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13.霞が関でSPに告られる

『黄金の乙女』

世界にたった一人の至高の存在。

その女性と相思相愛になると、この世界はおろか、マルチバース全てが二人のものとなる、という伝説。

伝説を信じ、冒険者達は異世界転生を試みていた。


これまで

1.星野翔真 アイドルグループ・バイオレットバタフライメンバー 告白した騒動を謝罪し、現在は電話で会話する仲。

2.進藤君也 三崎東高校数学科教師 生徒指導担当 校舎の屋上で告白するも失敗、仁平からあやめを守る。

3.見城利幸 三崎東高校1年 バスケ部所属 体育館裏で告白するも保留。富永からあやめの危機を救う。

4.吉水健吾 アイドルグループ・バイオレットバタフライメンバー 告白するも失敗。来春、三崎東高校に入学予定。

5.仁平茂樹 株式会社『あすなろ』社長。75歳 あやめに死を宣告するも失敗。二度と近づかない事を誓う。

6&12.富永悠一 ファストフード店元アルバイト 不治の病の妹を掬いたい、という口実であやめに近づくも失敗。夜道であやめを襲うも失敗。

7.島畑和毅 塾講師アルバイト 無理矢理あやめをわがものにしようとしたが失敗。

8.下田 三崎東高校1年 教室で告白するも保留。

9.清水良治 病院勤務内科医 母親の再婚相手としてあやめに近づいたが失敗。

10.野村正貴 三崎第二中学二年 市民プールで告白するも、あやめに諭される。

11.内藤洋二郎 雑誌編集者 原宿であやめ達に声をかけたが失敗。


朝、目が醒めた私は不思議な位平静な心持であった。

デトックス効果であろうか。昨夜さんざん泣いて、気持ちを外に吐き出したおかげで、妙にすっきりしていた。

私はベッドから起き上がる。床には昨夜脱ぎ捨てた服があった。私は二度とこれらを着ることは無いだろう。母さんに言って、捨てるか、私の目の届かない場所に置いてもらうことにしよう。

私は階下に降りると、母さんがダイニングにいた。

「おはよう、母さん」

「あやめ、朝はどうするの?昨日の夜食べてないから、量は多めの方がいい?」

「うん、お願い」

母さんは冷蔵庫の中からあれこれと取り出し、私の朝食の準備をしながら、ノンアルを取り出して飲み始めた。ついでに私の前にも一缶置いた。

「ちょっと母さん、朝からは・・・」

「その為のノンアルコールでしょ。細かいことは気にしない気にしない。あんただって、夏休みだし、ちょっとぐらいいいでしょ」

母さんの妙な理屈に納得した私は飲み始めた。

「大人になるとね、自分の思った通りにいかないことの方が多くなるの。多くは自分が悪かったと後になってわかるんだけど、中にはどうしても自分が悪い訳じゃない、って時もあるのよ。そういう時はアルコールに頼るのよ。一時だけ忘れて、頭の中をリセットする為にね。勿論、忘れちゃならない事もあるし、節度は重要よ。でもね、納得できない事があって延々誰かが悪いって考えるのは健全じゃないし、一瞬でもいいから忘れる事も大事な事だと思うのよ」

「母さん・・・」

「看護師なんかやっているとね、色々あるのよ。仲良くなった患者さんが、出勤したら亡くなっていたなんて事も何回もあるしね。・・・あやめ、昨日の夜ひどいことがあったんだろうけど、理不尽なことだろうし、許せない気持ちもあるんだと思う。一晩経ってもその気持ちが続くんだったら、ちょっとでいいから考えるのをやめてみない?別の考え方が生まれるかもよ。それで出た結論だったら、母さんも協力する。警察や弁護士事務所にも一緒に行くわ。看護師やってると、そういうところにも伝手があるから」

「ありがとう、母さん。話せる時が来たら、母さんにはきちんと話すわ。・・・もう一缶いいかな?」

「しょうがないなぁ。まあ、私の娘だから仕方無いか」

「そうね。私は母さんの娘だからね」

何となく気分が晴れやかになった様な気がした。母さんには敵わないなぁ。


朝食の後片付けをして、母さんを見送ると、私はベッドに寝転んだ。

少し軽くなった気分で、これからの対応を考える。

富永悠一をこのままにしておくことは危険だろう。私だけならまだいいが、やすこ、ちえみ、齋藤君、見城君に危害が及ぶかもしれない。私が警察に行き事情を話して、捕まえてもらうべきなのか。証拠も無いし、ストーカー規制法による私への接近禁止がせいぜいで、友人達への危険が高まるのではないか?自暴自棄となった富永が何をするかわからない。もし、新たに転生する能力を獲得していたら、法律であいつを抑える事は出来ない。ならば、富永への牽制の為に、手持ちの転生者をぶつけるか。この世界で表の顔を持ち、それを失いたくない者達は喜んで私の依頼を受け入れるだろう。

仁平茂樹は相手をするにはお爺さん過ぎるか。体力勝負になった時に不安がある。

清水良治はまだこの街にいるのだろうか?こちらにいたとしても清水は頭が良さすぎる。富永をうまく丸め込んで共闘しようとするかもしれない。

内藤洋二郎に能力については不明。富永をおだてて、アイドルに仕立て上げるか?それは無理か。

進藤先生についてはこれ以上負担をかけるべきではない。彼には今後も校内の安定化の為に働いてもらう必要がある。

となると、島畑和毅しか残っていない。同年代だろうし、話は合うかも。共闘される可能性はあるかもしれないが・・・。

ケータイがブルブルと振動し始めたところで、私は我に返った。何で男同士のカップリングを考えているのか、BLじゃあるまいし・・・。

ケータイの振動は進藤先生からの着信によるものだった。

「先生、おはようございます」

「九条、今から学校に来られるか?」

「え・・・」

「いいから、とにかく学校へ来い!」

電話は切られていた。しょうがない。私は制服に着替えることにした。


日差しが強いので、汗をかかぬ様ゆっくりと歩く。

何故、学校に呼び出されるのか。心あたりは全然なかった。

校門のところにスーツを着た進藤先生が立っていた。ひどくいらついた様子だった。

「進藤先生、おはようございます」

「遅いぞ、九条、何をやってたんだ!」

進藤先生は私の手首を掴むと、ずんずんと校舎に向かって歩いてゆく。

「ちょっと先生、何かあったのですか?」

「いいからついてこい。・・・理由はすぐにわかる!」

進藤先生は終始不愉快な様子だった。あんまり怒ると、美容に悪いわよ。


校長室の扉でノックすると、私を連れて進藤先生は校長室に入った。

「九条あやめを連れて来ました」

校長室に入るのは初めてだった。思わず周囲を見回した。応接スペースの処に三人の背広のおじさんが座っていた。そのうちの二人には見覚えがあった。確か校長先生と教頭先生。もう一人については正体不明。このおっさん、誰だろう?

私は見知らぬおじさんの様子を確認する。年齢は60歳位だろうか。白髪交じりの黒髪。メガネをかけている。夏だというのに、背広にネクタイ。真面目なサラリーマンという印象だ。

校長先生と教頭先生はひどく緊張している。一体何者なのか?

おっさんは立ち上がり、私に名刺を差し出した。

『外務省 事務次官 小田原雅和』

と書かれていた。名刺を受け取るのは一昨日の内藤洋二郎の件以来二回目だ。名刺を受け取るマナーぐらいチェックしておけばよかった。

「初めまして、九条あやめです」と答えたが、これでよかったのか全然わからない。

私はこの外務省事務次官の男の勧めに従って、応接スペースに座った。因みに進藤先生は校長室を退室し、職員室に戻った様だ。

私はこのおじさんの少々重い話を聞くこととなった。


「九条さん、今週末に某国の大統領が来日されることを御存知ですか?」

え?この人、何言っているの?大統領がどうしたって?

「・・・ごめんなさい。私、ニュースとか見ていないので」

全く恥ずかしい限りである。

「いえ。いいんですよ。今時の女子高校生が政治に興味があるとは思ってもいませんし。私も高校生の頃は興味なかったですから」

そう言ってくれると助かる。更に事務次官さんは続けて言った。

「昨夜、某国の外交筋からちょっと困った注文がありまして、我々も対応に苦慮しているんですよ」

あかん。これはもう私の理解の範囲外だ。何をいいたいのか全然わからない。

「だから、こうしてここまで参った訳です。九条あやめさん、総理大臣主催のレセプションパーティーに参加していただきたいのです」

「は・・・?」

この人は何を言っているのだろうか?パーティーと言うと、背中の部分の空いた、胸の谷間が露わになったドレスを着て、ステーキを食べるやつだ。蝶々の形の目だけ隠れるマスクをして、男女で手を取って踊るやつだ。無理無理、絶対に無理。

「何で私がそんなパーティーに出なくちゃいけないの?・・・それにテーブルマナーなんてあやふやだし、ドレスなんて持ってないから、無理ですよ」

「・・・それが某国の大統領からのリクエストらしいのですよ。Misaki East High SchoolのMiss Ayame Kujoをレセプションパーティーに参加させろ。さもなければ・・・」

「さもなければ?」

「来日を中止する、と言っているんですよ。九条さん、お願いです、日本を助けて下さい!」

あかん。完全に理解不能。

「大統領が日本に来なかったら、何か問題でもあるの?」

「・・・再来月の国連総会・G20への打ち合わせとか、隣国への対策とか、詰めておかなければならない事が色々ありまして・・・」

「どうして私を名指しで?理由を聞かれていますか?」

「いえ、聞いてはおりません。ただ、大統領はジョークの好きな方なので、先日のあなたの巻き込まれた騒動を使って、何か企んでいるのかもしれません」

まさか『黄金の乙女』関連か?相手は某国の大統領?地位とか権力を使って、私をものにしようとたくらむなんて、私は絶対に許さない。

「わかりました、お受け致します」

私の言葉に小田原さんに安堵の表情を浮かべていた。

「お受けするにあたって、色々お願いしたい事がありますので、人払いをお願いします」

???三人共私の話をしている意味がわからないらしいので、私は再度言った。

「人払いをお願いします。・・・ですから校長先生、教頭先生、出て行って下さい」


二人が退室したところで、私は小田原さんに言った。

「腹の探り合いはやめませんか?もっとはっきり言って下さい」

「・・・」

小田原さんは無言だった。私はさらに言った。

「ここへ来る前に私の事を調べたんでしょ。どう思われました?インターネットではさんざんなことを書かれていますから・・・」

「随分と肝の座ったお嬢さんだな、と思いました。流石、・・・」

「流石? 流石、何です?」

「流石『黄金の乙女』だ、と感心しました」

「それでどう思いましたか?この都市伝説を」

「俄かには信じられません。しかし、大統領が信じているとしたら、それは真実なのでしょう」

「そして、私は祖国によって某国に売られた、という訳ね。でもね、私はあんなお爺ちゃんに抱かれる趣味はないの。もし私の行為でその国が激怒したら、日本は私を守ってくれるの?」

「その時点で、あなたが生きていれば、日本はあなたを守るでしょう」

「あの相手にその条件なら、悪くないわね。いいわ、その条件で妥協してあげるわ」

「・・・ありがとうございます」

「それから、私があなたの依頼を受け入れるにあたって、二つお願いがあるわ。一つは私がパーティーに参加するには、知識もアイテムも不足しているわ。それらの準備をお願いします」

「わかりました。本日17時に迎えに参りますので、パーティードレスの準備とマナートレーニングの受講をお願いします」

「カボチャの馬車で迎えに来てね。・・・それから、これはあなたが御存知かどうかわかりませんが、私は昨夜襲われました。犯人は富永悠一、動機は都市伝説に関しての逆恨みです。私は構わないのですが、友人が危険な目に遭う可能性があります。富永悠一が友人達に接触出来ない様にして下さい」

「わかりました。対処させていただきます。・・・それにしても、感心します。あなたはお強い」

「この何か月くらいで鍛えられただけで、ただの小娘ですよ。だけど、理不尽な仕打ちに対しては、小娘なりに全身全霊で抗いますから」

「ハハハハハ。お手柔らかにお願いします」

私はこうやって外務省のお偉いさんとの会談を終えた。校長室の外で手持無沙汰にしている校長先生と教頭先生に一礼して帰宅した。


帰宅すると、次はちえみの家に行く準備だ。どうして夏休みだというのに、こんなに慌ただしいのか。

しかし、今日は二人に会っておく必要があった。

結局昼食を摂り損ねて空腹の状態で、ちえみの家に向かった。

本日も黙々と数学の課題をこなす。

問題集を解きながら、私は二人に話しかけた。

「ちえみ、やすこ、二人に言っておきたいことがある」

「え、何?」

のんびりとした返事、夏休みのゆったりとした雰囲気が私の言葉で一変した。

「昨日の夜、富永悠一を見かけた」

「どこで?」

「あや、大丈夫なの?」

「私の家の近くで見かけた。見つからないように帰ったから、多分大丈夫だと思う。母さんに相談して、すぐに警察に電話したから、あいつはストーカーとして認識されると思う。だから私は大丈夫だと思うんだけど、心配なのはあんた達。・・・あんた達、富永に尋問したんでしょ。だから、あいつ絶対にあんた達の顔を覚えていると思う。気を付けてね。特に夜一人で歩くときは気をつけて。それから男子二人にもあんた達から言っておいて」

「・・・」

私の言葉に二人は無言だった。張り詰めた雰囲気に私が耐えられなくなった。

「ごめん。私に関わったせいで、あんた達を危険な目に遭わせている。・・・もう、ここには来れないよ」

私は立ち上がり、ちえみの家を後にした。二人が追いかけて来る気配を感じたが、それを振り切る様に走った。

ごめん、やすこ。ごめん、ちえみ。齋藤君に見城君もごめん。私に関わったばかりに、厄介事に巻き込んでしまった。私との付き合いを無くせば、楽しい高校生生活を送れるよ。私の次の相手は某国の大統領。無事に収まるとは思われないのよ。

私は家の前に停まっていたリムジンに乗った。私を乗せると、リムジンは何の合図も無く走り始めた。

私が後ろを見てみると、やすことちえみが遠ざかる私の乗ったリムジンを呆然と眺めていた。


「いきなり遅刻かとやきもきしたが、なんとか間に合ってくれて誠に喜ばしい」

助手席から小田原さんが言った。

「私はできない約束はしない主義なので」

「それはいい心掛けだ。・・・目が赤い様だが、何かあったのかね?」

「別に大したことじゃないわ。ただ、親友と絶交しただけ」

「それは何故かね?」

「私が今からすることは褒められたことではない。寧ろ世間から批難されるでしょう。その時に私の友達というだけで理不尽な扱いを受けることを避けたいのよ」

「君が聡い少女で、我々も感謝しているよ」

「それは、どーも」

私は投げやりに言った。そこでようやく向かいの席に座っている男の存在に気付いた。身長は180センチ位でがっちりとした体格で、ちょっといかつい顔をしていた。夏だというのに、スーツを着てネクタイを締めてきっちりした格好だ。姿勢は背をまっすぐ伸ばし、両手は拳を作り腿の上に置いている。そしてその姿勢を維持し、身動き一つしなかった。そしてイケメンだった。

「この人は、誰なんです?」

「ああ、紹介していなかったな。警視庁所属のSPだ。大統領が離日される時まで君の身辺警備に従事する。君は彼をいないものとして過ごして欲しい」

「初めまして、九条あやめと申します。こんな小娘相手で色々思う所もあるでしょうが、宜しくお願いします」

私は自己紹介を兼ねて言ったのだが、向かいの男からは何の反応も無かった。

「言っておくが、SPは警護対象とは会話はしない事になっている。さっきも言った通り、SPは無きものとして過ごして欲しい」

それは中々難しいぞ、我々は口から先に生まれた女子高校生なのだから。

その日のカリキュラムは中々大変だった。17時に私の家を出発すると、18時30分にとあるラボに到着した。いきなり服を脱がされて、円筒型の設備に入る様に促された。そこで、円周部bに設置された何台ものカメラで私の3Dデータを取得する。そのデータにより私の衣装が作成される。ラボの人からは体形がが変わらない様に念押しされた。私は今日ランチ抜いてるし、夕食もまだだ。夕食後にデータ再取得という訳にはいきませんか、と尋ねたがあっさり断られた。しかし、私の体形のデータを使って、見ず知らずの人たちがPC上で着せ替えしていくのか・・・想像すると、キモい。

次はお待ちかねのテーブルマナー講座である。何か食べられる筈と想像していたのだが、箸の持ち方からだった。間違った持ち方をすると容赦なく右手を叩かれた。持ち方が安定したと評価されたのか、次のステップへと移行する。大豆を箸で右の皿から左の皿へと移す作業であった。なんとかしてやりきった時、21時近くになっていた。ここで最初の休憩となり、夕食としてコンビニのおにぎりが2個支給された。もっとないのかと抗議したが、体形が変化するのでダメですと断られた。

10分の休憩時間が終わると、次は英会話であった。相手は大統領である。日常会話くらいは出来ないと困るのであろう。バイリンガルの外務省職員から、イントネーションや発音を徹底的にダメだしされた。22時30分過ぎに本日のカリキュラムが終了し、行きと同じリムジンに乗り込んだ。小田原さんはもう同乗していなかった。行きと同じくSPさんが私の前に座っていた。

しかし、訳のわからぬ人に命を守ってもらうという状況が、正常かと言うと私としては違うと言いたい。少なくとも信頼出来る人に私は守ってもらいたいと思っている。なので、目の前に座っている男が信頼出来るかどうか確認したい、と思う。これは私のわがままだろうか?

23時45分に我が家に着いた。帰り道は行きに比べて早く到着する様だ。

「到着しました。なお明日は6時にお迎えにあがります。なお、御自宅では何も食べない様にお願いします。体形が変化する可能性がありますので」

「はいはい、わかりました」

SPさんが先に下りて、安全を確認してから、私に下車する様に促す。

私が下車すると、リムジンは走り去ってゆく。SPさんはこのまま私の家の警備するらしい。御苦労様である。

帰りのリムジンで私が考えていた意思疎通大作戦を発動させる。手話で『おやすみなさい』。

SPさんはしばらく考えた後、手話で『おやすみなさい』と返事をくれた。

通じた。

私はちょっとだけ心が晴れやかになって、家の中に入った。

私が初心者レベルではあるが手話を覚えたのは、母さんの影響である。母さんが患者さんと意思疎通を図りたくて手話を習い始めた時、私も一緒に習ったのだ。使うことはめったにないが、受験前に聾学校に行って通訳のボランティアをしたり、テレビの番組を見たりして、手話がさび付かない様に注意はしていた。おかげでSPさんと意思疎通は出来そうだ。

母さんには「晩御飯いらない、明日も早いから朝御飯いらなーい」と声だけかけて、部屋に入って寝た。

目が醒めるとまだ午前3時であった。カーテンを開けると、門扉のところにSPさんが立っていた。私は冷蔵庫の中にあった缶コーヒーを取り出し、ドアを開けた。

『ご苦労様。コーヒー、飲んでください』

『ありがとうございます』

第三者はいないが、手話でのやり取り。これは今後もやり取りは手話で行うという私なりの宣言である。

私はちょっとだけほっこりした気分でもう一度寝た。


朝6時にまたリムジンに乗り、諸々のトレーニングである。

7時20分に到着し、とりあえず朝食として、おにぎり1個、ゆで卵1個、牛乳200mlを支給される。もしゃもしゃと食べた後、服を脱いで体重測定、更にメイクの指導を受けた。

8時からは社交ダンスのレッスンである。練習妓にハイヒールという変な恰好でレッスンを受ける。我ながらダンスのセンスは絶無と言っていいだろう。何で私がこんなことを・・・という気分が抜けないことが上達を阻害しているのだろう。先生に人間と思えない様な罵倒を受けながら、必死になってステップを覚えていった。10時過ぎに初めての休憩時間となり、疲れた私は床に座り込んでいた。

私が深呼吸をして気分を落ち着かせようとしていた時、小田原さんがやって来た。後ろに部下を何人も連れて、随分と偉そうだった。ポケットに手を突っ込んだまま、私を見下ろして言った。

「真面目にやっているかね?・・・頼むから大統領の機嫌を損ねないでくれよ」

その言葉に私はキレた。何故キレたのかはわからないが、我慢できなかったのだろう。

「私は娼婦じゃない!私は大統領を喜ばせる為に、満足させる為になんかやっていない!・・・それに、私と大統領なんかとでは立場が違う。本来は大統領の方が、私の気分を害さない様に細心の注意を払うべきものなのよ。・・・それはそうと富永悠一への対策は万全なのでしょうね」

「あ、ああ・・・それは昨日のうちに手を打った」

「それならいい。練習の邪魔だから、今すぐここを出て行って!」

私は立ち上がり、レッスンを再開した。

12時になたっところでレッスン修了。昼食として30分の休憩が与えられ、ざるそばとお茶が支給された。

休憩室でSPさんと二人きりとなった。私は休憩室の状態を確認する。カメラは無い様に思われたが、盗聴器の有無については確信が持てない。

『手話、上手ですね』

『7歳下の妹が聾唖者で、彼女と話をする為に覚えた。君は?』

『母さんが看護師で、患者さんと意思疎通を図る為に手話の勉強を始めました。私は母さんと一緒にいたくて、勉強しました。中学の時の部活動で、聾学校に言って通訳なんかの活動をしてました』

『へえ、偉いね』

『ボランティア活動に興味があって。ホントは内申書対策なんです。これ、内緒ですよ』

『ところで、君はここで何をしてるんだい?』

『私のこと、聞いていないのですか?』

『SPは対象の保護に専念します。対象人物については教えられておりません』

『そうなんですね。私は九条あやめ。高校一年生です』

『九条あやめ・・・最近、どこかで聞いた事があります』

『多分、その九条あやめです。あなたは?』

SPさんは答えることをためらっていた。警護対象者に名前を告げるのは禁止されているのだろうか。やがて、意を決したのか名前を教えてくれた。

『海道信哉。24歳だ』

冷房の効きが悪いのか、顔の辺りがひどく暑かった。

午後のカリキュラムが始まった。12時30分から17時まで、間に10分間の休憩が1回あるだけのハードな英会話の訓練であった。この努力が2学期の成績に反映してくれれば、私としても努力の甲斐があるというものである。

17時になると、身体測定が行われた。昨日と同じく裸にされて、体重と腹囲が計測された。

白衣を着た研究者然とした女性が、モニタに並んだデータを確認しながら言った。

「体重も腹囲を変化ないわ。感心感心」

それはそうでしょ。これだけ食事制限されれば、体重が増える訳がない。

続いて、私の身体をチェックされる。私がイメージしたものは、食肉品評会の豚だった。

「この傷は?」

私の左腹部にある傷を見つけて言った。

「手術の跡です」

「そんなことはわかっているわ。何の手術かを聞いているのよ!」

やれやれ。随分と沸点の低い人だな。きっと思い通りの人生を歩んでいるのだろう。

「腎臓移植手術です。ドナーは亡き父です。他に聞きたいことは?手術の年月日、病院名、執刀医なんでも教えますよ」

「もういいわ。服を着なさい」

17時30分から20時までテーブル・マナーの訓練という事で内容は薄くスライスされたこんにゃくを、箸で掴んで口に入れ、音をたてずに食べる、というものだった。

懐石料理とかお寿司とかを食べる訓練は無いのかと抗議したら、明日までに映像を準備するので、視聴して学習して欲しい、と言われた。その様な費用は計上出来ないらしい。財務省恐るべし。

訓練終了後、夕食としておにぎり1個支給された。昨日は2個だったのに、と抗議すると、先程こんにゅくを摂取したので1個減らした、とのことであった。これも財務省の差し金だろうか。

20時30分よりヒールを履いた時の所作等を学ぶ。疲れた身体を叱咤して、練習を繰り返し、22時30分に本日のカリキュラムを終えた。

帰りのリムジンでも海道さんと向い合せで座る。リムジン内では会話はしない。運転手が聞いているし、手話で会話しようにもバックミラーで見られてしまう。そのことは外務省・警視庁の上層部に伝わり、海道さんの立場を悪くするだろう。だから会話はしない。背筋を伸ばして座り、うたた寝なんかしない。だらしない女の子と思われたくないから。

昨日と同じ時刻に到着した。私が家の中に入ると、母さんは起きていて、私を待ってくれていた。

「母さん、たたいま」

「あやめ、おかえり。表の人はどなた?」

「あの人は私のボディーガードよ」

「だったら、家の中へ入ってもらったら?」

「いいよ。向こうにも色々と事情があるから」

「まあ、あやめがそう言うんだったらいいけど。明日も早いんでしょ、早く寝なさい」

「うん、そうする」

私は目覚ましを午前3時にセットして、ベッドに入った。


この日も6時にリムジンが迎えに来た。海道さんと私が乗り込み、霞が関に向かった。

カリキュラムに関する慣れやら、残りの日程を考えられる様になったことやらで、何とか頑張ることが出来た。

休憩時間に、海道さんと人目を忍んで手話で話をした。

でも時間が足りない。まだまだ聞きたいことはいっぱいあるのに。

海道さんは私のこと、どう思っているんだろう?

22時を過ぎた頃、異変が起きた。

前日の昼以来姿を見せなかった小田原さんが現れた。

「九条さん、御苦労様。言いにくいのだが、カリキュラムの進捗が、当方の想定よりも若干遅れている。明日の夕方の本番は延期することができない。申し訳ないが、リムジンでの送り迎えの2時間半を訓練に充てたいと思っている。了承してもらえないだろうか?勿論、就寝施設は準備するし、親御さんにも連絡させていただく」

「わかりました。申し訳ありません、私の覚えが悪いせいで・・・」

我ながらよく思ってもいない科白が吐けるものだ。相手は、当日に私がトンズラされるのを恐れているのだ。今更私の替え玉を用意しても某国大統領には通用しないだろう。

仕方無い。私は23時45分まで続けたところで、別の男がやって来た。

「九条さん、お疲れ様です。宿泊室にご案内します」

男の後ろに私、海道さんの順に歩く。通路を歩いていると、何か所かの防火用扉があった。

「ここです」

鍵を開けながら、男は言った。私は部屋に入り、中を確認する。

広さは三畳程であろうか、奥にはベッドがあり、左隅には間仕切りも無い状態で便座が置かれていた。これではまるで・・・。

「一つ聞いてもいいですか?私、何かあなた達にとって気に食わないことをしたかしら」

「私はあなたをここに連れて行く様、指示されただけです」

「わかったわよ。どうせ一晩か二晩でしょ。ガマンしてあげるわよ」

「ありがとうございます。安全の為、施錠させていただきます」

何の安全?15歳にして牢屋に入れられるとは・・・。

「必要なことがありましたら、ドアを叩くなり蹴るなりして音をたててください。看守がすぐ来ますから」

看守・・・ねえ。やっぱり牢屋じゃん。

何もすることはないので、ベッドに大の字になって、天井を見る。天井に設置された無機質なレンズが私を捉えている。この部屋は異常だ。何台のカメラが仕掛けられているのか。最悪なのは便器の前のカメラか。ここでは用を足さない。あんた達に寝顔を見せるつもりもない。私は俯せの状態で寝た。


何時であろうか。体を揺さぶられ目を醒ました。

何故この部屋に人が入ってこられるのか?安全の為に施錠したのではないか。

「九条さん、九条さん、起きて下さい」

「あれ、海道さん、どうして?ここに・・・」

「君はこんな処にいてはいけない人だ。僕と一緒に逃げよう」

海道さんの差し出す手を私は掴んでしまった。

「でも、そんなことをすれば、あなたの立場が無くなるわ」

「いいんだ。妹より年下の女の子を、国の為に他国の元首に差し出す方が間違っている。僕のことは構わないから、自分のことだけを考えるんだ!」

その時、私は思った。この人をこれ以上巻き込んじゃいけない。この人を必ず助ける!『黄金の乙女』の名に懸けて!

海道さんは私の手を引いて、走り出していた。勿論、私も一緒だ。

不思議な気分だった。王子様が囚われの王女を助ける。そんな童話の様なシチュエーションが私に訪れるとは考えもしなかった。王女様みたいな可愛いドレスを着ていなくても、ジャージ姿でも王子様を着てくれた!

私は高揚感と共に、万能感を覚えていた。

「ここから、どうやって逃げるの?」

「取り敢えず建物から出たら、僕のバイクで逃げよう!」

非常ベルが鳴り響く。監視カメラの画像のどこにも私がいないのだから、異常を知らせるのも当然だろう。

何時間か前とは異なり、防火用の扉が閉まっていた。

海道さんが肩から当たって扉を開けようとするが、扉はびくともしなかった。

「そんな、来た時には鍵なんてかかっていなかったのに!」

「大丈夫よ」

私には根拠は無いが、自信はあった。この扉は、絶対に開く!『お願い、開いて!』

その時、奇蹟が起こった。防火扉はゆっくり開き、私達の進むべき道を示した。

「さあ、行きましょう」

「あ、ああ・・・」

私は理解した。これが『黄金の乙女』の力。・・・ということは、私・・・。

二つ目、三つ目の扉を開き、足を止めることなく、走り抜けた。

後もう少しでビルから出られるという油断があったのだろう。周囲にいる人間を確認していなかった。

銃声が鳴った。狭い空間で反響していた為、どこから撃っているのかわからなかった。

横を見ると、海道さんがゆっくりと後ろ向きに倒れていった。

私は倒れた海道さんを見た。胸のところに穴が開いていた。ここを撃たれたのか。私は祈った。『戻して!彼を元の姿に戻して!』しかし、何も起こらなかった。私は『黄金の乙女』の残酷なシステムを理解した。

背中からの出血が、床に出来る血溜まりをどんどん広げていた。海道さんがゴホッゴホッと咳込んでいた。血が喉に詰まっている。私は夢中で彼の口から、溜まっていた血を吸った。彼の血は暖かかった。

海道さんが何か言っている。私は耳を彼の口に寄せて、彼の言葉を聞いた。

「・・・君・・・だけ・・・でも・・・逃・・・げ・・・ろ・・・」

あなたの気持ちはわかったわ。だけどね、海道さん、あなたが助けてくれなかったら、私は何の力も無いのよ。空を飛ぶことも地を駆けることもできない、ただの女子高校生なのよ。

「・・・こ・・・れ・・・を・・・」

彼の震える左手から受け取ったものを、私はジャージのポケットに入れる。

ごめんなさい。私が話しかけたばかりに、こんな事になってしまって・・・。何としても私はあなたを助けるから。罪滅ぼしにもならないけど・・・。


いつの間にか私達は機動隊員に囲まれていた。そして、全ての銃口が私に向けられていた。

私の真正面にいた男が話し始めた。

「国を裏切り、警察組織を裏切って、どこへ行こうと言うんだ、海道!・・・九条さん、流石は『黄金の乙女』だ。よくも海道をたらしこんでくれたな」

「この人を助けなさい!今!すぐに!」

「何故、我々が裏切り者の命を助けなければならない?」

私はゆっくりと一回転して全ての機動隊員の顔を確認する。

「今、あんた達の顔は覚えた。さっき『黄金の乙女』の力の使い方は覚えたから、あなた達は私の気の向くままに殺す事が出来る様になるけど、それでもいいのかしら?」

「今、あなたを殺せば、その危険性はなくなるが?」

「やれるもんならやってみなさい。今日来日されるあの国の大統領にどんな言い訳をするのかしら?国益を考えた事があるの?」

「大統領が離日すれば、君を改めて殺す事が出来るが?」 

「私が力を使えるかどうかわからないまま、私を殺せるの?それとも安全の為、大統領を殺す?」

私が睨みつけると、男は私に背中を見せると、近くにいた部下に命じた。

「医療班、海道を助けてやれ。・・・但し奴の名前も顔も変えさせてもらう。隣にいても気付かないだろうさ」

「今はそれでもいいわ」

私はさっきまで寝ていた部屋に戻る。

総理主催のレセプションパーティーまで、14時間前であった。






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