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四、
「えっと、僕のことなのかな?」
幸太は少し驚いた。レジで、商品やサービスのことなどで話しかけられることはあるが、普通は名前を呼ばれない。ネームプレートを胸につけているから、それで名前を覚えたのだろうかと幸太は考えた。
「そうです、昨日、うちのコンビニにきましたね。あの時店長と話した、というか、一方的に店長の話を聞いたはずなんですが、あれは全部ウソですから、だまされないでください。では、お会計105円」
「あ、えっと、はい。105円です。ちょうどですね」
幸太は商品の会計をすませ、小さな買い物袋へ商品入れて手渡しながら彼女に聞いた。
「全部ウソって、なんで君は知っているの? あの時いたひと?」
「そんなんじゃありませんが、とにかくあの人のことは何も信用しないほうがいいですよ」
彼女は、そう言い残して買い物袋を手に取り店を出て行った。
なんなんだいったい。あの105円という言い方、煙草の440円と同じ感じだったな。つまりあのときの手の人か……」
幸太がそんな事を考えていると、レジの様子を見ていた倉田が声をかけてきた。
「なんだ知り合いか、彼女か」
こいつは、いつも人のことを根掘り葉掘りと聞いてくるな、と幸太は思った。倉田の顔を見ずにレジの方へ目を落として答えた。
「いいえ、そんないいものではありません。ただのお客様です。朝よく買いに来るので、多分僕の名前を覚えたんでしょう。僕も彼女の事を見かけたことを覚えていましたし」
「そんなとこか……でも昨日のことを何かしゃべってなかったか」
本当に鬱陶しいヤツだ、全部聞いてたならそのつもりで聞けばいいのに、といちいち反応してしまう幸太だったが、そんな感情をひとかけらも表に出さなかった。
「いえ、特にそんな事は。名前を呼ばれてちょっとうれしかっただけですよ」
今度は微笑みを倉田の方へみせた。
「そうか、まぁ、そんなことはどうでもいい。それに、山上、お前に紹介したい人がいるんだ、ちょっとこっちへ来い」
少しうれしそうな様子で倉田はいい、こちらの返事も聞かずバックヤードの事務所の方へいった。幸太は仕方なく、かわりのスタッフにレジを変わってもらって、倉田の向かった事務所へ行った。事務所には倉田と一人の若い女性がいた。事務所に幸太が入るなり倉田がしゃべり出した。
「え~こいつが山上です。昨日例のコンビニを偵察してきた……」
倉田はこう言って幸太の事をその女性に紹介した。女性は上から下まで真っ黒だった。黒ずくめのスーツを着て、黒のパンプス、黒のストッキング、黒のショートヘア、おまけに黒いサングラスまで着用していた。口紅だけが赤くひかれていた。
どっかのSF映画に出てきそうなやつだなと幸太が思っていると、彼女はそのサングラスを外し、幸太の方へ右手を差し出した。ものすごい美人だった。赤い口紅が印象的で香水のいい香りが漂ってきた。
「こんにちは、山上幸太くんね、よろしく。私はこのチェーンの本部監査部の鷺沼・ミランダ・雲雀です。今日はこの店舗に重大な危機的局面が迫っていることをお知らせしにきました」
「……重大な局面って、なんだ……」
差し出された手を軽く握りかえしながら幸太はつぶやいた。




