ある夜のこと
お初にお目にかかります。
と、言いましてももしかしたらどこかでご存知の方も居られるかもしれないのが、このインターネットの世界の面白さなのでしょう。
さて、あいさつもそこそこに。
この物語が皆様に一瞬の笑いや興奮をもたらしうることを願っております。
感想などいただけると、うれしく思います
俺――酒呑童子こと朱寺空也のご先祖様は、随分な大悪党だったらしい。
人は殺すわ宝は奪うわ、やりたい放題。
それでも好きなことやって死ねたなら、本望ってやつなんだろうか。
まあ、そのせいで鬼の肩身が狭くなったのは、疑うべくもないが。
鬼とは、人にあらざるものの総称である。
古来より、この日本に生息していた鬼達は、時代が進むにつれてその力を隠し、人に混ざって生きてきた。
しかし、その人類を凌駕した身体能力や、神通力……今風に言うならば超能力は衰えることなく、脈々と受け継がれ。
そして、2179年現在、世界はひそかに戦争状態に陥っていた。
表向きは友好関係にある国の鬼……国によって名前は違うが、それに当たるものが侵入し国土を支配しようとする。
それに対抗し、防衛戦力や逆に侵略する戦力として鬼が用いられ……。
その防衛の役目に俺と相方が選ばれたのは、三年前。
そのときには、こんな年端もいかねぇガキまで駆り出されるようじゃこの国も終わったと思ってたもんだが。
「酒呑、支度が出来たぞ」
「やっとかよ。茨木」
いつも冷静な声色の相方――茨木童子こと、薔薇園千歳の顔を見る。
年齢は明日で15歳。
俺が18の時から相方で、そしてその前から俺が目付けをやらされてた女。
上手く人間に混じって生きてこれた茨木童子の子孫で、ながらく生まれていなかった初代茨木童子の力を持った少女……らしい。
人間に混じるのが下手糞すぎて没落してったうちのご先祖様のおかげで、力のコントロールだけは叩き込まれてる俺と違いこいつはそれが出来ない。
だから暴走しないように目付けがいるんだそうで、それには茨木童子と縁のある酒呑童子の子孫だった俺が適任だったそうだ。
「ここから真っ直ぐ街に向かって跳べば、ちょうど頃合だと思う。陰陽師どもの結界で連中も追い込まれているだろうしな」
年の割りに……というか、女にしては低い声で話し始める。
「陰陽師どもと共闘ってのが面白くねぇ」
「わがままを言うな」
苦笑しながらそんなことを言われる。
実際に手綱握られてるのは俺なのかもしれない。
それも面白くない。
昔は便所に行くのにも俺についてこさせたくせに。
「面白くねぇからさっさと片付けるか。行くぞ、茨木」
「いつもそうなら言うことないのだが……」
街が一望できる山にぽつんと建っている屋敷。
そこが俺達のアジトだ。
一歩出れば、夜景が美しい絶好のデートスポットだが、俺達がいるせいで人は寄り付かない。
まあ、夜にでもならなきゃただのなんにもねぇ丘だけだからってのもあるんだろうけどな。
「それじゃ、行くとしますか……」
深く深く息を吸い込み、俺は吼えた。
「うぅぅぅぅぅぅぅおあああああああああああっ!!」
みしみしと体が軋み、形が変わっていく。
骨格が大きく変わり、筋繊維が膨れ上がる。
まず身長が急激に伸び、続いて重い筋肉がそれにまとわりついていく。
髪から色が抜けていき、視界が鮮明になる。
手足の爪が長く伸び、鋭く尖って鬼らしくなっていく。
眉の少し上、額の左右からメキメキと音を立てて一対の角が生えてくる。
「うぅっ……はあ……何回やっても慣れねぇな、こいつぁ」
肩を回すと、ゴキゴキと音が鳴る。
「酒呑の変化は見ているこっちまで痛くなるからな……」
先程までとそう変わらない背丈で、大きな変化といえば額から大きな角が一本伸び、短かった髪が長くなっている程度の茨木が衣服のあちこちを整えながら寄ってくる。
「思ってるほど痛くはねぇが……やっぱり慣れねぇな」
「そうだろうな、変化の少ない私ですら慣れないんだ。それだけ変化すれば慣れるはずもない」
二人して夜空を眺める。
もうすぐ月が雲に隠れる。
その瞬間に、跳ぶ。
「そうだ、空也」
「あん?」
珍しくこいつが俺の本名を呼んだ。
「愛している」
「……悪いがガキに興味はねぇ」