7話 伊藤潤哉
3本目の残り30分。俺がピッチに入ると、休んでいたプロンタール14番・伊藤潤哉も同時に出てきた。
「よろしく、有名人。お手柔らかに」
貼りつけたような笑顔で声を掛けてくる。
スコアは1-4。ここから勝つのは難しい。
そもそも結果より内容が大事な試合だ。
だからこそ、この劣勢で何をできるかが問われる。
俺は左サイドバック。与えられた仕事はただ一つ、目の前の伊藤を止めることだ。
再開直後、プロンタールの鋭いパス回しであっさりと自陣に侵入される。
「抜くぞぉ。抜いちゃうぞぉ」
そう言いながら伊藤がボールを持って直線的に迫ってきた。
俺は腰を落とし、低い姿勢で構える。
だが伊藤は笑みを浮かべ、軽く横へ流す。
ワンツーでボールが前に出た瞬間、俺は必死に並走する――たった10メートルのスプリント勝負。
伊藤に触れることすらできないまま、ダイレクトでニアへセンタリングを出されてしまった。
だが最後は怪我明けの守護神GKジジマールが飛び出してキャッチ。
元ブラジル代表ベテランGKがこっちに向かって怒鳴っている。
が、ポルトガル語?なのでまったく分からない。
簡単にやられんなよ!的な感じだろう。
うちの攻撃は右サイドから展開され、ハーフラインを超えたあたりで相手のプレスに潰される。
プロンタールの選手が俺の裏にロングボールを蹴る。
滞空時間の長いボールだ。
先に落下地点に入れた俺はCBの宮元さんにヘッドで落とす。
その瞬間宮元さんと俺の間に黒い影が横切った。
伊藤がそのボールを狙っていた。
伊藤は勢いそのままにペナルティエリアに入りボールの下に足を入れボールを浮かせた。
ボールは飛び出しの遅れたGKジジマールの頭の上を超えてネットに吸い込まれる。
ジジマールが何が怒鳴っている。
やっちまった。
自陣に戻りながら伊藤が俺を嘲笑うように大きな声を出す。
「右サイドザルや!もっとボール出してーな!」
バカにされて俺はやる気が漲る。
けれど、伊藤と俺の差はやる気で埋められるような物ではなかった。
本来一緒に守備をするはずの左サイドハーフの32番は前線でチェイスはするが戻って守備をする気は無いらしい。
文字通り俺のサイドの守備はザルで伊藤は躍動した。
俺は常に後手に周り、レベルの差を痛感させられる。
CB宮元さんやGKジジマール達が踏ん張って失点に繋がらなかったのが幸いだが、俺の評価は最悪だろう。
「佐古!やられっぱなしか!そんなもんじゃねぇだろう!」
宮元さんが俺に熱い激を飛ばす。
…俺はまだ2種登録選手だ。
結果を出し続けなきゃプロにはなれない。
俺の実力じゃプロなんて無理。
中学時代を半分以上棒に振ってしまった俺に、諦めかけていた俺に、巡ってきたチャンス。
多分もう二度と来ないチャンスだ。
このまま終わる訳にはいかない。
「なんや今更やる気出しちゃって。もうバレてんのよ。佐古クン。」
目の前に立った伊藤が嘲笑う。
「キミ目の前に立たれるだけで何も出来ひん。そやろ?」
「大正解」
そう思ったけど、無視してプレーに戻った。
自陣低い位置でのパス回しでも俺にボールが渡るタイミングでは必ず伊藤が目の前にやってくる。俺にロングを蹴らせないと同時にミスをねらっているのだろう。
俺はCB宮元さんにリターンし、コートのセンター寄りに位置どった。左サイドにいた俺と伊藤が真ん中に寄ったためCBから左サイドのFWへのパスコースが出来る。
偽サイドバックってやつだ。
宮元さんからハーフライン付近にいるFWへ早い縦パスが入る。
伊藤が俺のマークを外してボールを追いかけて行った。
…よく走る。良い選手だ。
そう感心する。
結局ハーフライン近くで攻撃は停滞し、中盤の選手を経由して最終ラインまで戻ってきた。
俺は自陣ペナルティエリアの横で今日初めてフリーでパスを受ける事に成功した。
相手キーパーの位置は確認済み。ゴールまで約80m,
いつものように左足を踏み込む。
ドン!
最高のインパクト。
ボールが綺麗に回転しながら青空を飛んでいく。
「アホか届くわけないやろ」
伊藤がそう言ったのが聞こえた気がした。
ペナルティエリア付近にいたキーパーはダッシュでゴールへ戻ろうとした。
ゴールの手前でバウンドしたボールはGKに触れられることはなくゴールネットを揺らした。
ベンチや報道陣から
おぉ!と歓声があがる。
伊藤の口から小さな言葉が漏れた。
「マジかよ。…バケモンや」




