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高天ヶ原学園十三組  作者: 村正
第一章
7/25

「どうやったら兄ちゃんをレギュラーから引きずり降ろせるかな?」by阿部晶彦

   1




「何を始めるつもりだ。こっちにはこいつが――――――」

「いるからなんだ。テメェらを全校生徒の見ている前でボコボコすることは確定事項なんだよ」


 クソ狐も同意見らしく、隣でうんうんと頷いている。

 つまり俺達にとって一美に人質の意味はなく、一組に掴まっている『女子生徒その1』でしかない。

 一応残したが、これから先は一緒に退場させてしまってもいい。ハッキリ言って邪魔だ。


「お兄ちゃん、阿部君。参加していた私を含めた十三組全員からの総意を伝えるわ」


 転がったままの一美が偉そうにそんなことを言っている。

 そんなもったいぶらないでさっさと言え、この愚妹が。


「分かるわ。心の中で私のことを蔑んでいるのが!」

「余計なこと言ってないで、さっさと総意とやらを教えろ!」

「そうね。『遠慮はいらないから、一組を殺せ』、よ」

「「了解」」

「クソがぁぁぁ!」



 魔力が込められた棍棒型アーマメントデバイスを一美の背中に叩きつける。

 一美の残りのHPは1。どう考えてもオーバーキルで、その一撃で退場となった。

 でもまぁこれで足手まといになる奴はいなくなった訳だから、俺もクソ狐も動きやすくなる。


「そっちは任せたぞ、隆浩!」


 黒月を取りだした俺は意識を俺の狙いの二人だけに絞り、他のクソ狐や須藤杏子を完全に隔離。

 そして一気に走り出す。

 あの二人を倒すために。




   2




「一真も始めたし、おいら達も始めるか」


 すぐ横ではすでに戦いが始まっている。

 それはもう派手にやっている。今の一真は誰が止めに入ろうとも止まることは限りなく0に近いだろう。

 それ以前に隆浩は目の前にいる彼女が目的なので、隣で暴れている獣に興味はない。


「私とですか? 止めた方がいいと思いますよ」

「……おいらはか弱いからそうかもしれないな」

「それでもやるというなら、私も本気でやります。良いですね?」

「もちろん!」


 とてつもなくいい笑顔を張り付けた隆浩は、体勢を低くして秋月を構える。

 二丁拳銃型アーマメントデバイスを持ったまま棒立ちの杏子は、隆浩がどう動くのかを見ているだけで何もしてこない。

 さっきの彼女の言葉は、初めから自分が勝つと確信している者だけが言える物。

 戦う前から杏子はそう言い切ったのだ。

 そんな彼女を相手に楽しそうに笑っている。こんな顔をしている時の彼は決まって同じ行動をする。

 その行動とは、


「逃げるが勝ち!」


 逃亡である。


「は?」


 隆浩のことをよく知っている人間ならば予想ができたかもしれないが、そうでない彼女にとって彼のこの行動は予想の斜め上を行く。

 ポカンと口を開けたまま固まってその場に立ち尽くしていた。

 そんなことをしている内に隆浩は森の中へ消えていく。


「た、戦うんじゃないんですか!」


 怒鳴りつけても森の中にいる隆浩からの返事はない。

 代わりに雷を纏う魔力弾が降り注ぐが、その全てが彼女に直撃する寸前で消滅した。

 この間に杏子が魔法を使った形跡は0。

 全く動くことなく魔法を打ち消したのだ。


「やっぱりそうか」


 森の中から聞こえてきた隆浩の声。

 その姿は見ることが出来ないが、声が聞こえるということはそんなに遠くにいるわけではないらしい。


「やっぱり? どういうことですか?」

先天性魔力器官欠損せんてんせいまりょくきかんけっそん、だよな?」

「っ!?」


 先天性魔力器官欠損。

 魔法を使うために必要な魔力を作り出す器官が欠落してしまっている病気の名称である。

 これは先天性な病であり、発症率は100万人に一人だったり、もっと低い1000万人に一人とも言われている。

 魔力を作り出す器官がないということはどの色の魔法も使うことが出来ないのだが、その代わり魔法を一切受け付けることがない体質となる。

 つまりこの体質を持つ人間は魔法を使う現代の人には天敵でしかない。


「こないだの体育の授業でパートナーになった時おかしいと思ったんだ。お前の身体から魔力を使用した人間が纏う残り香みたいなものがないから。それで今ので確認が取れたわけだ」

「……えぇ、あなたの言う通りですよ阿部隆浩君」

「で、お前がおいらに勝てないから諦めろ見たいなことを言った理由は、『魔力無効化』があるからだ」

「そうです。たぶんこの学校で私に勝てる人はいないはずですから」

「……」

「それに、これを知っていますか?」


 淡く光る杏子の左手。

 それは魔力が放つ光と全く別の物。これも存在しないクリーム色をしていた。


「これは魔力以外に人が持つ『気』という力です。魔法を無効にすることが出来るだけで何も出来ない私は必死に努力してこの力を手に入れました。この二つの力があれば、私はどんな人にも負けません。さっきの未知の魔力を使うあなたが相手でも、学園最強の生徒会長が相手でも」

「井の中の蛙大海を知らず、って知ってるか? まさに今のお前だよ」

「その言葉、そっくりお返しします!」


 彼女の手にあるのは金色の二丁拳銃型カートリッジアーマメントデバイス『アポロン』。

 通称カートリッジデバイスと呼ばれている。

 カートリッジデバイスとは専用のカートリッジに魔法を書き込み、それを消費することで魔法を使うことが出来るというもの。

 このデバイスは魔法が使うことの出来ない先天性魔力器官欠損の人間が魔法が使うことが出来るようにと作られたデバイスであり、魔法を蓄える機器が搭載されていない。魔法が使うことの出来る人間、つまり普通の人間には使うことの出来ない仕様となっている。

 そしてこのアポロンは他のカートリッジデバイスとは違う点がある。それは気を魔力の代わりに使うことが出来るというもの。


「っ!?」


 さっき彼女が見せた気と同じ色をした弾丸、気弾が放たれ木の真ん中に直撃した。

 だが爆発は起こらない。代わりに起きたのは、木の一部が抉り取られて消滅するという現象だった。

 そこには隆浩はいなかった。

 そうと分かった彼女は連射を始めた。どこにいるのか分からないなら炙り出せばいいのだと考えたわけだ。

 それは効果的な判断であり、隆浩は瞬動で銃弾を避けながら森の中から出てきた。

 しかし、隆浩が何も考えないで出て来るはずがなった。その手には太刀型アーマメントデバイスの秋月。

 刀身は黄色に光、帯電している。つまり何かしらの魔法を使う準備が出来ていることを示している。


「無駄ですよ。どんな魔法も――――――」


 杏子の言葉を無視して、彼は秋月を地面に突き刺す。

 出現したのは五芒星が描かれた巨大な魔法陣。しかしそれだけで何も起きない。 本来ならば魔法陣が出現すれば数秒後には魔法が発動するか、何からの予兆が見られる。それは大抵の魔法陣を使う魔法の決まり事だが、今回は少しばかり違っていた。


「こんな魔法もか?」


 隆浩が更に魔力を流し込むと、淡く光っていた魔法陣は強く光りだす。

 そうなっても魔法陣の上にいるにも関わらず、杏子は何かをしようとする素振りすら見せない。『魔法無力化』という力を信じ切っているからこそ、そのような無茶な判断が出来るのだ。

 しかし過信は油断へ繋がる。

 隆浩はそれを狙っていた。

 魔法陣に流し込まれていた魔力は空に昇っていき、頭上にあった雲の中に消えていく。

 この時に彼女は気がつくことが出来なかった。魔力を取り込んだ雲が帯電していることに。


「落ちろ!」


 一つの巨大な光。それは空から地上へ、光の速さで落ちる。

 これは魔法で作られた雷ではなく、自然に発生した雷。


「っ!」


 正真正銘の落雷は、狙いを外れて杏子の隣に落ちた。

 その余波は彼女の身体を吹き飛ばした。これが魔力で作られた雷のものであれば別だっただろう。


「くっ……な、ぜ?」

「聞いたことないか? 黒と白、無色以外の魔法は自然に作用する、って」


 そう、隆浩の言う通り三つを除いた七色の魔法は自然に干渉することが出来る。

 魔力で炎や水を作り出すことも出来るが、自然界に存在する物を魔法で操って自然現象を起こすことが出来る。

 それが今隆浩が行ったこと。

 彼は雲に魔力を流し込むことで、雷が起きるのと同じ現象を引き起こした訳だ。

 と言っても自然現象。落ちる場所を正確に指定することは出来ないので、今みたいに外れることは多々ある。


「そう、ですね……父に聞いたことはあります。ですが、今みたいな魔法を使う時間を与えなければいいだけです」

「確かに……」


 再び杏子が銃を構えると同時に瞬動でその場から離脱を試みるが、すでにそれへの対策はされていた。

 銃口を頭上に向けて、魔法が書き込まれた銃弾を放つ。

 ある程度上昇すると炸裂。魔力で作られた網が彼女を中心にドーム状に広がり、このあたり一帯を包み込んだ。それが壁となって、人の目には見えない速さで動いていた隆浩の脚を完全に止めた。

 森の中にもう一度身を隠し、自分の得意な舞台へ彼女を上げるつもりだったがそれは不可能となった。

 姿を見せた隆浩の背中へ銃を向け、引き金を引いた。

 すぐさま方向転換し、秋月を振るう。

 一つ、二つと弾丸を斬っていくが、次第に弾丸が生み出される速度に追いつけなくなり始めていた。しかし、また追い付き始め、最終的に追い越した。

 それでも隆浩には決定的な一撃を彼女に与えるタイミングを確保することが出来ない。

 魔法が届かない。それがタイミングを作ることが出来ない大きな理由だったが、彼は魔法が攻撃の要。使わなければ近付くしかないが、彼女の攻撃を考えると傍まで行くことはほとんど不可能に近い。

 ならば、遠距離から攻撃するしかない。


「轟雷刀!」


 秋月の刀身を媒体として雷を纏う巨大な魔力刃を作り出した。それを大きく振りかぶり、


「打ち抜け!」


 一気に振り抜く。

 同時に伸びていく刃は向かってくる気弾を打ち消しながら、杏子へと一直線に進む。


「無駄ですよ、阿部君」


 刃の切っ先が触れる直前、刃そのものが一瞬で消失する。

 しかしその瞬間が隙となった。

 一真や隆浩達のような例外は存在するが、大抵の人間は刃物が近付くと本能的に恐怖を感じる。それが自分自身を傷つけないと分かりきっていてもだ。

 もちろん杏子は例外ではなく一般の部類に属していたわけで、数秒にも満たないが動きが完全に停止する。そこを狙って隆浩は一気に距離を詰め、彼女の懐に入り込む。


「私には届きま――――――」

「魔法だったらな」

「なっ!?」


 下から登ってきた拳には属性付加も身体強化もされていない。

 ただのアッパーは杏子の顎へ。これならばかき消されることなく、確実に彼女に一撃を与えることが出来る。

 そして直撃すれば脳震盪を起こし、彼女はそこで立つことが出来なくなるだろう。

 危険を感じ取った杏子は身体を反らして拳を避けようとする。だが、一瞬だけ拳が早く顎にかすり軽い脳震盪を起こした。

 ふらつきながらも距離を取ろうとするが、足下が覚束ない彼女と隆浩との間は広がらない。むしろ隆浩が詰めて来るので狭まる一方だ。


「っのぉ……」


 定まらない狙い。

 しかし、狙いが付かなくても当てる方法はある。

 アポロンが握られた右手を持ち上げると、その銃口は隆浩の腹部に張り付く。つまり零距離での射撃だ。

 この方法ならば狙いが定まらなくても当てることは可能だ。


「ヤバっ……」


 予定通りに引き金を引くことのできる京子と、銃口が体に付いてから動く隆浩。

 こうなったとき早いのは前者だ。

 隆浩もその答えに辿り着き、切り返しを行う。だが遅い。

 方向を変えている最中に引き金は引かれる。

 ドォン、という発砲音と共に隆浩体は後ろに吹き飛ぶ。

 真っ直ぐ飛んでいく隆浩を、彼女は追い討ちをかけるべく引き金を何度も、何度も引き続ける。

 地面に秋月を突き刺し勢いを殺し着地すると、飛んでくる気弾を愛刀で切り落としていく。

 そして何発目だろうか。気弾の中心に刃が届いた時だった。

 カチリ。

 そんな音が聞こえ、気弾は中から炸裂した。

 防御出来ないままの強烈な一発に、隆浩は崩れかけるがなんとか耐えきり体勢を保つ。


「危ない危ない。退場しかけるところだった」

「どういうことですか……どうしてまだそんなに!!」


 だが、そんなことよりも京子が驚いたのは目の前の敵の残りHPだ。

 この模擬戦では全員に18000のHPが与えらしかれている。

 隆浩の場合、彼女との戦闘の前に一真との|喧嘩(殺し合い)を行っており16000程となっていた。

そして今、京子の攻撃を二回直撃しHPは残り12000程。

 だがそれは、彼女にとっておかしいこと。あり得ないことだった。

 隆浩が受けた二発。どちらも派手な攻撃ではなかったが、一つ一つの威力はかなりのもの。

 なのに――――――、


「どうして10000以上もあるんですかっ!?」

「そんなこと、わざわざ教えるわけないだろ!!」


 右手に秋月。

 左手には魔力を圧縮して創り出した雷を纏う魔力刀。

 その魔力を振るうと魔力刀と同じように雷を纏う斬撃が、地面を傷つけながら彼女へ進んでいく。

 だがそれは魔力で出来ている。当然彼女には届くことなく、消滅した。


「何度やっても……っ!?」


 今気がついた。隆浩が意味がないと分かっていて魔力で攻撃したのか。

 斬撃は攻撃のためではなく土埃を巻き上げるため。それによって杏子の位置から隆浩は見えなくなってしまった。

 その土埃も一撃で吹き飛ばす。

 予想通りそこには隆浩の姿はなかった。代わりに存在したのは、彼が攻撃する前にはなかった巨大な穴。

 どこに行ったのか。それは十人中十人があの穴の中と言うだろう。そして杏子もそう判断していた。

 急いで穴に近付いて中を覗き込んで、自分の判断ミスに気がついた。穴は二メートル程度の深さで、どこかに繋がっているような横穴は存在しない。

 つまり、この穴はフェイクであり隆浩は地上にいるということになる。

 すぐに結界の中を見渡したが、隆浩の姿は確認することが出来ない。そう今までは。

 突然杏子の目の前に出現した隆浩は、すでに拳を作り振りかぶっていた。それは彼女の頬に叩きこまれ、その身体を吹き飛ばす。


「まだまだぁ!」


 杏子の身体が浮いて飛んでいくと同時に隆浩も動き始める。

 瞬動で追い付くと、


「がぁっ……!」


 今度は下から蹴り上げられ、重力に逆らい彼女は真上へ登っていく。

 肉弾戦を得意とせず、今まで一組での模擬戦でも自分の能力の対応策が魔法を使わない攻撃だと相手が気づくまでに強大な一撃で倒してきた。そんな彼女の身体に隆浩の一撃一撃が重く響く。

 そんな彼女が体勢を持ち直すことはもちろん出来ない。だから追ってくる隆浩の対処へ移ることが出来ないまま、彼が自分のもとにまで跳び上がってくることを待つことしかできなかった。

 腹部に叩きこまれたのは秋月の峰。

 身体強化をして全力で叩きこまれたそれは杏子を地面にた叩きこんだ。


(ん?)


 杏子に一撃を叩きこんだ瞬間に感じた違和感。

 人間の体ではなく何か固い物を叩いたような気がした。その正体が何なのかすぐに気付くことが出来た。

 気だ。

 隆浩が彼女の攻撃から自分の身体を守るように魔法でコーティングしたように、彼女も気で同じことをしていたのだ。それが今の固かった物の答え。


「しっかし、あんな子供だましみたいなのに簡単に引っ掛かるなんてな」

「ぐっ……どこに……」

「ずっと光の速さで動いていただけだよ。かなり負担になるからやりたくなかったんだけど」

「光速……」


 杏子も知識としては知っていた。

 黄色の魔法色を持つ人間は光の速さで動いたり、攻撃をしたりすることが出来るということを。しかしそれを実際に見たのは今日、この時が初めて。

 地面に叩きつけられても杏子の身体には傷は無い。それも気の鎧が防いだのだろう。

 しかし身体を打ちつけた痛みはある。その痛み耐えて立ち上がると、再び頭上に向けて銃弾を放つ。

 それは結界に当たると、二人を囲っていたそれを全て破壊した。

 隆浩を逃がさないために張っていた結界をなぜ自分で壊したのか。それは彼女自身が隆浩から距離を取りたいがためだった。

 結界が消えてなくなると同時に彼がいる方向とは逆に走り始める。

 肉弾戦を得意としない彼女は、これ以上近接格闘でダメージを喰らい続けるのはマズイと判断したのだろう。


「おいらのお株が……」


 よく分からない凹み方をしている内に、完全に杏子は森の中に姿を消した。

 この森の中に隠れられるとなかなか見つけられない。それは追いかけて入っても同様だ。

 誰もがあの中に入り込まれるのを嫌がるが、今の隆浩はそんな素振りを一つも見せない。冷静に秋月へ魔力を流し込んでいく。

 そして秋月を媒体とした魔力刃が再び出来あがる。その大きさは今日の模擬戦で隆浩が作った物の中で一番の長さと大きさをほこる。

 それを森に向け、


「どっせぇぇぇい!」


 振り抜いた。

 ずっと隆浩が魔力を流し込み続けているため、伐採をしている最中も魔力刃は長くなり続ける。

 右からゆっくりと消失していく森は、五分とかからない間に完璧に無くなってしまった。

 隆浩の想像では途中で杏子にぶつかり魔力刃が消え、そこで彼女の位置を把握するつもりだった。しかし、完全に振り抜くことが出来た。

 それはつまり杏子がどうにかして今のを避けたということなのだ。だがそれは隆浩にとって好都合。見晴らしが良くなったことで、この位置から杏子が丸見えになったのだ。


「このぉ!」


 隆浩を近付けないようにと銃口を向けるが、今まで彼が立っていた場所に姿はない。

 また移動を始めていたのだ、光の速度で。

 その姿は人の目には映らない、捉えられない。だから彼女の目の前という、射程圏内まで接近を許してしまう。

 隆浩が近付いてくる姿、そして構える姿が目で捉えることが出来ていれば避ける、防ぐは可能だっただろう。しかし、光速で動いてくる相手に対してどのように対処すればよいのか彼女にとっては今日が初めてのこと。

 今までの経験を一つも活かすことができないでいる。

 だから彼女が行ったのは簡易的な防御。つまり気を鎧として纏うことで防御力の底上げを図った。

 一般的に考えてみれば正しい判断なのだろうが、今回ばかりはそれは全く意味のないのだということに彼女は気づくことが出来なかった。やはりこれも知識として知っていただけで、実際に見たこの無い魔法を彼が使用している、ということが一番の原因だ。

 隆浩が杏子の目の前で一旦停止して、その後に攻撃を仕掛けるならば彼が身体強化をしていてもダメージ軽減は出来ただろう。だがその攻撃が光速を利用しての攻撃だったならばどうだ?

 その答えは明白だった。

 目の前にいきなり現れた拳は、鎧の防御力を完全に無視して彼女に一撃を叩きこんだ。


「かはっ……」


 そのまま飛んでいく彼女は地面に何度かバウンドして止まった。

 隆浩は止めのつもりで殴ったのだが、まだ彼女の意識は残っている。

 だから彼女はまだ立ち上がる。隆浩と戦うために。


「どう、して……」

「ん?」

「私は必死で努力したんです! 誰にも能無しと言わせないように! 誰にも負けないように! 家族として認めてもらうために! もう私は負けられないんです!」

「必死、ねぇ。その努力って、本当に誰にも負けないための努力もしたのか?」

「何が言いたいんですか?」

「その努力が認めてもらいたい、というところまでで止まってるからじゃないのか」

「ふざけないでください! あなた達みたいな落ちこぼれに、一組の私が――――――」

「はっきり言うぞ。一組はおいら達に絶対に勝てない」


 隆浩の宣言に驚いていた杏子だったが、その言葉をなんとなく納得できてしまっていた。

 だがそれでもすんなりとその言葉を飲み込むことがでいない。だから、自分の努力を、強さを認めさせるために再び構えた。

 隆浩もそれに見て構える。


「おいらから、いや十三組の全員からしてみれば魔力無効化っていう便利な力に頼りきっているだけで努力を怠っているようにしか見えないんだよ!」

「あなたに、あなたなんかに何が分かるんですか!」


 目に見える形で杏子の身体から気のオーラが立ち上る。

 走り出した。そこまでは隆浩も目で確認していた。

 次の瞬間には隆浩の目の前に立っていた。


「っ!?」


 何が起きたのか全く理解できていない状態だった。

 瞬動でもないし、黄色の魔法色を持つ者にしか使うことのできない光速移動でもない。

 近づく一瞬の間、完全に彼女の気配がこの空間から消え去っていたのだから。脚を使って移動を行うこの二つは当てはまらない。

 とある空間から空間に移動したのならば別だが。そこまで考えて、隆浩は一つだけ移動方法を思い出した。

 それは縮地。

 自分の進行方向の空間を縮めて移動する歩法である。

 この歩法の理論は何年も前に発表されていたのだが、成功者が少なく負傷者が続出したため危険魔法の一つとして認定されていた。

 だが彼女は成功した。

 なぜ魔力を持たない杏子がこの危険な歩法を完全な形で成功させることが出来たのか。何が成功のカギとなったのか。

 それについて隆浩は仮説を立てることができた。

 この歩法は魔力ではなく気でないと成功しないのではないかと。


(顎っ!)


 下から上がってきた杏子の掌。

 それは的確に顎、それも少し右側を狙っていた。

 身体を反らして何とか避けることができたが、無防備になっていたボディに衝撃を受けた。


「クソっ……」


 縮地が完全に予想外過ぎたことで、さっきまでのペースを全て杏子に持っていかれていた。

 もう一度それを取り戻すためには、何かしら大技を使うしかない。一番効果的なのは先に自分の身体から生やした巨大な尻尾だろう。

 しかしあれはもう使うことができない。


(一回きりの約束だからなぁ)


 しばらく考えた後、ふぅと息を吐く。

 少し熱くなっていた頭がゆっくりと冷えていく。

 そして隆浩の頭の中には一真が十三組の女子と戦う時によく使うセリフを思い出していた。

 『男女平等』。


「さて……」

「ひぃっ」


 突然、奇妙な悲鳴を上げた杏子。

 何故か分からないが、身体を蛇が這いずるような恐怖に襲われた。


「どうやって辱めよう」


 彼女の位置から見えた隆浩の表情かお

 それは十人中十人が声をそろえてこう言うだろう。

 善からぬこと考えている悪い表情かおだと。

 蛇と、蛇に睨まれた蛙。という構図がここに出来あがっていた。



   《次話へ続く》

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