「どうなっていますの!? 私(わたくし)のタイトルでのセリフがこんなに後なんて! 本来ならば私は神無の次でしょう! ふざけてますの、この作者はぁぁぁぁ!!!!」byアンナ・シロガネ
あけましておめでとうございます!
2014年もどんどん更新していきますので、よろしくおねがいします。
それでは今年一番最初の最新話を楽しんでください。
それではまた。
1
あの襲撃から二日後。
本来ならば今日も学園は通常運行のはずなのだが、襲撃のこともあり臨時休校となっている。
しかし、とあるクラスはほとんどがそろって登校していた。そのクラスの担任の呼びかけによってだ。
「みなさぁ~ん! ちゃんと集まりましたねぇ?」
風路の目に前には一年十三組生徒の生徒はもちろん、その他にも数人の生徒が一緒に並んでいた。
神童鈴蘭、阿部晶彦はもちろん生徒会副会長のアンナ・シロガネに風紀委員長の徳川憂一。そして、もっとも場違いだと思われる須藤杏子も立っていた。
彼女本人もそれを知っているから、かなり居心地が悪いようであった。
「で、先生。今日集まった理由は分かっているけれども、私にとってとても大切な雄――――――いえ、人がいないのだけど?」
「そうですねぇ。神童君にはぁ連絡したんですがぁ、今日はぁ大切な用がぁあるみたいでしたぁ」
「用? 詳しくは?」
「それはぁ先生にもぉ、分かりません……ですがぁ、今日は居てもぉやることがないからぁ、大丈夫ですよぉ」
つまり、ここにいる人間で彼が今どこで何をしているのかを知っている者はいないということだった。
しかしそれはどうでもいい。
今ここで大切なことは、これから行われること。
「何も言わなくてもぉ、今日することはぁ皆さんは理解していますねぇ。私はぁ、何もいいませんのでぇ、好きに始めてくださぁい」
その言葉を聞いた直後、
「死ねぇぇぇぇぇ!!!! ワカメにまみれた粗大ゴミィィィ!!!!」
下から逆袈裟に振り上げられる千歳の日本刀型アーマメントデバイスの『童子切安綱』と、
「滅びろぉぉぉぉぉ!!!! まな板腐れビッチがぁぁぁ!!!!」
真上から振り下ろされるアッシュの鉈型アーマメントデバイス『美爆猪獄』。
その二つがぶつかり水と炎の大爆発が、全員が集まっている中心で起きた。
千歳とアッシュがいつものように殺し合いを始めていた。十三組生徒、鈴蘭と晶彦はそれを見ても何事もなかったかのようにバラけていく。
見慣れてしまった光景で、特に止める気もないということだ。
しかし、これを初めて見た残りの三人は戸惑ってしまっていた。
「良いのか?」
三人が聞きたかったこと憂一が代弁して、近くにいた隆浩に聞く。
「何がです?」
「あの二人のことだ。完全にお互いを殺す気だぞ」
「いつものことですよ。それに二人を止めようとしたら、おいら達のほうが殺されますから」
平然と言ってのけてしまう隆浩。
普通なら誰が見ても止めようとしてしまうこの光景でも誰一人として、もっと言えば教師である風路ですら介入してこない。
理由としては、過去にあの二人を止めようとして無事に生還した人間がいないことが原因である。
なので誰も止めようとしない。他のクラスでは絶対にあり得ないことに、完全に言葉を失ってしまっていた。
「それよりも須藤。お前が一番やることがあるんだぞ」
「え?」
返事をするよりも早く歩き始める隆浩に、杏子は付いていくしか無かった。
「皆さん、私がいても何もなかったですね」
「まあ、おいら達のやりたいことは終わったし。それに新しい問題が起きたから、そっちの対応が必要な状況になったっていうのがあるからな」
「『白き百合』、ですか。そうだとしたら、一番の関係者の神童君は……」
「あのナマケモノニートは、今日は居ても意味がないから餓死していてもおいらには関係ない!」
そう言い切っている隆浩は、いまだに子狐の姿のまま。
そのためどんなことを真面目に言っても、
(可愛い……)
で、台無しになってしまう。
当の本人がそれに気が付いているかどうかは分からないが。
黙ったまま付いていく杏子だが、今隆浩が言ったことの中に一つ、気になったことがあった。一真が今日は居ても意味がないということの意味が分からなかった。
「それってどういう……」
「まあ、いろいろあるってことだな。と、そんなことよりも、昨日お前が病院でおいらに言ったこと覚えてるな?」
「……はい」
力強く頷いた杏子は昨日のことを思い出してた。
それは、一真が九頭龍と共にあの場から去った後のこと。杏子は、隆浩が目を覚ますのを待つため、人間の姿をした玉藻と一緒にいた。
「えっと、それで……」
「妾のことかえ? 妾のことは……まあ、いずれ分かることだ。しかし、主はどうした? 我が子への用はすんだであろう?」
「いえ。もう一つ、阿部君に話があるんです」
「もう一つのう……」
「おいらに戦い方でも教えて欲しい、とかか?」
「起きてたんですか?」
「質問を質問で返すなって、小学校で習わなかったかっ!?」
おそろしくどうでもいい返しに杏子も、そして玉藻でさえも沈黙してしまった。
隆浩もやってしまったと感じたのだろう、
「戦い方だよな?」
何ごともなかったかのように話を進め始めた。
「は、はい、そうです」
「……お前があのナマケモノニートと同じじゃなくてよかった」
「え、ナマケモノ?」
「いや、独り言。しかし、おいらにそれを頼むなんてお前も物好きだなぁ」
全く意味は分からないが、なぜだがすさまじい悪寒が背中を駆け巡る。
それはあの模擬戦の時、隆浩が二匹の魔法生物を生成を目の前にした時と同じだった。が、今からでは何が自身の身に何が起きるのか全く想像することが出来ないため、何かしらの対処など不能だ。
「だけど、本気でやる気はあるんだよな?」
「もちろんです」
「それなら、おいらからも一つ提案がある訳だが、OK?」
こちらから頼んでいるわけだから、向こうから何か交換条件を出されても飲むつもりの杏子だった。試合中にされたいやらしい類のこと以外は。
だが彼が提案してきたことは彼女が予想していたいくつかのこととは違う、その斜め上を行く内容であった。
「お前、おいらの推薦で十三組に編入する気はないか?」
と、ここまでがその時のやり取りである。
その時のすぐに返事をすることが出来ず、ずっと待ってもらっている状態だ。隆浩のそうなるのは分かっていたのか、それを了承した。
「そういや、おいらに教えてもらおうと思った理由って何だ?」
「理由、ですか……あの襲撃で、父が行方不明なんです」
「行方不明?」
小さな違和感を感じた。
その違和感が一体何のか、正体を探ろうとしたが杏子との会話の中で分からなくなっていた。だから、これ以上気にしないようにと隆浩は話を続けた。
「もしかしたら父も……だから、あの組織から父を取り戻すために。彼女達は、今の自分じゃ絶対に敵いませんから」
「確かにそうだ。じゃあ、今から鬼ごっこするか」
「鬼ごっこ、ですか」
「そう、鬼ごっこ」
「どうして鬼ごっこを?」
「おいらはか弱い子狐だからな。戦闘なんて野蛮なことは、おいらから教えることなんてできない!」
この時杏子は何を言っているんだこの狐は、とか思ったが何も言わないことにした。ここで彼の機嫌を損ねてしまうともう教えてもらうことが出来なくなってしまうと思ったからだ。
「それでも教わりたいと言うならおいらよりも適役がいる」
「適役?」
「千歳様」
「えっ!? あの娘がですか!?」
「近接戦闘だったら、教えるのが一番上手いんじゃないか」
「そうなんですか」
「ああ、でもナマケモノニートだけには教わるなよ。絶対にためにならないから」
「ナマケモノニートって神童君のことですよね。どうして彼に教えてもらわない方がいいんです?」
「あのナマケモノは感覚でしか教えることができないから。とまあ、雑談はここまで。今からおいら、ニョロ太、ニョロ介が鬼の鬼ごっこを始めます!」
この時の隆浩の楽しそうで嬉しそうな笑顔を、被害者となった杏子は一生忘れることが出来ないだろう。
そして彼女はあの時、病院の廊下で感じた悪寒はこのことなのだと理解した。
「い、嫌です! 拒否です! あんな化物と鬼ごっこなんて絶対に出来ません!」
「そんなこといわれてもなあ……」
「そんないやらしい顔で、しかもカメラまで準備している人の言うことなんて信用できません!」
杏子の言っていることは最もなのだが、その程度で止まる隆浩ではない。
だから無視してカメラの準備をしっかりと進めていく。
「さて、おいらの準備も終わったし説明するぞ! 次の襲撃までにお前には、おいらとの鬼ごっこを通して『縮地』を完璧に身につけてもらう」
「『縮地』って危険魔法ですよ! 魔法が使うことの出来ない私が、そんな魔法を使うことなんて出来る訳がないじゃないですか!」
「その考えが大間違いだ。おいらとの模擬戦している時、お前は縮地を使ってたんだ」
「はい?」
「やっぱり自覚なかったか。じゃあ、鬼ごっこを始める前に『縮地』についてレクチャー」
どこにあったのかメガネと指示棒を取り出し、更には人型の何かがホワイトボードを持ってきた。
そこにはいろいろと書いてあったが、杏子には何が書いてあるのか全く分からない。理解しようと読んでみるがごちゃごちゃしてきて、これ以上読むとオーバーヒートしそうになってしまった。
「と、ここに書いてあることが『縮地』に関しての理論だがこのようにやって無傷で成功した者はいない。その前に一応聞いておくが、『縮地』がどういった物なのかくらいは知っているよな?」
「ええ。進行方向の空間を縮めて移動する、というものですよね」
「正解。で、これはおいらの推測なんだが、この移動法は魔法を使うことが出来るおいら達には一生使うことが出来ない」
「それって……」
「そう、この学校で『縮地』を使うことが出来るのはお前だけだとおいらは考えている。その理由として、たまたまかもしれないがあの時お前は何の代償もなく『縮地』を成功させたからだ。だからおいらはお前に『縮地』を教えることにした、という訳だ」
「そ、それだけですか?」
「それだけだ」
胸を張って言う隆浩であったが、誰もが納得できるような根拠が一つも存在していない。しかし、それでも、彼女ならば成功すると感じていた。
「で、『縮地』を使う時のイメージとしては自分がいる空間と、自分が移動したい先の空間をその間を切り取って繋げる感覚だ」
「わ、分かりました」
「じゃあ……」
突如現れる、以前に一度だけ見たことのある気色の悪い魔法生物『ニョロ太』、『ニョロ介』。
杏子にとってあの生き物は見ているだけで気持ちが悪く、生理的に受け付けない。
どういう思考回路していると、あそこまで醜悪な生き物を生成することができるのか疑問だ。
「一分間待ってやるから、好きなように逃げるんだな。というわけで、鬼ごっこ開始!」
2
「……ここ、どこだ?」
「オレの本体がある場所」
俺と人間体の姿のままの九龍は始めて来た神社の鳥居の目の前に立っていた。
「んな所にポンと出てこられて、何当たり前のこと聞いてんだみたいな表情すんじゃねぇよ! 俺がお前と会った場所と違うのに分かる訳ねぇだろうが!」
「まあ、確かに。オレは精神と体を分けて封印されてたんだよ。それであの時オレと相棒が会って、契約した場所は九頭龍神社。で、ここは戸隠神社」
「そうかそうか。でもよ、どうすんだ? お前の本体って、ここの御神体だろ? 勝手に取って食っても」
「ああ、そこらへんのことなら問題ない。ここの神主はオレのこと知ってるから」
「は?」
展開がいきなりすぎて理解が追い付かないとはこのことだ。
どうしてここに来たのかは理解出来たが、どうしてここの神主がお前のことを知っているのかについて全く説明がない。
そんなことを考えていると、風に流れて煙草の匂いが俺の鼻に届いた。
「おー、ようやく来やがったか」
「本当にお前はオレを神様扱いしない奴だな」
「大人の格好で来るならまだしもそんなガキの格好で毎回来られるとな、いくら神様でもそうは思えなくなってくるってもんだ。それで、隣のが話にあったそれか?」
「そうだ」
「ほう……」
上から下、下から上へと俺を見る。
ハッキリ言って良い気分じゃない。もっと言うなればこの神主の目を潰してからボコボコにしてやりたいと、なぜかそう思ってしまった。
どうしてだろうな。
「左手。人間の気に混じって、龍の濁った神気が見えるな。神蝕で持って行かれた部分があるな」
「っ!?」
「そこまで分かるか」
「そりゃあな。でもいい感じじゃないか、お前の気とも反発はないし。契約者としては過去最高なんじゃないか」
ずっとジロジロ見られているのは落ち着かない。
そろそろ手が出そうに……限界っ!
「いい加減にしやがれ、クソ神主!」
「おっと、甘い」
掴まれた拳を使って、俺の体は宙を舞った。
気付けば俺は地面に背を、顔は空を向いていた。ハッキリ言って何が起きたのか分からない状況である。
今まで一度もこんな状況に陥ったことがないため、俺は混乱していた。
「威勢がいいな小僧」
「いや、ジロジロ見続けていたお前もどうだよ。相棒じゃなくてもイライラしてくるぞ」
「そんなもんか? まあいい。で、どうする? さっそく食うか?」
いきなりだった。
食うか、と言われて今の俺には一つしか思いつかないわけだ。
「もう用意してあるのか?」
「ああ。要望通り左腕丸々でいいんだよな?」
「ちょっと待て。いろいろ待て。いくつか質問、いいよな?」
「ああ」
「どうした?」
「いつ連絡取ったんだ? 九龍が電話かけたようには――――――」
「念話だよ。といっても、お前らが使っているような物とは違うがな」
「そうなのか?」
「ああ。まずこいつはオレの子孫の一人でな」
「………………はぁ?」
更に訳の分からない状況となって来やがった。
九龍の、九頭龍の子孫だと!?
こいつ神様だろ。人間に子孫とかいんのかよ。
「左腕が先祖返りで、こんな感じになってんだわ」
神主が見せてきた左腕には俺と同じように包帯が巻かれていた。
それが解かれ、中から龍の物と化した左腕が見えてきた。
「九尾の息子や鬼のお嬢も、それの子孫だろ? それと同じだ。で、こいつや他の先祖返りしている子孫とは距離なんか無視して念話が出来るんだよ」
念話っていうのは普通、魔力によって変わってくるが声が届く限界の距離が存在する。
本気の念話なんてしたことがないから分からないが、俺でも学校の敷地内が限界となる。それなのに県と県を跨ぐ距離の念話なんぞ聞いたことがない。
「契約者である相棒ともそれが出来る訳だが、今まで必要なかったし、これからも必要ないと思っている」
「そうだといいな」
何かの拍子にリンクが切れたりしない限りは、だがな。
そんなことがあるとは俺も思っていないが。
「それでだ、ここに来る前にこいつと話をつけておいた」
「だからもうお前に食わせるための準備も出来ているわけだ。お前が食うのはさっき言ったようにこいつの躯ではなく、左腕な訳だが……かなり覚悟がいるぞ。腕が龍のものとなるということ、そしてこれから食う物が、ちょっとな」
「オレがいるのにそんなこと言うのか、お前は!」
「知ったことか。で、どうする、小僧?」
「……」
今の話を聞く限り、かなりゲテモノを食うことになるわけだ。
はっきり言って食う物がなければ、そういう物しか食う物がない場合は割り切って食うことは出来るだろう。しかし今回は違う、自分自身の力の向上のためにここに来たわけだが少し覚悟が揺らいでしまった。
「分かった。だが食う前に、実物と胃薬をくれ」
「問題ない。どちらもちゃんと用意してある」
「ちょっと待てぇぇ!!!!」
九龍が叫んでいたが、前を歩く神主について行くことにした。
こんなところで無駄な時間を過ごしているわけにはいかないからな。あいつらが次に襲撃してくるのがいつになるかもわからないし、タイミングがズレて姉さんを取り戻すのが先延ばしになることも俺は望まない。
さっさと食って、力を完全に俺の物にして学校に帰らねぇと。
「で、これがその……」
一回だけ九龍を見て言葉を続ける。
「こいつの左腕か。完全にミイラ状態だな」
こんな状態でも、九頭龍の左腕に損傷はまったく見当たらない。その辺りは流石神様というべきなんだろう。
ここまで来てだが、俺は大事なことに気が付いた。
「これどうやって食うんだ?」
「おい相棒。これを口から食うつもりだったのか?」
「まあ食えないこともないし、それで効果がないということもないが……前例はないぞ」
「……いやいやいやいや! 今までの会話を聞いてると、どう考えてもこのゲテモノを食う方向の会話だったぞ!」
「そんなことは言ってないはずだが」
「覚悟がいるとか、これから食う物がちょっとな、とか言ってたろ!」
「これから食う物にはかなりの魔力が必要となるからその体だが覚悟がいる、という意味だったわけだが」
「伏せてある部分が長い!」
「そうか?」
「そうだ!」
このクソ神主が……九龍の奴は分かっていて何も言わなかったんだろう。
後で制裁が必要だな。
「相棒、そろそろそれを食べる方法について説明してもいいか?」
「ああ」
「こいつの言ったように相棒が直接食べる、という方法もないわけじゃない。が、それは相棒にも精神的な負担が大きいのはオレでも分かる。だから、それに魔力を流し込め」
「魔力を、だと? お前、俺の体が今どういう状況なのか分かってるだろ。『天心』と『鬼臓』の両方が完全に参ってるんだぞ」
「そんなことは分かってる。だがな、そんなことを言っていたら口から食うことになるぞ」
「……」
はっきり言ってそれは遠慮したい。
「だろう? だから最後まで話を聞け」
「分かった」
「じゃあ続けるぞ。オレの腕に契約者である相棒の魔力を流し込むことで、腕の中に残っている魔力が活性化し相棒を自分の体と勘違いして取り込もうとする。相棒はそれに対して自分の側に引っ張るようにしろ。絶対に引っ張られて取り込まれるんじゃないぞ。ちゃんと引っ張って取り込むことが出来たら、左腕は龍の物に変わるはずだ。そうなれば成功だ」
「分かった……」
「もしお前が引っ張られてしまった場合、それはただの魔物だ。今までに何人ものオレとの契約者となった人間が魔物になってきた。絶対に油断するなよ」
「ああ」
最初は食うだけだと思ってたんだがな。ここまで大変なこととは思ってもみなかった。
さっき普通に持った時は何ともなかったが、俺が魔力を流し込めば変わるんだろう。ちと緊張してきたが、さっさと終わらせる!
「始めるぞ」
俺の目の前にある九頭龍の左腕のミイラにもう一度触れた。
ふぅ、と一度だけ息を吐いて身体から力を抜くと胸に走る激痛を堪えて、それに魔力を流し込んでいく。
直後に感じた違和感。それを超えると何かが俺の意識を引っ張る感覚を感じた。
これが、そうか……。
たった今から、俺は九頭龍との長い綱引きが始まった。
3
休校となって二日目の夜。
俺はようやく九頭龍神社から帰ってきた。と言っても俺がいるのは夜の訓練用の模擬戦場。
そして俺の目の前にはクソ狐がいた。
「お前にしては珍しく俺の頼みを、素直に聞きやがったな」
「何を言ってる、青少年。おいらが素直じゃなかった時なんてあったか?」
ない、と断言しようと思ったが一応考えてみた。
こいつがいつも素直だったかを。
「……テメェが素直じゃないのはいつものことじゃねぇか! そんなことでめんどくせぇ時間取ってんじゃねぇよ!」
「いやいや、おいらはいつでも誰にでも真摯に、がモットーだからな」
「嘘言え!」
いつものお前が素直なら、あの女性陣はもっと本能に素直に動いているのではないかと思う。
今となってこいつに頼んだことに後悔しているが、これだけはこいつにだけしか頼むことが出来ない。こんなのを千歳には絶対見せることなんて出来ないからな。
「たくっ……そろそろ良いか?」
俺の声のトーンを聞いて、クソ狐も真面目な雰囲気を纏う。
今回だけはそうでないと困る。
「で、お前がおいらをこんな真夜中に呼び出した理由は?」
「これだ」
左腕には幻術ではなくまだ包帯が巻かれていた。
つまりこの腕にはまだ幻術をかけていないということである。正確にはまだ左腕の魔力が強すぎて、それに弾かれないほどの幻術を俺が使うことが出来ないと言うだけなのだが。
その包帯を解くと、人間の腕はそこには存在していなかった。
「お前……それ……」
「ああ。左腕だけ人間やめてきた」
左腕に付いていたのは、あの神主と同じ九頭龍の左腕。
つまり俺はあの綱引きに勝利した、ということだ。あれにはつい数時間前まで続いてたんだ。
「しかもこれは先祖返りでもなく、本物の九頭龍の左腕だ。俺はそれを喰ってきた」
「……」
「でも、本題はそれじゃない。お前なら言わなくても分かってんだろ、隆浩……」
俺は龍の腕で大刀型アーマメントデバイス『黒月』を握る。
この腕を使って戦うということが、この後に何を起こすのか全く予想できない。もしかしたらこの模擬戦場が消し飛ぶなんてことがあるかもしれない。
なぜならこれから起きるのは、
「こんな夜中にお前がおいらを呼び出したから何かと思ったら、こんなことか。負けたら、その腕の研究させてもらうぞ一真」
日本刀型アーマメントデバイス『秋月』を取りだした隆浩の身体が本来の魔法色の『黄色』ではなく、こいつ特有の魔法色『金』のオーラを纏う。
「久々に本気でやれるのは、いろいろとストレス発散にもなるからな。死ねぇ、クソ狐ぇ!!!!」
「今まで窮屈な身分でそろそろ一回解放したかったんだよ。くたばれぇ、ナマケモノニートォ!!!!」
名前に九の付く獣と契約した人間が、その力を解放して本気で殴り合う。それはただの魔法が使うことが出来る人間同士を超え、神獣の力の片鱗をこの場で再現すると同意義。
つまり一種の災害、小さな戦争がこの閉鎖空間で起きようとしていた。
《次話へ続く》