団で、共に行動すれば安全が増すかもしれない。が、ラナンは特に話題を振ることはなかった。
「もしカイナという名前で、ボクと同じ位の歳の男にあったら伝えてほしい」
ルシアがキミを探している、と――。
面白可笑しそうに、けれども真剣な、それでいて拒否は許さない力強さで告げられたお願いは、最早命令に近かった。
僅かにムッとしたラナンではあるが、それくらいならと頷いておく。
「じゃあもしリョウヤっていう名前で、貴方と同じ年の頃の男の子に会ったら、ラナンは王都で待っているって伝えてください」
先の少年とは対照的に、ラナンのそれはお願いの範疇に収まる。交換条件と言っては大げさな本当にささやかな提案だ。
「――――」
一瞬、呆けた少年。
「彼とは違う意味で面白いね、キミ」
ずっと浮かべていた薄笑いが消え、目が細められた少年に見つめられたラナンは反射的に一歩後退る。
本能的な後退だった。
ただなんとなく嫌な感じがして、リョウヤのことを頼んだのは失敗だったかと思ってしまう。
けれどその嫌な雰囲気も次には消え去り、笑みを浮かべて「分かった」と少年は頷いた。
(気のせい……?)
少年が言葉を続けたこともあり、ラナンは今の悪寒をそう片付ける。
「ギブアンドテイクというやつだ」
ラナンは何が面白いのか分からないが、少年にとっては面白いことらしい。
面白いと言うより興味深い、或いは新鮮さを感じているのもかもしれない。仮に少年が裕福な家庭に生まれ、高い権力を持っていたのなら、一方的な頼みをする経験はあっても逆はなかっただろう。寧ろそう考えた方が納得できる。
「それじゃあカイナに会ったらよろしくね。ボクもリョウヤという名前には気を配っておくよ」
ずっと浮かべていた薄笑いのまま少年は言うと、出会った時と同じ茂みへと戻っていく。
幽霊のようにスゥーッと森の奥へと溶けていった少年を見送り、呆けていたラナンの足をいつの間にか出ていたリオンがつつく。
「あ、リオン。ルシアさん……何か不思議な人だったね」
ヒョイッとリオンを抱き上げたラナンだったが、リオンはそれを振り解いて宙へと留まる。
「リオン? って痛い! 痛いよ!?」
リオンは不意にラナンの金髪のテールを引っ張ったのだ。
少年――ルシアが向かったのとは真逆の、地図上は王都のある方角だ。
「もー! ちゃんと分かってるよ?」
若干、涙目になりつつもラナンは顔を上げる。
行くべき場所も、方角も把握している。
今度は船を間違えるようなミスはしないようにと、入念に確認をしているのだ。
ようっし! と気合いを入れて、一歩を踏み出した。
活動報告ではお知らせ済みですが、暇を見て投稿済みの話を推敲しています。
D-III.プロローグ③以降の話で変わったのはサブタイトルのローマ数字のみですが、今後変化していくと思います。
ただ、話に大きな変化はありません。
誤字脱字などがあれば、ご報告いただければありがたいです。




