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1.テレビでアイドルに告られる

『黄金の乙女』

世界にたった一人の至高の存在。

その女性と相思相愛になると、この世界はおろか、マルチバース全てが二人のものとなる、という伝説。

伝説を信じ、冒険者達は異世界転生を試みていた。


それは、何ということもない普通の夜のことだった。

私、九条あやめは、塾から帰り、お風呂に入った後、髪が乾く迄の間、リビングで母さんとテレビを見ていた。

レモンティーを飲みながら、クッキーをポリポリと食べていた。

何かと身につく食材なので、あと2時間は起きていなきゃ、と考えていると、テレビから「三崎東高校一年の九条あやめさん」と呼ばれた。

「あら、あんた、テレビで呼ばれてるわよ」と呑気に母さんが言ったので、改めて画面に注目した。

歌番組らしく売り出し中のアイドル、バイオレットバタフライ(略称バイバタ)の星野翔真がうつっていた。男性アイドルにそれほど興味を持っていない私でさえ、顔と名前が一致するのだからそこそこ売れているし、私自身も嫌いなキャラではないのだろう。

何だ何だ・・・と注目すると、爆弾を投下された。

「好きです。付き合ってください」

は?何言っているんだ、こいつ。

それとも新手のどっきりか。

「あんた、この子と付き合うの?」

母さん、そんなわけないでしょ。

テレビではインタビュアーがしきりにさっきの発言の理由をを尋ねていた。すると、星野の野郎は顔を赤らめながら

「ずっと僕の片思いでした。今夜、思い切って告白しました!」とかぬかしやがった。

終わった。・・・私の人生。

ここからの展開は誰にだってわかる。

通っている学校だけじゃなく、近くの中学や高校からも『九条あやめ』の正体を見るために、わんさか人が集まってくる。それから、知らない女から剃刀の刃を渡されたり、登下校や二階の部屋にいる私を盗撮されて、知らない学校関係者がないことないこと話すんだわ。

さらば・・・平穏な日々。

さらば・・・青春。

その証拠に私のスマホは今フル稼働だ。ラインもメールもどんどん受信しているし、電話も知らないNo.からどんどんかかっている。どーすんのよ、こんなの返すの、絶対ムリだ。

固定電話はあまりにうるさいので、ケーブルを引き抜いた。

「母さん、私、もう寝る」

「おやすみなさい」

母強し。ちっとも動じたところがない。

二階の自分の部屋に入ったけれども、最早テレビを見る気も、スマホの状態を確認する気力もなかった。ましてや星野翔真について調べようという気も起らず、母さんに言った通り寝ることにした。

起きたら、さっきのことがなくなっていますように!

全てが悪い夢でありますように!

それにしても、あいつ何考えてんだろ・・・。


生活習慣というのは恐ろしいもので、昨夜あんなことがあったのに、私はしっかり目覚ましを掛けていた。

一階のダイニングで椅子に座ってテレビを点けると、私の通っている高校がさらされていた。

今から行く学校がテレビにうつっている。

所在地、創立年、全校生徒数はまだいいとして、偏差値は勘弁してほしい。

登校している生徒にインタビューしている。まずい。顔バレは時間の問題だ。きっと誰かが、中学の卒業アルバムを提供するのだろう。

「母さん、私、学校行きたくないんだけど」

「あやめ、何言ってるの。あなた、何も悪いことしていないんでしょ。だったら堂々と学校に行きなさい。今日行かないと、明日はますます行きにくくなるわよ。・・・それに折角お弁当作ったんだから、無駄になるのは、母さん、イヤだな」

学校を休んでも、昼にお弁当食べるから無駄にはならないよ、と反論したかったが、母さんの言うことももっともなので、止めた。

今日逃げたら、明日も逃げることになる。

覚悟を決めて、学校へ行くことにした。


とは言え、正門前のカメラの列を前に歩くのはどきどきした。

まだ、卒アルを入手していないわよね。

私は必死に中三の時の髪形を思い出そうとした。多分、大丈夫よね。高校デビューで髪形変えたから。

小学生の時みたいに名札をつけてないから、今の段階で身バレはしない、と思う。

校舎に入る直前、ワッと歓声が上がった。

ホント、止めて欲しい。私が九条あやめだって気付かれるじゃないの。

目立たぬように視線を下げて、校舎に入った。二階の教室まであと少し。

突然、廊下の陰から腕を引っ張られた。親友のやすことちえみで、小声で警告してくれた。

「・・・あや、私達はどんな事情があったのか知らない。ただ、どんな事があっても、あなたを信じてるし、あなたの味方よ。だから、どんなことになっても諦めないでね」

「ありがとう、やすこ、ちえみ。私は単に巻き込まれただけで、やましいことなんかしていないわ。忠告ありがとう。私、頑張る」

やはり持つべきものは友達なのだ。私は鼻息荒く宣言した。

しかし教室の前の黒山の人だかりを見ると、さっきまでの勢いはどこへやら、前に進むのが怖くなる。

ええいもう、なるようになれ、だわ。

教室に入るべく、ずんずん歩く。

野次馬達は私の勢いに臆したのか、左右にすっと別れてゆく。まるでモーゼの十戒ね。

私は自分の席に着いた。

クラスメイト達は私のことを遠巻きに見ている。昨日まで友達と思っていた人が今では棒人間に見える。

黒板には相合傘とか私と星野のキスシーンの絵が描かれていたので、黙って消した。

ひゅーひゅーとかいう歓声や「何で消すんだよ」という文句は黙殺した。

1時間目は現国だった。先生は何か言いたそうだった、私の『言ったら殺す』モードに驚いたのか、何も言わなかった。

2時間目から4時間目までも、同じ対応で何とか乗り切った。

昼休みはやすこの席に集まって、三人でお弁当を食べていた。周りのクラスメイト達も聞き耳を立てているので要注意だ。

「あれ、偶然生で見てたけど、何が起きたのかわからなかった」

「あやがお願いした訳じゃないわよね」

「ないない。私、あんまりアイドルに興味ないし。あんなことしたら、今の状況になることなんて、わかりきっているのに、敢えてする訳ないじゃない。・・・それに、あいつだってあんなことすれば、ファンが減るってことはわかっている筈よね」

「そりゃそうだ。カノジョのいるイケメンなんて、推す必要ないし」

「もうなんでこんなことになったのか、全然わかんないのよ」

「向こうが適当に言った学校名と名前に、偶然該当者がいた、っていうこと?」

「そうであって欲しい・・・」

私は力無く言った。

「あや、五時間目の体育、どうすんの?」

「ムリ。体調不良で見学する」

名字入りのジャージを着て、校庭に立つ勇気は私にはない。

「食欲は普段通りなのにね」

ちえみ、余計なこと言うな。ひっぱたくぞ。


六時間目も無事乗り切った。すごいぞ、私。自分で自分をほめてあげたい気分だ。

心配な点はある。そろそろマスコミに顔バレしているだろう。

素顔をさらしてカメラの前を徒歩で下校する勇気は私にはない。のこのこ歩いていたら、前を塞がれて、マイクを突き出される展開は見えている。

でも、なんか星野翔真とマスコミにおもちゃにされてるみたいで悔しい。

私の日常をぶち壊す権利なんて、あいつらにある訳がない。

絶対に突破してみせる!

私は職員室に行き、先生にタクシーを呼ぶように依頼した。


校舎の車寄せにタクシーが停まると、私は素早く乗り込んだ。

「近くでごめんなさい。駅までお願いします」

私を乗せたタクシーは走り出し、マスコミの前を通過する。後部座席に座っている私を見て、慌てている様子だったが、時既に遅し、である。今から追いかけても、追いつくことは到底無理だろう。

これで、何回か電車を乗り換えればマスコミは完全にまけるだろう。家バレまではしていない、と信じたい。

あれ?何か変。このクルマ、どこ走ってんの。

「あの、運転手さん、道が違うんじゃないですか?」

バックミラー越しに見る運転手の様子は明らかにおかしかった。サングラスにマスク、普段なら絶対に乗らない怪しさ満載の風体だった。

「九条あやめさんですよね。オレが誰だかわかるかい?」

「星野翔真でしょ。そろそろ何かある、と思っていたわ」

「ふうん。どうしてそう思ったんだい?」

「何が目的なのか私は知らない。だけど、あなたは顔も知らない私に会う必要があった。そこであなたはマスコミを使って私を特定したという訳ね」

「御明察。流石は『黄金の乙女』だ」

「黄金の乙女? 何それ」

「知らないのかよ。・・・まあいい、教えてやるよ。オレのいた世界ではな、『黄金の乙女』と相思相愛になると世界の全てが二人のものになる、という伝説がある。そしてこの世界の『九条あやめ』が『黄金の乙女』だと知って、この世界に転生して来たんだ」

「悪いけど、全然わかんない。どうしてあなたと相思相愛になんなきゃいけないのか・・・。はっきり言って、あなたの好感度はゼロよ」

「・・・やっぱり信じれらないか」

「信じる訳ないでしょ。『黄金の乙女』とか、転生とか、冷和の時代に何言ってるのよ、という感じ」

「じゃあ、オレが元の世界の、本当の名前を教えてやるけど、信じるか?」

「ムリ。そんなもん、私に確かめようのないことを言われてもね。・・・『黄金の乙女』の話は面白かったわ。その話がホントなら、私にとって有益な話ね」

「・・・どういう事だ?」

「私、好きなオトコのコがいるんだけど、まだ『好き』って伝えていないんだ。両想いになれば世界が手に入る、とか思えば、告白する勇気が出るかもしれないし・・・」

「それで、世界を手にして何がしたいんだ?」

「そんなのわかんないわよ。そのオトコのコが私をずっと好きでいてくれるかどうかはわからない。だけど、私はそのコのことをずっと好きでいられたらいいなあ、とは思う」

「随分と甘酸っぱい夢だな」

「当たり前じゃん。私はまだ15歳なんだから」

「もし、オレがおまえのカレシに立候補したら、どうする?」

「お好きにどーぞ。全力でフッてあげるから」

「絶対におまえを振り向かせてみせるからな」

「・・・だったら、せめて今の状況を元に戻しなさいよ。このままでは好感度はマイナスだからね」

「わかった。なんとかするよ。・・・『黄金の乙女』のことは関係なく、オレはおまえのこと気に入った。改めてつき合って欲しい。返事は今はいい。近いうちにあらためて聞きに来るよ。・・・駅に着いたぞ。じゃあな」

私はタクシーを降ろされた。私は運賃を払うと主張したのだが、星野は俺が迷惑をかけたことだから、と受け取らなかった。

私はなぜか遠ざかっていく彼のクルマを眺めていた。

「バカ・・・」


その夜、星野翔真の緊急記者会見が開催された。

私はライブ映像をテレビで見ていた。

スーツ姿の彼は、前を向いてはっきりとした口調で経緯を説明していた。

バイバタ内で告白ゲームなるものを実施して、最初の敗者が星野翔真であった。

よく調べる事無く、適当な高校名、名前を言ってしまった。

まさか実在するとは思わず、関係者・御本人様に多大な迷惑をかけた。

彼は深々と頭を下げた。

これで私の平穏な毎日が戻ってくる。

ほっとした瞬間、あの野郎、爆弾を投下しやがった。

「つきましては、九条あやめさん、御本人に直接会って謝罪する所存です」

ふざけんな、この野郎。今度会った時、絶対ひっぱたいてやる!

画面にうつった彼はほくそ笑んでいる様に見えた。


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