「その程度とはね。私ならカズ君という単語でだけで(禁則事項だバカヤロー!)」byアッシュ・クリスティー
1
「ん?」
カメラ、そして戦闘中の生徒を見つけてカメラを誘導するためのサーチャーから避けるように森の中を移動し続けてしばらく。
目の前に見覚えのある、いや見覚えのあるどころかいつものように顔を合わせている小柄な男子生徒の姿が見えてきた。
「こんなこんな所で何してやがんだ?」
「おぉ、カズ君! 世界一か弱いおいらを、こんなに一人にすんなよ!」
テメェが世界一弱いなら、俺や他の人間もか弱いことになるだろうが。
いつもいつも思うがどういう基準でそんなアホなことを言ってやがんだ、このバカ狐は。
「つか、カズ君は止めろ! テメェに言われると気持ち悪くなるし、アッシュとかぶって鳥肌が立つ!」
「そんなこと言って、ホントはうれしいんだろ?」
「それ以上言うと、顔と体が分裂するぞ」
クソ狐の喉元に黒月の切っ先を当てる。いつでも切り落とすことができるように準備は完了していた。
それでもこいつは怯むことなく、いつもの人をバカにした調子で喋り続ける。
首を落とす前にその口を抉り取った方がこの世のためなのかもしれない。絶対にそうだ。
「照れるな、照れるな」
「ぶっ殺す!」
一閃。
振り抜かれた黒い刃はクソ狐の首ではなく、その後ろにあった木を真っ二つにしていた。
当の狐はすでに眼前から消えており、忌々しいクソ狐の気配は俺の後ろから。
こいつは俺が持っているような短時間で発動できる転移魔法は所有していないから、瞬動か。つまり瞬間移動ではなく高速移動でかわしやがった。
「ちっ……」
「殺す気か!?」
「ちゃんと、『ぶっ殺す』って宣言してから振り抜いただろ? こんな親切な殺人は存在しないぞ」
「親切でもなんでもないぞ、それ!」
これだけ騒いだのなら、そろそろサーチャーか何かが反応するか。
どこでなのかは分からねぇが、まだ戦いの音は聞こえてくる。この現状でサーチャーに見つかるのは、いろいろと面倒だな。
俺がカメラやサーチャーに見つからないよう動いていたのは理由がある。
1組の連中は俺達を的確に見つけている。特に俺とアリスを最初に狙ってきた連中は、俺達がどのタイミングであの場所に来るか分かっていたかのような攻撃だった。
開始早々にはあいつらのサーチャーを破壊するための魔法を全員でぶっ放した。まぁ。それでも生き残っていて俺達の場所を掴んでいたのかもしれないが、あの時は始まって間もない。
それなのにあんなに準備が整っているのか?
その辺りに違和感を感じ、アリスと別れて以来あちらに映らないように動いてきた。
たぶんこいつもそれには気づいているはずだ。
「そろそろ移動するか?」
黙って頷くと、転移のために魔力を汎用デバイスへ。
クソ狐は黙って俺の肩に手を置く。そうしないとこいつも転移できないからな。
魔法陣が足元に現れる。
「行くぞ」
光は大きくなり、俺達を包む。
そして光が収まったころには、さっきとは違う光景が広がっていた。と言っても同じ森の中だし20メートルしか移動していない。だから思いっきり景色が変わる訳でもない。
「あと2回くらい転移した方がいいんじゃないか?」
「言われなくても分かってんだよ」
数回転移を終えて、あることに気がいついた。
一切の音が聞こえてこないことにだ。
それと同時に、嫌な予感を感じた。
何に対しての嫌な予感なのか、今の時点では全く分からねぇんだが出来れば来てほしくはなかった。
俺の嫌な予感は自他共に認める的中率をほこるから。
今までに外れたことは数回しかない。
「どうした?」
「何でもねぇよ」
「ふうん。まぁ、そんなことよりも気になることがあるんだけどいいか?」
「何だよ?」
「千歳様とはどこまでいったんだ? もうCまでやったのか?」
「……」
「黙るなよぉ。教えてくれたっていいだろ?」
「……ふむ。そんなお前はどうなんだ? 確か、京都に――――――」
「黙れぇ!」
黙るなと言ったり、黙れと言ったり。こいつはどうしてほしいんだ。
「そいつのことだけは会話のネタとして出さないでください。お願いします」
土下座での懇願だった。
どういうわけか、この話題を上げるとこいつは恐ろしく低姿勢となる。
こいつがここまで低姿勢なのは面白くて、楽しい。が、今はこの状況を楽しんでいる場合ではないからな。そろそろ止めてやるか。
「つか、お前は誰を狙ってやがんだ? 俺みたいに決まった奴がいるようには思えねぇんだが」
「いるぞ。一組担任の娘の須藤杏子。年齢16歳。好きな物は甘いものと読書。嫌いな物は怖いもの。好きな異性のタイプは――――――」
「ちょっと待て。何でそこまで知ってんだ?」
「『公式風ちゃんファンクラブ』の情報網を侮ってもらっては困る」
「いや、引いてんだよ」
絶対に犯罪を犯してやがる。
いつか絶対にこいつらの悪行を暴いて警察に突き出してやる。そうじゃないと先生の貞操が危なそうだ。
「で、何でそいつなんだ?」
「自慢の娘をボコボコにされるのって、父親に対して最高の嫌がらせだろ?」
「そう……だな」
発言としてはかなり最低の部類だな。と言ってもたぶん、こいつが須藤杏子を狙っている理由は別にある。
詳しいことは分からねぇが、可能性があるのはうちの担任関係だな。それ以外に思い当たる節が存在しない。
「ん?」
クソ狐に顔を向けると、なぜか秋月を抜いていた。
「死ね、ナマケモノニート!」
「ぬぉっ!」
ブリッジするようにして体を反らし斬撃をかわす。
そして俺の代わりに、後ろから襲撃してきていた数人の1組生徒が吹き飛んでいた。
見ればこいつらのHPは0になっている。
そんな威力の攻撃魔法を、至近距離で俺にぶつけようとしやがった。
「よかったな、おいらのお陰で命拾いしたぞ」
生き生きとした笑顔で、そんなことをぬかしやがる人間のゴミくずが存在した。
よし決めた。
今ここで切り刻んで、ライオン檻に放り込んでやる。
つまり、俺はブチ切れていた。
「テメェが死ねや!」
黒月で狙うはこいつの首。
いい加減にこいつを殺す。原子残らず、この世から消し去ってやる!
「このクソチビが!」
ブチィ!
そんな音が聞こえたがもう知ったことか。
こいつがキレようがキレまいが、息の根を止めれば関係のないことだ。
「誰がヨクト級ミジンコ豆粒チビガキじゃぁぁぁ!!」
「んなこと誰も言ってねぇんだよ! その狂った耳、今ここで切り落としてやる!」
その後に首を落とせば、綺麗な生首の出来上がりだ。
黒月の刃がクソ狐の顔に近付く。
だがキレていても流石はクソ狐。冷静に秋月の刃で受け流した。
直後、刃をこちらに向け上から下へ振り下ろす。まるで俺の体を真ん中から真っ二つにするかのように。
バックステップで下がると、身体強化の魔法を使うために汎用デバイスへ魔力を流す。それはクソ狐の同じようで、あいつの身体を黄色の光が包む。
さあて、仕切りなおしだ。
トントンと2回跳び、一気に駆ける。
「くたばれ、クソ狐!」
「貴様が吹き飛べ! クソニート!」
刃と刃がぶつかり、ギィンという音が辺りに響く。
だがそれは一回では終わらない。
二回、三回、四回、五回と大刀と太刀がぶつかり合い、どちらも一歩も引かない切り合いが続く。
その余波と剣圧によって俺達の周りの風景は変わり果てた物へと変貌していった。
「紅之太刀壱式改・煉刃刀牙!」
「雷神剣・冥!」
漆黒の魔力を纏った刃と、雷を纏った刃が交わり爆発が起きる。
爆煙により視界が完全に0になる。
黒月を大きく振り、爆煙をなぎ払う。
一気にクリアになる視界。
そこで俺の目に入ってきたのは、秋月から伸びた帯電している巨大な魔力刃。こいつは見えないから、煙ごと俺を斬るつもりだったんだろう。
すでに準備は整っている。
これを迎撃するために魔法の準備をしている時間はないし、たぶん防御に徹しても押し負ける。
なら、やることは決まってる。
「轟雷刀!」
当たる直前、瞬動で空中へ。
クソ狐は刃をしまうことなく、空にいる俺に向けて振り抜いてくる。
今度は俺にも攻撃魔法の準備は出来る。黒月へ魔力を流す。
「紅之太刀壱式・煉刃!」
飛ばした斬撃は強制的に雷を纏う刃を弾くように押し戻した。
そして二発目。それをクソ狐へ向けて飛ばす。
刃を弾かれ後ろに持っていかれ体勢を崩してしまっていたクソ狐に、これを避ける余裕はなかったはず。だがこいつに今の一撃は直撃どこかかすりもしなかった。
どういうことだ?
だがその答えは俺の視界の中に現れた。
雷の結界。それが刃の軌道を変えて野郎の目の前に落としたわけだ。
やってくれるじゃねぇか、クソ狐。
魔力で足場を作りだし、空中に立ちこちらを見上げるクソ狐を見下ろす。
「さて、クソ狐。提案なんだが」
「奇遇だな。おいらも提案しようとしていたとこなんだ」
「そうかそうか。なら、テメェから言えよ」
「いやいやお前からどうぞ」
「じゃあ、同時に言うことにしねぇか?」
「いいぜぇ」
合図無しで俺とクソ狐は同時に口を開く。
「「死ねぇぇぇぇ!!!!」」
2
「ようやくカメラが見つけた二人ですが、何と模擬戦そっちのけで喧嘩を始めていました。しかしこの二人、どうして見つからなったんでしょうか?」
「理由は知らないけどカメラやサーチャーに見つからないようにしてたんでしょう。ホント、何やってんのよあの子たちは……」
「そうですね。このままですと今日中に模擬戦が終わらないかもしれませんね。それはそれで嬉しいんですが」
「教師の前でよく言えましたね」
「それが私ですから。そんなことよりもこの状況、完全に予想外でしたね」
「そうですね。これほど我々を侮辱できるとは……」
「侮辱、ですか。彼らを過小評価して侮辱しているのは先生ではないんですか? 本当に下に見ていると、痛い目を見るのはそちらですよ」
「身内がいるからと言って贔屓目で見ているのではないですか? そのような人間が生徒会長に――――――」
「見ていませんよ。私は家族がいても、このような時にそんなことは絶対にしません」
「えーと、言葉での攻防が続いておりますがそれでも私は実況を止めません! しかし、本当にこの二人の喧嘩、終わりませんね。資料によりますと、この二人はいつものように喧嘩をしているんですが一度も決着がついたことがないそうなんです。戦績は8760戦8760分けですね。通りで終わらないはずです」
「正しくは毎回誰かに邪魔されるから決着がつかないのだけど……どうしてそんな情報をあなたがしっているんです?」
「放送部はいろいろと情報を持っていないと皆さんにお知らせできませんからね。この程度の情報は簡単に仕入れることができますよ。例えば会長のスリーサイズとか――――――」
「今ここで死にたいのかしら?」
「目が笑っていないから、この話題はここで終わりとしましょう! 私の命が危ないですから! ところで先生。一組の皆さんは一か所に集まっているようですが、何をしているのか予想できますか?」
「そうですね。もうすでに問題児達の場所を把握することが出来たのではないでしょうかね。彼らは優秀ですから、それくらい出来て当然です」
「そうですか。さて、模擬戦も佳境。これからどうなってくのか、皆さん必見ですよ!」
3
クソ狐と殺し合いを始めてから……知らん。
そんなこと今はどうでもいい。肝心なのはこのクソ狐の息の根が止まっているのかそうでないのかということ。
振り下ろした黒月をクソ狐は身体を一回転させ、その勢いを使って弾き上げられた。そして、そのまま回転してもう一度俺のに斬りかかってきた。
魔力でコーティングした右手で刀身を掴む。
この行動にはクソ狐も予想外だったようで、完全に動きは止まってしまっていた。
まぁ、そうだろうな。戦闘中に自分の体の一部を傷つけるようなことは普通はしない。だが今のこの状況では俺はそれをしていた。
しかし俺の掌からは血は一滴たりとも流れていない。そのために魔力でコーティングして、刃が皮膚に届かないようにしたんだからな。
刃を掴んだまま俺はこいつを持ち上げ、地面へ向けて叩きつけるように投げた。
俺のいる位置は地上から五メートル。ここから地面に叩きつけられ打ちどころが良ければ骨折、悪ければ死だ。と言っても俺はこいつがそう簡単に死ぬとは思わない。こいつの生命力はゴキブリ並だからな。
予想通り俺の眼下ではまだクソ狐はピンピンしていやがった。
「いつまで生きてやがる」
「貴様が死ぬまでだ、一真」
本当にゴキブリみたいにしぶとい生命力だな。そのせいで地形が変わっちまっただろうが。
しかも俺達の周りから木という木が無くなってしまって、森ではなく平地に変貌してしまっていた。それがどういう意味を示すのか。
俺達の場所が丸見え、ってことだからな。まぁこうなる。
「ちっ……」
頭上に現れた大量の魔力弾。
この辺りにいるだろうと判断した一組奴らが行った攻撃で間違いない。
「「邪魔だぁっ!!」」
同時アーマメントデバイスを振るう。それによって起こった衝撃波は雨の様に降り注ごうとしていた魔力弾を一つ残らずかき消した。
これで、えー……何戦目だっけ。まあいい。つまり、また俺とクソ狐の決着がまた付かないことが、たった今決まったわけだ。
何で毎回毎回邪魔されるんだろうな。
「何のつもりだ、テメェら?」
「それはこっちのセリフだ落ちこぼれ共が。何二人だけで楽しんでやがんだ?」
「少しは俺達のことを考えることも出来ないのか?」
お前らのことを考えるくらいなら、まだアッシュの野郎に追いかけられる方がまだマシだ。と言っても、実際その場面になったら全力で拒絶することは確定事項なんだがな。
気づけばあの二人の言葉に合わせるように、その後ろに立つ奴ら笑ったり何かを言っていた。だが、たった一人の女子が黙ったまま立っている。
何だ?
「……」
まぁ、俺からすればそんなことは心底どうでもいい。
今気にしなければならないことは、こいつらの足下に転がってる女子生徒の方。そいつはどう見ても俺の妹の一美。なわけだが、魔力で作られた鎖に巻かれボコボコの状態。
つまりこいつら神童家の、俺の敵になったというこがたった今決まった。
さて始める前に、こいつに聞いとかなければならないことがある。どいつが須藤杏子なる人物なのかということ。間違ってぶっ飛ばしたらマズイからな。
「クソ狐、どいつだ?」
「あいつだ」
クソ狐の指さす先。そこにはさっきから黙った下を向いたままの女子生徒。あいつが須藤の娘だったのか。
それにしてみればあの教師ほど雰囲気が感じられない。本当にあの野郎の娘か? 別人じゃないのか? いろいろなことが思い浮かぶがこの犯罪者予備軍の筆頭、ダメクソ狐が言っているのだから間違いないんだろうな。
そんあ断言の仕方は遠慮したいが。
「分かった」
つまりあいつと、俺の狙いの二人。そして愚妹を残して、残りの野郎共を一撃で退場させればいいわけだな。
簡単だ。バカみたいに簡単すぎて余計なことまでしてしまいそうになる。例えば、残さなければならないあいつらみまで必要以上のダメージを与えてしまいそうになる。
「来い……」
「出ろ」
たった一言、そう呟いた。
直後、奴らの顔の色がぬり絵でもしているのかのように変わっていく。
ちなみの俺達は言葉を発しただけで、まだあいつらに対して何もしていない。これは断言してもいい。
「何だ、それ……」
赤黒い魔力色の魔力と共に現れた一匹の巨大な漆黒の龍。金色の魔力色の魔力と共に生えた黄金の狐の尻尾。
どちらも高密度、そしてとんでもない量の魔力、更には存在しないはずの魔力色で構成。そんな見たこともない異常な存在が現れたことで、こいつらは動きを止め言葉を失ってしまっていた。
「6人」
「は? 突然何を言ってやがる?」
「今から1分後に残っている人数だ」
「ちなみ6人の内3人はおいら達二人と、そこの一美だ」
「寝言は、寝て言いやがれぇぇぇ!」
「待て、壬生!」
「九龍之太刀一刀……」
「招来・一尾……」
狙いはキレて俺達へ向かってくる壬生と呼ばれた奴ではなく、向こうで固まってしまっている有象無象のクズ共。あいつらを消せば状況は五分になる。
黒月の刀身から大量の魔力が溢れ出ている。
では、開幕の祝砲を盛大にぶっ放すとするか。
「閃破ぁ!」
下から上に、逆袈裟に振り上げる。
斬撃は魔力に乗せて飛ばす。煉刃と魔法の原理は同じだが、威力は全くの別物。
「霆雷!」
クソ狐の掌から撃ちだされたのは一筋の雷撃。
それは砲撃のように一直線に進んでいく。
二つの魔法はほぼ同時に着弾。
爆発を起こし、そこにいた全員のHPを平等に全て削り取った。表示されている数値はここに残っている6人を除き0。
つまり、俺の予告は当たった訳だ。
残ってる3人は、完全に放心状態。
止めてくれよ。心ここにあらずで負けました、何てクソみたいな言い訳は。そんなのを俺は一切望んでいないんだからな。
俺が今一番望んでいることは、テメェらがプライドをボコボコにされて負ける姿だ。それ以外じゃ、俺は満足しないからな。
「うじゃうじゃいたのも消えて、これでスッキリしたな。じゃあ、始めるとするか。雑魚共」
4
『な、な、何ということでしょうか! 二人が放った魔法だけで、たった二つの魔法だけで状況が一変したぁ! それにあの魔法色! あんな色は見たことはありません! ここにあります資料によりますと、神童君の魔法色は黒。阿部君の魔法色は黄色となっておりますが……今二人が纏っているそれは全く違う色! これは一体、どういうことなのでしょうか!?』
モニターでは、観客席にいるほとんどの人間の予想を完全に上回ることが起こっていた。
バカにしていた十三組が、あのような桁違いな存在を呼び出したこと。そして一撃で『優秀』と言われている一組を吹き飛ばしたということ。
十三組を下に見ていた生徒、教師は理解が追い付かないでいた。
そのような雰囲気が満たしているなか、とある一角はいつも通りの状態を保ってた。
その一角とは十三組生徒、その関係者のいる場である。
「あの二人の本気、喧嘩以外だと久々に見るよね」
ここにいる誰もが首を縦に振る。
一真と隆浩は、いつも喧嘩の時だけしか本気を出さない。自分たちの力がどれくらいの物なのかを理解しているがために、模擬戦ではあまり出すことはない。いや出せないのだ。どうなってしまうのか理解しているから。
だから二人がリミッタ―があるとはいえ、お互い以外を相手に全力で戦うことは珍しいことなのである。
しかしこうなってしまうと、とある問題が生じてしまう。
ここに来ている鈴蘭、晶彦、そしてそれ以外の中等部の生徒は高等部の生徒が行う集団模擬戦の見学。つまり勉強という形でここに来ている。
しかしこれから始まる戦闘はおそらく、いや間違いなく勉強にはならない。
タブーに触れられることなく戦うことが出来たのであれば、隆浩は勉強になる戦い方をするかもしれない。悪戯をするという方向に思考が向かなければ、という大前提があるが。
だがもう一人は違う。一週間前に姉である神無を侮辱され、幼馴染の千歳を入院させ、妹である一美を踏みつけている相手を目の前にして冷静でいられるわけがない。むしろ、現在進行形で怒りが急上昇している可能性だってある。そうなってしまえばこれから起きるのは『一真の、一真による、一真のための蹂躙ショー』が始まってしまう。
中学生(鈴蘭と晶彦という例外を除き)に対して悪影響しかもたらさないそれを見せることは出来ない。
そうなれば咎められるのは……間違いなく担任である風路である。
その答えに行き着いた彼女は、今日何度目となるだろうか。またもやダークモードへ変貌していた。
今の彼女に関わるなと、全員の本能が告げていた。もし喋りかけるようなことがあれば、二人に与えるであろうお仕置きに巻き込まれることは間違いないだろう。
「……」
「どうしたの、晶彦?」
「一真兄ちゃんの目的って、簡単言ったら仇討ちだよね?」
「うん。お姉ちゃん達と、千歳さんのことのだよ」
「なら兄ちゃんは? 僕の知ってる限りだと東雲先生を侮辱した一組を全員ボコボコにすること、だよね。でも、それは一真兄ちゃんが達成しちゃうから何なんだろ?」
「……お兄ちゃんの抹殺?」
「その線があった! 鈴蘭って天才?」
ありそうで怖いが、その回答は大きな間違い。
二人ともそれは分かっているが訂正する気は0。あの『キングオブ良い子』と言ってもいいような鈴蘭でさえ聞こえていないことをいいことに散々な言いよう。
いつも困らせられている兄への仕返しのようなものである。隣で聞いてた千歳はそれを理解していたのか、終始苦笑いを浮かべていた。
結局隆浩の思惑は分からないまま。もやもやは消えない二人だった。
だが一人、この場で唯一の教師である風路だけが彼の考えに思い当たる節があった。
鈴蘭達の話を聞いて、一真達の高等部入学時に学園長から聞いた話を思い出していた。とある少女の名前と病気の名前を。
「もしかしてぇ、あの娘のことに気付いているのかしらぁ? そうなのだとしたらあれの目的はぁ……」
そういうことになるのかしらねぇ、と小さく彼女は付け足した。
『あのような存在まで登場したこの模擬戦! 一体どうなってしまうのか!? それはここにいる誰にも予想出来ません!』
全員の視線は決着がつこうとしている向こうが映るモニターに戻っていた。
《次話へ続く》