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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第一章
12/28

D-XII.北の空①/ホクスカイト

 ウェスタンダート大陸の気候は全体的に過ごしやすい。

 砂漠地帯は乾燥しているし気温も高いのだが、大陸自体が温かくなる位置に存在しているのだ。

 そんな環境のこともあり、大陸の北側で最も賑わっている町――ホクスカイトも、少し肌寒い日があるだけで、基本的には温かい町だ。

 ただ日が沈み始めた夕刻になると、北の町ということで冷え始めるので半袖半ズボンは好ましくない。


「うわー、結構大きい町なんだねぇ……」


 ラナンはしみじみと呟き、肌寒い風にブルッと体を震わせた。


「今日はサッサと宿とって休むか」


 ラナンの服装は下がショートパンツ。上は数枚着込んでいるのだが、それらは全てが半袖だ。指ぬきグローブもしているが、防寒目的ではない。砂漠では履いていた紫外線カットのタイツも既に脱いでいる。

 対してリョウヤは長袖長ズボンと言える格好だ。その上、今はアルマに貰ったマントも纏っている。気温が下がっているのは感じるが、寒いとは思わない。

 ラナンの様子に小さく笑ったリョウヤが提案すると、素直に「はーい」と返ってくる。


 二人は目的地であるホクスカイトに辿り着いたばかりだった。

 砂漠を抜けてから五日が経過している。

 紅と一寸の二人とは、今朝別れたばかりだ。

 亜人達は更に北に上がる予定らしいのだが、わざわざ遠回りで地下の道を案内してくれた。おかげでリョウヤとラナンは大助かりだった。

 地下は足下がしっかりとしているので歩きやすく、龍穴の影響を受けた輝く石は砂漠周辺にしかなかったが、明かりになる物は用意していたので光にも困らない。魔物の数も地上に比べて圧倒的に少ない。

 歩き易く戦闘が少ない、ということはそれだけ速く進めるということだった。


「ダブルの一部屋しか残ってない?」


 宿屋に辿り着いた頃には日も沈みかけていた。遅すぎたということだろう。ほぼ満室だとカウンターの向こうの女性に言われ、リョウヤは少し悩む。

 自分は男で、同室になるのは女。日本の男子高校生だった身としては、それが許されるのだろうかと思うのだ。勿論リョウヤ自身に、ラナンをどうこうする気はない。


「あ、別に気にしないよ?」


 僅かな間で、リョウヤが何を迷ったのか理解したラナンは後ろから声をかける。

 そうか? と問われ「うん」と返す。

 リョウヤも言われてみれば今更な気もしないこともない。

 じゃあそれで、とダブルの一室を借りることにした。

 部屋の場所を教えられ鍵を受け取ったリョウヤは歩き出し、ラナンはそれに追従する。そんな様子を見ていた従業員達は「兄妹?」「いとこ?」「恋人?」と噂話に花を咲かせるが、当人達には知り得なかった。


 泊まれた部屋はベッドが二つと、テーブルと椅子のセットが一つだけの小さな部屋だった。

 窓は一つ。出入り口も一つ。出入り口付近に扉が一つ。それだけのシンプルな部屋だが、出入り口付近の扉の向こうはユニットバスだ。

 ユニットバスはトイレ、洗面台、バスタブの所謂"三点ユニット"で構成されている。ちなみに食堂は一階だ。

 泊まるだけが目的なら充分過ぎる一室と言える。


「――ん?」


 シャワーを浴びたリョウヤが湿った髪のまま浴室から出ると、ラナンはベッドの上でスヤスヤと寝息を立てていた。

 久しく着ていない赤い寝間着のラナンと、寄り添うリオン。

 掛け布団は半分程で折られており、ラナンの足はその上に乗ってしまっている。起こさないようにと細心の注意を払い、足から掛け布団を抜き取って体に掛けてやったリョウヤは、自分が使うベッドで楽にしているレイに声をかけた。


「ちょっと出て来る」


 リョウヤの言葉にレイは小さく一鳴きしたが、それに反応してリオンが顔を上げた。

 リュイ? と鳴き、流星雷光龍衣……つまり外出着を纏っているリョウヤを不思議そうに見るリオン。今の一鳴きが「出かけるの?」と言う意味なのは分かりやすかった。


「少し出てくる……すぐに戻るだろうけど、留守は頼むな」


 元気な鳴き声を上げたリオンは、「う……ん……」と寝返りをうったラナンにビクリと体を震わせた。眠りに落ちた少女が起きる様子はなく、安心した様子を見せたリオンを見て、リョウヤは微笑む。

 テーブルに置かれた時計が示す時間は十九時前。

 部屋に来てすぐにシャワーを浴びたのだが、後に入ったリョウヤを待ちきれずに眠ってしまったということは、ラナンもかなり疲れが溜まっていたということだ。


(先に宿で正解だったな)


 レイとリオンの為に受け皿に食事と水を入れながらリョウヤは思う。

 夕食も食べずに眠ってしまう位に疲れていたラナンだが、もし起きていたらきっと今も自分に着いて来ようとしていただろうと。

 リョウヤとしては、そこまで疲れているのなら休んでいて良いと言いたいのだが、当の本人がそれを良しとはしない。

 仲間が働いているのに、自分だけ休んではいられない――そんな性格だ。

 責任感が強いと言えるが、融通が利かないとも言える。 

 師弟関係となってからは、それはより顕著になってきている。

 師匠がこなしているのに、と言うのだ。

 それを見越しての行動だったが、どうやら功を成したらしい。


 夕食時で賑わう食堂を横目に、リョウヤは宿の外へと出て行く。

 シャワーを浴びたばかりの体には冷たすぎる気温に、思い出したようにマント羽織ることにする。

 ホクスカイトの街並みは理解している。

 情報を集めるのならば酒場や食堂が人が多く集う場所がベスト、それはいつの時代どこの世界でも変わらないだろう。

 そういう意味でなら、先の食堂も適している。

 それをしなかったのは、飛空挺の問題を解決しておきたかったからだ。

 もしもの時の打開策は既にあるが、当初の目的を果たそうというわけだ。


 空を飛ぶ船は飛行船タイプと船舶タイプの二種類があり、前者は谷に、後者は湖に、それぞれ乗り場がある。

 券売機は存在しておらず、販売所で直々に購入という形になる。

 リョウヤはそこに真っ直ぐに向かい、辿り着き、硬直した。

 人が多かったわけではない。寧ろ時間帯のおかげで疎らだった。

 販売時間外だった――わけでもない。


「どうしますか?」


 明日の便の確認をしたリョウヤに、販売所でカウンターの向こう側にいる女性は苦笑いで尋ねた。

 飛空挺は最低一ヶ月の飛行停止。仮に一ヶ月で飛行が再開しても、半年間は予約が埋まっている。それを伝えたが故の苦笑いだ。


「最短で七ヶ月……?」


「キャンセルなどで多少早くなることもありますが……」


 リョウヤとて予想はしていた。

 明日すぐに出立はできないかもしれいないと。

 その程度なら簡単に想像が付くが、まさか半年以上も乗れないとは思わなかった。思いたくなかった。

 え、なんでこんな足止め食うの? RPGにおいて"おつかい"で目的地を遠回りするなんてザラだろうけど! 海にしろ空にしろ三日ないし一日で着く距離間だぞ!? そう内心で悪態吐くリョウヤ。

 最早、なんらかの大きな意思が働いているとしか思えないのは大げさだろうか。

 深く深く溜め息を吐いたリョウヤを、どこか気の毒そうに見る販売員。


「……分かりました、ありがとうございました」


 予約もしないのか? と問われたリョウヤはこれを断り、販売所を後にする。


 周囲の噂話を聞いた限りでは、飛空挺の飛行停止の原因は暴風域の広がりと強化が関係しているらしい。

 要は空が危険なほど荒れている。

 飛空挺が有名で、その活動に力も入れているホクスカイトの町が停止にまで踏み切っている。ならば上層部は更に細かい調査をしているだろう。

 その過程で、竜の活動が関与していることに気が付いた。


(――のか?)


 深読みだろうかと思う。

 そもそもウェスタンダート大陸はKDOのメインストーリーに関わっていない。KODO(オンラインゲーム)内にKODE(オフラインゲーム)の要素は断片的にしかないのだ。それを発見していくのも一つの楽しみではあるのだが、それは終わりの見えない遊び要素だ。何せ数が多く、正解不正解も分からない。

 要は「あ! もしかしてこれアレじゃね!?」と思うだけだ。仲間内で答え合わせをしてワイワイ盛り上がるという楽しみ方もあるが、ゲーム本来の楽しみ方からは少し外れている。

 そんなこともあり、ウェスタンダート大陸関係のシナリオの関与は多くが判明していない。

 明白なのは、空も海も荒れる理由は竜ということだ。


 エデンに於ける龍は精霊と呼ばれる存在でもある。

 海を司る龍や、空を司る龍と言った具合だ。

 逆に竜とは自然を喰い荒らす存在で、エデンに元からいた存在ではない。

 竜の侵略を受けたエデンは龍が激減、絶滅したとすらされているというのが物語の過去の設定。


(天災の類の多くが竜……)


 飛空挺の停止も、竜による影響という説が有力だった。と言うかぶっちゃけ今リョウヤが考えた通りで、天災や災害イコール竜のせいと言っても可笑しくはない。尤もそれはゲームの話であり、極論でもある。現実であるのならば、単に自然災害の可能性もあるだろう。


 リョウヤからして見れば「このタイミングかよ!」と叫びたいものだったが、よくよく考えてみれば船の方も狙ったかのようなタイミングで欠航になっている。

 言うなれば"物語に突入する少し前"の時期で、運の悪いことに移動手段が使えなくなるタイミングが重なったのだろう。

 嫌になる。

 嫌になるが、まだ当てはある。

 正確には"できた"が正しいのだが、今はもういい、と疲れた様子を隠すことなくリョウヤは宿の部屋に戻る。

 木製の扉の金属製の鍵穴に鍵を刺し、捻る。

 ガチャリと音が立ち、レイとリオンが首を上げる。


「ただいま」


 ラナンは眠っているようだったので、小さい声でリョウヤは言う。

 レイとリオンから「キュキュイイ」「リュリュイイ」とおかえりを告げられたリョウヤは、部屋の鍵を掛け直し、ベッドに座り込もうとして――止まる。


「……ベッド、代わってないか?」


 廊下から入室すると狭く短い通路で、その脇に水回りが設置されている。

 扉に入ってすぐにベッドが一つだけ視認できるのだが、リョウヤが出て行く前のラナンはそのベッドで横になっていた筈だ。

 にも関わらず、今はそのベッドに姿は見えない。

 部屋の奥に進むと、やはりラナンは横のベッドに移っている。

 レイとリオンは空いているベッドに乗っていたのだが、体のシーツや毛布は多少雑ながらも整理したのであろう様子が窺えた。

 それはリョウヤの目から見ても微笑ましい。

 だが一体どういうことだ?

 その疑問に答えるには、少し時間が遡る。


「――あ、れ?」


 温まった体温と眠気でボーッとしつつも、ラナンはぼんやりと目を開けた。

 彼女の声に反応し、リオンが小さく鳴く。

 隣のベッドに誰もいない、それに気が付いたラナンは緩慢とした動きでベッドを移った。ボフッという音と共にスプリングが軋む。

 寝ぼけたままの脳が「師匠がいない」と警鐘を鳴らす。

 見捨てられた錯覚すら起こしかけたラナンの視界一杯に、灰色が飛び込んだ。


「わっ!」


 灰色の正体がグレイバードラゴンのレイだと気が付き、ラナンは安心したかのように息を吐いた。対してレイは「どうした?」とでも言うようにラナンの表情を飛びながら観察している。

 ラナンが不安そうだったのを感じ取ったリオンも、ラナンにピタリとくっついてしまっていた。

 あはは、と渇いた笑みを零すラナン。


「変な夢見て……不安になって、寂しくなっちゃったのかな」


 心配いらないと言うかのようにレイが鳴き、器用にベッドで跳ねる。その行為が「安心して眠ってなさい」と告げているのはラナンにも簡単に分かった。

 リオンをギュッと胸に抱いたラナンは、促されるままに横になる。

 不思議なことにスッと眠りに落ちてしまったのは、レイの動作がどことなくリョウヤに似ていたからだろうか。

 規則正しい寝息が聞こえ始め、リオンはラナンの胸からソッと抜け出す。ぐちゃぐちゃのままのベッドを整えなくてはならないと思ったからだ。

 何せラナンの慕う師匠が使うであろうベッドだ。自分も可愛がられている。せめて最低限の形にはしなくては、とリオンは考えた。レイからしたらリョウヤはそこまで気にしないと思うのだが、龍の先輩としてリオンを手伝っていたのだ。

 そこに帰って来たリョウヤ。

 鳴き声と少しの身振りで、なんとなくレイとリオンの伝えたいことを察したリョウヤは、これからは書き置きも用意しておいた方が良いのかと呟く。


「まァいい……もっ回シャワー浴びよっと」


 その後、言葉通りにシャワーを浴びたリョウヤ。

 寝間着になってベッドに倒れ込む。すると洗剤の香りとは別に、シャンプーとボディソープが混ざった女の子特有……少なくともリョウヤ単体では嗅いだことのない甘い香りに包まれ、僅かに自分の動悸が増したのを感じた。

 ラナンが眠っていた温もりすら残っていたのだから、それはそれで仕方がない。

 ただリョウヤ自身も疲れは溜まっていた。

 柔らかく暖かいベッドで横になるのも久しぶりだ。

 恥ずかしさを感じたのも数秒で、すぐに睡魔に敗北することになる。


 翌日、先に起きたのはラナンだった。

 ひどく申し訳なさそうだったのは、リョウヤにとっても予想通りだ。そのことを教え、自分がそうなるように仕向けたと笑うと、ラナンは驚き、頬を膨らませた。

 出かけるなら一緒に行きたかった、と。

 とは言え、それが優しさから来た行動なのはラナンとて理解していた。故にその表情は緩んでおり、言葉ほどの不満感は出ていなかった。のだが、起きた時にリョウヤがいなくなっていたのに気が付き、慌ててしまったのは本当なのだ。

 寧ろソチラの方が問題だった。


「あー……次からは気を付けるよ、うん」


 書き置きを残さなかったことに関しては、リョウヤも自分に落ち度があったかもしれないと思っていた。それでも残さなかったのはレイとリオンが残っていたからだし、ラナンは実際そのおかげで落ち着きを取り戻している。ただリョウヤはそこまでは知りようもないので「悪かった」と頬を掻いた。


 宿内の食堂で朝食を終えた二人は、部屋で食事をしてもらっていた龍達を腕輪に戻して町へと繰り出す。

 リョウヤは食事中に、飛空挺のチケット販売所で言われたことをラナンに伝えていたので、販売所に向かうことはない。


「紅さん達の言う通りになっちゃったね」


 既に活気がある街並みで、リョウヤに並びながらラナンは言う。その声が僅かに喜んでいるようにも聞こえるのは、辺りの景色や人達に興奮しているからだ。

 ラナンは故郷の島々(トマリージハスタ)から出たことがない。

 初めての旅なのだ。

 だからこそ、初めての町では気分が高揚してしまう。

 特にホクスカイトは飛空挺で飛ぶことは勿論、飛空挺の関連商品などでも沸き立つ、賑やかで人の多い町だ。

 人口数百のトマリージハスタ諸島とは比べものにならない。


「顔が広い上に気が利いて助かったよ、本当に」


 紅と一寸は揃って「飛空挺は無理かもしれない」と言っていた。当の二人は海路で失敗しているので妙な説得力があったのだが、見事にその予想は当たっていたわけだ。

 少なくともリョウヤとラナンがイーストジーハを出る時、飛空挺の停止という情報は回ってきていなかった。それもそのはず、砂漠に入る前日に飛行は停止となったのだ。

 それを予想していた紅はリョウヤ達に、ホクスカイトから山一つ挟んだ向こう側の山に行くように伝えていた。

 正確にはその山の山頂に行き、これを見せなさい――と。

 渡されたのは紹介状と言うべきだろう、一枚の封筒だった。


「個人的に持ってる人かな?」


 飛空挺を所持している人に対して紹介状を書いてくれた、というラナンの発想は至極当たり前である。


「飛空挺ってのは、特別な許可がない限りは個人での取得は禁止されてる」


 一つの商業として成り立っている飛空挺は、安全性なども考慮されて規制が進んでいるのだ。


「……じゃあ偉い人?」


 ラナンが首を傾げ、リョウヤは「寧ろ逆なんじゃないか」と呟く。

 え、とラナンは何とも言えない顔をした。

 逆……つまり無許可で勝手に飛空挺を所持して操縦しているということだ。でも確かにその方がしっくり来る、とラナンでも思う。

 わざわざ山頂に住んでいるのは、人気(ひとけ)がないからだろう。


「嫌そうな顔するなよ……俺も嫌になる」


「あはは……お酒と食料を持っていけって言うのも不安を煽るよね」


 やだやだ、と溜め息を吐くリョウヤ。

 お酒と食料というのは一寸からの助言だったが、紅も何も言わなかったので的外れというわけではなかったのだろう。

 お酒の方は値段的にも度数的にも出来るだけお高い物を選び、食料はツマミになりそうな物を多めに選出していく。

 ついでに自分達の水分や食料、生活必需品を見繕っているうちに昼を回ってしまった。

 適当なカフェテラスで昼食を摂っている時も、ラナンはあちらこちらと視線を泳がしている。

 何か気になるのか? とリョウヤが尋ねる。


「見たことない物が一杯で……」


 はにかむラナン。

 ホクスカイトは飛空挺の町なだけあり、それに模した料理も多い。それこそ飛行中の携帯食料から飛空挺の形のサンドウィッチなど多種だ。

 小さな飛空挺の玩具にしたって、売り場に出ている時点で浮いている物まである。

 風船もやたら多く飛んでいるし、出店や露店も多い。

 全体的に白い街並み自体も、空を見られるようにと、空が開くようにと、建造物は低く作られているという特徴がある。


(そっか、ある意味で箱入り娘だもんな……)


 目新しい物がたくさんあるラナンの微笑ましい様子に、リョウヤはカップの紅茶を飲み干して一つ思いついた。


「折角だし、色々見て回るか」


「いいの!?」


 食い付き早いな! とリョウヤがツッコんでしまう程に良い反応である。


「どうせ山に向かうにしたって半日は掛かるんだし、明日の朝出りゃいいだろ」


 急ぎの旅ではあるが、だからこそ多少の余裕は持っていたいのだ。

 仮に今から向かった場合は、日が暮れてから到着になると予想できる。山中で迷子になったら目も当てられないし、紅達の言う人物に会えても好印象とは限らない。

 その気になれば間に合うと思うラナンは、花が咲いたような笑顔から一転して難しそうな顔を作っている。端から見て、迷っているのが丸分かりだ。


「急がば回れ。Festina(フェスティーナ) lente(レンテ)ってな」


 リョウヤは逸る自分にも言い聞かせ、ラナンに町を回るのに遠慮はいらないと告げる。


「……ふぇす、てぃーな?」


「ゆっくり急げってこと!」


 良い結果により早く到るためには、ゆっくり行くのが良い……という意味だ。

 ローマ帝国の初代皇帝であったアウグストゥスの言葉と言われているが、エデンでは浸透していないのだろうか? と「師匠語録だ!」と、非常に聞き逃せない単語を生み出しているラナンを見てリョウヤは思う。いや本当にやめて欲しいのだが、やめて貰えるのかと不安に思う。

 そのメモ帳とペンはなんだ!? とリョウヤが取り上げようとするも、換装魔法で仕舞われてしまえば手の出しようがない。


「師匠の教えはメモしています! それよりも師匠、私さっき通った露店街が気になります!!」


「ああ、じゃあ露店の方に行くか。……で、メモ帳の話なんだけど」


「師匠、この色んな所にあるマークは何?」


「そりゃスカイハートって言うこの町のお偉いさんの家紋みたいなもんで、有名ブランドの一つでもある。……ってこら、なに話を逸らそうとしてるんだ」


 どうあってもメモ帳を見せるつもりはないのだとリョウヤも悟ったが、それで引くわけにもいかない。

 師匠語録、ルビを振るならリョウヤ語録。なんだそれは! ただの黒歴史ノートじゃないか! とリョウヤは声を荒げたい。

 自分が書き手ではない分、脚色されている可能性が高い黒歴史ノートだ。如何にしても処分したい、そんな感情を抑えられるほど子供ではない。いや、子供だからこそ気になってしまうのだ。だって絶対に恥ずかしい内容だから。子供では笑って流せないのだ。

 カフェでの会計を終えた二人のやりとりは、賑やかな喧騒の中へと消えていく。

 リオンはラナンが楽しそうで嬉しくなり、レイはリョウヤの感情が伝わってきて苦笑するかように、それぞれ腕輪の中で一鳴きしたのだった。

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