「お兄ちゃんの匂い。それだけで私は(禁則事項!)」by神童一美
1
ウチのクラスと一組の決闘が決まってから3日。俺は高天ヶ原学園の隣にある病院に、たった一人でやってきていた。
理由はもちろんここに入院している千歳の見舞いだ。
何で一人でなのかというと、他に色々と連れてくるとウザいから。
特にクソ狐と一美とアッシュが。
「千歳、来たぞ」
病室に入ると千歳は笑顔をこちらに向けてくれた。
だが身体の方はそういうわけにはいかない。所々に包帯が見えているし、利き手である左手と左足はギブスがはまっていた。
「来てくれたんだ」
「あぁ」
「ありがとう、一真」
「ほれ、これ土産だ」
持ってきた袋には、こいつの好きなプリンが三個ほどある。
「ありがと。そういえば昨日風ちゃんから聞いたよ、一組との決闘の話」
先生も来てたのか。
「今回ばかりは俺も限界だったからな。ババアに直談判してきた」
「それでおばあちゃんがよくOKしたよね。いつもどこのクラスとも戦わせないようにしてたのに」
「ババアも今回は無視できねぇんだとよ」
「そっか。絶対勝ってよ」
「当たり前だ。お前のこと、それに姉さんをバカにしたことを後悔させてやる」
「私のことだけじゃないんだ……」
「何か言ったか?」
小さな声で何かを呟いたような気がした。
しかもかなり不満そうにしているし。
「何でもないよ。ただ、やっぱり一真は超ド級のシスコンだなって思っただけ」
「シスコンじゃねぇよ!」
「ま、そういうことにしとくよ」
この野郎……まぁ、これだけ元気そうなら問題ねぇか。
「そうだ。試合、見に行くから」
「来られるのか?」
「車椅子だけどね。風ちゃんが許可取ってくれたよ」
ま、これだけ元気そうなら医者も許可出すだろうな。
「そっか。俺達が勝つところ、その目でちゃんと見てろよ」
「うん!」
そんなことよりもだ。
「テメェら、いつまでそこにいやがる?」
振り向かないまま扉の向こうに向かってそう言ってやった。
「え?」
すると病室の入り口が開き六人が入ってきた。
千歳の奴は全く気がついていなかったようで、思いっきり驚いてやがる。
「チッ、気づいてやがったか」
「久しぶり一真兄ちゃん、千歳姉ちゃん」
「今ここでケガしようかしら? そうしたらお兄ちゃんとお医者さんごっこ……」
「お姉ちゃん、目的変わっちゃってるから」
「弱っている今なら、ここで消し飛ばせそうね」
「さすがにそれはさせなかいから。ヤッホー、千歳。元気にしてた?」
上から順にクソ狐とその弟の阿部晶彦、一美、鈴蘭、アッシュ、アリスだ。
こいつら尾行してやがったな。
「たくっ……」
でもまあいつも通りの光景ってのも悪かねぇか。
あの発表から学園内では俺達と一組、どちらが勝つか賭けが行われていた。しかも学園長公認で。
あのババアめ。
まあいいんだけどよ。 で、今日はその当日。俺達は控え室に揃っていた。
つってもいるのは三十二人ではなく、その約半分の十五人なんだがな。
「今回のメインはお兄ちゃんとそこのチビ狐」
最後の言葉に反応を示すクソ狐を無視して、一美は話を続ける。
一美よ。無視するなら初めから怒らせんなよ。面倒なんだから。
「それでいいわね?」
一美の言葉に全員が頷く。
最初からそのつもりだったらしい。
「あとは風ちゃんがお婆ちゃんから許可を取ってきてくれるかだけど……」
と話していると、バンッと勢いよく扉が開いた。
「リミッターの一段階解除の許可がおりましたよぉ!」
朗報だった。
これで一組と同等の力が出せる。
『間もなく開始の時間となりますので、生徒の皆さんは転送ポートにお乗りください。繰り返します……』
つまり開始15分を切ったわけだ。
「クラスのみんなと応援してますぅ。皆さん、がんばってくださいぃ」
『おう!』
2
「さて、まもなく始まります、一組対十三組の集団戦! 今回の解説は放送委員会会長である私、織田有希が努めさせていただきます。そして今回のゲストはこのお二人! 我らが生徒会長、神童神無会長!」
「よろしくお願いします」
「そして一組担任の須藤先生です」
「よろしく」
「今回は一年でトップの一組と、問題児と言われている十三組の試合。生徒の間で行われていた賭けでは、ほとんどの生徒が一組に賭けていますね」
「当たり前です。十三組程度に負けるわけがないでしょう」
「なるほど。会長はどう思います?」
「私達会長連は全員が満場一致で十三組の勝ちに賭けました。あなたも知らないわけないでしょう、織田さん」
「なっ!?」
「まあそうなんですけが、それは言わない方向でお願いします。おっと、一組と十三組の生徒が出てきたようですね。今回の戦闘では十三組は半数の生徒しか出ていないようですが……手元の資料によりますと、残りの生徒は負傷しており参加できないとのことですね」
「ふっ。ただでさえ最低のクラスなのに、ここまで数に差があると負けは確定ですね」
「そうでしょうか。数には差がありますが、それだけで負けが決まるとは思いません」
「まるで一組が十三組程度に負ける、と言っているように聞こえますが」
「ええ、そう言っています。言わせてもらいますが、十三組をナメていると痛い目を見ますよ」
「あんな問題児クラスに負けるわけがない!」
「あなた達は問題児=堕ちこぼれと思っているようですけど、それは大きな間違いですから。今ここでそれを知ってください」
「解説席でも激しい言葉での戦いが始まっていますが、まもなく一組と十三組の決闘が始まるようです!」
3
予想外だったな、会長連が全員俺達の勝ちに票を入れてるとは。
「あー、もうちょいで始まるから行動の確認するぞ。開始直後、全員が出来る限り広範囲に魔法を放つ。それが着弾と同時にそれぞれ別れて行動。OKだな?」
全員が頷いてくれる。
『カウントダウン開始します。3』
全員が喋ることを止め、これから始まることだけに集中していく。
もちろん俺の頭の中から余計なことは消えていった。
『2』
そしてカウントダウンだけに耳を傾け、
「……ふぅっ」
誰よりも早く行動に移せるように体から力を抜く。
『1』
行くぞ。
『0』
カウントダウンが終了すると同時に、十三組勢は一斉にアーマメントデバイスを展開。
魔法を発動させるために魔力を流し込み、
「撃てぇっ!」
空、地上を全方位に魔法を放つ。
これを行った目的は遠隔探査系の魔法を潰すため。
その魔法は発動までの時間がどんな魔法よりも短い。だから、サーチャーで捜される。
だがサーチャーがまだ攻撃の届く範囲にいないかもしれない。もしかしたら、その魔法自体を使っていないかもしれない。
そうなればこれは相手に居場所を教えただけ。それでも使ったのかもしれないという可能性がある限り、全く意味のない行動というわけじゃない。
「行くぞ、アリス」
「うん」
他のメンバーも二人、または三人でバラバラに森の中に消えていく。
その方が動きやすいからな。
「どうする一真?」
「やることは決まってるだろ。一組の奴らを一人残らず潰す」
「それはそうなんだけど、相手の場所も分からないのにどうするの、って話」
「……フム」
「絶対に何も考えてなかったんじゃない?」
「いや、気のせいだ」
「そっ。なら……」
本音を言えば何も考えてなかったんだが、まあ言わないでおくか。
「一真の考えを教えてよ」
「うっ!」
「やっぱり何も考えてなかったんだ」
「まあ、適当に歩いてりゃああっちから近づいてくるーーーーっ!」
隣にいたアリス突き飛ばした瞬間、俺との間を光の筋が通り抜けた。
長距離攻撃魔法。
しかも相手のアーマメントデバイスはライフル系統。
来やがったか。
「紅之太刀壱式・煉刃!」
攻撃が飛んできた方向へ斬撃を放つ。その刃は木を切り倒しながら進んでいく。
いない……煉刃の範囲外からの攻撃か。それなら面倒だな。
「アリス。お前の魔力糸で何とかなんねぇか?」
「無理。もし届いたとしても、そこにいるのが今の魔法を使った奴か分からないから意味がないと思う」
「ちっ……」
近づくのは面倒だし、だからと言ってこのまま狙われるのも腹が立つ。
しょうがない、こっちから出向いてやるか。直接そっちにな。
「アリス、手ぇ貸せ」
「え、えっ!?」
「いいから早く出せ!」
「う、うん……」
おずおずと出された手を掴むと、汎用デバイスに魔力を流し込む。
これから使うのは転移魔法。それも俺が戦闘用に改良を重ねた物。
本来の転移魔法は、転移が始まるまでに数十秒の時間が必要だった。だがそれを削りに削って、ほぼ0にまで減らすことができた。
これを千歳やこいつに見せたら転移じゃなくて瞬間移動だ、って言われたな。
「何するの?」
「転移を繰り返して、狙撃してきた奴の近くまで移動する」
そんな会話をしている内に、次の魔力弾が真っ直ぐ向かってきていた。しかも、今度は一発ではなく複数の弾が見える。
まさか、俺達を狙っているのは一人じゃねぇのか?
「行くぞ」
「うん!」
この転移魔法の最大移動距離は20メートルほど。何回繰り返せば、狙撃してきた奴の所まで行けるだろうな。
そして転移を繰り返すこと五回ほど。木の枝の上に着地した俺達の視線の先には一組の生徒が10人ほどいた。その中の何人かはライフルの形をしたアーマメントデバイスを手にしている。
つまり、こいつらが俺達を狙っていた奴らなわけだ。
ここで潰すか? だが、こんな林の中で戦闘になるのはいろいろと厄介だ。今のところは戦わないでこの場から離れるか。
「アリス、もう一回転移するぞ」
「戦わないの?」
「戦うなら、黒月が振り回しやすい所でやる」
「確かにそうだよね」
さて、転移だ。そのために魔力を汎用デバイスへ流し込もうとし始めた時だ。
真横から、バキィという音がした。
「は?」
自分でもすっとんきょうな声を出したと思う。だが、それだけの事が目の前で起きやがった。
何が起きたのかというと、枝が折れてアリスだけが下に落ちたのだ。
もちろんそれには一組の奴らも気がつかないわけがない。
「いたぞ!!」
「神童と桜ノ宮だ! 狙え!!」
ちっ。本当に面倒だ面倒なことになった。
これに関してはアリスを責めることはできない。枝の脆さなんて誰も分からないからな。
「黒月!」
顕現させた黒月に魔力を込めながらアリスを追って俺も枝から落ちる。
銃口が俺に向けられる。穴の中に見えるのは、魔法を使う際の魔力の光。だが、遅い。
いつでも転移を発動できるようにしていたおかげで、発射されるよりも早くその場から消えた。
「なっ!?」
「どこに行った!?」
「ここだよ」
「いつの間に――――」
10人ほどの中に転移すると、一人ずつ確実に意識を刈り取っていく。
「一真! 後ろ!」
その声に反応して振り向けば倒しきれていなかった奴が、三叉槍型アーマメントデバイスを逆手で持って降り下ろさんとしていた。
防御、又は回避をしようとしても間に合うか微妙だな。
「させるかっ!」
「このっ! 離しやがれ!!」
「誰が離すか!! 一真、早く行って!」
「だけどよ……」
「早く行けバカズマ!! 今回はあんたを最後まで生き残らせないとダメなんだから!」
「ちっ……わかった」
しぶしぶ頷くと、アリスに背を向けて走り出す。
アリスなら、あの程度の相手は大丈夫だろ。そう自分に言い聞かせながら。
それでも俺は嫌な予感を消しさることはできなかった。
4
「マズイわね」
「隆浩を逃がすことは出来たけど、これじゃカズ君に会えない!」
「会う必要のないあなたが、何故そんなことには気がついてしまったのかしら? でもまあ、そんなことよりもこの状況をどうするのか考えてほしいわね」
今、一美とアッシュ、そして二人の十三組生徒は十人以上の一組の生徒に囲まれてしまっていた。
逃げはなんてない。一真のように短時間で発動することのできる転移魔法を、持つ者もいない。完全に追い詰められていた。
唯一、この状況を打破する方法は彼らを全員倒すしかないというわけだ。
「あのチビは逃がすことが出来たから、まあいいんじゃない。今回はカズ君とチビが切り札なんだから」
「そうね。後やることは、こいつらを消すこと」
一美が弓型アーマメントデバイス『黒姫』を構えると、アッシュ達もアーマメントデバイスを構える。
臨戦態勢となった彼女達に合わせて一組勢もアーマメントデバイスを取り出した。
「やってみなさいよ、底辺クラスのビッチ供」
「あなたのような恥を知らないような女に上から言われても、ちっとも嬉しくないわ。むしろ気持ち悪くなるだけよ。言われるならお兄ちゃんに言われないと、感じもしないわね」
「変態が……」
言われている場面を想像したのだろう。完全に妄想の世界にトリップしてしまっていた。
その状態は隙だらけ。
そんな一美に攻撃しない訳がない。一組の生徒達は一斉に仕掛けた。
「ホントは守りたくないけど、今は勝つため!!」
自分に言い聞かせるようにして一美の前に出ると、アッシュは鉈型アーマメントデバイス『美爆猪獄』を降り下ろす。
美爆猪獄の刃が地面と接触すると、大きな爆発が起きた。
それにより一組勢は虚を付かれ攻撃のタイミングを失った。そして一美も妄想の世界から帰還した。
「容赦無しで行くわよ」
一美が弦を引くと、彼女の周りに魔力で造り出された矢が人数分出現した。
「私はね、お兄ちゃん以外が相手だとドSなのよ」
どうでもいいカミングアウトと同時に弦から手が放され、全ての矢が相手の胸へと向かう。
全てが心臓の場所を狙っている。
当たっても死ぬことはない。だが、魔法が急所に直撃すれば気絶は免れない。
この集団戦のルールとしては相手全員を戦闘行動不能にすればいい。その方法は様々だが、一番簡単なのは相手を気絶させていけばいいのだ。
普通はダメージを蓄積させたりするが、流石は一真の妹。初手から一撃で意識を刈り取る方法を選んだ。
「あまいっ!」
二、三人の胸には刺さったがやはり十人近くの生徒が残った。二倍近い戦力差があるが、彼女達は全く諦めるという様子はない。
「東絛君は左の二人、結城さんは右の二人をお願いするわ」
「私とあんたはどうするの?」
「残りの六人をいかに無惨な方法で倒すか、考えながら倒しましょう」
「賛成っ!」
ほぼ一斉に四人が動き出した。
このとき、一美とアッシュは少し焦っていた。この状況で増援が来れば、ただでさえ劣勢の状況が更に悪化する。
それを予想して、二人はこのような無茶な作戦を選んだ。
「あなたには頼みたくないのだけど、今だけは例外として言うわ。援護してあげるから、前衛で戦いなさい」
「それのどこが頼んでるのよ。少しは下手に出る、と言うことが出来ないの?」
「下手に出ているじゃない。私が後衛という点で」
それは下手に出ているとは言わないのだが、これ以上言っても全く効かないと判断したアッシュは目の前の相手に眼を向け思考も切り替える。
ここにいる一組の生徒を倒すと一真が誉めて、じぶんのことを抱いてくれると。そんなことは絶対にないのだが。
「おい、神童!! アッシュ!! 真面目に戦え!!」
「そんなことは言われなくても分かっているわ、東絛君。だけど、少しは緊張をほぐした方がいいじゃない?」
「知るか!!」
そう言い返すと東絛は戦闘に戻った。
わざわざツッコミをするためだけにやって来たのだが、その効果はちゃんとあった。
再び黒姫を構え弦を引く。今度は複数の矢ではなく、魔力を凝縮させた一本のみ。
前回と違い、全体攻撃が出来るわけではない。だが、この魔法を使ったのにはちゃんとした理由があった。
一直線の攻撃は当たり前のように避けられた。が、その矢の効果は地面に突き刺さった時に発動した。
矢を起点として黒いドームが出現する。それは一気に大きくなり一美とアッシュ、そして一組の生徒六人を呑み込んだ。
「なっ!」
「何だこれは!?」
「一種の結界よ。これで外からは完全に隔離されたわね」
「外から増援は見込めない。数の少ないこちらからしたら、これ以上にありがたい状況はないわ」
「そうだとしても数は圧倒的にこちらが上なのよ!」
二人に向けて、六人が囲むように迫ってくる。
今度はさっきと違いもう一度矢を六人分作り出す。そこへアッシュが黒姫へ魔力を流し込む。
「同じことが何度も通用するとでも?」
そう言われても一美は無視して弦を放した。
共にアッシュが走り出す。
先に相手に接近したのは一美の。ただの矢と判断してそれを避ける者と弾こうとする者。
ドォン!
爆発。
それに巻き込まれたのは、向かってきた矢を弾いた生徒だけ。それ以外の生徒は爆発に巻き込まれることはなかったが、後ろの地面が爆発で吹き飛んでいた。
何が起きたのか理解することが出来ていない生徒たちに強襲をかける。完全に隙をついた攻撃に彼女達は抵抗することもできず、美爆猪獄の爆発に巻き込まれ意識を失っていった。
数で圧倒しようとしていた彼女達は、十三組の二人の攻撃によりあっという間に沈黙した。
「あっけなかったわね」
結界の起点となっていた矢が消える。
漆黒の天井が割れて、元の青い空が二人の目の前に顔を出した。
「残りは二十人ちょっと。お兄ちゃんと阿部君のためにも、もう少し減らしてあげたいところね」
「減るのはお前たちだよ」
突然の男の声。
十三組の生徒の物でないことは振り向かなくてもそう判断することはできた。だが状況を判断するためにそちらに顔を向けなければならない。
それが彼女達にとって最悪だとしても。
声の主だと思われる男子生徒を筆頭とした生徒達が二人の前にいた。そして、その男子の足元には見知った顔の人物が転がっていた。
「ごめん、二人とがふっ……」
「誰がしゃべっていいって言ったよ」
「女の子をそんな風に扱う男は、絶対にモテないのよ」
「ウチのクラスのチビ狐よりもモテないことは確定ね。女の子の友達とかいないんじゃない?」
「勝手に言っていろ」
一緒にいた東條と結城の二人は気を失って倒れていた。
おそらく彼らに襲われ倒されたのだろう。
「そこで転がっている、無個性。特別に助けてあげるから、これが終わったら私のことを崇めなさい」
そう言って再び黒姫を構える。
「こいつらを倒したら、カズ君に抱いてもらうことができる! というか、私から押し倒してカズ君の息子を……」
邪な炎がアッシュの瞳に宿る。
一真が今の彼女を見たら間違いなく逃げ出していただろう。いや、逃げだしていた。
「お前達もこの女みたいになるんだよ!」
日本刀型アーマメントデバイスを取り出し二人へと迫る。
後ろにいた一組の生徒達も、各々のアーマメントデバイスを手に走り出す。
「お兄ちゃん、阿部君。あとは頼んだわよ」
5
「みんなが頑張っているのにぃ、あのダメニートとチビダメ狐はぁ?」
ここしばらく大型モニターに映らない一真と隆浩。
何をやっているのか全く分からない二人に対してのイライラがたまり、風路はダークモードへとなっていた。近くに十三組の生徒と彼女のことを知っている人間しかいないので問題ないが、他のクラスの生徒がいたらどんな反応をしていたのだろうか。
「まあ、兄ちゃんと一真兄ちゃんだからあまり気にしなくてもいいんじゃない?」
全く気にしていな様子の隆浩の実弟の阿部晶彦は、画面を見ながら本日五本目となるアイスの袋を開けようとしていた。
晶彦と共に見学に来ていた鈴蘭もそんなに心配している様子はなかった。
「そうなんですけどぉ、あの二人じゃないですかぁ。どこかでサボっていないか心配なんですよぉ」
「確かに、一真と隆浩君ならありえそうだよね。もしかした、どこかで喧嘩してるかも」
「あ~、兄ちゃん達ならありえそうかも」
本人達のいないことをいいことに、言いたい放題に言う彼女達。もし、ここに一真と隆浩がいればどうなっていたか。
「隣、いいですわよね?」
突然後ろからかけられた声。
その声はこの学園に関係ある人間ならば誰もが知っている声。むしろ知らない人間がいたなら奇跡だろう。
生徒会副会長兼会長連副長のアンナ・シロガネである。
風路の返事を聞くことなく彼女は隣に腰かけた。
「かなり劣勢のようですけど、あの二人は何をしていますの?」
ある意味、現状でもっとも聞いてはならない問い。
それに対して、風路は一瞬でダークモードへと変貌する。
「そんなに聞きたいのかしらぁ、お嬢様?」
「そのお嬢様というの、止めてほしいのですけど! というか、どうしてそんなにキレていますの!?」
「アンナさんが聞いちゃいけないことを聞いたからだよ」
千歳がそう説明するが、アンナには全く訳がわからない。
ただ気になったこと聞いただけなのに、こんなに敵意むき出しで睨みつけられるなんて思ってもいなかったのだから。
「私がダメニートとぉチビダメ狐が何をしているかなんてぇ、知るわけがないわぁ。そんなに知りたいのならぁ、魂だけをあちらへ飛ばしてあげましょうかぁ?」
遠まわしに死ねと言っているようなものだった。
「え、遠慮させていただきますわ」
「そうぅ? 未体験の快感を知ることができたかもしれないのにぃ」
ここにいる十三組生徒+αが背筋に凍るような悪寒が駆け抜けた瞬間だった。
何人かはその快感を期待している者いたとか、いないとか。
「副会長さん」
「どうしましたの、鈴蘭?」
「何か用があったんじゃないですか?」
「ないですわよ。ただ、クラスの子たちは一組を応援していてなんとなく居心地が悪かったからここに来ただけですの」
「そういえば、会長連の人達はみんな私達に賭けたんだったよね?」
「えぇ。神無がそう提案して、誰も反論がなかったからそうなったんですの。言っておきますけど、あなた方は問題児であって落ちこぼれではありません。そして実力もちゃんと認めています」
「へぇ、分かっているのねぇ」
「素行だけで判断なんてしませ――――――」
『死ねぇぇぇぇ!!!!』
モニターの向こう側から聞こえてきた、今までどこにいたのか分からず風路の怒りのスイッチとなっていた二人の声。
しかし、その声はどう聞いても怒気と殺意が込められている。この場合、一組相手にそう叫んでいると考えるのが妥当。なのだが、ここにいる十三組関係者にそう考える者は一人もいなかった。
「まただね」
「またねぇ」
「またですね」
「ほら、僕の言った通りだったよ」
千歳、風路、鈴蘭の順に同じ単語が零れる。
モニターの中では模擬戦そっちのけで二人が本気で喧嘩の真っ最中だった。
「どうしたらこうなりますの?」
「兄ちゃん達の喧嘩は呼吸するのと同じだから、原因がどうこうよりも一緒にするな。混ぜるな危険、と同じかな」
「……」
「戻ってきたらぁ、あの二人は拷問確定ねぇ」
6
一真がアリスと別れてから二十分近く。
隆浩が一美達と別れてからちょうど十分。
そして風路たちがモニターで爆発音と、二人の怒号を聞く三十分前。
混ぜるな危険の二人は森の中で合流していた。
《次話へ続く》