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Knight Of Dragon  作者: 愛兎麦丸
第一章
1/28

D-I.プロローグ①

「キュイッ!」


 起きろとでも言うような高い鳴き声が響き、少年は腹部を襲った衝撃に呻いた。


「な、んだ……?」


 仰向けで気持ち良く眠っていた少年は適当にセットされた髪を乱雑に掻き、煩わしそうに目を開ける。

 視界に映るのは水々しい葉でできた緑のカーテンが揺れている様と、そこから断片的に降り注ぐ日の光。


(木……? なんで……外で寝てるんだ……?)


 昨夜、自分は間違いなく自室のベッドで横になった筈だ。少年は僅かに寝ぼけながらもそう思う。


「キュイ」


 少年が起きたことに気が付いた"灰色のソレ"は、迷うことなく少年の腹部から胸部に移動した。

 首元から顔を覗かした"その灰色をした大きなトカゲ"のような生命体を見て、少年は慌てるどころか安心したように息を吐く。


「おはよう、相棒」


 呑気な挨拶に、相棒と呼ばれた生き物も「キュイイィ」と返す。


(……寝落ちしてたのか)


 胸に乗っていた"龍"を腕で抱えながら体を起こした少年――プレイヤーネーム・カイナは自分の状態を結論付けて、手元にメニュー画面を開いた。


(ん? 時間が二十四時二十三分?)


 メニュー画面左下に小さく表示されている時間は現実世界の時間だ。そしてカイナが昨夜、全感覚型VRMMORPGゲーム"ナイト・オブ・ドラゴン"をやめようとした大凡の時刻でもある。

 どういうことだ? と訝しむカイナ。

 まさか丸一日眠っていたとでも言うのだろうか。そう思いつつもログアウトしようとし、メニュー画面のオプションに右手の人指し指で触れようとし――止まる。

 止まらざるを得なかった。


(オプションが――ない!?)


 ナイト・オブ・ドラゴン。

 通称・KODは全世界で流行中のゲームだ。

 そのログアウトはオプションからしか出来ず、運営に対するメッセージもまた同じだった。


(そうだフレンド!)


「……全員オフライン!?」


 カイナは登録できるフレンド数に対して、フレンド登録した人数が極端に少ない。けれどその全員がオフラインと表示されており、メッセージを送信することもできない。

 ありえなかった。

 かなりコアなKODゲーマーであるカイナ。そのフレンドは同じくコアゲーマーだ。いくら日付が変わっていても、一人もいないなんてことは今まで一度もなかった。


 混乱し、焦り始めたカイナの胸で龍が小さく鳴く。

 見ると、両前足が翼になっている龍は心配げにカイナを見上げていた。


「大丈夫だ、なんでもないからな……戻っててくれるか?」


 ハッとしたカイナが優しく言い聞かせると龍は頷き、光となってカイナの右手首に吸い込まれた。右手首――正確にはそこに付けられた腕輪に。

 龍庭(りゅうてい)の腕輪という名のエクストラアイテムで、パートナードラゴンの居住する腕輪だ。

 KODの世界観において龍とは希少な存在であり、そんな希少な存在を連れて歩く人間は当然だが注目の的になってしまう。だがKODの主人公は例外なくパートナードラゴンが存在する。

 故に目立たずに冒険するための措置として、物語序盤に手に入るのが捨てることのできない(エクストラ)アイテムの一つ、龍庭の腕輪だ。

 蛇のような龍が珠を咥えたような装飾の施された腕輪は、宿った龍によって珠の色が変わる。

 カイナのパートナードラゴン、そのランク(ワン)と呼ばれる段階での名はグレイバードラゴン。この場合は銀灰色の珠である。


 自身が相棒と呼称しているパートナードラゴン(グレイバー)の姿が消えたのを確認して、カイナは再びメニュー画面に視線を落とす。

 次いでチェックしたのはステータスだった。


(表記がプレイヤーネームじゃなくてネームに変更されてて……これリアルの名前じゃねぇか!)


 最初から驚愕である。

 慌ててフレンドカードに画面を切り替えたが、そちらでも同じ結果だった。一拍置いてフレンドカード(フレカ)からステータスに戻る。ステータスとフレカはワンタッチで行き来が可能なのだ。


 改めて、まじまじとステータスを見つめる。

 まず名前……カイナからリョウヤと変更されている。

 レベルの表記が消えている。

 体、力、防、速、魔、精の基本ステータスに昨日までとのズレは見当たらない。

 武器や職業の熟練率にも変化がない。

 所属しているギルドも変わっていない。

 得た称号もそのまま。


(スキルも減ってないし、お金(マネー)も減ってない……あァ、持っていたアイテムもそのまんまだな)


 纏めるとほとんど変化がなかった。

 カイナ改めリョウヤからしたら「新手のバグか?」と言う感想なのだが、今更こんなバグがあるのだろうかとも思う。


「……町に行けば誰かいるかな」


 なんだかんだでそれが最善だろうと、リョウヤはアイテムから全国版のマップを取り出す。

 ウェスタンダートと言う名の大陸の端の方が点滅していた。


(迷いの森かよ……)


 リョウヤは顔を顰めた。

 迷いの森は昼間と夜間で難易度が段違いなダンジョンだ。加えてダンジョン内で進む時間が他より早い仕掛けも施されている。そのせいで、森の中では太陽と月が何度も入れ替わる。

 早い内に抜けないと、ラストシナリオのダンジョンに勝ると劣らないレベルの難易度が何度も襲ってくる。

 昼は青々とした森が、夜には鬱蒼とした雰囲気な森になる。文字通り二つの顔を持ったダンジョン。

 さっさと抜けようと決めたリョウヤは、夜空のような藍色の袴、純白の洋風なトップス、更に夜空のような藍色の羽織りという和洋折衷な今の装備を変更しようして――ERROR……そんな文字が眼前に躍った。


(エラー? 換えようとした装備はちゃんと所持していたぞ……)


 今度はメニューの装備画面から直接操作で変更を試みる。


(駄目、か)


 どうやら流星(りゅうせい)雷光(らいこう)(りゅう)()と言う名の、現在装備している防具以外に変更ができないようだ。

 待て待て待てと、リョウヤは装備一覧のサブアイテムの項目を選択する。

 その中から首に装備するネックレス型のアイテムを指定して装備する。


「……これで行くしかないか」


 良かった、と安堵するリョウヤ。

 選択したネックレスはリョウヤの首回りににきちんと装備されたのだ。

 矢で言う羽根の尖端に紐の付けられたネックレスで、名をマコのネックレス。

 見かけはただの矢印のネックレスなのだが、迷いの森の夜間イベントのクリア報酬だ。

 軽く手で紐を浮かせてやると、矢尻は迷いの森の終点を指し示す。その矢印を指で一度弾くと入り口を指し示し、もう一度弾くと戻るのだ。

 要は迷いの森攻略アイテムである。貰えるのはクリア後だが、クリア後に森の探索をするのには役立つ。


(本当は装備するだけで出入り口が分かる防具に変えたかったんだけどな)


 できないのなら仕方がない。

 これもバグだろうと一先ず置いておく。

 リョウヤは手元に刀、大剣、大鎌と順に出してみるがなんの問題も無い。特に詰まることなく、滑らかに武器が切り替わる。

 尤もRPGで武器が使えなくなっていたらシャレにならない。リョウヤは本気で安心し、一本の刀を腰に収めた。

 そしてマコのネックレスを指で一度弾き、入り口の方向を確認。

 真っ直ぐに歩き始めるのだった。


 迷いの森の昼間はモンスターがほとんどいない。

 それが分かっているリョウヤは僅かに警戒しつつも、思考の海へと意識を投げる。


(KODはスマホアプリが原点のVRゲーム)


 Knight Of Dragon Application……通称・KODA。コーダとも呼ばれている。

 タッチで物語を読み進め、戦闘はコマで割り振られたマップで自軍ユニットを動かす所謂マスゲー。そしてドラゴンを操る縦画面シューティングゲーム要素もある。


 次作はKnight Of Dragon Emergence……通称・KODE、つまりコーデ。

 KODAの配信の一年後に発売されたこのゲームがVRRPGだった。

 こちらはオフライン専用で、ヘッドギアやグローブといった周辺機器を必要とする全感覚で楽しめるゲームだ。


 更に一年後にはKnight Of Dragon On-line……言うまでも無くKODOでコードのベータテストが開始している。

MMORPGである。

今では携帯ゲーム機でボードゲームや音楽ゲームまで出る大人気ぶりだ。


 家庭用ゲームのKODEの舞台となるのはトマリージハスタ諸島とイスタンダート大陸で、リョウヤが今いるウェスタンダート大陸はKODOの舞台の一つだ。

 設定上はどちらも同じ世界で同じ時代なので、全国版の地図にはどちらも載っている。

 イスタンダート大陸は地図中央より東に、ウェスタンダートは中央より西だ。そして中央にトマリージハスタ諸島や小さな島々が転々と存在する。

 地図中央がトマリージハスタ諸島なのは、KODEの主人公(プレイヤー)の出身地だからだ。そこで最初から入手している全国地図は、KODEのデータをKODOで読み込むことで表示される範囲が広がった。アップデートだ。


 KODEの装備はKODOに持っていけるが、逆は不可能。

 そもそも同じ世界観であってもオフラインとオンラインの差があるので、トマリージハスタとイスタンダートはKODOでは行くことのできない場所なのだ。

 リョウヤがオンラインゲームであるKODOにいると判断した理由は、KODEでは行けないウェスタンダートにいたからということになる。


「ん?」


 ガサガサと草木をかき分ける音が耳に入り、リョウヤは不反射的に足を止めた。

 モンスターかもしれない。

 そう思い、右手を左腰の刀の柄に沿える。

 すぐに音が近付き、小さな影が草むらから飛び出して来た。


「えっ」


 リョウヤの驚いた声とは裏腹に、勢いよく出てきた影は蔦に足を取られ、派手に回転しながら倒れ込んだ。

 その影はリョウヤを見た際に「ヒッ」と小さな悲鳴を上げていた。

 リョウヤの眼前に現れたのは小さな、それこそ身長が一メートル程しかない女の子だった。


(ついでにモンスターツリー……)


 怪物樹木(モンスターツリー)は草木の奥に見えるのは三十センチ程の太さの木に、枝で象った手が付き、根元で歩いてくる足の遅いモンスターだ。

 その樹皮が黒ずんで顔のようなデザインをしており、明るい時間に見ても不気味なモンスターとしてプレイヤーに嫌われている。

 が、所詮は通常モンスター。

 リョウヤは普段通りに抜刀し、目に見えない刃を飛ばす。

 すると音なのか声なのか分からない悲鳴が上がり、モンスターツリーの顔の下に切断面が刻まれ、そのまま地に倒れ込んだ。

 一撃である。


 攻撃用スキルは最も大きく分けて二種類。

 一つは自動行動(オートモーション)スキル。

 一つは自由行動(フリーモーション)スキル。

 前者は発動すると勝手に体が動くもので、後者は自分の好きな動きで発動させられるものだ。

 今リョウヤが使ったスキルは【抜刀術・飛閃刃改(ひせんじんあらた)】。抜刀した刀身から勢いのままに不可視の斬撃を飛ばすF(フリー)M(モーション)スキルだ。

 実際今の斬撃を飛ばすスキルは【飛閃刃】という名の系統のスキルなのだが、抜刀から繋ぐことで斬撃の飛距離が伸び【抜刀術・飛閃刃改】というスキルに変化する。

 攻撃用スキルに限らず、組み合わせや使い方によってスキルの内容が変化するのもKODの醍醐味だ。


(……この子、HPバーがないってことはプレイヤー……なのか?)


 KODE及びKODOのノンプレイヤーキャラクターには、ヒットポイントバーが頭上に浮いているという共通点がある。例外もあるにはあるが、基本的に皆そうだ。

 リョウヤは納刀しつつ、必死な形相で蔦を解こうとしている幼い女の子に近寄る。


「今のモンスターなら倒したから、そんなに必死にならなくて大丈夫だよ」


(プレイヤー側にここまで幼いパーツなんてない……なら特殊なNPCなのか?)


 リョウヤは女の子に合わせるようにしゃがみ込み、できるだけ優しく語りかける。

 これでこの子供の中身が大の大人だったら痛々しいかもしれないが、キャラメイクができるのは少年少女と呼ばれる年代の姿からであり、幼児アバターは作れない。

 そもそも攻撃の間合いが狭まるので、手足の短い子供のサイズでキャラを作るメリットは少ないのだ。


「ほら、取れたぞ」


 子供の力では解けない蔦だったが、リョウヤの手なら簡単だった。ちょうど蔦の輪っかのような部分に填まっていた小さな足は、刃物を使うこともなく蔦を千切ることで解放できた。

 すると女の子は勢いよくリョウヤに突撃する。

 驚きに声を上げかけたリョウヤだったが、女の子が自身の胸に縋り付いて肩を震わせていることに気が付く。

 小さく嗚咽を漏らしている様を見て、ついついその頭を撫でてしまう。

 子供は苦手なのだが、中学時代に職場体験で行った先が幼稚園だったからか嫌いではないのだ。

 それがNPCであっても、放ってはおけない。


「――落ち着いたか?」


 それから五分程泣くと、女の子は落ち着きを取り戻していた。

 目の周りを少し腫らしてはいるが、他に大きな傷のようなものない。精々が手の平や膝に付いてしまった擦り傷や切り傷だ。


(NPC用の回復道具は……っと)


「ほら、消毒するぞ」


 プレイヤーがスキルやアイテムでHPを回復する手段と、NPCの体力を回復する手段は異なる。

 ゲームという特性上、プレイヤーはポーション一つ飲めばHPを回復する。けれどNPCには専用のアイテムである消毒液や包帯が存在するのだ。

 スキルによる回復も可能だが、リョウヤは他者に施す回復スキルはセットしていない。基本的にソロか、ギルドメンバーとしか関わらないからだ。


「――よし、こんなもんか」


 消毒液を清潔な布に馴染ませ傷口に優しく当て、上から絆創膏を貼ってやる。

 そんな動作をテキパキと処置を済ませたリョウヤは、しゃがみ込んだまま黙って自分をジッと見つめる女の子に目を合わせた。

 黒髪を短めに切りそろえた子だ。


「俺はカイ……あぁいや、リョウヤって言うんだけど、名前教えてもらえるか?」


 カイナと言いかけてしまったのは、そう名乗ることに慣れてしまっていたからだ。


「……マコ」


 小さな声で呟かれたマコという言葉に、リョウヤは少なからず驚いた。

 迷いの森でマコと言えば、リョウヤが首から下げているマコのネックレスを彷彿させるからだ。


(マコのネックレスは迷いの森の深奥にある遺品。ならこの子が、あの小さな白骨の……?)


 プレイヤー側が知り得るのは上記の情報と、過去に子供が体の弱い姉のためにと薬草を採りに迷いの森に行ってしまったことくらいだ。

 それだけの情報でも、目の前の女の子がそうとしか思えなかった。

 過去のイベント……? けれど既に未来が決まっているのに、今さら女の子を救う意味があるのか? そんなイベントを追加するか? 不謹慎ながらに、リョウヤはそんなことを思ってしまう。


「じゃあ、なんでこんな所にいたのかな?」


「おねぇちゃんのびょうきに……もりのやくそうがいいって……でも、もりにははいっちゃいけないって……」


 確定である。

 ネックレスに付けられたマコというのが、白骨遺体の名前だろうことはプレイヤーの間では有名だ。だがまさか、このような形で出会うことになるとは予想だにしていなかった。


「そっか……じゃあ一緒に帰ろうか?」


「かえれるの? ここ、おなじところをグルグルしちちゃうのに……」


 期待と不安の入り交じった瞳で見上げてくるマコに「お前のおかげだよ」とは口が裂けても言えない。


「あぁ、それは大丈夫……もう薬草はあるのか?」


 リョウヤが聞くと、マコは肩掛けの鞄を開いてみせる。

 中には薬草がギッシリと詰まっていた。

 リョウヤは「随分いっぱい採ったな」と苦笑いを浮かべつつも、これで何の懸念材料もないわけだと一安心だ。


「行こうか」


 リョウヤが言うと、マコはリョウヤの左手を握る。随分と懐かれたと思うが、気にしても仕方がないと足を進めるのだった。



 ウェスタンダート大陸における港町の一つ、イーストジーハ。

 その町外れ、迷いの森出入り口付近に多くの人が集まり騒がしくしていた。

 町に住む女の子が迷いの森へと入って行ったかもしれないからだ。

 事の切っ掛けは、女の子の母親が娘の不在に気が付いたこと。

 その娘は姉の病気のことでよく診療所へと足を運んでいたので、母はまずそこへと向かった。するとちょうど診療所から急ぎ足で出てきた若い看護師の女性。

 看護師は言う。

 マコちゃんの読んでいたらしき本は薬草図鑑で、迷いの森にある薬草一覧のページが開かれたままだったと。


「駄目だ! 近隣の山に人をやったけど、全然見つからないらしい!」


「一応、海の方にも何人か向かわせたが……」


 屈強な肉体の男達が叫ぶ。

 もしかしたら図鑑は関係がなく、海に遊びに行って溺れたのかもしれない。山に入ってしまっているのかもしれない。町で遊んでいるかもしれない。

 そんな理由で手の空いた者達が町とその周囲に女の子を探しに出ているが、結果は芳しくないのが現実だった。


「奥さん! 駄目ですよ!」


 今にも迷いの森に入っていこうとしている女性……女の子の母を別の女性が必死に止めていた。 


「娘が! マコがそこにいるかもしれないんです!」


 娘の名前を叫びながら涙を流す女性に、周囲の人達は顔を俯かせる。

 一級の冒険者ですら一度入れば出るのが困難とされている森だ。ただの町民が迷いの森に入ってしまえば、出てこられないのは火を見るよりも明らかだった。


「アンタもう一人娘さんがいるだろ! その子を残して死ぬつもりかい!?」


「だ……けど!」


 母親の声は既にガラガラだった。

 それほどまでに叫んでいるのだ。けれどそれでも「もう一人の娘がいる」という言葉は、僅かに母親の力を弱らせた。

 足止めをされている隙に羽交い締めにし、その事実を突きつけた少しふくよかな、シンプルなドレスを纏った女性は続ける。


「だからアタシが行くよ」


 ママ!? 男衆だけでなく女性陣も声を揃えた。

 女の子の母は何を言われたのか分からずにいたが、慌てて振り返った。イーストジーハでスナックに勤めるマダム・マイアー、男女からママと慕われている女性は優しい目で女の子の母を見て……すぐに声を上げた。


「ダメ元で命綱をしていくから頑丈で長い縄を用意しな!」


「ママは冒険者じゃないでしょ!」


「うるさい! じゃあアンタが行くのかい!?」


 決めの一言だった。

 ここに集まった全員がいなくなった女の子を心から心配しているし、救いたいと思っている。けれどやはり、本気で命を賭けることが出来る者は少なかった。

 それなら俺も行くぜ!

 お、俺も!

 マダム・マイアー(ママ)に触発されたのか、数人の男が名乗りを上げる。

 ママとしては心強いが、危険なことだ。きちんと確認してやろうと口を開けようとして――


「あの!」


 ――澄んだ声が響き渡った。

 決して大きな声だったわけではないのだが、騒がしかった場は静まり返り、声を発した少女に視線が集中した。

 多くの視線に怯むことなく、ショートパンツを履いた軽装の少女は凜と言葉を続ける。


「私、冒険者です! なのでまずは私が中に入ってもいいでしょうか!?」


 腰から剣をぶら下げた長い金髪の少女は、活発な明るい目で真剣な表情のままママを見つめる。


「アンタ……冒険者になって日が浅いんだろう? 冒険者ってのは目的があってなるもんだ、ならこんな関係のないことで――」


「人の命がかかっているのなら、関係があるないの話じゃありません!」


 金髪の少女は、ママがスナック上階の部屋に昨日から下宿させている少女だ。その際に少し話をしたが、まさかここまで正義感が強く、意思が固いとは思っていなかった。

 想像もしていなかった程に、強い目を少女はしていた。


「時間がないんですよね? 申し訳ありませんが行かせてもらいます!」


 手早く髪をポニーの尻尾のように纏めた少女は、イノシシの如く駆け出す。


「ってちょっと待ちなぁ!」


 行かせてなるものかと、ママは慌てて少女のポニーテールを掴んだ。

 髪ごと後ろに頭が引っ張られた少女は「いたぁっ!?」と涙目になりながら振り返った。少女からの批難の目を無視してママは声を張る。


「男衆! 森で必要な食料や薬を持ってきな! あと毛布!」


「はっ、はい!」


 男達の返事を聞き、ママは少女の両肩を掴んで向き合った。


「迷いの森は外とは時間の流れが違うと言われてる。中の方が進みが早いんだそうだ。それでモンスタだけどね、昼はほとんどいないし弱い……けど夜は段違いに凶悪なのが出るらしい」


 ママの助言を少女は聞き違えないようにと無言で頷く。


「だから夜間は姿を隠しな。そうだね……木の上だ、大丈夫だね?」


「はい」


 頼りになる年配の女性に微かな憧れを抱きながら、少女は集められてきた干し肉や水、薬の詰められた鞄を受け取る。

 その時にいなくなった女の子の名前がマコであることを聞き、写真も受け取っておく。

 毛布には時間がかかると思っていた少女だったが、意外にもすぐに集まった。まるで予め探していたかのように――少女はハッとなりママを見た。


「まさか最初から?」


「うん? なんだ、アンタ割と頭は回るんだね……いや、勘がいいのかね」


 どうやらママは初めから迷いの森に行く際に必要な物を探していたようだ。それも恐らくママ自身が行く為に。


(じゃないと夜に紛れる色の毛布なんて用意できないよね……それにコレ結構大きいし)


 貰った道具を全部、魔法で収納する少女。周りの人が少し驚いているが、換装(かんそう)魔法は少なからず使い手がいると言われているので精々「珍しいな」程度だった。

 迷いの森の入り口となる小道に向かう少女に、女の子の母親がか細い声をかける。


「あ、あの……」


 声をかけるも、何を言ったら良いのか分からない。それも当然だった。娘と共に帰って来ると信じたい。信じたいけれど、心のどこかで無理だと思ってしまうからだ。

 そんな母親に、少女は朗らかに笑って見せた。


「マコちゃんと帰ってきますから、信じて待っていてください!」


「っ……!」


 深く深く頭を下げる母親。

 少女は迷いの森へと足を踏み出――せなかった。

 決して尻込みしたわけではない。況してやポニーテールを引っ張られたわけでもない。

 ただ――


「ナイトボウルベア……!?」


 ――ママが呆然と呟く。

 胴体が丸く黒い巨大な熊が、吹き飛んできたのだ。

 夜球熊(ナイトボウルベア)は、小道の奥で仰向けに倒れ込んだままピクリともしない。

 入り口の小道は少し進むと左右に道が分かれている。ならば左の道に何かがある……いや、いる。

 確認すべく少女が歩もうとするのを見て、ママは「お待ち」と引き留める。その声は低く、恐怖心に満ちている。


夜球熊(そいつ)はね、一流の冒険者でも苦戦するような相手だよ」


「な、ならあいつがやられてるのは……」


「それ以上の何かが、いるんだろうね」


 全員の代弁をした男にママ答えると、ちょうど足音のようなものが聞こえ始めた。

 足音は一つ、子供(マコ)のはずがない。

 熊を殺せる子供などそうはいない。

 緊張が高まり、全員の背を嫌な汗が伝う。


「――また曲がり角……弾いてくれ」


「ん!」


「右だな……お?」


 暗い雰囲気をぶち破る、ほんわかとした空気で左側から小道に入ってきたのは少年だった。しかもどういうことなのか、右手に抜刀した刀を携え、左手で女の子……マコを抱いていた。

 マコはマコで警戒心皆無な顔で、リョウヤの首から下がったネックレスを弄んでいる。


「こ、子供……?」


 愕然とした様子で口から漏らす冒険者の少女。

 その背後から迷いの森を覗き込んだのはマコの母親だった。


「マコ……?」


 歓喜と涙で顔をグシャグシャにしている母を見てマコは一言。


「あ、おかあさんだ……どうしてないてるの? いじめられたの?」


 違うだろ、と間髪入れずにリョウヤは呟きながら森の外へと足を進める。

 迷いの森は前後左右の四つの方向へと伸びる道がいくつも並べられたマップで、別れ道を選んで進むとそれぞれ全く違う道に続くという質の悪いダンジョンだ。

 今リョウヤ達が顔を覗かせた曲がり角も、視覚で出口だと判断して進めば、また森に迷い込んでしまう。だからこそダンジョン抜けの装備を使えずにリョウヤは焦ったし、マコのネックレスを装備できて安堵したのだ。


「入れ違いにならなくて良かった……って感じかな」


 リョウヤの指摘に首を傾げたマコに毒気を抜かれつつも、ゆっくりとしっかりした足取りで迷いの森から一歩抜け出す。

これでやっと気が抜けるというものだ。


「お前のことを心配して集まったんだよ、しっかりと謝ろうな」


 森の外に集まっていた集団で一番先頭付近にいた冒険者の少女の、少し前でマコを下ろすリョウヤの声音は優しかった。

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