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転生したら“設計者”だった件 〜滅びた世界を再構築するまで〜  作者: 妙原奇天


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第1話 終わりの設計図

 金属が軋む。

 鉄骨が、悲鳴を上げるように湾曲した。

 レンは、咄嗟に隣の部下を突き飛ばした。視界の端、崩れ落ちる梁が赤く光り、爆音とともにすべてが黒に飲まれた。

 ——火花、圧壊、衝撃。

 最後に聞こえたのは、誰かの叫び声と、自分の名を呼ぶ声だった。


 次に目を開いたとき、世界は灰色だった。


 天は濁り、地は崩れていた。

 高架橋のような構造物が遠くまで続いているが、そのどれもが途中で折れ、崩れた鉄筋が空に向かって突き出している。

 風は乾き、土は砂に近く、生命の匂いがしない。

 ここがどこかもわからないまま、レンは上体を起こす。体に痛みはない。血も流れていない。だが、手のひらの感触が妙だった。——砂が、呼吸するように脈打っている。


「……なんだ、ここは……」


 瞬間、視界の内側に淡い光が走った。

 透明な板のようなウィンドウがいくつも立ち上がる。数字と記号が脈打ち、線が空中で組み合わさっていく。

 〈World Architect:起動〉

 〈使用者プロトコル確認中〉

 〈被験体:如月レン 都市計画主任技師/ステータス転送完了〉


 電子音が頭蓋の奥に響いた。

 混乱よりも先に、職業病のような習性が顔を出す。

 表示されたUI——未知の設計言語。だが構造は見える。“資源”“機能”“制度”。

 彼は反射的に指を動かした。

 ——いや、指を動かさずとも、思考だけで設計が走る。


〈資源:砂礫〉〈機能:構造体〉〈制度:被覆・給水・保護〉

 思考と同時に、足元の砂礫がざらざらと音を立て、組み替わっていく。

 螺旋状に立ち上がった砂の線が結晶化し、骨組みをつくる。数秒後、直径四メートルほどの半透明のドームが完成した。内部には簡易な水生成器と空気循環口。

 まるで——都市模型が現実化したような、そんな錯覚だった。


「……これが、“設計”の力か」


 誰に問うでもなく呟いたその声に、反応があった。

 瓦礫の陰で、何かが動いた。

 レンはゆっくりと振り返る。視線の先にいたのは、毛並みの荒れた獣人の子どもたちだった。

 猫とも狼ともつかない耳が震え、彼らは怯えた目でこちらを見ている。

 小さな体、乾いた唇、足跡には血が滲んでいた。

 ——喉が渇いている。


 レンはため息をつき、ドームの入口を開いた。

「入ってこい。……水がある」


 言葉は通じた。だが、彼らは動かない。

 群れの一番後ろの少年が、裂けた耳を震わせながら小さく唸る。

 警戒と飢えの混ざった声。

 レンは自分のカップを掴み、生成器から出た水を一口飲んで見せた。

 瞬間、群れの前列の少年が弾かれたように駆け寄り、ドームの中に顔を突っ込んだ。

 ごくごくと喉を鳴らし、次の瞬間むせて泣き出した。

 それが合図になった。

 次々に子どもたちが押し寄せ、水を掬い、泣き、笑い、そして崩れ落ちる。

 レンはその様子をただ黙って見ていた。

 彼が作った“設計”が、命を救っている——。

 その事実が、胸の奥に重く落ちていった。


 ——それが、始まりだった。


***


 日が暮れる。

 いや、正確には“太陽らしき光源”が沈むだけだ。空は常に灰に覆われ、光の差す角度で昼夜が曖昧に切り替わる。

 レンはドームの外で小さな風車を組み上げていた。

 「風を使う給気口……これで内部の酸素濃度も安定する」

 獣人の少年が見つめている。名はリオというらしい。最初に水を飲んだ子だ。

 言葉はたどたどしいが、礼を言うときの瞳は真っ直ぐだった。


「きさ……る。レン、さま?」

「名前でいい。礼なんていらない。生きるには空気と水がいる、それだけの話だ」


 リオは小さく首を振る。

「でも、ぼくたち、ずっと死ぬと思ってた。空は、もう戻らないって。……レンが、空気、なおした」


 その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。

 ——なおす。

 その単語が、奇妙に引っかかる。

 彼が最後に見たのは、崩壊事故の現場だった。都市の中核設備が連鎖的に爆発し、数千人が生き埋めになった。

 死の直前、自分は何をしていた?

 確か、“都市再生計画”の最終段階——《終わりの設計図》と呼ばれる実験を。

 都市を自己修復構造に変換するための、“世界修復アルゴリズム”。

 まさか、これは……その果て?


 記憶の断片が浮かんでは消える。

 だが思考を遮るように、空の彼方で閃光が走った。

 熱。風。轟音。

 灰雲を貫き、巨大な影が降下してくる。

 まるで雷そのものが形を持ったような存在——それは、竜だった。


***


 翼が地平線を覆う。

 炎が風を巻き、荒野の温度が一瞬で跳ね上がる。

 子どもたちが悲鳴をあげて逃げ惑う。

 レンは即座にUIを展開した。


〈警告:上位存在“炎王種”との接触〉

〈通信要求:ヴェリアス〉


 電子音のあと、頭の中に直接、声が響く。


『我はヴェリアス。かつて空の主。人よ、汝は世界に手を入れた。代償は?』


 声の圧だけで体が痺れる。

 レンは理性を総動員し、かすれた声で答えた。

「維持のための介入だ。この世界は崩れている。最低限の——」


『維持を口にする者ほど、やがて創造を欲する。』


 嘲るような笑い。

 竜の目が紅く光り、炎の舌が荒野をなめた。ドームが熱で歪む。

 子どもたちが泣き叫ぶ。

 レンは歯を食いしばり、手を突き出す。

 ——もう一度、設計だ。


〈資源:炎〉〈機能:動力〉〈制度:循環供給〉

 頭の中で、線が組み替わる。

 竜のエネルギーを直接取り込み、動力と防衛機構へ変換する——そんな狂気じみた設計式。

 だが、やるしかない。


「お前の炎を、破壊じゃなく、維持に使わせてくれ。熱源として、命を繋ぐために」


 ヴェリアスの声が低く唸る。

『炎は奪うだけでは生きられぬ。……良いだろう。だが契約するなら、我は汝の内に宿る。何を温め、何を焦がすか——それは汝が選べ』


 その瞬間、世界が赤に染まった。

 灼熱が体を貫き、神経が燃えるような痛み。

 視界が白に弾け、UIの中心に紋章が刻まれる。

 〈炎王契約:成立〉

 〈封印変換開始〉


 レンの背後で、竜の巨体がゆっくりと霧のように崩れ、光となって彼の体へ流れ込んでいく。

 脳裏に浮かぶのは都市の骨格——熱交換塔、蒸留装置、電荷回収管。

 竜の炎が、パイプとチャネルを通って都市の心臓に流れ込む。


 灰の荒野に、初めて“灯”がともった。

 淡い光が夜を押し返し、風が動き、子どもたちがその光を見上げる。

 レンは膝をつき、息を吐いた。

「創造は、支配じゃない。維持だ」

 ヴェリアスが胸の奥で笑う。

『その言葉、何度言い直すことになるかな、人間。』


***


 静寂。

 熱が引き、風が優しく吹く。

 子どもたちは灯のまわりで眠っていた。

 レンは空を仰ぐ。灰色の雲の向こう、かすかに星のような光が瞬いている。

 ——それは監視カメラのランプにも似ていた。


 UIの片隅が点滅する。

〈観測体:起床準備〉

〈外部信号:不明〉


 電子音が遠くで重なり、崩れた塔の最上階、黒い影がゆっくりと立ち上がる。

 レンは息を呑んだ。

 “誰かが、見ている。”


 世界は、まだ終わっていない。

 むしろこれが、再構築の始まりなのだ。


 ——灰の空の下、レンは立ち上がる。

 設計者として。

 この終わりの世界を、“直す”ために。


 その足元で、ヴェリアスの声が低く響く。

『さあ、設計者。次は何を築く? 塔か、楽園か、それとも——墓標か?』


 レンは答えなかった。ただ、夜明けの兆しを見つめていた。


 ——そして、物語は動き出す。

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