(10)
十、
「お前が大学を中退させられてこの家で一人いるっていう話を、お前の母親がオレにしれくれたんだ」
「母さんが? なんで?」
幸太は単純に驚いた。そういえば、例のコンビニはこの家からもほど近い。母親が顔見知りでもおかしくなかった。
「ま、ちょっとした知り合いでね。それに近所だし相談してくれたんだよ。するとよ、お前の母さんがオレに言うんだ、地味な息子が一人でやる気をなくしてるってな。他の大学にも行く気がないようだから、ちょっと気分転換に働かせてみようと思うんだけど、ここじゃだめかなって言うんだ。近所の知り合いで大事なお客さんだったし、なんと言ってもここはベンリヤの登場だ。はい、できますよってなもんで返事をしたんだ。そんで……」
「でも、僕はあっちのコンビニに行きましたよ」
話が長くなりそうだったので、幸太は口を挟んだ。しかし効果はなかった。広田は身を乗り出すように続きをしゃべり出した。
「そうだよ、お前なぁ。おっかさんオレんとこに面接に行けっていってたろう? それを、『知り合いに会うのが嫌だから』って、お前どんだけ人見知りなんだよ。中退したのがそんなに恥ずかしいことだったのか、ちがうだろ、お前は先輩を助けようとして裏切られたんだ。お前はちっとも悪くない。そりゃ、やってることはちょっと法に触れるだろうがな。だがそれがニュースになって近所に知られたって、そんなこと気にするやつぁ、ま、何人か何十人かもっと多く居るだろうが、堂々としてりゃいい。お前はお前のやることやったんだ。他人の目なんか気にするな、とオレは言いたい。白い目で見るヤツには堂々と見返してやればいい、オレはちっとも恥ずかしい事なんてしてないってな。それによ、近所だけが世界じゃないぜ。世界は広い、地上も、空も広い、宇宙にだってつながっている。お前を気にしているヤツなんかこの世界に比べたら砂粒以下だ。お前だってそうだ。砂粒がほかの場所にある砂粒を気にするか? お前はお前の砂粒らしさでとんがっていりゃいい」
身振り手振りを交えて広田は語った。そしてここまで言ってぐいっと胸を反らした。
「オレとお前は、その砂粒でもたまたま隣同士になった二つの砂粒だ。偶然じゃありえない確率なんだぜ。億万分の一以下ってヤツだ」
広田は幸太に右手を差し出した。
「どうだ、オレといっしょにやってみないか?」
幸太は差し出された右手を見て、はぁと溜息をついた。その手を握り返そうとしてパンと広田の手を払った。
「なに語ってんですか、全部ウソっぽいですよ。それに、どうせなら石ころぐらいにはなって見せますよ」
幸太は椅子から立ち上がって広田の目の前に立った。
「で、あのデータどうするつもりなんです。取り返すんですか?」
「いや、行っちまったモンはもう無理だろう。取りかえしても跡が残っちまう。跡形も無い状態にしちまうのが望ましい」
「跡形も無いって?」
広田はニヤッと唇の端を上げた。
「つまり、全てがなかったことにしてしまおう、ってわけだ」