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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第二章
15/28

D-XV.別離①/空襲

今年もよろしくお願いします。

 ホクスカイトで空が荒れていると聞いていたにも関わらず、全くそれを感じないのは飛空挺の周囲に不可視の防護膜が貼られているから……といった飛空挺の話をしているうちに、日が暮れてしまった。

 景色を見ているだけでも充分に時間が潰せるのだが、それだけでは時間が勿体ない。

 故にリョウヤはラナンに知識を伝えたし、ラナンも換装魔法を練習することができた。

 周りは空という状況下では開けているので、襲われる心配がほぼない。そんな安全で安心な空の旅だからこそ、周囲に気を配る必要も無かった。そういった心に余裕のある時間は貴重なのだ。


 贈り物の件でリョウヤに褒め殺されたラナンではあるが、講義や鍛錬となれば意識の切り替えをしなくてはならない。これに関しては、寧ろ羞恥心を忘れるのに一役買ってくれた。恥ずかしさを払拭するほどの集中だったので、いつもより調子が良かった気がする……とはラナン談。

 意識の切り替え。一瞬前まで巫山戯ていても、次の瞬間すぐに集中できる。スイッチのオンオフを切り替えるようなそれは、ある種のスキルと言えるだろう。無論ゲームとは関係のない技術的な話だ。

 リョウヤの場合はゲームの戦闘時だけでなく、学校の授業でも意識的に切り替えていた。授業の内容は、その授業中に憶えてしまうタイプである。理由? ゲームの時間を少しでも長く確保するため……とはリョウヤ談。


「……冷えるな」


 操舵室の窓から漏れる薄明かりを受けながら、リョウヤは飛空挺側面の柵から前方へと首だけ傾けた。

 風は大人しいが、高度もあって気温は低い。ついつい呟くと、レイがいつも通りに頭にのし掛かる。僅かに、だが確実に温かみが増す。代わりにと言うべきか。レイの腕である片翼でリョウヤの視界が遮られたので、「分かっててやってるだろ」と妙な笑みが零れる。

 首を正面に戻し、視線だけで前方を見やった。

 ヘッドホンのようにレイの翼で両耳が包まれて、心地良い暖かさを感じられる。

 星の一つも見えない真っ暗な夜空の下を真っ直ぐに進んでいる。

 飛空挺にも前照灯(ヘッドライト)は付いているが、夜間の飛行時は照らさない事の方が多い。竜や魔物の存在する世界だ。変に意識を向けられた場合、文字通り的になってしまう可能性が上がるからだ。

 尤も、夜間に夜行性の敵性存在に目を付けられた時点でどうしようもないとも言える。


 アルマから貰ったマントを出そうか、と迷い始めたリョウヤ。その耳に扉が開閉した音が届く。船内の居住空間へと続く階段……の奥の扉だ。すぐに階段を上る音も聞こえ始めた。

 音が止むと同時に、床に設けられた階段からラナンとリオンが顔を覗かせた。

 両手で持ったトレイにマグカップが三つ乗っており、湯気が立ち上っている。飛空挺の居住スペースに置かれた設備を使ったようだ。

 和やかに操舵室へと入って行ったラナンとリオンは、空羅にマグカップを手渡している。その様子を窓の外から眺めるリョウヤとレイ。


「――はい、ココア」


「どーも」


 五分もしないうちに操舵室から出てきたラナンは、マグカップの一方をリョウヤへ渡し、残った一方を自分で手に取る。

 換装魔法でパッと消えるトレイ。


「多分ちょうど良い温度だと思うんだけど……」


「重ねてドーモ……」


 当たり前の様に猫舌に気を遣われている、しかも大丈夫な温度と駄目な温度も把握されている。とは言えリョウヤも「そろそろそこまで気を回されそうだ」とは思っていた。

 口元にカップを持っていき、躊躇いがちに口に含む。

 ――ちょうど良い温度だ。言葉にこそ出さないが、普通にココアを飲むその様子が物語っている。そんなリョウヤを見て、ラナンは小さく笑みを浮かべる。


「明日の昼にはイスタンダート大陸に着くんだねぇ……」


 ココアで両手を温めつつ、しみじみとラナンが呟く。


「一ヶ月遅れだな」


「う……も、もう! そういうこと言わないでよ!」


 ラナンの乗る船を間違えたという話を蒸し返し、くつくつ笑うリョウヤ。当の本人からしたら恥ずかしいだけの話なので、頬を僅かに赤らめてしまう。


「……」


 口にして、リョウヤはふと思った。

 一ヶ月である。

 余り考えないようにしていたことだが、エデンに流れ着いてもうすぐ三十日になる。

 どれだけ控えめに考えても事件になっている。

 海外で活動している父にも連絡がいっているだろう。尤もリョウヤ的に問題なのは母の方だ。

 教育に関しては厳しめな女性だが、息子(リョウヤ)の目から見ても過保護な面があった。


(大事になってなけりゃ良いけど……)


 いや、そもそも二つの世界の時間の流れは同じなのか?

 ゲームのメニュー画面は未だに開けるのだが、その左下に表示されている時刻は変化している様子がなかった。

 いつ何時(なんどき)に確認してみても二十四時二十三分で固定だ。

 都合良く考えると、エデンにいる間は元いた世界での時間は止まっている、或いは進みが目に見えない程に遅い。だがメニューの時間に意味がなく、同じ早さで進んでいた場合――


(――いや、それでも現時点ではマシか)


 最悪なのは、エデンでの時間の進みの方が早かった場合である。

 浦島太郎と同じ運命を辿るのはごめんだった。

 浦島太郎の物語もいくつか種類があり、中には浦島太郎が神となり姫と共に夫婦神として祭られる――という物があったのを思い出しながらも、リョウヤは少し陰鬱な気分になる。

 しかし、この疑問も考えたところで答えの出ない問いかけだ。


「師匠?」


「ん? あァいや……一ヶ月経つのかと思うとな」


 陰鬱とした気持ちを覆い隠して、リョウヤは微笑んでフッと息を吐いた。


「あー、色んな人に会ったもんねぇ」


 ラナンが「イーストジーハで私達は出会って、ママにマコちゃん……」とマグカップを持たない右手の指を折っていく。

 勿論、互いの認識は異なっている。

 もう一ヶ月と、まだ一ヶ月、だ。

 そのことをリョウヤは指摘せず、なんとも言えない表情を浮かべる。複雑さを孕んだ曖昧な笑みで息を吐いた師の顔は、口元にカップを持っていくと同時に隠された。真横に並んで正面を向いているラナンを横目で見ると、リョウヤの方を見ていた様子はない。


「みんな元気にしてるかなぁ……」


「元気にしてない姿が想像できる奴の方が少ない気がする」


「あー、そういうこと言ったらダメだよ?」


 リョウヤが冗談交じりで言っているのは明白だったので、ラナンの注意する声は柔らかい。

 はいはい、と適当な返しをするリョウヤが言葉を続けようとした時、レイが勢いよく飛空挺の後方へと首を向けた。それに遅れてリオンも、全く同じ方向へと視線を向ける。

 明らかに不自然な挙動だが、リョウヤとラナンが後方を見ても暗闇が広がっているだけだ。


 なんだろう? と首を傾げるラナンの横で、リョウヤはある物を持っていることを思い出した。

 KOD(ゲーム)を普通にプレイしているのでは余り使い道がないが、現実(リアル)に旅をするのならば便利かもしれない――そう考え、ホクスカイトの町で買っていた物を換装魔法で手元に取り出す。

 単眼鏡である。

 大きさこそ片手サイズではあるが、見た目とは裏腹に遠くまで見ることが出来る物を選んで購入していた。

 船尾までは行かず、その場で単眼鏡を覗き込むリョウヤ。利き腕も利き目も右なので、右手で持って右目で見る。

 この手のスコープは両目共開いていた方が顔の筋肉に余計な負担が掛からない、という話を聞いたことがあったので左目は閉じないことにする。

 ザッと辺りを見渡してみても、暗いだけで何も映らない。

 それを察したレイは頭に乗ったまま片翼を器用に動かし、単眼鏡を少しばかり上へと修正した。


「雲……の上に何かいるのか?」


 そこからのリョウヤの行動は速かった。

 空羅のいる操舵室へと駆け込んだのだ。


「後ろから尾行されてる(つけられてる)ぞ!」


 慌ててリョウヤの背に追いついたラナンが聞いたのは、確信に満ちている声だった。自然と「え?」と唇から零れる。


「何?」


 ラナンとて尾行されている可能性には行き当たっていた。けれども、リョウヤのように断言することは出来なかった。

 疑問に思ったのは空羅も同じだが、訝しげな返答の言葉には「どういうことだ?」という意味も含まれている。それを感じ取ったリョウヤは言葉を続けた。


「相ぼ……レイとリオンが揃って反応していた。加えて、この高度だ。追い掛けてきているのは――」


「――竜」


 呆然とラナンが呟く。


「成る程、星の抗体が敏感に感じ取ったというわけか。未だに視認はできな……ああいや、できたな」


 首だけ回して後ろを覗いた空羅の発言に、今度はリョウヤが驚かされる番だった。

 ラナンと共に振り返るが、硝子窓の向こうには真っ暗な夜景が広がっているだけだった。


「その、相手の特徴は……?」


「ふむ……夜の闇に紛れている、故に大まかな色は黒。大きさは、この船と同程度だろうか」


 ラナンの声音が震えていることに気が付きつつも、空羅は淡々と答える。

 中型の黒竜で、その体には紫色のラインが怪しく伸びており、瞳は赤く輝いている。

 夜目が利き視力もある亜人とは違い、リョウヤは単眼鏡でどうにか姿を確認することが出来た。


「あァ――」


 ファフニール――そう確信した。

 紫のラインが入っていないのが第一段階"黒竜ファフニール"なのだが、その姿は変化していく。

 紫のラインが入っているのは第二段階で、個体名称は"邪竜ファフニール"だ。

 厄介なのは第三段階からなので、幸いというべきだろう。

 尤もそれも、今いる場所が遥か上空でなければ――だが。


「ど、どうしよう……」


 自分を追ってきたんだ、とラナンは頭が真っ白になる。

 一度目は偶然にも視察に来ていた騎士と協力して、どうにか追い払えた。次も、師匠がいてくれたらどうにかなる――そう思っていた。

 思っていたのに、体が硬直してしまう。

 砂漠で蠍と蜘蛛の交雑種と戦った時とは決定的に違う。もっと根本に植え込まれてしまった恐怖は、乗り越えたつもりだったのに、乗り越えられていなかった。


「空羅! 船のスピードは?」


「たった今、ほぼ最高速にまで上げた」


「近くに島は?」


「大きさを選ばなければ五分前後だろう」


 つまり、あと約五分あれば足場の良い場所で戦闘をすることが可能ということだ。ならば重要なことは一つである。


「五分、追いつかれないで済むか?」


「……。厳しいだろうな」


 迷うこと無く続いていた問答で、初めて空羅が返答を渋った。ほんの僅かな時間、一秒にも満たない返答の遅れに、リョウヤは「そっか」と軽い調子で呟く。


「まァそう上手いこといかないよな」


 次いで紡がれた言葉には、悲壮や恐怖は混じっていない――ようにラナンと空羅には思えた。事実、一度深く溜め息を吐いたリョウヤの態度は「面倒くさい」と言っているようにしか見えない。


「あまり得意じゃないんだけどな、限られた空間での戦いは」


 多種類の武器を扱うが、その前提にあるのは速さを生かした戦いだ。

 飛空挺の上という充分な広さがない且つ不安定な足場での戦いでは、その力を発揮するのは難しい。

 KODにおける自分の得意不得意を自覚しているリョウヤが、ついついぼやいてしまうのも無理はなかった。


「戦うのか」


「それしかないだろ」


 空羅の問いかけの答えは当たり前だった。

 逃げ道のない上空、追ってくる黒竜。

 飛行中を無抵抗で終えるか、抵抗を諦めないか。

 この状況では選択肢は一つしかない。


「勝率は?」


「とりあえず陸地にさえ行ければ……まァなんとかなる思う」


 上でどうこう出来るのに越したことはなないけど、と付け足すリョウヤ。

 竜からの攻撃を避けると、必然的に飛空挺は揺れる。当たっても揺れる。戦う場としては悪環境と言わざるを得ない。

 そんな場で戦った場合でも、撃退の可能性は僅かにはあるのだろう。しかし当然だが、その可能性は陸地と比べて低い。

 また飛空挺そのものを落とされてしまえば元も子もない。

 つまり、生き残りたいのならば飛行中の竜からの攻撃を凌ぎ切ら無くてはならないのだ。


「了解した、ならばそちらの対応は任せる」


 最善だと空羅がリョウヤに賛同した時、ラナンが意を決したように「あのっ!」と声を上げた。


「い、いま追われてるの……多分、私だと……思う」


 顔を青白くしたラナンの、勇気を振り絞った行動だった。

 お前のせいで! と故郷で糾弾されたことは、少女の心に大きな影を落としていたのだ。黒竜に襲われたことも含めて、最早トラウマになったと言っても過言ではない出来事だった。

 それでも原因が自分にあるのならば隠すわけにはいかないと、恐怖を押し殺して口にした言葉に対する二人の反応は、


「「そうか」」


 非常に緩い物だった。空羅は出会った時から表情にほとんど変化がないが、その返答の意味がリョウヤと同じならば、それは「それがどうした?」と言うことだ。

 ラナンに空羅の顔色は分からなくても、リョウヤの方ならば分かる。

 精一杯の勇気に対する反応がこれでは、さしものラナンの肩の力も抜けかける。


「そ、そうかって……」


 もっとこう何か言いたいことはあるのでは?

 ラナンにしてみれば、この状況は自分のせいだ。

 言われる内容によっては傷付くが、下手をすれば死にかねない状況なのだ。文句の一つや二つ、出るだろうと思う。


「いやまァ、俺はその話知ってたしな」


「姉御からの手紙にも書いてあったな」


 ラナンから黒竜についての相談を受けた紅の意見は、竜が特定の何かを標的に決めて追い回すのは稀だというものだった。

 種類が多いだけに、そういった蛇のような特性を持った個体もいるのだろう。が、今の時代は竜についても多くが分かっている。


「少なくとも私が知る執拗な性格な竜に、あの黒竜は含まれていない」


 そら古代種だからな、とリョウヤは心中でツッコむ。

 いくら長寿な亜人でも、千年以上前に暴れていた竜を知ることはできないだろう。

 KODの設定の話にはなるが、ゲーム本編が開始するのがAW(アフターウォー)三千年。文字通り戦後三千年が経過した時代だ。

 エデンに住む者達対竜の戦争は千年に渡って続いたので、付いた名前が千年戦争。

 ファフニールが討たれたのは戦争終盤の筈なので、実に三千から四千年前が主な活動期間なのだ。


「まっ、そういうことだ」


 ぐしゃりとラナンの乱雑に撫でたリョウヤは気にするなと微笑み、操舵室から真っ直ぐに出て行く。扉を開けた時に「ラナンは待期な」と告げるのを忘れない。

 あ、と余りにもか細い声を零したラナンは動けなかった。

 リオンが不安げに小さく鳴く。


(すぐに追い掛けられなかった……)


 師匠が迷い無く戦いの場へと向かったのに……! 

 それがまた、ラナンの心に闇を落とす。


「そう気落ちするな」


 歯を軋ませたラナンに、空羅の淀みのない言葉が届く。


「お前は充分に勇気をみせた」


 黒竜に追われているのは自分かもしれない、という自白。それが真実か虚実かはともかく、誰にでも出来る選択ではない。


「……私は弟子なのに……」


「弟子を戦わせることでしか成長させられない師など、高が知れている」


 その点、と空羅は外のリョウヤに一瞬だけ目線を配る。


「彼は優秀なようだ。きちんと弟子のことを見、成長を促している」


 でも、とラナンは言えなかった。

 してしまえば、それはリョウヤが優秀ではないと言うのと同義だったからだ。


「なに、戦うことが全てではない。時には師を見守るのも良いだろう」


「師を……見る……」


 言葉に釣られるように、顔を動かす。

 相変わらず暗く、恐らくは冷たい空気を感じ取っているリョウヤが視界に映る。黒竜を相手にしても状況次第で勝てると言った師匠の背中だ。

 ラナンはただ、黙ってそれを見つめる。

 視線の先、既に船尾に辿り着いていたリョウヤの目には、闇の中に赤い二つの点が見えるようになっていた。


(速い速い、こりゃすぐに追いつかれるな)


 点の正体は黒竜の二つの瞳だろう。

 少し話している間に、随分と距離が近くなってしまったようだ。

 手の平をグーパーと閉じる開くを繰り返すリョウヤ。

 ――問題なく動く、なら普段通りにやれば大丈夫だ。

 不安を感じる自身にそう言い聞かせた後、先ほどの軽率な行動を悔やむ。

 何を格好付けて、ラナンが戦わなくて済むようにしているのだと。戦える人員が二人しかいないというのに、うち一人を待期などと、ファフニールを馬鹿にしている。

 本音を言ってしまえば明らかに震えている女の子を、その要因と戦わせることが出来なかっただけだった。が、それをラナンというキーパーソンを危険に晒すのは得策ではないと言い訳で誤魔化す。


「っと?」


 冴えない表情のリョウヤに気が付いたのか、レイが頭から離れて勢いよく翼を広げて柵に降り立った。

 何を不安に思っているんだ、一つも問題はない――レイの言わんとしていることを、長年の付き合いと勘から理解したリョウヤは「そうだな」と呟く。


「何も問題はないな、俺と相棒なら」


 くはっ、と吹き出すリョウヤ。

 気を遣わせてしまったことに対する罪悪感とは、比べものにならない頼もしさを小さな龍は放っている。


「やるぜ、相棒」


「キュイ!」


 リョウヤの拳と、レイの拳代わりの片翼がぶつかり合った。

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