(9)
九、
広田はクローゼットの外から幸太を見ていた。
「だが防御が甘くねぇか。ほれこいつ」
クローゼットに一歩入ってきて、画面に近づいて画面の一点を指さした。幸太は驚いたまま広田のやっていることを見ていた。防御のことを言われ、そんなものは後ろ手に絡み取りプログラムをほうってあるから大丈夫、と反論しようとしていた。しかし、脳波コントロールを使った余韻もあり体がうまく反応しなかった。
広田の指さした所を目で追うと、確かに後から幸太を追ってきたプログラムが引っかかっていていた。
しかし、幸太の仕掛けたプログラムに捉えられているわけではなかった。
幸太はゆっくり目を閉じ鼻の付け根あたりを指でほぐしながらゆっくり息を整えた。
「どうやったんです。つか、どっから入ってきたんですか、あんた」
「玄関から入ってきたよ、ドアから」
広田は平然と答えた。
「お前のプログラムじゃ、あいつは自分が捕らえられたということを自覚してしまう。だからそいつをキャンセルして、オレのプログラムを食わしてやった。今頃、あいつはディナータイムだ。大量のデータを食わしているからしばらく動けんだろう。ま、とっさに食わせるものがなかったから、ここにあったやつと、オレの手持ちも足してある」
「ちょ、ちょっと待て、ここにあったやつって言ったな。それどっから」
幸太はポケットのキーホルダーにメモリーカードがあるのを確かめた。
「ああ、まぁここにはなかったけどさっき見せてもらっていた」
「そ、それって」
「ああ、やっぱまずかったかなこれは」
広田はクローゼットにはなかったノートパッドを持ち出して顔の横にかざした。
それは幸太が普段使っているノートパッドだった。幸太はそこにかなりの量のプライベートなデータを保存していた。
「わざわざそんなもん食わせるな!」
幸太は激怒した。
「はっはー、怒ったか? スマンスマン。しょうがなかったんだよ、とっさに出すがなくてな。こんなところにそんな大事な物を置いておく方が悪いんだ。ま、これでお前のデータはあっちに渡っちまった。オレの持ってる情報もほとんどやつらに渡しちまった。この後の火消しがちとめんどい。どうかね、ここらで一緒にあいつらを退治するってのは」
広田はディスプレイの端をとんとんと指先叩いている。
「退治? 僕はあのデータがそっくり無くなってくれればそれでいいんだ。けど、あんたと組むのはどうかな。あんた、僕があいつらのスパイなの知ってんのか?」
「もちろん。お前が奴らに協力させられてるのも知ってるし、あいつらがオレの店をどうにかしようとしてるのも知ってる。あのな、オレは最初っから全部わかってるんだぜ、全部」
全部と言われて幸太にはどこからが全部なのかわからなかった。
「全部っていうと、僕があんたの店に行ったときからなのか、あるいはその前?」
「ああ、お前が働きに出る前からの事だ」
「働きに出る前って……なんで……」
自分の知らないところで色々と話が進んでいる気持ち悪さを感じつつ幸太は考え込んだ。心当たりはほとんどなかった。