「一話から回想スタートかよっ!」by神童一真
本編の開始です。
1
夏。
単に暑くて寝苦しいから、という理由から俺が最も嫌いな季節だ。
いくら冷房をつけていても、布団を被って寝るからキツいんだよ。
今は6月が始まったばかり。つまり初夏で、湿度の高い時期。
夏、そして残暑がある9月が終わるまでまだまだ先だ。
俺の憂鬱は夏に関する言葉が消える日まで続く。
とまあ、ここまではただの現実逃避。
耐え難い現実という訳じゃねぇんだけど、今起きていることから目を背けたかったというだけ。
「……」
放課後の一年十三組の教室。
机や椅子は全部後ろに運ばれ、俺達は空いた所に立っている。訳なんだが、数人を除いた三十人近いクラスメイトの様子がおかしい。
何がおかしいのかというと、こいつらの身体から殺気が発せられているからだ。しかもそれが教室に充満している。
離れた位置から見ているけどかなり異様な光景だな、これ。
そんな感じで傍観に徹していると、突然こいつらの雰囲気が変わった。
「風ちゃんは俺達のぉ!」
「「「「「女神ぃぃぃぃぃぃ!」」」」」
「風ちゃんのことを悪く言う奴は俺達のぉ!」
「「「「「敵ぃぃぃぃぃぃぃ!」」」」」
「つまり一組の奴らは一人残らずぅ!」
「「「「「皆殺しぃぃぃぃぃぃ!」」」」」
いろんな意味で恐怖映像がここに存在した。
気づけば全員が見たことのない法被と鉢巻を身に付けている。それよりま俺の目が釘付けになったのは、その法被の背中の部分に書いてある言葉だ。
『公式風ちゃんファンクラブ』。
その一言が大きく張り付いていた。
ちなみに風ちゃんとは、俺達一年十三組の担任の東雲風路先生の愛称こと。
つかこいつら、こんな物をいつ作りやがった? 公式って、マジで許可取ったのか?
「お兄ちゃん」
「ん、ああ一美か」
異様な光景に気を取られていて、声をかけられるまで妹の存在に気が付けなかった。
「この異常な光景はなんなのかしら?」
「何なのかしら、とか言いながらちゃんと法被を着てるんだな」
「渡された物はちゃんと着るわ。それよりも質問にはちゃんと答えてほしいわね」
「ああ、この光景の理由ね……」
どう考えても、というか間違いなくあれが原因なんだろうな。
2
爆音。
それが今日の俺の目覚ましだった。
その音はかなり近かった気がする。原因は……考えなくてもすぐに分かった。
朝っぱらからこんなことをしでかす人物は、俺は二人しか知らない。というか、それ以上いたら困る。
外では何事だと大騒ぎだが、いつものことだからスルーして学校に行く準備をする。
つもりだったんだが、その動作を止めなければならない理由がそこにあった。
「またてめぇか、一美ぃ!」
布団を剥ぎ取ると、どういうわけか素っ裸の妹がそこにいた。
何日かに一回は、内側から何重にもして施錠してあるドアを、方法は不明だが全て開けて侵入してくる。
一度、どうやって入ってくるのかと聞いたら『愛』とかぬかしやがった。
「私以外にいるはずがないじゃない。あの小娘とクリスティーさんは、毎日のように外で殺死合いをしているのだから」
「そういう意味じゃねぇよ! どうしててめぇが素っ裸でいるのか、ってことだ!」
「知っているかしら? 妹は兄を起こすときに体で奉仕しなければならないのよ」
「んなわけあるか! それはどこの常識だ!」
疲れる。
さっさと着替えてしまうか。
姉さんと鈴蘭が待ってるしな。
「あら、襲ってくれないの」
「お前を襲っても、俺にはデメリットしか存在しねぇよ」
どうして俺の妹はこんなに残念なんだろうか……いくら考えても分からん。
「あ、お兄ちゃん。おはよう」
「ああ」
部屋から出るともう一人の妹、鈴蘭が立っていた。
多分、遅いから呼びに来たんだろう。
「お姉ちゃんは?」
「俺の部屋だ。入ったらいるぞ」
それだけを伝えると鈴蘭の隣を通り過ぎて、リビングへ向かう。
そこでは姉さんの神童神無が朝飯の準備をしていた。
「おはよう、一真」
「……」
「どうしたのよ」
「どうしてあいつは、あんな風に育ったんだろうか? どこかで間違ったか?」
「……」
突然黙ったまま遠い目をする姉さん。
ごめん、俺が悪かった。
「私に言えることは、あんたが何とかしなさい。それだけよ」
重大なことを任された瞬間だった。
よし、無視しよう。
そんな一生かかっても達成できそうもないことを、俺の双肩に背負わせないでくれ。
「私がどうかしたのかしら?」
声がして俺達が振り向けば、胸元が丸見え状態の一美が立っていた。
わざとボタンをしてないんだろうな。
「「何でもねぇよ(ないわよ)」」
すごく淡々として俺と姉さんは口調で答えた。
「酷いわね。可愛い妹が話しかけているのに」
「自分で言うか。可愛いって……」
本当に朝から疲れる。
精神的HPが九割九分ほど、ごっそりと持って行かれた気分だ。
しかも軽い呪い付き。どうしたら呪いの解呪と共に体力回復が出きるだろうか。
やっぱり授業すっ飛ばして寝るしかねぇか。
「はぁ……さっさと座りなさい。ご飯にするから」
全員が座って食事が始まるわけだが、この間喋る者はあまりいない。
神童家の特徴として、食事中は完全にそれに集中する。もし喋る奴なんかがいれば、目で威圧を向けられる。
『うるせぇ。黙って食いやがれ』的な感じで。
ちなみにこれは家族であっても例外はない。
でもまあ、喋ってもいい言葉だってある。「醤油取って」とか、「お茶いる?」とかなら問題はない。
「よし食った」
丁度いい温度まで冷めた緑茶を飲み干して席を立つ。
理由は簡単。
さっさと教室に行って寝るから。
だがそのためにはこの時点で一人目の壁を、追跡者を撒くことが必要だ。
同じクラスだが寝る時は静かにしていてもらいたいからな。
「じゃあ行ってくる」
さっさとカバンを取りに行くと、玄関へと向かった。
だが、
「甘いわよ、お兄ちゃん」
「何でお前がここにいる?」
すでに一美がそこにいた。
どいうわけだ? 俺が動いたときには、まだ座って食事中だったはずだぞ。
「簡単よ。お兄ちゃんがお皿を運んでいるときに、私も動き出していたの」
確かにそれならば俺はこいつを見ていないわけだが、一美の皿にはまだ料理があったはず。
その疑問は背中の方から飛んできた怒声によっと解決した。
「一美ぃ! 残すってことは、分かってるわよねぇ!」
こいつ姉さんの目の前で、飯を残すなんて暴挙に出たのか。
今夜は……ああ、俺にも被害が出そうだな。明日、目を覚ますことができるといいが。
「入院は拒否したいから戻ることにするわ」
そう言い残し奥に戻っていった。
バカで良かった。
さて、次の問題は下で大騒ぎしてやがるあいつら。いや、あいつだ
どうやってあの変態から逃げ延びようか。その方法考えているうちに、寮のエントランスに着いてしまった。
名案は一つも思いついていない。
そして自動ドアの向こうでは斬撃が飛び、爆風が吹き荒れている。
戦っているのは小柄な女の子と、ウェーブのかかった髪の毛の女の子。
あんな中に入ったら死ぬんではなかろうか。
そんなことをツッコミでもなんでもなく、素で思ってしまう光景がそこにはあった。
「心ごと叩き割れろぉ! このブスワカメぇ!」
「精神ごと砕け散れぇ! このちんちくりんのブスがぁ!」
「「誰がブスだぁっ!」」
更に攻撃が激しくなった瞬間だった。
最悪のタイミングじゃねぇかよ! どうすんだよこの状況よぉ!
「あ、カズくん!」
もっと最悪になった。
この世で一番見つかってはいけない存在に見つかってしまった……。
クラスメイトのアッシュ・クリスティーが嬉しそうに走ってくる。けど、本音を言うと来ないでほしい。
理由? それはだな……いや、今は予想。あいつのことを考えるのは、ほとんど残ってねぇ体力を削る行為でしかないからな。
「行かせるかぁっ!」
アッシュを追って幼なじみの楠木千歳が動き出した。助走をつけて跳んだ。そしてドロップキックの体勢へ。
小さな弾丸となった千歳は、
「ごふっ!」
アッシュの脇腹へ突き刺さった。
そのままふっ飛んで地面で何度かバウンドすると、壁に激突して沈黙した。
それを確認した千歳は、トテトテと聞こえてきそうな小走りで近づいてくる。
「よっと。おはよう、一真♪」
「ああ」
満面の笑みを浮かべる千歳。そこには汗一つなく、清々しさのみが見える。
今の今まで殺し合いを繰り広げてた奴の顔とは思えねぇ。
「一緒に学校ーーーー」
「勝手に私のカズくんと話してんじゃないわよ! このビッチがぁ!」
跳び起きたアッシュが鬼の形相を貼り付けて、鉈で千歳に切りかかる。それをバックステップでさがると、刃は俺と千歳の間の地面に叩きつけられた。
「ゴメンね、カズくん。この粗大ゴミ、今すぐ解体して捨ててくるから」
「それはこっちのセリフだよ。今すぐ刻んであげる!」
「じゃあ私が風で擦り潰してあげるわ」
冷たい声と風が俺達の間を吹き抜けていく。
それは俺でもこの二人でもなく、四人目の存在の声だった。
「朝から寮の前でドンぱちして。少しは近所迷惑を考えなさい」
これで止まるか。と、考えた俺が甘かった。
「神無お姉ちゃんの言葉でも難しいかな。私にはやらなきゃならないことがあるから」
そう言ってアッシュを睨みつける千歳。
もちろんこいつもそれに対抗する。
「そうです、お義姉様」
何か呼び方、おかしくなかったか? 俺の気のせいか?
「私はこの小娘をーーーー」
「そう。じゃあ私に勝てたなら、いつでも喧嘩しなさい」
姉さんの手には扇型アーマメントデバイスの『神楽』。
「構えなさい、二人とも」
あー、終わったな。
千歳とアッシュも自分のアーマメントデバイスを構えるが、間違いなく負けるだろ。
今の姉さん、本気でキレてるし。
「さて行くか」
学校に向かう最中、後ろの方で二人の叫びが聞こえた。けど、助ける気なんてねぇ。
あいつらの自業自得だし、学校での睡眠時間を減らしたくねぇから。
ま、あの二人の遅刻は確定だな。
教室の入り口の前で、俺は上を見上げていた。
そこにはチョークの粉がたっぷり付いている黒板消しが、宙に浮いていた。いや挟まっていた。
「……」
こんなアホなトラップを仕掛けそうな人間を、俺は一人しか知らない。
こんなアホなトラップに、わざわざ喰らってやることはないな。
扉を開き、黒板消しが床に落ちるのを確認してから一歩入ると、
「チェェェストォォォ!」
攻撃しますよと知らせる大きなかけ声と共に、眼前に金属バットが迫っていた。
全くの躊躇はないフルスイング。
「ぬぉっ!?」
ギリギリでしゃがむことで回避。
バットは俺の頭上を通り過ぎ、壁に直撃。
そうなれば当たり前のように衝撃は、バットの柄を掴んでいる人物に伝わるわけで。
「ノォォォォ!」
小柄な男子生徒が手を抑えてうずくまり、唸っていた。
「誰がマイクロミジンコ超超超小粒小豆じゃぁぁ!」
「誰もそんなこと言ってねぇだろうが!」
こいつ、人の頭の中で言ったことにまで反応すんのかよ。
「というか、何避けてんだよ。軽いジョークを本気にしちゃダメだじゃないか、カズ君♪」
「カズ君言うな! つか、軽いジョークで撲殺されてたまるか! このクソ狐がっ!」
こいつは阿部隆浩ことクソ狐……ふむ。使い方が違ってるけど、まあ問題ねぇか。
こいつには聞こえねぇ内容だからな。
「そんなことよりも」
「そんなことって、てめぇが仕掛けたことなんだかなぁ!」
「千歳様とあの変態はいないのか?」
「ああ。あいつらなら姉さんに制裁されてる。毎朝のように寮の前で喧嘩してたからな」
「あー」
あの二人の早朝の殺し合い。それをここ高天ヶ原学園の生徒で知らない者など一人もいねぇと思う……多分。
「んなことより、そこをどけ。俺はさっさと寝んだからよ」
「さすがはロリコンナマケモノ。することがワンパターンだな。だから脳が発達しないんだろ?」
「死ね」
片刃大剣型アーマメントデバイス『黒月』を取り出すと、殺す気で振り下ろした。
「うぉっ!」
「今のをよく受け止めたじゃねぇか、クソ狐……」
「魔力でコーティングしなかったら、おいらの格好いい顔が真っ二つになってたろうが!」
「なっちまえ、チビ」
ブチィ。
そんな音が目の前から聞こえた。
同時にクラスメイトたちが避難を始めていた。
「誰が超マイクロミジンコサイズでモテないクソ狐だぁっ!」
クソ狐の手には一振りの日本刀が。
これがこいつのアーマメントデバイス『秋月』。
黒月の刀身が黒に、秋月の刀身が黄色く光り出す。
「「死にさらせぇ!!」」
3
その日、たまたま桜ノ宮アリスは遅れて登校していた。
理由なんて物はない。いろいろな要因が重なり、たまたま遅れたのだ。
いつもならば親友である楠木千歳と一真のもとへ行く途中アッシュと出会い戦闘になり、そこで千歳のブレーキ役を努めている。
だが今日はそうはならず、一人で学校に向かっていた。
(千歳の所に行かなくても……大丈夫だといいなぁ)
アッシュが関わると間違いなく暴走を始める千歳。今日も絶対に暴走してアッシュと斬り合ってるんだろうなと思いつつ、アリスは別のことを考えていた。
別のこと。それは一真のことである。
千歳、一美、アッシュという個性が強すぎる、いや最強な三人が一真の周囲を固めている周りの人間から忘れられがちだが、アリスも一真のことを異性として好意を抱いている。自称愛人と公言しているくらいに。
そしてもうすぐで学校の玄関、一真ともうすぐ会えるというところでそれは起きた。
ガッシャーンと、ガラスの割れる音。そして二つの人の形をした物が、どこかの教室から落ちてきた。いや。人の形をした物ではなく、それは間違いなく人そのものだった。
それもよく知っている二人の人物。
「一真!? それに隆浩!?」
武器を持って出てきたことから、アリスは状況を理解した。またこの二人が喧嘩を始めたのだと。
この騒ぎに登校してきていた生徒は、二人の喧嘩という殺死合いの野次馬となり始めていた。
そして一年十三組の生徒たちも玄関の奥から走って出てきた。
「あ、みんな。これっていつも通りの?」
「うん、いつも通りの喧嘩」
いつも通りで何が原因で起きたのかまで伝わってしまう、この二人の大喧嘩。
まあそれはこの二人だけではなく、千歳とアッシュの喧嘩もそうなのだが。
他のクラスの生徒ではこのような規模の物は大事なのだが、十三組の生徒の中では日常茶飯事なので今更大騒ぎにもならなず、
「そういえば今日は千歳ちゃんと一緒じゃないんだ?」
こんな風に世間話を始めることが出来てしまう。
感覚が完全に麻痺してしまっている証拠なのだが、誰も全く気にしている様子はない。
「クリスティーさんも」
「今日はたまたま寝坊しちゃって、千歳達と一緒じゃないのよ」
時計に目を向け、時間を確認するとチャイムが鳴るまで十分を切っていた。
十三組の教室は一番遠いため、そろそろ動かなければ間に合わないだろう。
「そんなことよりも、もう時間だし教室に行こうか? 風ちゃんが待ってるかもしれないし」
「だな。行こうぜ、みんな」
喧嘩もとい殺死合い真っ最中の二人をほっておいて、十三組の生徒はぞろぞろと教室に戻っていく。
この騒ぎを見て誰かが呼んだ風紀委員をあの二人にまかせて、真っ先に面倒から逃げるかのように。
4
「紅之太刀壱式・煉刃!」
「雷神剣・冥!」
俺とクソ狐の口から魔法名が叫ばれた。
振り上げた刃を振れば魔法が発動される。
「クソ狐。遺言はあるか?」
「そのセリフ、そのまま返してやらぁ!」
二つの刀身が振り下ろされる。そんな時だった。
「お前たち、何をしている!」
「あ?」
「ん?」
動きを止め声の方へ顔を向けると、数人の生徒がこっちに向かって来ていた。
そいつらの腕には腕章があり、風紀委員と書いてあった。
「また問題児クラス筆頭のおまえ達か」
風紀委員長、三年の徳川憂一が呆れたようにそう言った。
「おい、クソ狐。問題児だって言われてるぞ」
「いやいや。おいらじゃなくてカズ君じゃないのか?」
「お前たちのどちらかではなく、お前たちを筆頭とした十三組のことを言っているんだ」
「あっそ」
そんなことを一々言われなくても、分かっててボケてることが分かんねぇのか?
本当に頭の堅い奴らだ。
「で、クソ狐。どうするよ?」
「興が冷めたから、おいらはもういいぞ」
「だな」
「貴様ら、何の話をしている?」
徳川の隣にいた赤髪ポニーテールの女、風紀委員副委員長の遠山楓が問い詰めてくるが知ったこっちゃない。
無視して話を進める。
「んじゃま、教室に帰るわ」
「風紀委員のみなさん、さようなら〜」
と、帰ろうと歩き始めたわけだが、
「行かせる訳がないだろう」
遠山を含めた数人の風紀委員のメンバーが、俺たちを囲んでいた。
その雰囲気は抵抗するなら武力行使するぞ、と言わんばかりの物。
「おいらたちはただ、授業があるから教室に戻るだけなんですけど。風紀委員は、そんな生徒の邪魔をするんですか?」
「貴様たちをこのまま帰してたまるか。ここでしっかりとーーーー」
「そこを退いて二人を行かせろ」
後ろにいた徳川が言うが、遠山はそれに納得がいかないようで、
「ですが!」
「教室に戻ろうとしている生徒を止めてどうする。我々の仕事は騒ぎの鎮圧、校則違反者の取締りだ。いくらこの二人が騒ぎを起こしていたとしても、それはついさっきまでの話だろう」
「ぐっ……しかし、この落ちこぼれ二人はまた何かしらの騒ぎを起こします」
落ちこぼれ、ねぇ。酷い言われようだな。
それは隣のクソ狐も思ったようで、イラついていた。
しかも今の言いようだと、俺たちだけじゃなく十三組全員のこと言ってやがるな。少しはその身で体験させてやるか?
「遠山。今の言葉を取り消せ」
「なぜです! 問題児で落ちこぼれは本当のことでしょう!?」
「問題児は間違いない。いつものように問題を起こしているからな」
おいおい。断言されちまったよ。
でもまぁ、本当のことだからどうでもいいな。
「だが落ちこぼれではない。お前の中では問題児と落ちこぼれは同じかもしれないが、本当は全く別の言葉だ。覚えておけ」
「っ……分かりました」
「では撤収だ」
それを合図に俺たちを囲んでいた連中は帰って行く。
もちろん遠山も俺の横をーーーー、
「私は貴様を神童生徒会長の弟とは認めない」
んだと?
今の言葉がどういう意味なのか。
遠山に聞き出そうとしたが、すでに転移魔法でこの場を離れてしまっていた。
「先は遠山が失礼なことを言った。すまない」
「いいんですか、風紀委員長がおいらたちみたいなのに頭を下げても」
「構わない。こちらに非があるのだからな」
「そうかい。んなことよりもさっさと戻らなくていいのか? 俺たちと違って、あんたは優等生だろ?」
「あまりそういうことは気にしていないんだが、言葉に甘えるとしよう。先に帰った風紀委員の皆が待っているからな。ではな」
来た方向へ戻っていく徳川を眺めながら、クソ狐が口を開いた。
「あのポニーテールの言っていたこと、無視していいのか?」
「いいんじゃねぇか? ああいうのはたまにいるからな。つか、俺たちもさっさと戻るぞ」
戻ってきて後悔した。
徳川の野郎とまだ話してりゃあよかったと。
「今頃登校なんて言い身分ねぇ? ロリコンニートに豆粒狐ぇ」
蔑むように俺とクソ狐を見下ろしている美人。
この人が十三組の担任の東雲風路。
いつもはふわふわした可愛らしい女性なんだが、たまにこんな風に性格が入れ替わる。言わば多重人格という体質の持ち主。
「な、何で風ちゃん、ダークモード?」
ちなみに今の状態は通称・ダークモードと呼ばれている。
しかもこの状態の風ちゃんは、俺たちの前でしか出てこない。
「そんなことはどうでもいいのぉ。問題はあなたたちがどうして私より遅れて来たのか、という事実よぉ」
「そ、それは……」
「しかも聞いたところによれば、二人とも一度教室に来ていたそうじゃないぃ?」
どこのどいつか分からねぇが余計なことを……。
横目で睨みつけても、全員が無視を決め込んでいた。
「ふふふ、まぁいいわぁ。精神的にイジメてア・ゲ・ル♪」
「嫌だと言ったら?」
「面白いことを言うわねぇ、一真君?」
よけいなことを言ったぁぁぁ!
この状態のこの人、冗談が聞かないんだった!
「アリスちゃぁん。一真君は何が効果的かしらぁ?」
「えっとキノ……じゃなくて作文?」
最初にあいつが言い掛けたものは、死にかけるので止めてほしい。が、作文もマジで止めてほしい。
なぜかというと書けないから。いや、マジで書けないんだよ。
理由? 知るかよ!
「じゃあ一真君は明日までにぃ、反省文十枚ねぇ」
たった今俺の睡眠時間ゼロが決まった。
「で隆浩君はぁ、どうしようかしらぁ。あ、女子全員から小さいことを罵ってもらいましょうかぁ」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ!!」
おお、血涙を流しとる流しとる。
「決まりねぇ、うふふ。じゃあ……これからホームルームを始めまぁす。今日も元気よく始めましょうね〜!」
『はぁーい!』
「それでは出席をとりますねぇ。じゃあ足立君」
「はいっ」
完全に俺たちを置いてけぼりにして進んでいくこの状況に、全く着いていけなかった。
んなことより、マジで作文どうすっかなぁ。
《次話へ続く》