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山の学校  作者: yamayuri
17/23

隠された日記

 先生、とうとう見つけました! お母さんの日記帳!

 押入れの床板の下に、何冊もかくしてありました。こんな所にかくすなんて、きっと、だれにも見られてはいけない内容なんだと思います。

 どきどきしています。村の秘密がいっぱい書いてあるんだと思います。

 すぐには全部読めないので、読んでいって分かったことがあったら先生に教えます。

 楽しみに待っていてください。 





 レオンから、そんな衝撃的な内容が書かれたノートを受け取ったのは、龍神の怒りが収まるとされた日を明日に控えたときのことだった。

 レオンの探偵ごっこが、子どもながらの根拠のないファンタジーだろうと思っていた俺は、驚くと同時に、恐れていた運命へと自分自身も転がり始めたことを悟った。


 しかし、例えレオンの母親の日記に、村についての忌まわしいことが書かれていたとしても、仕事を放り出すことも、ここから逃げ出すこともできない。俺はその恐怖を麻痺させて普通の日常を送っていくしかないのだ。

 レオンからその内容を聞くのが躊躇ためらわれる。しかし聞きたい、聞いておかなければいけない。

 レオンはただ成果を得られて興奮しているのだろうが、俺はその蔭で激しい葛藤と戦うことになってしまった。





 レオンへ


 そうか! よくやったな!

 お母さんがどんなことを書かれていたのか、先生もぜひ知りたいよ。

 そうしたら、もっともっとこの村で生活しやすくなるだろうからね。





 最後の一行をしたためて、何て馬鹿げたことを書いているのだろうと思う。俺自身もレオンも、そんなことを望んではいない。しかし無理にでもそう思わなければ、俺もレオンもこの先の生活に希望は持てないのだ。細々と息を繋いでいくための切望だった。


 翌日の朝、レオンの机に短い返事を書いたノートを入れた。それがこの交換ノートの最後のやり取りとなった。




 その日から、レオンの存在は村人たちに認めてもらえることになる。

 子どもたちはその朝早速、レオンに「おはよう」と声を掛けていた。律儀な子どもたちは親の言いつけをしっかりと守って生活しているのだ。しかしあまりにも型通りの行動に、俺は虚しさと不快感を抱いた。これまでレオンに与えてきた苦痛に対して、謝ろうとする子どもはひとりもいなかったのだ。

 レオンが、母親の日記を探すという目的すら無くて、最悪、苦痛に耐えかねて自らの命を絶っていたとしても、誰も罪悪感を感じなかったのではないか。そう思うと背筋が凍る思いがした。



 レオンはというと、もうクラスメイトが彼にどう接しようとまったく関係ないという態度だ。挨拶をされれば当然のように挨拶を返して、いつも通りの学校生活を送っていた。


 子どもたちの態度とは少し違って、職員室ではレオンのことが話題になった。シグレ先生は心底心配したように、「本当に良かった。私も彼のことは気になって仕方なかったのです」と言い、ナガメ先生は「本当は彼も仲間に加えてやりたかった。居ないものとして扱うなんて、本当に苦痛でしたよ」と言う。教頭は、期間中のレオンの処遇については触れず「ようやく元通りに出来るようになりましたね」と溜息をついた。


 俺はそういう教員の態度についても腹立たしかった。心配するなら掟を破ってでも子どもを守るべきだろう。この村では人の命よりも掟が大事なのか。いや、人の命でも、村の一員とそうでない者とには、大きな違いがあるのかもしれない。

 人間と鬼くらいの……。



「おお、居た居た! 小坂先生、ちょっと!」


 ご機嫌な様子の校長が職員室に入ってきて俺を呼んだのは、そんなことを考えて悶々としている時だった。

 呼ばれて仕方なく腰を浮かせると、校長の方から俺に近づいて来て言った。


「村長と村議会の方々がみえましてね。小坂先生にぜひお願いしたいことがあるそうなんです」


 村長、村議会。この村に暮らして半年、その存在は知っていても直接関わるのは初めてだ。初夏に行われた大運動会で村長が挨拶していたのは遠巻きに見ていたが。


 職員室から校長室へ入っていくと、正面の長ソファに四人の男性が並んで腰かけていた。その一番左端の人物は良く見知った人だった。


「修一さん!」


「ああ、先生。突然学校に押しかけて申し訳ない。今日は村議会の議員として来ました」


 家族同然の修一さんが村議会の議員だったとは知らなかった。彼は本業の農業以外にも、村のいろんな仕事を請け負っていて忙しいので、いちいち何をやっているかなど知ろうともしなかった。彼があらゆることで村に大きな貢献をしていることは知っていたが。


 言いながら立ち上がった修一さんに倣うように、他の三人も立ち上がって俺を迎えた。校長と俺が彼らの前に立つと、一番右端の人物が俺に握手を求めてきた。

 やけに色の白い面長の顔で、糸のように細長い目をした人だ。思わず、平安時代の貴族を思い浮かべた。


「初めまして。村長の日和原ひょりばらまなぶです」


 俺は村長の手を握ったまま、思わず修一さんを振り返った。


「ああ、修一君のところとは、直接の親戚というわけではないんですよ。この村には日和原の家がふたつありましてね。修一君の家が村の下手にあるので『下原しもはら』、私のところは上手にあるので『上原かみはら』という屋号で呼ばれています」


 そういえば、日和原夫人がよく近所でシモハラさんと呼ばれていたことを思い出した。何かの通称だろうと聞き流していたが。

 オヒョリメ様の言っていたように、それぞれの家系に役割があるとすれば、日和原は村の代表ということなのだろう。上原がおさなら、下原が執権というような。


 挨拶を済ませて席に落ち着くと、改めて村長が本題を切り出した。


「今日は小坂先生に、教師としてではなく、村民のひとりとしてお願いしたいことがあって参りました。

 この村では、十月に龍神祭という大きなお祭りが開かれます。その祭りの一環で『オヒョリメ行列』というものがあるんですよ。龍神様に仕えるオヒョリメ様を送る行列を模したものなのですが、要は花嫁行列の真似なのです。

 毎年、若い男女を主役に選ぶのですが、今年は適齢の男性が小坂先生しかいらっしゃらなくて。

 お相手は同僚の時雨しぐれ先生です。

 当日、用意した羽織はおりはかまに着替えていただいて村役場から行進するだけですので、先生には何の準備も練習も要りません。どうか受けていただけないでしょうか?」


 さっきまで、村の人々のレオンへの対応に苛立っていたというのに、陽気な祭りの話とは、気持ちが付いていかない。俺は俯いて返事を渋っていた。


「ご負担はかけません。着付けもこちらでしますし、誘導しますのでそれに従ってくだされば。

 夕暮れ前に役所を出て、そうですね、ゆっくり歩いて小一時間というところでしょうか。涼しい時期ですし、散歩だと思って歩いていてくださればそれで構いません。

 小坂先生にお受けいただかないと、今年は祭りを延期せねばなりません。我々としてもそれは非常に困りますので、是非お願いいたします」


 村長が頭を下げると、修一さんたちも一斉に頭を下げた。

 最初から断ることなど出来ないように話を持ってきたというわけか。


 そのとき、ユウカの母が、オヒョリメ様が秋の大祭を終えるまで誰とも会わないと話していたことを思い出した。それほどまでに、この村の人々にとっては重要な祭りなのだろう。俺の一存でその行事を中止にさせてしまったら、それこそどんな『制裁』が待っているか分からない。


 俺は承諾するしか方法がなかった。






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