●安河内ひまり、デートの相手の態度に困惑する
私、安河内ひまりは本日着る服を選びながら、この展開の早さについて驚いていた。
親友である九条あやめの部屋で気になるオトコのコを白状させられたのが、先々週の週末である。
先週の週末には期末テスト終了後に告白する事を強要され、実行した。
そして今日、初デートにこぎつけたのである。
安河内ひまりー齋藤想意、千枝美琴ー見城利幸のダブルデートである。
我が盟友、千枝美琴の着る服については、大体の予想がつく。先々週、あやの家に泊まった時に、母親が張り切って娘にデート用の勝負服を着せたのだ。だから、今日もその流れを踏襲し、深窓の令嬢風の格好となるだろう。だったら、私は対照的にスポーティな恰好にしよう。
Tシャツに短パンでいいか。あんまり体のラインも出ないし。
ドレッサーから何枚か候補を取り出し、ベッドに並べる。ブラが透けるので薄地の白Tはパス。あんまり濃い色もパス。暑いし、体が重く見える。取り敢えずオレンジのTシャツを選んで着てみる。どれどれ、姿見で確認。袖口と襟口からブラチラしないか確認し、合格だった。
短パンは黒で一択。
後は持ち物チェック。スマホ、財布、ハンカチ、制汗スプレー、リップ、・・・。それらをポーチに詰め込んだ。
後はサンバイザーと紫外線カットのメガネをつけて完成。
もう一度鏡で確認。あや程じゃないにしろ、普段の私の3割増しの可愛さだ。
あと持っていくのは、ありったけの勇気だ。
「行ってきまーす」
私はスニーカーを履いて飛び出した。
約束の時間10分前に待ち合わせの駅に着いた。
意外な事に既にちえみは来ていた。私の予想通り深窓の令嬢風である。
10時ジャストに齋藤君と見城君は現れた。二人共白地のTシャツにデニム、薄手のジャケットという恰好だ。その姿を見て、私は思う。オトコのコは私達がこんなに悩んで服や小道具に悩んでいるとは考えもしないだろう。彼等は自由で、私達のちょっとでもよく思われたいという意識など理解不能であろう。正直羨ましい。
二人は私達を見て、驚くと同時にきょろきょろと周囲を見回していた。
「齋藤君、どうかしたの?」
「いや、二人が学校にいる時と雰囲気が違うから驚いてね。・・・そうだ、いつもいるもう一人がいないからかな・・・」
齋藤君、いきなりあやのことを考えなくてもいいんじゃない?
「そうかな?普段と変わらないと思っているけど、こういうの初めてだから・・・緊張してるかもしれない」
「でも、先週もこの四人で一緒にいたよね?」
「あれは制服だったし、学校の用事だったし、突然一人抜けたから・・・」
「僕も同級生の女の子と遊びに行くのなんて初めてだから、どういう事を話せばいいのか、よくわからないんだ。・・・マニュアル本みたいなものもあるけど、それはどうも僕らしくない。だから、知らず知らずのうちに安河内さんを傷付ける事を言ってしまうかもしれない。その時はごめんね」
「ズルいよ齋藤君、いきなり予防線を張るなんて。それは私も同じ。その時は正直に言ってね。・・・じゃあ、全員揃った事だし行きましょうか」
目的地の水族館は、私達の街から電車を1回乗り換えて約30分のところにある。
電車に乗って、会話が途切れるのが怖い。私達はこの間終わった期末テストの話をしていた。
齋藤君の細かく、高度な切り口の話に、私達三人は苦笑するよりなかった。
「そう言えば、テストの打ち上げの時、九条さん、遅れて来ただろ。何かあったのかな?」
見城君の問いに、ちえみが即座に答えた。
「さあ、私達も聞いていないし。でも、合流した時いつものあやだったから、大した用事じゃないんじゃない」
嘘である。私達はあやから真相を聞いている。あやはクラスの下田君から告白され、それを断っていたのだ。だけど、ちえみの態度は理解出来る。見城君には、あやに告白した前科があるのだから。それよりも私には、見城君の言葉を聞いた齋藤君が真剣な表情になり、ぶつくさ言っている方が気になった。
水族館では、職員さん手書きの魚種の説明文を読んで笑ったり、チンアナゴの水槽の前で『だるまさんがころんだ』をしたり、発光するクラゲを見てうっとりしたり、巨大水槽のイワシの大群を見たり、イルカショーで男子二人が盛大に水びたしになったりして(私達はレインコートを購入した)、大いに楽しんだ。来てよかったな、と思った。
見学順路の最後にミュージアムショップがあった。ちえみが今日の記念にお揃いの物を買おう、と言い出した。ちえみ、ナイス。そして、アイテムを選ぶのは女性陣の役割となった。男子が身につけるにはちょっと恥ずかしいものを選んでやろう、と私達はショップの中を物色した。あれこれ考えて、私達はイルカのキーホルダーを選び、男子の了承を取り付けた。
レジに持っていこうとする私を、齋藤君が呼び止めた。
「安河内さん、4個でいいの?」
「うん、4個でいい・・・」
水族館に併設されているバーガーショップで、ちょっと遅い昼食を摂った。
バンズの上から下まで串(?)で刺してある本格的な奴。口を大きく開けて、食べねばならぬ。どうしてこういったメニューをデートで選んだのか、私も含めてみんな頭がおかしい。
「このメンバーでハンバーガー、なんか既視感があるね」
齋藤君がまた変なこと言い出した。
「確かに」
見城君も続いた。彼等は私達との共通の話題は『九条あやめ』の事しかない、と思っているのだろうか?
デートで他のオンナのコの話題なんてタブーだぞ。あなた達がそんな気なら、私達から『九条あやめ』の話題をしてあげるわ。
「あの時はあやがいたからね。・・・あやがいなくなったおかげで、ちゃんと話を出来る様になったわ」
「そうね、あやのおかげね」
「でも、九条さんが抱えているものが何なのか、結局わからなかった」
「リアル星野翔真にも会えたし、電話番号もゲットしたし」
「ねえ、誰かあの後、星野翔真に連絡した人いるの?」
私の言葉に誰も答えなかったが、齋藤君の表情がわずかに曇った。齋藤君は私達に何かを隠している。私達にも隠しているのは、多分『九条あやめ』に関することで、まだ確信が掴めないことなのだろう。彼自身の異変と言えば、テストの前にメガネにヒビが入り、左頬を腫らした時があった。確か塾の帰りに側溝に落ちたって言ってたかな。齋藤君の通っている塾って、あやと同じ塾だった筈・・・恐らく塾であやの秘密の何かを掴んだのかな。その件についてかなりしつこく尋ねているうちに、あやの逆鱗に触れてしまったのね。あの日、あやが私達の元を去った時から私は確信していた。あやが今抱えているものに対して、あやは絶対に私達に泣き言は言わないし、私達を巻き込もうとはしないだろう。寧ろ大した事ではないとアピールするだろう。友人の事を第一に考える、九条あやめとはそういう女だ。齋藤君が触れたあやの逆鱗とは、多分私なのだ。
「あら、誰もいないの?じゃあ、私がかけちゃおうかな。あやから星野翔真を取り上げちゃおうっと」
私がおどけて言うと、齋藤君はぶっきらぼうに答えた。
「星野さんは真面目な人だから、遊び半分で電話をかけるもんじゃない」
「ごめんなさい」
昼食を終えると、私達は電車に乗って帰ることにした。
電車の中で、私達は男子二人の夏休みの予定を聞き出した。二人共、月曜日から土曜日まではがっつり部活で、休みは日曜日とお盆の一週間だけだそうだ。取り立てて部活動に熱心ではない我が校でもこんな調子なら、他の学校の高校生はいつデートするんだろう?二人共お盆の休みには帰省するらしい。齋藤君からのお土産を期待していいのかな。
「ありがとう、安河内さん。今日は楽しかったよ」
集合場所の駅に戻り、改札を出たところで、齋藤君が言った。
まだ夕方とも言えない時間だし、もう少し一緒にいようよ、と言いたかったのだが、二人はもう帰ることを決めている様子なので私には言えなかった。横にいるちえみを見ると、同じく残念そうな表情だ。最初のデートだし、嫌われないくらいでいいか、と無理矢理に割り切ることにした。
「じゃあね。また明日学校で」
私達は二人を見送った。
二人が視界から消えるとすぐに、私はちえみに言った。
「ちえみ、悪いけどちょっと付き合ってくれる?」
「私もそう思っていたところよ」
私達は、親友だ。
一昨日に行ったカラオケ屋に私達二人で入った。
大声で話すにはここほど適したところはない。
注文したドリンクとフードが来たところで、『本日はお疲れ様でした』の乾杯。
その後、反省会が始まる。以降発言者不詳ということにしておく。
「もうちょっと一緒にいようよ、とか何故言えないのよ」
「折角女の子とデートしているんだから、それぐらい気を遣いなさいよ」
「ホントに、デリカシーってもんが無いんじゃない」
「全部、あの女が悪いんだわ」
「そうね、二人共あの女のことばかり考えていたみたい」
「確かに、言葉の端々に出てたよね」
「『魔性の女』なんだから、あいつ」
「カワイイ顔して、男子に色目使って・・・」
「私達を引き立て役にして・・・」
「全ては自分がモテる為に・・・」
「明日、学校でとっちめてやる!」
「そうね、どういうつもりなのか聞き出してやりましょう!」
約2時間さんざん毒を吐き出して私達はいつもの気分に戻り、帰宅することにしたのだ。
九条あやめ、私達の親友である。




