6話 時間
あの絶望的な怪我をしてから1年と少しが経過した。
町田は終盤に減速し、それでも3位でシーズンを終えた。ACLの出場権を得て、数名の戦力補強も行われた。
俺は20歳になった。
文字通り?脛に傷を持った男になってしまったが、心配された感染症や後遺症等はなく、日常生活には問題ないレベルまで回復した。
だが、プロのレベルでプレーするのは話が違う。
走れる。
ジャンプも出来る。
ボールにも触れる。
日常生活で困ることは、もう何もない。
それでも――
全体練習には参加していない。
メニューは、個人練習とフィジカルのみ。
コーチが横に立って、淡々と声をかけてくる。
「今日はここまでにしよう」
「無理はするな」
「焦らなくていい」
優しい言葉だ。
ありがたいとも思う。
でも、同時に胸の奥がざわつく。
俺は、まだ「守られている側」なんだ。
グラウンドの端で、チームメイトの全体練習を眺める。
ボールがテンポよく回り、声が飛ぶ。
すぐ横のピッチの中が遠い世界に感じられる。
そこに混ざれない自分がいる。
練習後、コーチが水を渡しながら言った。
「剛、やることが無さすぎるだろ」
図星だった。
「免許でも取りに行ったらどうだ?気分転換だ。どうせ今は、練習漬けにも出来ない」
最初は冗談かと思ったが、周りにも勧められて教習所に通い始めた。
ハンドルを握ると、不思議と頭が静かになる。
アクセルも、ブレーキも、ルール通り。
無理をすれば、止められる。
サッカーとは、違う世界だった。
夜は、颯馬や富士夫と飯に行くことも増えた。
他愛もない話をして、酒も飲んだ。
気がつけば、あれほど重かった胸の奥が、少しずつ軽くなっていた。
8月。メディカルから、ようやく許可が出た。
「少しずつ強く蹴っていい」
その言葉を聞いた瞬間、
嬉しさより先に、怖さが来た。
――本当に、出来るのか。
飛距離、コントロール。
戻らなければ道は閉ざされてしまうだろう。
グラウンドに立つ。
スパイクの感触。
芝の匂い。
ボールが転がってくる。
右脚で、止める。
感覚は……少し違う。
でも、ゼロじゃない。
俺は、深く息を吸った。
まだ、完全じゃない。
どっかのSGGK〇林君が、言ってた。
「怪我した足を軸足にするより蹴った方がマシなんだ」
俺は一年ぶりにしっかりと左足を踏み込んだ。




