9話 垣谷陽一
得点したブラジル人FWが本気ダッシュでアシストした佐古の元へ駆け寄っていく。
「コイツこんなに足早かった?」
そう思うほどのスプリントで佐古に抱きついた。
トレーニングマッチとは思えない程の喜びようだ。
「佐古交代だ!」
藤沢のコーチが叫ぶと、伊藤と握手をしてからピッチを出ていった。
現代のサッカーにおいてフルコートプレスをする時はマンマークが主流だ。
相手が低い位置でボールを保持している場合、通常ボールを持っていないサイドバックに対してピッタリマークをする事はない。
FWへの縦パスのコースを消すため中央寄りに絞るからだ。
つまりサイドバックは状況次第で唯一フリーでボールを受けられるポジションだ。
その位置から80m直接ゴールに叩き込める選手が現れてしまった。
この佐古のキックを確実に防ぐには彼にまずボールを渡さない事が1番手っ取り早い。
佐古に1人常にトイレにまでついていく必要がある。
1人の為にチームのプレスが機能しなくなる。
しかもキーパーもゴール前の位置まで下がると最終ラインとの間に広大なスペースが出来てしまう。そうなれば佐古以外の選手でも最終ラインとキーパーの間に出来た広大なスペースにロングボールを放り込める。
佐古がコートにいるだけで、異常な事態になってしまう。
理不尽なプレーヤーだ。
気に入らないことに、俺が佐古に対して同じような感情を抱いたのは初めてではない。
あれは小5の神奈川県全域でのトーナメント戦の1回戦だった。
俺と妹は地元川崎の万年1回戦負けの弱小少年団サッカークラブに入っていた。
だけど、俺たちの年代は過去最高傑作、過去最強と言われる学年だった。
5年生になってすぐに行われた地区トレセンの選抜試験にウチのチームから選ばれた3人俺、双子の妹GKの紀香、DFの選手3人とも合格したのだ。
俺はそのまま県トレセンにも呼ばれるようになった。
今大会では1回戦突破どころか県上位にだって食い込める。
そう確信していた。
1回戦の相手は藤沢市の聞いたこともないチームだ。
コーチに聞いても全く聞いたことが無い少年団で、どうやら人数が足りないため下の学年の選手が何人もいるらしい。
試合開始前の整列で一際目立っているやつが居た。
対戦相手のメンバーは前情報通り年下の選手が混ざっているようで小さい選手が多い。
その中でキャプテンマークを付けた俺の前に立ったのが佐古だ。
とにかくデカかった。
佐古のスパイクは俺の靴よりも一回りも二回りも大きい。
父親の靴よりも大きく見えた。
大人の審判よりもデカい。
あとから聞いた話だと小5の時点で170cmを超えていたらしい。
「本当に5年生?」
「あんなのズルくない?」
観戦に来た親たちがそう言っているのが聞こえてくる。
当時の俺の身長は148cm。
だけど、俺は全然負ける気はしなかった。
身長の高いやつはトロいやつが多いし、デカくて上手いやつをほとんど見た事がない。
双子の妹紀香は160cmあるけど足も早いしキーパーにしては足元も上手い。
多分紀香はちょっと特別なのだ。
小さい頃から俺と何でも張り合ってこれるのは紀香だけだった。
とにかくウチのチームは1回戦突破に向け最高のコンディションで試合に望んだ。
佐古より背の低い中年の審判がなれない手つきでコイントスをする。
キックオフのボールは佐古のチームになった。
試合が始まるとバックパスを受けた佐古が自陣中央からドリブルを始めた。
俺がボールを取りに行くと左手1本であっさりと押し戻された。
何人かを無理やり抜いたあと、佐古はトレセンのDFをダブルタッチでかわしペナルティエリア手前から小学生とは思えないシュートを叩き込んだ。
強烈すぎるシュートに紀香はただ見送るしか出来なかった。
観客がザワついたのが分かった。
あんなの小学生のシュートじゃない。
けど、そのくらい俺にだって出来る!
そう思ってドリブルを初めた俺に佐古が体をぶつけてくる。
俺はあっさりバランスを崩してボールを失った。
前半はそのまま一進一退の攻防が続き、互いに得点は追加されなかった。




