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山の学校  作者: yamayuri
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新学期

 新学期が始まるまでの間、俺が日和原家に滞在していることを知った子どもたちは、毎晩のように訪ねてきた。都会の子にはあまり見られない純真さとストレートさ。きっと俺が描いていた『先生像』というのはこういう子どもたちに無条件に慕われることだったのかもしれない。悪い気はしなかった。

 その間に、すっかり子どもたちの顔と名前と性格が分かるようになった。しかし、あの難解な苗字だけは覚え切れなかったが。


 子どもたちのリーダー格で、時に羽目を外したいたずらまで、他の子どもたちには憧れである、自由奔放なショータ。


 ショータとは同じ年で副リーダーといった位置だが、ショータの奔放さを唯一たしなめることのできる冷静なハルヤ。


 男勝りで勝気。本人はショータと張り合っているつもりの女の子、アイ。


 アイとは好対照に物静かで臆病で、皆の一歩後ろを付いて歩くようなユウカ。


 好奇心旺盛で、思ったことを何でも口にする天真爛漫なミク。


 負けず嫌いで、すぐ意地を張るのを時々高学年の子どもたちにからかわれるタツヤ。


 最年少で、何でも上級生の真似をして楽しんでいるコタロウ。



 新学期を前に、期せず子どもたちと親しくなれたのはありがたいことだが、流石に毎晩遅くまでとなるとこちらも疲れてくる。それに遅くまで子どもたちを引き止めておいて、帰りに何かあっては責任を負い切れない。

 しかし俺はまだ、この地域の習慣も、子どもたちの家庭の事情も知らないので、はっきりと言うことができずにいた。そんな俺の心情を察して、修一さんがびしっと釘を刺してくれたのだ。


「こら! いくらお前らの担任だからって、先生にも他にやることがあるし、ゆっくりしたい時間もあるんだぞ。うちに来るのは構わないが、先生と遊んでいいのは一時間だけだ。それに昼間学校に行っても先生のところを訪ねるんじゃないぞ。先生は新学期の準備が山ほどあって忙しいんだからな。お前らの相手をしてる場合じゃないんだ。学校が始まる前日は、此処にも来ちゃいかん!」


 修一さんの鶴の一声に、子どもたちは「はいっ」と礼儀正しく返事をし、それ以降、彼の言いつけを破るものはひとりもいなかった。


 昭和時代の映画でも観ているみたいだ。地域の中でのびのび暮らす純真な子どもたち。分け隔てなく愛情を注ぎ、時に厳しく叱る『オヤジ』的存在。

 この村に育てば、きっとどんな人の心も受け入れられる大きな人間になるのではないか。俺は早くもそんな理想を見出していた。



 短い間に、俺の気持ちはすっかり様変わりしていた。あれほど嫌がっていたこの村が、自分の生まれた街よりも居心地良く感じられるほどに。俺はそれほど移り気が激しかっただろうか?

 おそらく相当な覚悟を持ってやって来た割には、それほど不便を感じることも無く、疎外感を感じるどころか多くの人に温かく受け入れられ、慕われ、教師として期待されていることに高揚感を感じているのだと思う。


『田舎の子どもは、閉鎖的な場所にいるだけあって、純粋だよ。その分、教員としてのやりがいはあるんじゃないか? 新任教員が勉強するにはうってつけのところだ』


 アツシの言葉に、今になって大きく頷いている自分が居た。



 いよいよ、新学期が始まった。

 広い校庭にポツンと七人の児童だけが並んで行われるのかと思っていた始業式には、意外にも多くの子どもたちが居た。


 横に長い校舎は、実は左半分が小学校であり、右半分は中学校だった。

 中学校の校庭は校舎の裏手に、陸上用のトラックを備えた広い競技場や、草野球場、テニスコートなどがある。手前から見える範囲よりも規模は大きかったのだ。


 始業式は、その中学校の生徒や教員も小学校の校庭に集まり、合同で行われるため、倍以上の人数がそこに集っていた。全学年の小学生が七人しかいないのに比べ、中学生は、ひと学年に五、六人は居るようだ。教員の数も十人以上は居る。

 大半を中学校の生徒と教職員が占めるなか、小さな小学生たちはその隅にちょこんと置かせてもらっているような感じだった。


 これだけの人数が集まっていながら、新任教員として紹介されたのは俺ひとりだった。

 小学校の教員も子どもたちも、もう見知っているというのに、見ず知らずの中学校の生徒や教職員の前で自己紹介をしなければならないことになって、俺は面食らった。見知った人たちを前に今さら言うことも無いので、特に何も考えていなかったのだ。

 ところどころ錆びて安定しない朝礼台に慎重に上り、顔を上げて校庭を見回すと、数十人がじっとこちらに鋭い視線を送っていた。

 都会のもっと大規模な学校では、こんなもので緊張していたら務まらない。おそらく俺はすでにこの村のことを知り尽くしているような気になっていたのだ。大した規模ではないと高をくくっていたのだ。


 居並ぶ生徒たちの一番隅で、小さな一団が一斉にこちらに笑顔を向けていた。

 一番前に立つコタロウが、俺と目線が合った途端、お腹を抱えて大口を開けて笑い出した。その後ろでやはりニヤニヤしながら、タツヤがコタロウの肩を抑えて注意している。後ろの三人の女子は寄り合って何かコソコソ話しているし、その後ろに『ガンバレ』と叫ぶ真似をしているハルヤと、ガッツポーズをして見せるショータの姿も見えた。


 俺の緊張は、彼らを見た途端にどこかへ飛んでいった。

 この『先生』としての第一歩が、晴れ晴れしく、愉快な舞台に思えてきた。

 それから子どもたちの笑顔に励まされるように、俺は何とか自己紹介を終えることができた。何を言ったかはその場で忘れてしまったが、詰まるのことなくひと通りの話が出来た実感はあった。



 教室に入り、改めて子どもたちと向き合うと、どちらからともなく笑いが込み上げてきて大爆笑となってしまった。


「ダメだなー。先生のくせに」


 ハルヤが言うと、ショータがそれに同調する。


「オレらが応援しなかったら、タクミ先生何にも言わないで、あそこに突っ立ってたぜ」


「そんなこと、あるか」


 俺が反論すると、アイがバッサリと切り捨てた。


「うそだ。キンチョーして倒れそうだったよ」


「そんなにひどかったか?」


「うん。ブルブルブルブル震えてたー」


「さすがにそこまで、君たちに見えなかっただろう!」


「えへへ。うそだよー」

 

 ミクがからかったので、俺が拳を振り上げる真似をすると「きゃあ」と机の下に潜った。ミクがそろそろと机の下から出てきたとき、俺は今朝感じた不思議を子どもたちに呟いた。


「それにしても、中学生はあれだけ居て、小学生は少ないんだな」


「なんか、どんどん村の子どもが減っていっているんだって、かーちゃんが言ってた」


「だって、この村でいちばん小さい子どもは、コタロウだよ」


「違うよ! この間、風巻しまきさんに赤ちゃん生まれたじゃん」


 俺は、この村に来て最初に見たベビーカーを押す若い母親の姿を思い出した。あのときは若い人や小さな子どもの姿を見かけたことで、人口も増え繁栄している村という印象を持ったのだが。


「ちょっと待って! と、いうことは、この村でコタロウより年下の子どもは、そのシマキさんとやらの赤ちゃんだけってこと?」


「そうだよ」


「だからコタロウはみんなの期待の星なんだー」


 呼ばれたコタロウが席を離れて教壇の前に立ち、特撮ヒーローのようなポーズを取って見せると、子どもたちがそれをはやし立てた。


 子どもたちは大人の受け売りで事実を話しているだけだが、俺はその話に、この村の抱える深刻な問題を感じ取っていた。


 この村の小学校に三十数年教員の異動が無かったのは、閉鎖的な環境だけでなく、教員の数も年々必要無くなっていったことも原因だったのだろう。

 前任の山背先生の定年があと少し遅ければ、同じ担任のまま、この学校はその歴史を閉じていたのかもしれないのだ。俺は複雑な心境になった。


 

  


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