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理不尽フットボール~ただボールを蹴っただけなのに  作者: 砂糖水色
2章

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16/71

5話 出番

ホイッスルが響いた瞬間、スタジアムの空気が一変した。

 秋晴れの空の下、俺たちはピッチ上で必死に食らいついていた。

 相手はプロンタール川崎。

前半だけでボール支配率は7対3。

俺たちはまるで波に飲まれる木の葉のように、押し込まれ続けた。


 開始早々、左サイドを韓国人FWが抜け、クロスを垣谷がボレー。

 それをGKジジマールがギリギリで弾き出す。

観客が一斉に息を呑んだ。

それからも、ポスト直撃、バー直撃、決定機の連続。

 まるで時間の流れが遅くなるような45分だった。


 それでも、俺たちは折れなかった。

 失点は前半30分、元日本代表のシュートをDFがブロックしたこぼれ球を、垣谷陽一に押し込まれた1点のみ。

 あれほどの猛攻で、0-1で済んだのは奇跡に近かった。

 ハーフタイム、ロッカールームでは誰も喋らなかった。

 ジジマールが黙って氷嚢を膝に乗せている。

キャプテン宮元さんがゆっくりと立ち上がった。


「このゲームはまだ死んでねぇ。1点差だ。守って勝てる相手じゃない。取り返すぞ。」


 その言葉に全員が頷いた。

ほとんど攻撃に関われず、守備に奔走していた仲川さんも、ようやく顔を上げた。

 あの人が言うと、どんな理屈よりも説得力がある。


 後半が始まると、風向きが少しだけ変わった。

相手の中盤が前掛かりになり、隙ができ始める。

ウチのチームが得意とするカウンターの形が、ようやく見え始めていた。


 そして後半15分、奇跡は突然起きた。


 右サイドから仲川さんがクロスを入れる。

 ロニーニョがファーに走り込む。

 相手DFが慌ててクリアしようとした瞬間——

 スライディングした足に当たったボールが、ゴールキーパーの逆を突いた。


 「オウンゴォォォォォルッ!」


 実況の声が弾ける。

 スタジアムが爆発するように揺れた。

 俺はベンチから思わず立ち上がって拳を握った。

 スコアは1-1。

 クラブ史上初の決勝進出が現実のものになりかけていた。


 それでもプロンタールは強かった。

オウンゴールの直後、ギアを一段上げて攻撃を仕掛けてくる。

 後半から出場した伊藤が中盤でボールを受けると、ディフェンスラインの間を切り裂くようなスルーパス。


 垣谷が走り込み、左足で合わせる。

 だがジジマールがまたも神セーブ。

元キーパーとして鳥肌モノのセーブ。

この男、何本止める気だ。


 時間は過ぎていく。

後半30分を過ぎた頃、マガポ監督が立ち上がった。

ベンチ全体に緊張が走る。


「サコ、アップ。」


 一瞬、呼吸が止まった。

 ついに来た。


 タッチライン脇でビブスを脱ぎ、ピッチを見つめる。

 秋の風が熱を冷ますどころか、逆に血を沸かせた。

 相手の方を見ると、垣谷がこちらを見て睨んでくる。


 ここで結果を出せば、全部ひっくり返る。


「サコ、左サイドバック。お前はやれる。怖がるな。」


 監督の指示が聞こえる。

ミーティングで言っていた、俺の出場に合わせてチームのフォーメーション変更。

ブラジル人ロニーニョと仲川さんがラインの裏を狙う布陣。

 

 交代ボードに“35”の数字が掲げられた。

 残り時間、約10分。

 歓声が一気に高まる。

 俺の名前を呼ぶ声が、波のようにスタンドから押し寄せた。

サイドライン際で交代のベテランの選手に

「頼む。」

それだけ言われ肩を叩かれた。


 ピッチに入ると、空気の重さが変わる。

芝の感触が足の裏から伝わってくる。

指先まで血が巡るのがわかる。

その瞬間、全ての雑音が消えた。

 ただ心臓の音だけが響く。



 ゲーム再開。

ボールが俺の前に転がってくる。

 スタンドが「行けぇぇぇ!」と叫ぶ。

 ピッチの外で見ていた時とは、まるで違う世界。

伊藤が目の前に立っている。

更に垣谷が中央から猛然とプレスに来る。

中盤の底の選手にパスを出して角度を変える。

伊藤が忍者のように俺にピッタリついてくる。

 この10分で結果を出す。

 ただボールを蹴るだけじゃない。

 今日という日に、俺の存在を刻みつける。


 伊藤のマークを剥がした瞬間、ボールが再びタッチライン際の俺の足元へ。

その瞬間、風の音さえ聞こえなくなった。

 俺はいつものように左足を踏み込む。


 

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