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唐突に思いつきました。
私はどうやら転生、というものを経験したらしい。
いや、頭おかしいんじゃないのか、という突っ込みは受け容れない。何故ならこれは厳然たる事実なのだから。
そもそも“私”は、日本という国の一地方都市の平凡を絵に描いたような家庭に生まれ、極平凡な人生を歩んでいた。それはもう特筆すべきことのない、ありきたりな人生だった。
ただ、平凡でもありきたりでもなかったのはその死に様だったと、それを知っている私は思う。それこそ後世の語り草にでもなりそうなものだった。
死因は要するに、首と胴が離れたせいだ。
あ、引いてくれるな。明治時代初期頃までならともかく、現代日本でそんなこと実際にありえるはずがないことは承知している。そもそもそんなことがどこにでもあったら私も引く。日本式の死刑でさえそんなふうにはならない。というか、数多ある地球上の国のどこに行っても、そんな死に方をする場所など多くないに違いない。
なのに、斬首。
詳細を語ることは被害者である私にもできない。
ただ、当時大学進学をもぎ取り高校卒業を間近に控えていた私は、それを期に親元を離れ一人暮らしをしなければならなかった。合格した大学が都会といわれる場所にあり、とても通学できるような距離ではなかったためだ。
住む場所を探し、実際不動産屋に連絡を取って下見を重ねる中、ある新築のマンションの工事現場に行ったのだ。
入学までには入居できることと、どうせなら綺麗なほうがいいかなという考えの下、間取りも家賃も理想に近かったので、ほかの物件を見たついでに……といった不動産屋の提案に乗った形で。
その場所で、中を見せてくれるというのでヘルメットを借り、一通り見学を終えて外に出ようとしたときだ。
不意に、不動産屋が入り口脇に珍しいものができる、と私に教え、見てみるように促した。
さして興味もなかったが、無視するのもどうかと思った私はひょいと首を伸ばし、そちらを伺った。瞬間。
ひゅん、という風切音を耳に捕らえたときにはもう、私の意識は真っ暗になっていた。つまりその瞬間、私は死んだのだ。
で、死んだことすら一瞬のことで、すぐには理解できなかった私が何故死因を知っているのかというと、神様とやらに聞かされたためである。いや、マジで。
一瞬で意識を刈り取られた私は、呆然としているうちにからだ――実際には魂とか呼ぶべきものなのであろう――が何処かに引き寄せられる感覚を覚え、抵抗する間もなく暗がりから唐突に光溢れる場所へ引きずり出された。
いきなりのことで目が眩んだ私の耳に、声が飛び込んできた。
「いやー、ごめんね。まさかあんなところで死ぬなんて、予定外もいいところだよ」
それは言葉の内容を裏切るような明るい声だった。
周囲が把握できないながらも声のした方へ顔を向けた私は、そこにこんなところで見るはずのないものを見つけたのだ。
光に眩んだ目が“それ”を目に入れた途端、一気に元の視界を取り戻したようだった。
「まさか君が選ばれるなんてさ、こっちもいい迷惑だよ」
ちょっとはこっちの都合も考えてくれたっていいのにさ。
と憤慨したように話すのは、猫。
どう見たって、真っ白な毛をした、猫。
それが私の目線と同じ高さに、人間がするように足を組み、腕を組んだ格好で、浮かんでいるのだ。
「なっ」
「こうなったからにはしょうがないから、君には違う世界に行ってもらうね」
にっこり笑った猫、というのを初めて見た。
「いや、というかその前に、状況を説明して貰いたいんだけど?」
「あれ?」
私が口を開けば、猫は不思議そうに首を傾げた。
「あんまり驚いてないね」
いや、十分に驚いている。
ただ、あまりに非現実的なこの状況に思考がついていけていないだけなのかもしれないが、いやに冷静な声が紡げたものだと、後になって自分でも思った。
「今まで自分がどこにいたのだとかいうのは覚えているから、今の状況が普通じゃありえないことだってことは理解できるわよ。というかさっきも聞こえたけど、この状況からすると・・・」
「うん。君、さっき死んじゃった」
いっそ清々しいような笑みを満面に浮かべた猫に、首を絞めたくなったのは仕方のないことだと思う。
そんな私の物騒な気配を感じたのか、組んでいた手足を解いてさっきより離れた場所に普通の猫の立ち姿で浮かんだ相手は、拗ねたような顔になる。
「やだなぁ、君が死んだのは僕のせいじゃなくて兄様のせいだからね?」
「兄様?」
「うん、そう。実は僕、君が今までいた世界の神様ってやつでね」
その自称神様である猫によれば。
彼――オス、もとい男らしい――には何人かの兄弟がいるらしく、それぞれがひとつか複数の世界を創って管理している。彼はその中でも末っ子らしい。その彼が創った地球を含む世界がいちばん歴史の浅い世界であり、力も弱いものが棲んでいるそうだ。それは彼自身の持つ能力如何にかかわらず、彼の趣味であるらしいのだが。
ほかの世界のように特別な能力を持つ生き物が生まれることのない、今までになかった世界。
要するに彼の研究対象だった世界に、ほかの兄弟はたいした興味を持たなかったようだが、ただ一人だけ、興味を示したものがいた。
それが彼の長兄であり、最もあらゆる力の溢れる世界をただひとつのみ管理する神であった。
他の兄弟が創った世界はすべからくその模倣であり、誰もその世界と同じものを創ることが叶わなかったというほどの力を持つ、神とその世界。
その神が、末弟に言った。
「お前の世界のヒトが私の世界に来たら、どうなるのだろうな」
彼は悪趣味だと眉を顰めたらしい。そもそも神でない存在が世界を渡ることなど、よほどの事故でも起こらない限り起こらない。私の世界にある異世界トリップものの創作物など、それこそ幾度奇跡を起こしたものか、と彼は言った。
だが長兄にそう言われた彼が少し警戒しながらも、ことを起こすことなど万が一の可能性でしかないと思っていた矢先。
その万が一、が起こってしまったのだ。
「よりによって君を選ぶなんて」
「? どういうこと?」
よりによってなんて、まるで自分が彼の世界にとって重要人物のような言い方だと思った。
「だって君は、あの事故で助かるはずだったんだよっ。助かって、不動産屋をしていた彼と結ばれて、あのマンションは縁結びの場所になって、君たちの子供は世界でも必須の重要人物になるはずで、君たちの子供がいなかったらヒトの進化が世紀単位で遅れちゃうんだよっ!?」
なんだか夢物語を聞かされているようでいまいち実感はわかないが、どうやら私は、私が死ぬきっかけを作った不動産屋の案内人である彼と事故をきっかけに大恋愛の末に結ばれ、地球上での重要人物を生み育てる運命にあったらしい。
うん、まったくごめんこうむる話だ。兄様神、ぐっじょぶ。
本来なら不動産屋の彼が私を庇ってすんでのところで看板を避けて九死に一生を得るところだったらしいのだが、その彼の行動を兄様神が阻んだために、ちょうど私が伸ばした首に看板が直撃し、すっぱりといっちゃったらしい。
どんなすぷらった。
彼はそれを見て茫然自失。ついでに切られた首から吹き出した血で辺りは血の海、彼も勿論それを浴び、どうも、発狂してしまったらしい。
兄様神の思いつきでとばっちりを受けた、元は輝かしい未来が待っていたはずの彼は、猫の神様が最期まで責任をもって管理し、来世を約束したようだ。よかった。
そして私は目的を持って神様に運命をいじられた以上、元の世界に戻ることができないらしい。
「まあ、いまさら生き返らせることもできないし。しょうがないから、兄様の世界に転生してもらうね。というか、それしかできないし。ただし」
意趣返しはさせてもらわないとね。
そう笑った本人曰く神様らしい猫の顔は、化け猫より不気味だったことだけは言っておこうと思う。
そうして私は、猫の姿をした神様に思いつく限りの細工を施され、兄様神の管理する世界――セリエスへと転生を果たしたのであった。