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お待たせしてすいません。なのに進展がない・・・




「ありがとう」

 見事な礼をして静かに立ち去ろうとする侍女を皇女らしい微笑で労えば、彼女たちは目立って表情は崩さないものの、僅かに頬を染める。可愛らしいことだ。

 一人きりになった部屋の中、そんな風に思う自分はどれほど捻くれているのかと自嘲しながら、さほど寝心地は宜しくないであろう宿屋のベッドに乱暴に座る。行儀は悪いが誰も見ていないと、室内履きを両足から落としながらそのまま仰向けに寝転ぶ。

「……疲れた」

 ようやく訪れた一人きりの時間。しかしそれも今晩限りかと思えば、憂鬱で重く深いため息を禁じえない。

 そもそも私、否、我が皇家は使用人に身の回りの世話をされることに慣れていない。それはとりもなおさず我が家の家訓によるものであり、それが当然であった。物心ついた頃から最低限の手伝いだけで、自分のことは自分ひとりでやってきた。

 我が家の女性は代々優雅にお茶会を開いたり、部屋の中で静かに刺繍や読書をしたりなんて性に合わなかったらしく(できないわけではない)、普段着は使用人が着ているものと大差なかったりするので、一人で着脱可能なのだ。当然パーティドレスなんて煙たがる人の方が多く、そのためだけにコルセット要らずのドレスが開発されていたりする。それを知ったときはマジでご先祖様に感謝したものだ。

 特に風呂なんて誰かが見ている前で入るものじゃない。これは私が日本人だったからではない。家族全員の意見である。一緒に入るのならともかく、赤ん坊でもないのに隅々までお世話されるなんてごめんだ。あ、黒歴史が……

 今日が最後の宿ということで風呂を勧められたのだが、輿入れのために王国から遣された侍女たちは、当然のように手伝おうとしてきた。嫁ぎ先ではそれが当たり前なのだと再認識しつつ、どうにか一人で入れると断り久しぶりの風呂を満喫した。

 エリンストは自然環境に恵まれた土地であったため、実は温泉が湧き出しており、毎日風呂に入るのが当然な生活を送っていたのだ。庶民も家に風呂があるのが当たり前で、それらすべてが温泉だったりした。何その贅沢。ちなみにヴァスティアでも温泉がわいていて、城には大浴場があるらしい。唯一の楽しみだ。

 風呂上りに髪の手入れくらいはお任せしたが、やはり慣れない。こればかりは回数をこなすしかないだろう。シーツの上に散る髪に触れれば、自分のものとは思えない艶やかさ。さすが城勤めの侍女、私がいつもぞんざいに扱っていたのでこの道中、さぞ苦労したことだろう。日々髪の艶が増していくのがはっきりと判った。切れ毛とか枝毛とか結構あったはずなのに。

 ちなみに私の髪は青みがかった黒髪で、紫水晶の瞳をしている。最初鏡で見たときはさすがファンタジーだと思ったよ。父親が銀髪碧眼で母親が金髪蒼眼、兄は赤銅色の髪に黒瞳。遺伝子どこいった。

 ラルクは私の髪が日々変わっていくのを堪能するように、馬車で移動するときはよくいじっている。移動中は彼の希望なのか髪を纏めていないので、触り放題だ。髪を結うのはあまり好きじゃないのでやりたいようにさせていたが、本来なら貴族の子女が外出する際に纏め髪にしないのはありえないのだ。いや、自分には当てはまらなかったけれど。



 そうだ。

「ありえない」

 うつ伏せになりながら漏れるのは、今自分が置かれている状況そのものであり、我が婚約者の行状である。

 否、はっきり言おう。

 明日にはこの先死ぬまで暮らすであろう、嫁ぎ先に着くこの現状において往生際が悪いと言われてもいい。だが、しかし。

 私はまだ、あの男と結婚するという現実を受け容れてはいないのだ。


 だって、私まだ15歳。前世じゃまだ中学生。まだまだ遊びたいお年頃。


 この世界じゃ常識だと知識では知っていても、前世の記憶を持つ私には違和感が半端ない。しかもそれが自分の身に起こるとなると、もう想像の範囲外。妄想すらできません。

 確かにこの世界の人間は早熟だし、自分と同じ年齢の女性が結婚したなんて話はないわけじゃない。ただ、15歳というのが結婚するにはぎりぎり最低限の年齢だというのも否めない。あ、ちなみに私の誕生日はほんの10日前だった。その生誕の宴が、実質的に私がラルクの元へ嫁ぐ祝いの席にもなったのだ。

 早すぎる。

 つまりそれだけ大々的に祝われた以上、実質的にも結婚しない選択肢なんて存在しないわけで(王宮から下町に至るまで、顔見知りは全員諸手を挙げて祝福してくれた)。

 この婚姻を否定的に捉えているのは実際、皇国内では私一人だけだったりするのだ。

 移動による体力的な疲れと、ラルクの抱っこによる精神的疲労を覚えている私は、容易く睡魔に身を委ねることができる。あれ、地味に同じ体勢だからきついのだ。

 しかし、睡眠時の防衛のためにこの道中、宿の部屋にずっと張り巡らせていた結界だけは欠かせない。

 それはこの婚姻を望まぬ者の刺客を防ぐためのものであり、またそれを待ち望んでいた人間の夜襲を防ぐものでもある。


 何故ならエリンストを出て最初の宿泊地で、あろうことか我が婚約者は夜這いなんぞ仕掛けてきやがったのだ。


 幸い慣れない馬車の旅で疲労していたものの、眠れずにベッドの上で寝返りばかり打っていた私は夜半、防犯のために張っていた結界に触れた気配に気づいた。刺客が来たかと探ってみれば、それは日中ずっと自分を放さなかった、否が応にも慣らされた彼のそれで。

 当然、進入禁止の結界に張り直したのは言うまでもない。

 ……何が悲しくて、婚約者を警戒せねばならないのか。皇族、特に世継ぎの君の花嫁は純潔でなければならないなんて常識、今更語ることもないだろうに。否、本人ならいいのか? よくないのだろうが、たぶん奴はそう考えているに違いない。

 くだらないことをつらつらと考えながら、紡いだ魔力が確かに作動しているのを見て、私は意識を闇に落とした。

 これが最後の、一人きりの穏やかな眠りになるだろうことを確信しながら。






 さてここで、大国の次期国王というご大層な身分である彼、ラルク・ヴァスティアが何故に他国の貧民街という最も彼とは縁のなさそうな場所にいたのか、という疑問が浮かんでくる。どうやらそこには、我が皇家と似たようなヴァスティア王家の家訓というかしきたりが関係してくるらしいのだが。

 らしい、というのは彼本人から聞いた話でなく意外に優秀な我が国の隠密たちの報告書や、外交に携わった者たちからの情報だからである。

 もっとも彼が王子様だなんてこと当時の私は知らなかったし、当然そんなしきたりのことなんぞ知る由もなかった。


 知っていたなら絶対、あの時縁を作ったりしなかったのに。




 5年程前、10歳になったばかりの私は、理不尽に暴力を振るって弱い立場の者をいじめる帝都の悪ガキたちを伸して、崇拝者と手下を増やしていくという、それって女の子のというか姫のやることじゃなくない? というようなことを毎日のように繰り返していた。

 誤解しないでもらいたいが、私は別に崇拝者や手下が欲しかったわけでは断じてない。ただ毎日絶えることのない喧嘩の仲裁をやっていたら、いつの間にかそんな立ち位置にいただけの話だ。

 手下だけならまだいいが、崇拝者や弟子入り志願者は正直鬱陶しかった。中には冷たく接するほどしつこくなる奴もいたので、将来が心配で警備隊の訓練所にそれとなく送り込んだのだが、治るどころか悪化した奴が多いのは何故だろう。もう二度と会うことはあるまいが、きっと祖国を護ってくれることだろう。

 そんなあらゆる意味で危険と隣り合わせの毎日を、陰では父が嘆いて(毎日宰相に愚痴を漏らしては軽くあしらわれていた)、母が後押ししていた(侍女の暗躍が凄まじかった)のは知らぬふりを決め込んでいた。ちなみにこの時点で兄は出奔している(この国の平和はお前にかかっていると言い置いていった)。

 自分がこの国の姫であるという自覚はあれど、同年代の友人と遊び回って、そのついでに子供同士の理不尽な現場を見かければ突撃し、話が通じれば和解を促し、そうでなければ拳に訴えていた私は、今思えば転生前の記憶を持っていたにしては拙すぎるやり方をしていたと思う。けれど下手に大人ぶって仲裁するより、巧く子供社会に溶け込んだのではないかと思う。

 そうして徐々に自分の思惑に反して勢力を拡大していった私は、それでも自分の手に負えない状況は警備隊に連絡したりして大人に任せていたが、何を間違ったがある日、いつもは近づきもしない、貧民街に通じる路地裏に逃げ込む羽目になったのだ。





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