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●齋藤想意が九条あやめにひっぱたかれるまで

会社見学の班分けの時から、嫌な予感がしていた。

相棒の見城利幸はいいとして、女子三人が問題だと思った・

校内一のトラブル・メーカー九条あやめ。

その九条あやめの親友である安河内ひまりと千枝美琴。

会社見学が円満に終わるような気はしなかった。別に九条あやめがトラブルを起こしている訳ではない。

毎度毎度、彼女はトラブルに巻き込まれているだけである。まるで地雷源の中を、律儀に地雷を選んで踏んでいる様だ。

金曜日に行われた会社見学は予想を裏切る形で円満に終わった。

事件はレポートをまとめ終わった日曜日の昼に起きた。

昼食後、薄暗い路地に九条あやめと見城利幸が二人きりでいたのだ。

九条の親友である筈の千枝美琴が激怒していた。その瞬間、僕は悟った。千枝美琴は見城利幸の事が好きなのだと。そして九条は千枝の思いを知っている。

九条は何の言い訳もすることなく家に帰ってしまった。

僕達は見城から話を聞いて、彼女が襲われそうになっていた事を知った。

被害者の筈が、親友から加害者扱いされる事は辛いだろう。絶望して、一人帰宅した行動も理解出来る。

わからないのは、何故被害者である事を話してくれないのか、だ。いかにも怪しい場所に誘い出された事を僕達が非難すると思ったのだろうか?違うな。千枝との関係を壊す事になっても沈黙しているという事は、こうしたトラブルに僕達が巻き込まれる事を避けているのではないか。

馬鹿にするな、と思った。僕はオンナのコに守られる存在ではない。女の子を守ってこその男だ。

僕達は全員賛同の元、彼女のトラブルについて調べる事にした。

九条を襲おうとした富永悠一の話を聞いた限りでは、妹さんとバイオレットバタフライのメンバーを会わせて欲しい、という依頼だったが、彼女は拒絶した。随分と冷たい対応だな、と思った。この場合、『聞いておきます』とでも言えば丸く治まったのに。

学校に戻り、次に進藤先生と話した。進藤先生は、この会社見学の班の指導教員であり、九条あやめに告白したという噂の持ち主でもあった。

進藤先生の話は衝撃的であった。僕が円満に終わったと思っていた会社見学で、彼女はトラブルに巻き込まれていたのだ。僕達の会社見学を受け入れた会社の社長が、九条に銃を用いて『愛人になれ』と脅していたらしい。窮地の所を何とか進藤先生が助けたらしい。話を聞く限り警察沙汰にすべきかと思うが、九条の意志で表沙汰にしない、と言う。先生の話では表沙汰にする事でこれ以上マスコミに叩かれたくはないし、学校でも悪目立ちしたくないとの事で、先生も何故か彼女の意見を受け入れたのだ。

先生が九条に告白した真の理由はわからないが、少なくとも彼女をこういったトラブルから守る必要を感じたのも確かだろう。

僕達は最後に星野翔真にも会った。有名芸能人にも関わらず、只の高校生に過ぎない僕達の要請を受け入れて、駆けつけてくれた。それだけ自らの行為が彼女を苦しめている事を自覚しているのだろう。話をしていてわかったのは、この人は少なくとも僕や見城よりもずっと九条あやめの事を理解している、という事だ。そして、この人も進藤先生も九条の立場を理解して、僕達に真実を隠しているという事だ。悔しかった。確かに僕達はまだ高校生で、何の力もないかもしれない。だけど、九条を助けたいという気持ちは二人に負けていない筈だ。

僕達と星野翔真は九条あやめに関する情報を共有する為、連絡先を交換した。九条を守る為にはこれ以上ない人材であり、秋以降暇になるのだから最適だろう。

九条あやめの考え方の一端は理解出来たが、その抱えているものの正体については見当もつかない。僕達は煮え切らないまま、各自の家に戻った。


翌朝、安河内と千枝が九条の元へ駆け寄った。

九条が二人にささやくと、三人は笑顔でじゃれ合っていた。

僕はその様子を遠目で見ながら、オンナのコの笑顔って何物にも代えがたいいいものだな、と思った。


その日は部活の後、直に塾に向かった。

ここの塾では週三回英語のみを受講している。この塾で同じカリキュラムを九条も受講している。

講義の間もちらちらと九条の様子を窺った。期末テスト前だというのに、集中できなかった。

講義も無事終わり、帰宅しようとした時、九条がアルバイト講師と話していた。

何だろう、何か嫌な予感がした。

九条は事務室に入っていった。

これは金曜日の仁平茂樹の時と同じではないか。九条のピンチだ!

僕は走って事務室に行き、ノックもそこそこに事務所に入った。

九条と先程のアルバイト講師が対峙していた。アルバイト講師が九条の両手首を掴んでいた。

「九条さん、どこでもいい、相手を蹴るんだ!」

僕は一気に距離を縮めると、アルバイト講師の顔にパンチを入れた。初めて人を殴ったが、何故か何の感慨も起きなかった。

「『黄金の乙女』をなめるんじゃない!」

九条さんがアルバイト講師に何か言っていた。『黄金の乙女』なんだそれ?それよりも早く逃げなきゃ。

「九条さん、何してるんだ!早く逃げるぞ」


塾を出て九条の手を引いて走っていると、次第に九条の息が荒くなっていったので、一旦休む事にした。僕がいれば、あのアルバイト講師がやって来ても、九条を逃がす時間くらいは捻出出来るだろう。

「ここまで来れば、一安心かな?」

「さあね、意外にしつこいかもしれないし・・・齋藤君、ありがとう。でも、何で?」

九条はハンカチで顔の汗を拭きながら言った。こうやって二人で話すのは初めてかもしれない。走るのを止めて、立ち止まっているのに何故か鼓動が早くなる感じがする。

「何でって・・・。ひょっとして九条さん、僕が同じ塾に通っていること知らなかったの?」

「・・・ごめんなさい。全然知らなかった」

やっぱりか。九条の中では、僕は単なる学級委員という記号の存在なのかもしれない。

「まあいいよ。それから、昨日進藤先生に言われたんだよ。御前等が九条さんを守るんだ、って」

「へえ、振った男も意外なところで役に立つじゃん♪」

「九条さん、あんまり先生を悪く言ったらいけないよ。金曜日も助けてもらったんでしょ」

「あの男は勝手に自分の思いをぶつけて、動転している私に答えを迫る様なことをしたのよ。それは卑怯者のすることだと、私は思う。勿論、異論は認めるわ」

九条は進藤先生の思いを知らない。自分の立場で話しているだけだ。またその事を九条も自覚している。これ以上進藤先生のことを援護する必要はないだろう。僕はどうしても聞きたかった疑問を彼女に放った。

「ところで、九条さん、さっき言っていた『黄金の乙女』って何?」

僕の問いに、明らかに九条は動揺していた。汗を拭く動作がなんともぎこちない。

「齋藤君、何言ってるの?何かと聞き間違ってない?」

九条はこの話題に触れられたくないらしい。懸命にごまかそうとしている。

「あれ、ひょっとして私、変な事口走った?」

「九条さん、僕、いや僕達に何か隠してる?」

九条の表情が一変した。笑顔でごまかそうとするものから、真剣な表情に。そして、僕の両肩を掴んだ。

「齋藤君、女はね、秘密が多い方がミステリアスで魅力的なのよ。だから教えなーい」

え?彼女は何と言ったの?自問自答している内に彼女は姿を消していた。

『黄金の乙女』・・・何の事だろう。


家に帰り、すっかり遅くなった夕食を摂ると、部屋で問題集を開くもどうにも手につかない。

意を決して星野さんに電話をかけた。

「おう、どうした、齋藤君。君は四人の中で眼鏡をかけていた男の子だね」

星野さんは明るく言った。

「はい、そうです。星野さん、折り入って聞きたい事があるんですが、いいですか?」

「俺に言える事なら、答えるが・・・」

「星野さん、『黄金の乙女』ってご存知ですか?」

「齋藤君、悪いがその件は答えられないな」

「何故ですか!言える事なら答える、ってさっきおっしゃったじゃないですか?」

「済まないが、あやから頼まれているんだ。齋藤君に教えるな、とね」

「九条、どうして・・・」

「あやから初めて電話をかけてくれたのが、君への口止めとはね。全く、残念だよ。・・・いいかい、齋藤君、昨日俺が言った事を覚えているか?あやは俺に借りを作るのが大嫌いなんだ。そんな子が曲げて、俺に頼んだんだ。その意味をよく考えるといい」

「わかりました。ありがとうございました」

星野翔真からは何の情報も得られなかった。もう一度本人から聞いてみるか・・・。


翌日、九条はいつものトリオでバカ話をしており、彼女が一人切りとなる時間はなかった。

ようやく九条が一人になったのは、昼休みとなっていた。

全くこんなに一人の女の子に振り回されるのは初めてだ。

僕は彼女に近づき、話しかけた。

「九条さん、昨日星野さんに電話を掛けたでしょう。『初めてあやの方から電話がかかってきた』って喜んでたよ」

「まあね。使える駒は有効活用しないとね。あいつには、まだ利用価値はあるわ」

「九条さんは星野さんには辛辣だね」

「それはあいつが発端だから・・・責任は感じてもらわないとね」

「それにしても・・・」と僕が言うと、彼女の口調が一変した。

「そこまであいつの肩を持つなら、あなたが代わりに、私の平穏を取り戻してみせてよ!出来ないでしょ!出来ないなら私に口出ししないで!」

何か初めて彼女の本心に触れた様な気がする。

「ごめん・・・」

「あんまり二人でいると、また怪しまれるから、私はこれで失礼するわ」

また、彼女にうまくはぐらかされた。『黄金の乙女』とは何か。今回の彼女を巡る騒動のキーワードではあるが、僕には何の事だかわからない。


彼女の方が一枚上手の様で、僕が進藤先生、仁平茂樹の所に行った時には既に彼女の手が回っていた。彼等に尋ねても、『答えられない』の一点張りである。『知らない』『わからない』ではなく、『答えられない』。拳銃で脅したとされる仁平茂樹までも、九条の言葉に従うのか。一体どうすれば、そんな事が出来るのか。言う事を聞かなければ、被害届を警察に提出する、とでも言ったのだろうか。


結局、本人から聞くしかないのか。

塾の帰りに何が何でも、例え彼女が激怒しようとも、聞き出そうと僕は決心した。

「九条さん、ちょっと待ってくれないか」

「齋藤君、何の用なの?私も早く帰りたいので、歩きながら話しましょう」

他の人に聞かれたくないと思ったのだろう、彼女は小声で答えた。

「昼休みの件で、その後僕も色々と考えた。君はあの後、進藤先生と仁平茂樹にも手を回したな。どうして、どうして君は僕達の協力を拒むんだ?」

「優等生は勉強して、ほんのちょっとオンナのコのことを考えていればいいのよ。あなたと私では立っている場所、いいえ進むべき道が違うのよ。あなたが見通しのいい舗装された道路をボディガード付きで歩いている、今の私はいつ猛獣が襲って来るかもわからない暗闇の獣道を武器も持たずに一人で歩いているの。あなたが、私の歩んでいる道に来ても足手まといにしかならない。どう、この答で満足した?」

九条は冷たい口調で言った。自分の過酷な運命を受け入れているようだった。それは、余りにも哀しい事だ。友人として、僕に出来る事は無いのだろうか。

「それでも同じ道を歩きたい、と言ったら。確かに僕は頼り無いかもしれない。でも猛獣が襲って来たら、僕が盾になることもできるし、生贄にもなれる。だから足手まといにはならない」

一人で歩くより、二人で歩く方が気は楽だろう。怖いけど。

「やすこの為にも、あなたを危険な目に遭わせることは出来ない。私が考えているのは、それだけよ」

九条は何を言ってるのか?今考えるべきは九条あやめの安全であって、安河内ひまりの事ではない。

「え、安河内さん?安河内さんがどうかしたの?」

バチンという大きな音が鳴り、左頬が熱くなった。メガネが吹っ飛んだのか、視界がぼやけていた。

「ちょっとは私の話している事の意味を考えろ、この唐変木!」

捨て台詞を放ち、走り去る九条を、僕は見送る事しか出来なかった。

メガネを拾い、かけてみた。フレームがひん曲がり、左のレンズには縦に大きなヒビが入っている。右のレンズにも細かいキズが入っているだろう。

僕は家へ歩きながら、両親への言い訳を考えていた。まさか『クラスメイトの女子の逆鱗に触れてひっぱたかれた』とは言えない。取り敢えず、考え込んでいたら『側溝に落ちた』とでもするか。

メガネは明日の放課後買いに行くとして、明日はさんざんいじられるだろうなあ。


翌朝、登校して、早速何人かに、メガネのこと、左頬のことをいじられた。

適当に答えながら、九条の様子を観察する。

普段と同じように、三人で談笑している。

そう言えば、九条は安河内ひまりの事を言っていたな。

『黄金の少女』と何か関係があるのだろうか。

最早、九条あやめに尋ねることは不可能だろうから、安河内の線から調べるとするか。




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