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転生したら“設計者”だった件 〜滅びた世界を再構築するまで〜  作者: 妙原奇天


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第2話 最初の集落

 灰の風は、夜になるといっそう乾く。

 砂礫が舌に貼り付き、言葉の端にざらつきを残す。

 如月レンは、砂に片膝をつき、半透明のドームだったものを解体して、新しい構造体へと再配置していった。思考が先に設計図を描き、砂がそれに追いつく。音もなく、線が立ち上がり、柱となり、梁になり、やがて居住ユニットがつらなる。

 丸だけだった避難所は、いま、群で暮らすための形に進化しつつあった。


「これが“家”……?」


 リオが、裂けた耳をぴくりと震わせる。

 彼の背後で、同じ部族の子どもたちが、目を見張って出来上がっていく通路や壁を眺めていた。灰色の世界で久しく見なかった“角”や“直線”の連続に、彼らは一歩前に出ては二歩下がり、匂いを確かめ、手の甲で触れては跳ねる。


「家族単位のユニットだ。三人から五人ならここ。七人以上は隣の拡張枠に。ここが共同炊事場で、あっちが給水配布口——」


 レンは、頭の中に浮かぶUIの指示線を見ながら、口に出して動線を確かめる。実際に人が動く映像が脳裏に重なり、渋滞が生まれそうな箇所に自動で警告が灯る。

 通路の幅を拳ひとつ分広げ、角に緩やかな傾斜をつけた。灰が積もりにくい角度は、経験が教える。都市計画技師として体に染み付いた癖が、魔法めいた〈World Architect〉とがっちり噛み合っている。


「配布は朝と夕方に二回、列はここから。……不公平を避けるために識別紋を導入する」


 レンは左の掌を見せ、自分の皮膚に淡い光線で印を走らせた。熱はない。皮下細胞に触れない範囲で、色素だけがわずかに変化して、簡易な紋様が浮かぶ。

 獣人の子らは目を丸くし、大人たちは渋面をつくる。


「痛くしない。消すこともできる。これがあれば、誰がいつ何を受け取ったか、追跡できる。盗り過ぎも、渡し漏れも、減らせる」


 合流してきた年長者——背の曲がった男が、喉の奥でうなる。

「見張られているみたいだな」


「“見える”ことは、不公平を減らす。みんながみんなを助けるためだ」


 レンがそう言い切ると、耳の裂けた少年リオは、こくりと頷いて紋様を受け入れた。彼の一歩で、他の子らも続く。紋は装飾のように肌に刻まれ、給水口で読み取られ、配布が滞りなく進む。

 最初の一日は、驚くほど順調に見えた。


 ——順調に見えた、だけだ。


 夕闇が灰の空から降りてくる頃、最初の軋みが出た。

 炊事場の列の先頭で、短い怒声が跳ね、陶器が割れる音が続いた。

 レンが駆け寄ると、炊事係の女が手首を押さえ、目を吊り上げている。女の隣では、痩せた男が皿を握りしめ、犬歯をむき出しに唸っていた。


「俺の分が薄い。あいつの椀のほうが多い」


 女は鼻で笑う。

「働いた量が違うからよ」


「働いた? 俺は昼も夜も木片を拾った!」


「拾ったのは湿った木。燃えない。燃えない木は火の役に立たない」


 言い争いは瞬く間に周りに波及し、列の前後をめぐる小競り合いが連鎖した。肩がぶつかる。肘が飛ぶ。ちいさな拳が皿を奪い、足が袋を蹴り、わずかなスープが砂に吸われる。


「やめろ!」


 レンは片手を掲げ、炊事場全体を薄い光膜で囲った。冷たい光が列を止め、動きを遮断する。

「配布は朝夕の二回。追加配給が必要なら、労働ポイントを導入する。——明日から、作業の記録をログに残し、点に応じて追加枠を出す」


 誰かが舌打ちをした。誰かが安堵の息を漏らした。誰かが「点数か」と呟いた。

 レンは正面から頷く。

「数で担保する。曖昧さは争いを呼ぶ」


 その夜、風の隙間からひそひそ声が漏れた。

 「炊事係は自分の仲間を優遇する」

 「列の前がいつも同じ顔だ」

 「識別紋は消せないのか」

 眠りに落ちる直前、レンは微かに笑って、目を閉じた。

 “制度を整えれば、明日はきっと良くなる”——長年染み付いた職能の自信が、胸の奥でうずいた。


 だが、翌朝。

 ログは綺麗に並んだ数字で埋まり、配布は確かに整然と進んだにもかかわらず、争いは消えなかった。

 列の前後をめぐる視線の突き刺し合い、炊事係の鍋の前での舌打ち、夜半に起きる物資の紛失——。


 レンは一日を通してセンサーの数値と人の流れを見比べ、原因を探り続けた。

 ある種の歪みが、明らかに溜まっている。

 “機能は動いているのに、満足が溜まらない”。

 都市でも見た現象だ。渋滞が数字の上では緩和されているのに、住民のストレス指数は上がり続ける。数字が語りきれない“痛み”がある。


 現場を見て回るレンの腕を、誰かの手が掴んだ。

 炊事係の女だった。眠っていない顔。目の下に濃い影。

「不平を言うなって顔はやめて。夜、ちゃんと眠れてる?」


 唐突な問いに、レンの言葉が喉で止まった。

 女は自嘲するように笑う。

「こっちは、子どもらが夜中に泣く声で耳鳴りが止まらない。鍋の前に立ってるだけで、あの子らの喉が鳴るのがわかる。薄いって、そりゃ薄いわよ。水で伸ばしてるんだから」


 女は、鍋の縁を指で叩いた。

「見えるようにって、壁に貼った点数表——あれ、助けになるときもある。でも、あれを見た人が、わたしの顔を見ずに“数字”を見るの、好きじゃない。数字が悪いんじゃない、でも、数字だけになるのが嫌。……レン、あんたは、眠れてる?」


 レンは首を横に振りかけて、無理に頷いた。

「眠れている。ありがとう」


 女は肩をすくめ、湯気の向こうへ消える。

 “ありがとう”と言ったのは嘘ではないが、彼は自分が何に礼を言ったのか、すぐには言語化できなかった。


 その夜、レンは掲示板を作った。

 働き手の名、作業の種類、得点、配給量——すべてを全公開にした。

 透明性は痛みを減らす。都市で学んだ教科書の一節が、頭の内側で自動的に再生される。

 掲示は効いた。少なくとも翌朝までは。

 数字は一致を示し、文句が喉で止まる。

 だが二日目の昼、掲示板の前に、無言の影が溜まり始めた。

 低い数字の前で、立ち尽くす男。

 高い数字の前で、視線を逸らす女。

 掲示板の紙面が、いつしか“烙印”の壁に変わっていく。

 評価が貼り付き、剝がれない。

 低い者は居場所を失い、子どもにまで影が落ちる。高い者は高い者で、“見られていること”に怯える。


 午後、年長者のひとりが掲示板の前に立った。白い髭、背筋は曲がっているが、眼光は鋭い。

「点数で人の価値を測るのか」


 レンは答えようとして、言葉が喉で止まった。

 ——価値を測っているのは点数ではない、配分のための指標だ。

 そう言いかけて、飲み込んだ。

 職能としての“設計”が、人の痛みの速度に追いついていない。

 うすうす気づいていたことが、老人の一言で輪郭を得てしまった。


 夜、焚き火の赤に、内側から別の赤が重なる。

 胸の奥で、ヴェリアスが微笑む。

『火は分け合えば弱まるが、暖を囲めば強くなる。汝の規則は、火を切り分けた』


「どういう意味だ」


『熱は、管に閉じ込めれば失われる。人もまた同じ。配るのではなく、集めるのだ。囲い、座らせ、見合わせろ。火のそばで、同じ湯気を吸わせろ。』


 レンはしばらく黙り、やがて立ち上がった。

 翌朝、配布口の前に並んだ列を見て、彼は入口の構造をその場で変形させた。

 直線がほどけ、円が現れる。

 焚き火の中心に、放射状の通路と、緩やかな段差。

 平たい石が円卓の脚となり、古い梁の破片がベンチになる。

 “列”は、“輪”に変わった。

 供給は“交付”ではなく、“会食”へ。


「今日から、ここで食べる。立って並ぶのではなく、座って待つ。向かい合って、食べる。皿は回す。話す。……それが“規則”だ」


 誰かが笑い、誰かが訝しみ、誰かが恐る恐る腰を下ろした。

 鍋の前の女は、初めて少しだけ息を吐いた。

 やがてレンは、自分で最初の一椀を受け取り、女の正面に座ってスプーンを入れた。

 味は薄い。だが湯気が鼻腔を開き、干からびていた舌が湿る。

 女は、ぽつりと言った。

「夜、三度起きた。子どもたちの泣き声で。あの子ら、夢の中でまだ砂を食べてる」


 レンは頷いて、隣のベンチに視線を送った。リオが、皿を抱えて座っている。

 少年は躊躇い、そして手を挙げた。

「ぼく、皿洗い、やる。夜は……ぼく、眠れる。昼寝もできる。代わる」


 女は目を丸くし、それだけで笑い皺が一瞬だけ柔らかく動いた。

 周囲の呼吸が、緩む。

 人の動線が緩み、会話が細い糸のように円を渡っていく。

 レンは自分の胸のうちに、きしむように何かが組み直されるのを感じた。

 ——制度の設計だけでは足りない。

 “感情のインフラ”が、必要だ。


 その日の夕方、レンはもうひとつの仕掛けを持ち出した。

 掌に乗るほどの、小さな青い石——いや、正確には“石の顔をした記録媒体”。

 青が基調だが、角度によって灰に沈み、火のそばではわずかに緑がさす。

 内部に微弱な素子を仕込み、〈World Architect〉の副系統に接続している。

 それは、貨幣ではない。

 レンの言い方では“互酬の印”。

 人から人へ、礼や助け合いとともに手渡される、小さな証。


「“価値石”——と呼ぶことにする。これは、誰かに助けられたとき、感謝したときに渡す。もらった人は、別の誰かを助けたらまた渡す。集めた数そのものより、“何度手渡されたか”が重要だ。手渡しの回数が増えると、これを集めた者だけが使える“追加配給枠”の交換率が、少しずつ良くなる」


 老人が眉をひそめた。

「つまり、褒章か」


「違う。数字のための“評価”ではない。“ありがとう”の履歴だ。——誰がどれだけこの輪の中で手を伸ばしたか、その軌跡を見せるための道具」


 レンは、価値石をひとつ掲げ、炊事係の女に渡した。

「夜、眠れてないのに、火の番を続けてくれているから。ありがとう」


 女は不器用に受け取り、石の表面を親指でこすった。

 こすられた面が、一瞬だけ微かに光る。

 レンのUIの片隅に、ある種の“呼吸”が記録される。

 〈価値石:手渡し回数+1〉

 〈回数閾値:0→1〉

 そのまま女は、隣のリオに石を渡した。

「皿洗いをしてくれた。ありがとう」


 リオはにかっと笑い、石を額に当ててから、向かいの少年に渡す。

 輪の中で、青い点が連続して跳ねた。

 レンはUIを少しだけ開き、可視化のレイヤーを重ねた。

 焚き火を中心に、薄い光の輪が膨らみ、青い点が線で結ばれる。

 可視化された“ありがとう”のネットワークが、静かに揺れる。


 その夜——アニメならCパートの見せ場に相当する時間帯——円卓の輪は二重三重になって広がり、笑い声が初めて灰の夜に生まれた。

 価値石は配給の追加枠にも交換できるが、誰も慌てて交換には走らない。微細な変換率の上昇より、今は“渡すこと”そのものが嬉しいのだ。

 数は少ない。だが石の循環データは、確かに円卓の周りで活発になっていた。

 焚き火は灯りであり、同時に“信頼の可視化装置”だった。


 もちろん、すべてが即座に解決したわけではない。

 夜のはじまり、焚き火から少し離れた暗がりで、価値石をこっそり数える影があった。

 レンはその背中に歩み寄り、ただ隣に座った。

「数えたくなる気持ちはわかる。でも、これは集めるほど偉い印じゃない。数が多いほど、次に渡すのが楽になるだけだ」


 影は肩をすくめ、石をひとつ取り出して、レンに差し出した。

「だったら、今あんたに。……さっき、列を輪にしたとき、俺は誰かを突き飛ばそうとしてた。あんたが間に入ったから、やめた。ありがとな」


 レンは受け取り、すぐに立ち上がって、炊事係の女に返した。

「これは“輪”を回すための石だ。止めずに回す」


 女は目を細め、石を掌で転がした。

 焚き火の赤が、石の面にちらちらと映る。

 ヴェリアスが胸の内側で喉を鳴らす。

『そうだ。火は、囲んでこそ強くなる』


 輪の外で、老人が掲示板をじっと見ていた。

 レンは板に近づき、紙を剝がした。

 かわりに、新しい紙を一枚だけ貼る。

 そこには規則ではなく、ただ短い言葉が書かれている。

 ——「最初の共同体は、数字でなく、物語で繋ぐ」。

 老人が目を細め、やがて頷いた。

「その紙は、風で飛ばないようにしておけ」


「飛んでもまた貼る。何度でも」


 翌日から、集落は確かに変わり始めた。

 朝の配布は円卓の準備から始まり、昼は短い作業と短い会食、夕暮れは焚き火のまわりで“今日の物語”を語る時間になる。

 労働ポイントは消えたわけではない。重い物資を運んだ者が即座に倒れないための安全弁として、最小限の形で残した。

 しかし“価値石”の循環が走り出すと、不思議なことに“点数の掲示”の前に立ち尽くす影は減り、円卓の周りで肩が触れ合う時間が増えた。

 “公平”は数式だけではない。

 “関係の設計”が、数式の隙間を埋めていく。


 それでも、旧い腐敗の影はしぶとく顔を出す。

 夜更け、倉庫の片隅で麻袋がひとつ、消えた。

 センサーは入口の動きを検知していない。

 ——内側からだ。

 レンは焚き火の火を小さくし、倉庫の壁に耳を当てた。空洞。

 壁の裏へ回ると、砂の中に“人ひとりが潜れる”だけの空間が穿たれていた。

 入口は遠く離れた耕作予定地に開いている。

 工夫がある。構造をよく見ている手だ。


 穴から出てきたのは、リオの部族と別の集団の若者だった。

 骨ばった肩、焦げた髪の先。

 レンと目が合うと、若者は牙を立て、背中を丸めた。

「返す気はあった」


「返す気があるなら、持っていかない」


「夜の泣き声を減らしたいんだ。子らが眠れないと、狼が寄ってくる。肉が……必要だ」


 レンは、穴の中に置かれた袋を見た。

 中身は干し肉ではない。藁と布と、薄い金属片。

 若者は顔をしかめる。

「肉は、もうない。……あんたらが来る前から」


 レンは息を吸い、吐いた。

 腐敗は、規則で抑え込むだけでは溜まり続ける。

 “隠れてでも必要を満たす”行為が発生するとき、そこに“必要の場”が欠落している。

 レンは倉庫の壁の一部を解除し、小さな“道具貸出所”をつくった。

 誰でも自由に借り、戻す。借りた記録は残るが、返却期限は緩い。

 入口には価値石を差し込む薄い溝を作り、借りる前に“誰かへの礼”を思い出す仕掛けを加える。

 若者は訝しみながらも、最初の一枚を差し込んだ。

 石の小さな音が、倉庫の中の空気をわずかに変えた。


 数日が過ぎた。

 集落の輪郭は、朝昼夕で色の違う息をするようになった。

 朝は灰色でも、湯気が白い。

 昼は乾いていても、笑いが突発的に生まれる。

 夕暮れは赤く、夜は青い。

 価値石のデータを重ねると、流れは焚き火から始まり、工作場、幼い子らの遊び場、そして道具貸出所へと移動していく。

 人が人に“渡す”行為の動線が、資源の動線を先導する。

 この世界に来て初めて、レンは“制度の前に場がある”という当たり前を、体で理解し始めた。


 ヴェリアスの声が、いつになく静かだった。

『汝、火の使い方を学んだな』


「ようやく入口に立っただけだ。——都市を模倣すれば、都市の腐りまで再現する。基礎を変えなきゃいけない」


『維持を口にする者ほど、創造を欲する。……人間、汝はもう“創って”いるぞ』


 レンは火を見つめ、苦笑した。

「創造は、支配じゃない。輪を回す力学の調整だ」


『その言葉、いつまで保てるか。楽しみだ』


 ヴェリアスの声は挑発的だが、どこか誇らしげでもある。

 レンは、胸の奥で竜の熱がゆっくりと呼吸するのを感じながら、夜空を見上げた。

 灰雲は薄く、星がいくつか、辛うじて見える。

 そのときだ。遠くから、金属が触れ合うような規則的な脈動音が届いた。

 間を置いて、またひとつ。

 音は風に乗って、一定のリズムでやってくる。

 “鐘の音”——に近い。しかし、どこか土の底から響くような低さがある。


 レンはUIを展開し、微弱波を解析した。

 音の立ち上がりに、ごく短いコードが重なっている。

 〈近傍文明体:森の民の根音ルートパルス

 小さな文字列が、レンの視界の端で点滅した。


 森の民。

 人間ではない。だが“社会”を持ち、合図を交わし、呼吸している。

 レンは焚き火の火を少しだけ強くし、円卓の輪に目をやった。

 子どもが笑い、女が皿を拭き、老人が火をつつく。

 彼は思う。

 “ここから先、どう繋がる?”

 価値石は輪を回した。

 輪の外へ、手を伸ばす番だ。


 根音は等間隔で続き、やがて一度だけ長く伸びた。

 警戒と挨拶のあいだ。

 いまなら応答できる。

 レンは円卓の裏に設けた、小さな共鳴板に手のひらを置いた。

 焚き火の熱が板を薄く温め、内部の素子が起動する。

 彼は深呼吸し、集落の誰もが耳を傾けるのを待ち、短く、静かに——返した。


 ——トン、トン、トン。

 灰の夜に、最初の応答が落ちた。

 ヴェリアスが低く唸る。

『火は隣の火を呼ぶ。……設計者、次は場の外だ』


 レンは頷く。

 “公平=数式ではなく、関係の設計”。

 “制度の前に、場と物語を”。

 頭で書いたメモが、やっと胸で温度を持った。

 そして、彼の視界の片隅で、価値石のネットワークが微かに外へ伸びる。

 森の方向へ、細く——しかし確かに。


 夜明け前、灰の空が少しだけ白む。

 集落の輪は、ゆっくりと眠りから目を覚まし、火の熾きが小さく鳴いた。

 新しい一日のために、円卓はそのまま残しておく。

 列ではなく、輪。

 数字ではなく、物語。

 世界を直す設計図は、いま、小さな共同体の中心で、熾き火のように継がれている。


 ——そして、根音は再び鳴った。

 今度は、招くように。


(つづく)

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