7.塾で塾講師に告られる
『黄金の乙女』
世界にたった一人の至高の存在。
その女性と相思相愛になると、この世界はおろか、マルチバース全てが二人のものとなる、という伝説。
伝説を信じ、冒険者達は異世界転生を試みていた。
これまで
1.星野翔真 アイドルグループ・バイオレットバタフライメンバー 告白した騒動を謝罪し、現在は電話で会話する仲。
2.進藤君也 三崎東高校数学科教師 生徒指導担当 校舎の屋上で告白するも失敗、仁平からあやめを守る。
3.見城利幸 三崎東高校1年 バスケ部所属 体育館裏で告白するも保留。富永からあやめの危機を救う。
4.吉水健吾 アイドルグループ・バイオレットバタフライメンバー 告白するも失敗。来春、三崎東高校に入学予定。
5.仁平茂樹 株式会社『あすなろ』社長。75歳 あやめに死を宣告するも失敗。二度と近づかない事を誓う。
6.富永悠一 ファストフード店アルバイト 不治の病の妹を掬いたい、という口実であやめに近づくも失敗。
洗いざらい正直に話せば、何の疑問も起こらない行動ではあるが、一つのことを隠そうとすると、窮地に陥るー私の状況は今まさにピンチだ。
ファストフード店横の薄暗い路地に見城君と一緒にいるところをやすことちえみに見られたのだ。
ちえみは見城君のことを好きだと言っていたが、見城君は一週間前に私に告白している。私はと言えば、見城君のことは友達だと、ちえみにも見城君にも言っている。これ以上ない三角関係である。
ちえみに見られた場面は、客観的に見れば私がちえみを裏切っていることになるだろう。
しかし私にも言い分はある。
見城君は私の窮地を助けてくれたのであって、決して暗がりでいちゃいちゃしていた訳ではない。
ならば、どうしてそんな暗がりに私が行った理由を説明しなければならない。
男の誘いに乗ってほいほい行った、と言うのはあまりにも私がみじめだ。
先程迄いたファストフード店に連行された私は、やすことちえみの事情聴取を受けることとなった。カツ丼は出そうにないな。
齋藤君はおろおろしているだけだったし、見城君は部外者の体だ。一週間前の告白したくせに。
「あや、何か言うことは無いの?」
「誤解だと言いたいけど、それだけじゃあ信じてもらえないわよね」
二人はそれは当然とばかりに頷いた。
「じゃあ、今のところ話すことはないわ。二人が私の話に聞く耳を持った時に、私は出来る限り話すことにするわ」
「この期に及んでも、『全て』とは言えない訳ね」
「そうね。いくら親友であったとしても言えないことはあるわ。・・・じゃあ、私は帰るわ」
私は四人を後にしてすたすたと階下へ下り、家路に着いた。途中、何度か視界が歪んだことがあった。なんでだろう・・・。
家に帰ると、母さんが帰宅していた。
昨夜私は冷蔵庫への補充を忘れていたのにも関わらず、ノンアルを飲みながらコンビニで買った酒の肴をつまんでいた。
「母さん、ただいま」
「あやめ、学校で何かあったの?」
どうしてわかったのだろう?家に入る前に身だしなみをチェックし、普段通りにしてた筈なのに・・・。
「母さん、何でわかるの?」
「そりゃあ、あんたの母親を十五年やっているからね。・・・赤ん坊の頃はあんたが何故泣いているのかいろいろ考えてきたものよ。それに比べれば、今はわかりやすいわ」
「母さんにはかなわないな・・・」
私はダイニングで母さんに向かい合う席に座った。
「あやめ、何があったのか、母さんに話してみな。少しはすっきりするかもよ」
私はさっきの出来事をできるだけ詳しく話した。勿論、その前提である『黄金の乙女』のことは話せないが。
「ふうん。大体の事情はわかったわ。それで、あんたは安河内さんと千枝さんの態度を理解しているのよね?」
私はこくんと頷いた。
「そう。それならいい。あんたの好きな様にやればいいよ」
「・・・は?それだけなの?母さん、もっと身になるアドバイスとかしてくれないの?」
「あんたがそれを望んでいるならね。でも、あんたは違うでしょ。私はあんたの決断を後押しするぐらいしかできないわ。・・・もし人生の先輩として一言言うとしたら、これからこんな事は何度も起こるから、気にするな。だけど、二人はあんたがピンチだったこの2週間、あんたを支えてくれたんだから、大切にした方がいいんじゃない、ってことぐらいかな」
「ありがと、母さん」
「どういたしまして。親と言うのは、どんなときでも子供の味方よ。・・・ついでにもう一缶持ってきてちょうだい」
「へいへい」
その夜久しぶりにショーマから連絡があった。
「あや、こうやって話をするのは久しぶりだな」
「あら、私はてっきり終わった女だと思っていたけど」
「つれない事を言うなよ。俺はまだあやの事を諦めた訳ではないんでね」
「はいはい、それで今夜は何の要件なの?」
「さっき、あやの友達に会ったよ」
「ショーマ、まさかあんた、手を出したりしてないでしょうね」
「よせよ。二人共横にしっかり彼氏がいたし、俺はあや一筋だし」
「・・・冗談。それで私抜きでどんな話をしたのよ」
「あやが最近どんな目に遭っているか。金曜日には銃で脅されて愛人にさせられそうになったとか、今日は今日で襲われそうになったとか・・・」
「・・・ふうん。成程ね。安心したわ」
「どういう事だ?」
「友達を心配させないように、敢えてマイルドに話してくれているんだわ」
「・・・お、おい」
「ショーマ、真実何があったのか、私はあなたにも言うつもりもないわ。私は、私の生きたい様に生きるつもり。だから言い寄って来る男は、全部叩き潰すつもり。それが気にくわないのなら、力に訴えればいいわ。腕力では負けても、心は負けないから」
「『心は負けない』か・・・。強いな」
「それが『黄金の乙女』の根幹だと、私は判断している。この世の全てを得るのが、そんな甘いものであっていい筈がないもの。・・・ねえ、リョーマ、ついでだからあなたに『黄金の乙女』について何点か聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
「俺に答えられることは答えよう」
「私に気を使って、嘘を言う、なんていうのはナシよ。誓える?」
「ああ、誓おう」
「それじゃあ、まず『黄金の乙女』と相思相愛になったとして、それが未来永劫続くとは限らないわ。もし他に好きな人が現れた時、どうなるの?」
「その場合、移行するだろう。あくまでも『黄金の乙女』の意志が尊重される」
「じゃあ、彼が私の事を好きではなかった場合も同じことなの?」
「同じだろうな。世界を手に入れる事は出来ない」
「わかったわ。つまり『黄金の乙女』と相思相愛となって世界を手にしてからも、続々と言い寄る男が現れるという訳ね」
「まあ、そういう事だな」
「それで、私はいつまで『黄金の乙女』でいるの?おばあちゃんになっても『乙女』なの?」
「基本はYesだ。年齢を重ねても『黄金の乙女』だ」
「じゃあ、私が死んだ時、次の『黄金の乙女』は決まっているの?」
「それはまだ決まっていない。・・・一定の時間を経て決まることが多いな。別にあやが気にしなくてもいいだろ」
「それで、今の状態、つまり『黄金の乙女』がいるが、相思相愛の状態ではない、これはレアケースなの?」
「いや、これが通常のケースだと思って欲しい。人間が相思相愛の状態を維持することは難しいからね」
「ありがとう。これで大体わかったわ。つまり、転生者達は私と相思相愛の仲になるべくアタックする。そして、それは相思相愛のパートナーが存在しても継続される。そして、私のパートナーを殺して、私をものにしようとする転生者が現れる。私を射止める事は出来ないと悟った転生者は私を殺して、次の『黄金の乙女』に期待する。これがこの世界のルールという訳ね」
「・・・まあ、そういう事になるな」
「それなら、私はこの世を自分のものにして、全ての転生者を殺す。そして二度と転生が出来ない様にする。これが最適解のようね」
「おいおい、随分と物騒な話だな」
「そう思うのなら、私と未来のパートナーの安全を担保してみせなさいよ、転生者さん」
私はショーマとの会話を打ち切った。『黄金の乙女』とは何だ、至高の存在というよりも、男達の欲望の生贄ではないか。こんなものに価値があるとは、私には思われなかった。
翌朝、私はいつも通り学校へ向かった。
教室に入る、席に着いた。やすことちえみが暗い顔で近づいて来た。気にすることはないのに、昨日のは私の落ち度なんだから。
「あや、その・・・」
何か言いにくそうにしていたので、私は声をひそめて言った。
「昨日の晩、久しぶりにショーマから電話があったんだ。二人に手を出したかったけど、彼氏が横で守っていたから諦めたって」
「・・・な、何言ってるのよ、あや」
「・・・そんなんじゃないわよ」
二人は顔を真っ赤にして、私をポカポカと叩き始めた。そうだ、これでいい。二人とはいつまでも、バカな話をする間柄でいいのだ。二人を絶対に『黄金の乙女』騒動には巻き込まない。私は決意を新たにした。
塾というものは不思議なもので、大方の受講生は同じだが雰囲気は異なる。
私は母さんからの命令で、英語と数学の2教科について週3回通っている。
そのおかげで学校の授業には何とかついて行っている。
今週は期末テスト対策である。試験範囲の中から重要なポイントについての説明・理解度テスト・解説といった感じで進む。理解度テストを数多く体験することにより、テストに対する緊張を無くし、普段通りの実力を発揮しようという具合である。
私は今回も可も無く不可も無いという出来栄えであった。この2週間のドタバタぶりからすると、まあ妥協できるのではないか。
さて2教科の授業も終わり、帰宅しようという時、講師の方から声がかかった。曰く『親御さんに渡す書類があるので、事務室まで取りに来て欲しい』というものだった。
あの講師、何て名前だったっけ?どうにも思い出せないので、隣にいた子に尋ねて、何とか『島畑和毅』という名前で、三年目のアルバイト講師であることがわかった。
「失礼します」と言って、私は事務室に入った。事務室と言っても、普通のオフィスの様なつくりで、講師や職員が多くいるスペースであった。周囲を見回すと、私を呼び出した講師しかいなかった。
『またか・・・』私はため息をついた。この2週間、こんなのばっかり。あきあきしている。
用心しながら、講師の元へ向かう。
「すいません、九条です。お母さんに渡す書類を引き取りに来ました」
「ああ、これなんだけど、頼みます」と言って、大き目の封筒を私の前に差し出した。
「わかりました」と言って、封筒を受け取った瞬間、両腕を掴まれた。
「何をするんですか!」
私は語気を荒げて言った。
「九条あやめ、もう俺が何者なのかわかっているんだろう?」
「あなたは転生者で、『黄金の乙女』である私を狙っている」
「その通り。いいから、俺の女になれ!」
「絶対にイヤ!」
島畑は私の両手首を掴んだまま、両腕を横に広げていく。私と島畑の距離が近づいていく。あ、これはファーストキスのピンチかも。
背後でドアが開く音がした。
「九条さん、どこでもいい、相手を蹴るんだ!」
私は右足に全体重を乗せて、島畑の左爪先を踏んだ。両手首への拘束が緩んだ瞬間に、右足でローキックを出した。なさけない音で威力はなかったかもしれないが、背後から走って来た齋藤君のパンチが島畑の顔にヒットしていた。
「イヤだと言ってるでしょ。『黄金の乙女』をなめるんじゃない!」
「九条さん、何してるんだ!早く逃げるぞ」
私は齋藤君の後を必死に走った。ここのところ助けられてばっかりだ。もっと強くならなきゃ、誰も守れない。私を、私の好きになる誰かを、私を取り巻く人々を。
塾を出て2,300メートル程走ったところで、私と齋藤君は休んでいた。
「ここまで来れば、一安心かな?」
「さあね、意外にしつこいかもしれないし・・・齋藤君、ありがとう。でも、何で?」
「何でって・・・。ひょっとして九条さん、僕が同じ塾に通っていること知らなかったの?」
「・・・ごめんなさい。全然知らなかった」
「まあいいよ。それから、昨日進藤先生に言われたんだよ。御前等が九条さんを守るんだ、って」
「へえ、振った男も意外なところで役に立つじゃん♪」
「九条さん、あんまり先生を悪く言ったらいけないよ。金曜日も助けてもらったんでしょ」
「あの男は勝手に自分の思いをぶつけて、動転している私に答えを迫る様なことをしたのよ。それは卑怯者のすることだと、私は思う。勿論、異論は認めるわ」
「ところで、九条さん、さっき言っていた『黄金の乙女』って何?」




