悪友の口車に乗って
悪友の突然の訪問で目を覚ます。
「門脇、ええ儲け話がある。乗らんか?」
「それは、サギですな。」
僕は、即答する。
「まぁ、聞けって。金要るやろ?」
兼田が意地悪く笑う。
家賃、車のローン、通院費。僕には選択肢がなかった。
「聞くだけやで。」
臆病な僕は、念を押す。
兼田が、ポケットから小さなビニール袋に入った錠剤を取り出して話し出す。
「こいつは、”丹華”って言う。中国人のいう所の仙人になる秘薬だ。
飲めば7日で仙人になれるそうや。」
「なれるそう?」
僕は聞き返す。
「なれる人間となれん人間がおる。俺には効かんかったが、成功した奴もおる。」
「飲んだのか?」
「あぁ、飲んだ。一ヶ月経つが、変化なし。俺はなれなんだ。そうそう、副作用もないで。
成功した奴が理系の神経質な奴でな。それで、お前も成功するんじゃないかと俺は思ってる。」
「ケンカ売ってんのか?お前は。」
兼田をにらみ、僕は言い返す。
「まぁまぁ、儲け話は丹華を飲んで、効いてから話すわ。どーする?」
副作用がないのなら…
「どれぐらいの収入が見込める?」
「門脇がうまくいったら、月100万は硬いで。」
「乗った。」
「ほな、一週間後。」
そう言って、兼田は、僕の家を出て行った。
「一週間か。」
僕は、一人呟いた。
その日の内に、僕は、丹華を飲んだ。
最初の3日間は何の変化もなかった。
4日目は、下痢が酷く、トイレから出られず。
「ケツがぁ~、アナルがぁ~!決壊するぅ!」
5~6日に至っては、高熱にうなされた。
「カ~ネ~ダ~!」
しかし、7日には、ピタリと収まった。
兼田から、電話があった。
「どうや?成功したじゃろ。」
「どの口が副作用なしじゃ、ぼけぇ!死にそうになったわ。」
「成功やないか。会わせたい奴がおる。今から行ってもええか?」
「まっとるわ。」
1時間後、兼田がハイエースに乗って、4人で家に来た。
1人は、小学校からの付き合いの岡山。こいつも悪友だ。
1人は、長身のやせた女、平内と名乗った。
1人は、小太りの黒原という男だった。
「自己紹介は、後でおいおいしよか。本題を話すで。」
兼田が仕切り始めた。
「俺たちがこれからするのは大麻の生産や。」
「マジか!」
僕は、ビビッた。
「違法じゃねぇか!儲けても捕まったらシャレにならん。」
僕以外が驚いていないところを見ると、他のメンバーには事前に話していたのだろう。
「落ち着け、門脇、詳しく話すけ。」
そう言って、兼田は、何かの種子、恐らく大麻なのだろう。を取り出して説明し始めた。
「まず、門脇と平内がタッグで栽培を担当。俺、岡山、黒原で販売、運搬をする。
門脇は、平内から練成術を習ってくれ。丹華飲んで使えるようになっているはずや。
それで大麻の急速栽培を、俺らが裁く。販売ルートは確保してある。計画開始は、来月からや。
取りあえず、これは、契約金や。」
ポンと封筒を4つ出し、兼田はそれぞれに配った。
10万入っていた。
「羽振りいいな。」
「これからを考えたら、安いもんや。」
兼田は笑った。
その後、平内から一冊のノートを借りた。
練成術の使用法について記載されてあった。
練成術とは俗に言う錬金術モドキであり、丹華を飲み、僕にも使えるようになっているようだ。
円状の模様(魔方陣か?)と呪文のような言葉が記載されている。
隣から岡山がノゾキこんだ。
「それ、読めんのか?俺には、全く読めん。」
不思議な事に理解できる。
「全てに恵みを。更なる栄華を。人智の及ばぬ。真理を我に。力を示せ。」
平内が話す。
「最初は、体力を結構使いますけど、慣れたら、連発できると思います。」
その円陣は、あのハイエース内に記載していますんで、急速栽培はあそこでします。
「OK。」
違法だと分かっていても、僕の心は躍った。
思いがけない副収入よりも、この練成術そのものに興味が沸いた。
平内のハイエースは、引越し用のような仕様で、
運転席と助手席のみで後部座席はなく、フラットになっていた。
そこに円陣が2つ描かれていた。
内張りがされており、中は薄暗かった。
「円陣の中へ」
平内が僕を促す。
円陣の中央には、杯が置かれており、中には種子が入っていた。
「地に手を当てて、詠唱を。」
「全てに恵みを。更なる栄華を。人智の及ばぬ。真理を我に。力を示せ。」
円陣がほのかに光り、杯の中の種子が成長し始めた。
が、芽を出しただけですぐに光は止み、成長をやめてしまった。
「こんだけ?」
僕は、がっかり感を隠し切れなかった。
もっと、もっさり成長するかと思っていたのに。
「最初で芽が出せる事自体凄いですよ。門脇さんが30歳で適格者というのも驚きですけど。」
「そんなに珍しいの?兼田はなんとかなりそうな雰囲気で話してたけど。」
「兼田さん、適当だなぁ。普通、”丹華”は、二十歳までが一つの限度なんです。それ以上だと発現し
ないと聞きました。」
「そうなんだ。」
本当に、久々に人に褒められた。
今まで、勉強もスポーツもできず、何一つ取り柄のなかった人生。
こんな形で、初めて、充実感、達成感を味わうなんて。
「もう一度、試してみても?」
自分自身、こんなに興奮した事はなかった。平内の返答を待たず、僕は詠唱を始める。
「全てに恵みを。更なる栄華を。人智の及ばぬ。真理を我に。力を示せ。」
先程よりも、円陣が発光し、芽が成長を始める。
このたった数cmがこんなに愛おしいなんて。こんなに感動するなんて。
「楽しそうですね。私はすぐに疲れちゃうんですけど。」
平内が笑った。
「大人気ないかな?すげぇ楽しい。」
「この調子だと私はすぐに追い付かれちゃいますね。」
「ありがとう。期待に答えられるように頑張るよ。」
学生時代、会社員で失った自信ってヤツが戻ってきた感じだ。
誰かに認められるのがこんなに嬉しい事なんだ。
平内と他愛ない会話を続けながら、練成術を続けた。
気がつけば、始めてから4時間が過ぎていた。
いつの間にか、汗だくになっていた。
「さすがに今日はこのくらいにしましょう。」
「長々と付き合ってくれてありがとう。」
平内に礼を言って、僕は、ハイエースを後にした。
こうして、僕は、練成術士としての道を歩み始めた。
正確には、倫理を、人の道を踏み外したのかもしれないけど。