交換ノート
レオンへ
これから質問することは、君にとって少し答えにくい内容かもしれません。もしかしたら、さらに君を傷つけるかもしれません。
けれど、先生はレオンの味方でいたいと思っています。何とかして助けたいと思っています。
そのために知っておきたいことなのです。だから正直に答えてほしいと思います。
1、レオンは、お母さんから、この村のことを聞いたことはなかったのですか?
もしあったのなら、それはどういう内容だったのですか?
2、ヒヨリヶぶちへ物を落としてはいけないというおきてを、レオンは聞かされていたのですか?
3、知らずにボールを落としてしまったとしたら、レオンには、おきてを破ったというつもりはなかったと思う。
村の人がレオンにバツをあたえていることをくやしいとは思いませんか?
それとも、二か月がまんすればいいと思っているのですか?
4、先生に知ってほしいことはありますか?
先生にたのみたいことはありますか?
先生は、レオンを助けるためなら、何でもしたいと思っています。
俺が書いた質問に対して、レオンから返事が来たのは四日後だった。
レオンはノートに答える気がないのか、俺の質問が彼の心をさらに深く傷つけてしまったのかと気を揉んでいるときに、レオンの机の中にノートが入っているのを見つけた。俺はひとまずホッとしてそれを持ち帰り、自分の部屋で開いてみた。
先生の質問に答えます。
1、お母さんは、この村の話はあまりしませんでした。けれど、この村がきらいだと言っていました。理由は聞かせてもらえませんでした。ぼくはお母さんがきらいだというので、いやな所なんだと思っていました。
2、おばあちゃんから、ふちのそばで遊んではいけないよと言われていました。でも、大したことじゃないと思っていたし、お母さんのきらいな村に住むおばあちゃんの言うことを聞きたくないという気持ちがありました。
ふちのそばまでは行かなかったけど、すぐ近くの岩場で遊んでいたので、おばあちゃんの言いつけを守らなかったのと同じかもしれないです。
3、おばあちゃんの言いつけを聞かなかったぼくが悪いと思います。
でも、村中の人がぼくにバツを与えることはないと思います。おかしいと思います。
きっと、お母さんがきらいだったのは、そういう所なんだと思います。
4、ぼくは、家にお母さんの日記が残っていないか、探しています。そうしたら、なぜお母さんがこの村をきらっていたか分かって、村の謎が解けると思います。
それが見つかったら、先生にも教えます。
先生は、いつも通りにしていてください。
レオンからの返事は意外なものだった。彼は今回の仕打ちに落ち込んでいるわけではなく、漠然と抱いていた疑惑に確信を持ち始めている。その証拠さがしをしようというのだ。
初めからレオンは村に嫌悪感を抱いていた。それがあのような態度に表れたのだろう。
ただ、レオンの抱いている疑惑は、大好きな母親が嫌っていたからという理由だけだ。もしかしたら、母親が村を嫌う理由は、辺鄙な田舎が合わなかったのかもしれないし、母親であるオヒョリメ様に反抗心を抱いていたからかもしれない。しかし、村の人たちからの排斥を受けて、ふたつの要素がレオンの中で結びついていったのだろう。
ただ、今、レオンは母親が抱いていた思いを知りたいという目的が出来て、それが心の支えになっているようだ。それは喜ばしいことだ。少なくともレオンに、この状況に負けない力を与えてくれているのだろう。
俺は、そのレオンの目的を後押ししようと思った。
レオンへ
お母さんの日記をさがして、お母さんの思いを知ることは良いことだと思います。
でも、レオンは一度、おきてを破ったと村の人から思われているだから、無理なことはしてはいけません。
さわってはいけない物にさわったり、入ってはいけない場所に入らないように、十分気を付けてください。
秘密が分かったら、ぜひ先生に教えてください。
先生もレオンと同じく、この村のことは何も分からないので、知りたいと思うことがたくさんあります。
先生へ
大丈夫です。ぼくの部屋はお母さんが使っていた部屋です。だからこの部屋の中だけで探しているんです。よけいな所に入ったりすることはありません。
先生も村のことを知りたいんですね。待っていてください。この村の秘密をあばいてやります!
レオンはどうやら探偵にでもなった気分でいるらしい。それが自分のためだけじゃなく、俺のためでもあると思ったので、余計に使命感に燃え始めたのだろう。
本当なら、こんな荒唐無稽なことに夢中になっている子どもを煽るのは良くない。けれど、レオンにとってそれが何よりの張り合いになっているのなら、少なくともあと一か月弱を無事に乗り切るためなら、許されるだろう。
何よりも、レオンが母親の思い出が詰まった部屋で暮らしていることで、彼の心は安定しているのだと知って安心した。
その一方では、レオンの母親が重大なことを知っていたのでは? それは俺の運命を大きく左右するのでは? という恐れがあったことを、敢えて意識しないようにしていたのだ。




