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山の学校  作者: yamayuri
20/23

仕掛けられた罠

 ふと目を開けると、俺の部屋の天井が見えた。俺の部屋……間借りしている日和原家の一室だ。俺はまだ無事だ。しかしまだ、ヒヨリヶ淵に居る。昨日の悪夢はどこまでが本当のことだろうか。レオンは?

 俺はがばっと起き上った。途端に全身に鋭い痛みが走り、思わず顔を歪めた。


「良かった。気が付いた?」


 横から声を掛けられて振り向くと、心配そうに見つめるシグレ先生の顔があった。


「え? 何で俺の部屋に?」


「昨日山の上から足を滑らせて転がり落ちて、皆がここまで運んできたのよ。意識が戻らないので心配で私、一晩中付いていたの。良かった、本当に良かった」


「あ、ありがとうございます。ご心配おかけしました」


「ダンナさんと奥さんにも言ってくるわね!」


 シグレ先生は嬉しそうに部屋を出て行った。やがて、修一さんと奥さんが揃って入ってきて、俺の顔を覗き込んだ。


「本当に良かった! 祭りでこんな酷い事故があったのは初めてだ。こちらの管理不足で本当に申し訳ない!」


 修一さんは畳に頭が付くほど身体を折り曲げて謝った。


「いえ……」


 大丈夫です、とはさすがに言えなかった。俺はそのまま口を噤んで下を向いた。


「ともかく意識が戻って何よりだわ! 凛子さんが一晩中看病してくださったのよ。身体を拭いて、着替えさせて、ケガの手当てをして、それはそれは献身的だったんですよ。良い奥さんになるわ」


 日和原夫人の言葉に、シグレ先生は赤くなって俯く。しかし赤くなるのは俺の方だ。赤の他人の、それも女性に身体を拭いてもらったというのか。一体彼女にどうしてそこまでする義務があるのか。


「安心しました。私、もう学校に行きますね。タクミさんはゆっくり休んでください。事故のことは皆知っていますし、私からも校長に様子を話しておきますから。

 あ、お粥作っておいたので、後で食べてくださいね。奥さん、よろしくお願いします」


 タクミ……さん? 何故シグレ先生が俺のことを日和原夫人にお願いするんだ?


 シグレ先生が出て行くと、日和原夫人が訊いた。


「凛子さんのお粥、食べられます?」


 食欲などまるで湧かない。俺は黙って首を振った。


「さっき目覚めたばかりですものね。もう少し休んでいたほうがいいわ。また様子を見に来ますからね」


 そう言って、修一さんたちは部屋を出ていった。


 俺は痛む箇所を庇いながら、ゆっくり布団に横になった。

 部屋の壁に俺が来ていた着物が一式掛けられていた。はかまの裾はドロドロで、破けた箇所もあり、昨日の夜が夢で無かったことを物語っている。

 ふと、羽織の前に刺繍されている小さな家紋が目に入った。着付けてもらったときには、家紋になど注目していなかったし、着ていた俺からはよく見えなかったのだが。


 家紋は雲と稲妻の模様がかたどられたものだった。

 

 ―― 鳴神ながみ家 ――


 雷―鳴神なるかみを象徴する家紋だということが一目で分かる。俺だけの為に、俺がこの村に来たばかりの頃から仕立てられた着物。その着物に縫い付けられた家紋は、遥か昔に断絶した家系のもの。



―― 夕夏が成人するまで、稲交接いつびの守護は機能しないということになります。 稲交接家が再興するまで、わざわいを退けなくてはいけないのです ――


 俺は、守護の家系を再興するために此処に招かれた……。あるいはその逆で、丁度良いタイミングに俺がやってきたのか。いずれにしてもこの村の人たちにとっては、村を守るために適齢期の男性が必要だったわけだ。

 しかし、祭りの一部に参加しただけで、俺が鳴神家の当主になれるはずはない。あの祭りにはいったい、どういう意味があったのか……。


―― 先生を離せー。 バケモノどもー ――


 レオンが自分の身を挺して行列を止めなくてはならなかったのは、きっとそこに重大な秘密が隠されているからなのだ。


 思いを巡らせながら、俺はレオンの身に起きたことを思い出し、息苦しくなった。レオンは本当に……、捕まってしまったのだろうか。捕まって、ヒヨリヶ淵へと……。それを考えてしまうと、俺はこの先どうして良いのか分からない。

 ともかく明日、学校に行こう。行って何事もなくレオンが登校してくるのを待つしかない。



 翌日、俺は身体の痛みに耐えながら学校に行った。

 昨夜はまた、シグレ先生が看病に来たが、俺はもう大丈夫と断った。それでもシグレ先生は日和原家の別の部屋に泊まったようで、俺の様子を頻繁に見に来た。朝、出勤すると言った俺をシグレ先生も日和原夫人も止めたが、それを無理に振り切って出てきた。シグレ先生は俺の後を心配そうに付いて来た。


 学校では、体中に痛々しい傷を負った俺が出てきたので、校長も教頭もナガメ先生も驚いていた。何故かシグレ先生が「すみません。止めることができなくて……」と彼らに謝っている。まるで俺の保護者にでもなったかのような態度だ。


「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」


 空元気を作って言ってみたものの、明らかに大丈夫とはいえない様相に、皆呆れ顔だ。

 しかし俺は、レオンの無事な姿を見ないことには、いくら休んでいても身体が回復するとは思えなかったのだ。


 登校時間が近づき、ぽつりぽつりと子どもたちがやってきた。子どもたちは、彼らが行列を見送ったあと、俺が山で事故に遭ったことは、親から聞いて何となく知っていたらしい。細かいことは聞かされていないようだが。


「先生もドジだなぁ。山から転げ落ちるなんて」


「せっかくカッコ良かったのにねー。台無し!」


 好き勝手にそうからかうのを、俺は苦笑いしながら聞いていた。


 始業時間を知らせる鐘が鳴った。レオンの席はまだ空いている。いつもは出席など取らないのだが、その日はゆっくりと子どもたちの名前を呼んでいった。その間もレオンはやってこない。


「志藤 怜緒夢れおんさん」


「先生、見れば分かるでしょ! お休みだよ」


「誰か、レオンの欠席の理由を知っていますか?」


 今までも、レオンの休む理由を知っていた者などいない。見え透いたことを聞く俺を、子どもたちはきょとんと眺めていた。しかし、しばらくしてユウカがぼそっと呟いた。


「転校したって、お母さんが言ってたよ」


「転校だって? 先生は聞いていない! みんな、突然で悪いが、今日の先生の分の授業は自習にしてくれ!」


 俺は堪らずに教室を飛び出していた。

 

 


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