2話 反応
小田急線の車内。
満員電車というほどではないがそれなりに混雑していた。
椅子に座った見知らぬ中年男性が広げたスポーツ新聞に
「無名高校生衝撃の70mハットトリックデビュー!」
と書いてあるのを見て佐古剛はニヤニヤしてしまった。
昨日は本当に衝撃的な1日だった。
3週間前に初めてユースチームの練習に参加。
そのトップチームに急に呼ばれたのが1週間前だ。
試合に帯同しろと言われ、優しいキャプテン遠藤選手に静岡のスタジアムまで連れて行ってもらうと、まさかのベンチ入り。
まさか出番は無いだろうとタカをくくっていたがコーチが後半からアップしろと言ってきたのでアップしてたら、まさかの監督に名前を呼ばれた。
ガチガチに緊張してコートに入ると、遠藤選手に
「オマエならやれる!何回ミスったっていい!思いっきりやれ。」
そう力強く言われ、何から何までお膳立てしてもらった結果、まさかのハットトリック。
キーパーからサイドバックに転向を言い渡されてからたったの2週間だ。
そのあと色々あって帰宅したのが夜中の2時。
はじめてのプロの試合で体はバキバキの疲労感Maxだが、学校へ向かっている。
親に行けと言われたのもあるけれど、実は自分自身も楽しみにしている部分もある。
今朝テレビでニュースにもなっていたし、TikTokではバズりまくっている。
これはモテ期到来だろう。
17歳。はじめての彼女とか出来ちゃうかもしれない。
うちの高校は普通の何処にでもある公立高校だ。
サッカー部も弱い。
その中でこの活躍は目立つはずだ。
「剛!昨日の試合見たよ!」
クラスの可愛い子がこんな事言ってくれるかもしれない。
「ニュースみたけど、本当に佐古君だよね?」
とかそういうバージョンもあるかも。
思わず頬が緩んでしまう。
ニヤニヤしていると中年女性に怪訝な顔をされてしまった。
学校の最寄り駅に到着して学校まで10分程歩く。
今日は体の疲労を鑑みて電車通学だけど、普段は自転車通学をしている。
晴れた日にこの道を歩くことはほとんど無いので、少し新鮮な気分になる。
重い体でヨタヨタと自分のクラスの前にくる。
心の中はドキドキしているけど、めいっぱい平静を装って教室のドアを開け自分の席に座る。
前の席の斉藤が振り返る。
心の中でキタキタ。と思った。
「おはよー佐古。オマエ英語の宿題やった?写させてくんない?」
期待ハズレもいい所だ。
しかも宿題あったのも知らない。
「やってないなぁ、忙しかったし。」
「あっそ。サッカー部って忙しいんだな。」
そう言い残して斉藤は席を立った。
どうやら何も知らないらしい。
女子達は年上の彼氏がどうの、ライバーのイケメンがどうのと騒がしい。
J2ってそんなもんか。
そう実感し落胆した。
俺は疲労もあって机に突っ伏すようにふて寝をした。
いたって普段通りの日常にガッカリしつつも3時間目が終わった。
スマホを眺めていると、担任に呼び出された。
仲のいいクラスメイトが
「佐古なんかやったのかよー」
と囃し立ててきたので
「あーすんげーのやってやったぜ!」
と親指を立てておいた。
「ダサっ」女子が失笑しているのが聞こえた。
担任に付いてこいと言われ、髪の薄い後頭部を眺めながら連れていかれたのは、まさかの校長室だった。
担任がノックをして校長室に入る。
更に頭髪の薄い校長がソファに座っている。
校長に促され俺もソファに座る。担任は校長の後ろに立っている。
「佐古君。これキミだよね?」
校長が穏やかな声でテーブルの上のスポーツ新聞を指さす。
「…はい。そうです。」
校長と担任が嬉しそうな顔をする。
「おーい。やっぱり佐古だよ。コレ!」
担任が隣の職員室に向けて大声で報告した。
隣の職員室から教師たちがゾロゾロとやってきて祝福してくれる。
嬉しい。
こんなに褒められたことはないくらい教師たちが褒めてくれる。
そういえばサッカー部の顧問が体調崩して1ヶ月くらい休んでいるから、FC藤沢のユースに入った事もトップチームに呼ばれたこともサッカー部の数人にしか伝えていない。
クラスメイト達もTikTokとかニュースを見ていても同姓同名としか思わないかもしれない。
誰より1番驚いているのが自分自身だ。
「佐古って1ゴールいくらとかの契約あるの?昔Jリーグで1ゴール100万てニュース見たことあるけど」
担任が俺に尋ねると教師のオッサン達が、前のめりになる。
若い美人教師が今日に限っていないのが口惜しい。
「俺は2種登録選手っていうアマチュア契約なので給料はないです。残念ながら」
「あー残念」
担任は言うが、とても嬉しそうだ。
「それで、今後はウチの高校に通いながらサッカー選手を続けるの?こういう選手って通信の高校に転入する事が多いって聞いたけども」
校長が穏やかに聞いてくる。
「あ、はい。俺は実力的には全然なので2種登録選手のままだと思いますので、高校はそのままの予定です」
「プロの試合で3点も決めたんだ。実力不足という事は無いでしょう」
「いや…俺はまだキーパーから転向して数週間なんです。本来ならユースにすら入れない実力ですよ。」
「そういう事もあるのですかね。私には分かりませんが。学校としては生徒が活躍してくれたら嬉しいです。」
「ありがとうございます。」
もう話すこともあまりない様なので、切り上げて教室に戻る。
教師達が
「頑張れよー応援してるぞー」
と声を掛けてくれた。とても嬉しい。
だけど、昨日の試合はシーズン最終節。
オフシーズンにどんな日程で動くのかトップチームに帯同するのか俺は何も聞かされていない。
そもそも昨日の試合にしたって偶然の要素や他の選手達の力が大きい。
実際20分も出場していないのに体中が痛い。
プロの本気の公式戦での気迫の籠ったチャージは凄かった。
俺は高揚感の中、少し不安を感じながら教室に戻った。




